第二十四章 郊外キャンプ~移動日~ 3.往路(その2)
~Side エルメイン~
前を歩いていたネモが、何かに気付いたように遠くの茂みに視線を走らせた。
気付かないふりをして注意していると、微かだが【隠蔽】の痕跡がある。姿を隠した何者かが、こちらを窺っているようだ。
王国の護衛とは別行動をとっているようで、護衛たちも気付いていないようだ。……アスラン様を付け狙う刺客だろうか? できれば片付けておきたいが、忌々しい事に距離があり過ぎる。気配を断って近付く事はできるだろうが、アスラン様の傍を離れるわけにはいかない。
どうしたものかと考えていたら、曲者の気配が急に消えた。逃げたようにも見えなかったので不思議だったんだが……今度はネモのやつが突然立ち止まって、持っていた杖に石をセットして投げ付けた。ただの杖かと思っていたら、どうやら投石杖というやつだったらしい。杖を離れて飛んで行った石は、狙い過たず茂みに吸い込まれた。
護衛の連中もさすがに気が付いて急行し、気を失っている曲者を引っ張り出した。何だか慌てて伝令を飛ばしていたようだ。
しかし……気のせいかもしれんが……あの曲者、ネモが石を投げる前に気絶していたような気がするが……
……放って置こう。ネモがおかしいのは今に始まった事じゃない。
何より俺はアスラン様の護衛だ。胡散臭いやつが消えたのは、良い事に違い無い。……そう前向きに考えるとしよう。
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~Side ネモ~
刺客一味の斥候っぽいやつはあの後もう一人やって来たので、同じようにして始末した。エルのやつは何か言いたそうだったが、とりあえず追及しない事にしてくれたようだ。うん、空気が読めるクラスメイトってのはありがたい。エリックの馬鹿も少しくらい見習ってほしいもんだ。
――で、件の曲者は護衛さんたちにお任せしたんだが……その護衛さんたち、途中で交代したんだよな。
行程の半ばくらいで、それまでの隠密護衛さんたちから、どっかの騎士団っぽい感じの護衛さんたちに交代した。交代した護衛さんたちも、曲者の身柄を確保してワタワタしてたが、やっぱりどこかへ伝令を飛ばしたみたいだ。……まぁ一介の学生の身としては、上のお偉いさんたちのなさる事に首を突っ込む気は無い。なので知らんぷりをしておく。エルも同じように決めたらしい。
交代した護衛さんたちも、腕の方はそれなりに確かみたいなんだが……隠密行動の方はと言うと……控えめに言っても、とても見られたもんじゃなかった。何しろお嬢でさえ気付いたくらいだからな。なんでこんなに技量に違いがあるんだと思っていたら、どうやら所属する組織が違うらしい。
……これはあれか? 同じ組織だけが護衛任務を独占するのは怪しからん――とか言い出したやつがいるのか? 政治力学だか何だか知らんが、下らん勢力争いの迸りってわけか? いや、護衛としての腕前は確かなようだが……隠密行動の一つもできないようじゃ、誘き出すなんてそもそも無理なんじゃないのか? 計画が最初から破綻してるじゃねぇか。大丈夫なのかよ、ここの上層部。
先行きが少し不安になったが、とりあえずその後は何も起きずにキャンプ地へ着いた。A・Bクラスの生徒たちはボロボロになってたな。疲れが酷くて動けなくなった生徒については、先生方がポーションだか魔法だかを駆使して回復させていた。……一見親切そうでいて、その実地味にスパルタだな。
キャンプハウスに到着した後は、夕食後に明日からの簡単な注意があった。今日は移動だけで終わったわけだ。……まぁ、あの疲れっぷりじゃ、飯の後に何かする気も起きんだろう。――俺が驚かされたのは部屋割りだった。
「個室!? この学園のキャンプってのは、各自個室を貰えるのか?」
さすが腐っても王立学園だと驚いていたら、
「――いや、僕らの班だけみたいだね。僕らの身分もだけど、警備上の問題とか色々あるんだろう。あと――腐ってはいないからね?」
ジュリアンが言うには、個室を貰えるのは俺たちだけで、他の生徒は班ごとに部屋を与えられるらしい。寮でも個室の生徒が多いわけで、そういう生徒たちに集団生活の経験をさせるのも目的なんだとか。
ちなみに、アスランとジュリアンは控えの間付きで、そこにそれぞれエルとコンラートが陣取るようだ。ついでに言っておくと、部屋の周囲は先生方や護衛さんたちが固めていた。
「俺はおまけっていうわけか」
「いや……ネモの場合は、他の班に押し付けるのが気の毒だからじゃないのか?」
……おぃエル、お前も少しは言い方ってもんを憶えろよな?
今回はもう一話、短めのものを公開します。
本日「転生者は世間知らず」書籍化記念SS公開の予定です。宜しければこちらもご笑覧下さい。