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03

トゥルーはそう言うと、申し訳なさそうに言葉を続けた。


絶縁者(アイソレーター)は戦いの道具。


仲間になれということは、過越の祭(パスオーヴァー)兵士なれと言うことだ。


それでも自分たちのために、人間たちと戦ってほしいと。


「人間と戦う……? 人を殺すのか?」


「当たり前だよ。絶縁者(アイソレーター)はそのためにいるんだからね」


ポツリと呟いた一心(いっしん)に、ホロが場に似合わないとぼけた声で返事をした。


そんな白いキツネを再び捕まえたトゥルーは、今度こそ黙らせようと先ほどよりも強くギュッと抱きしめる。


ウゲッと呻くホロとトゥルーに向かって、一心は顔を上げて訊ねる。


「でも、俺はこんな身体だし……。歩けもしない俺が戦いなんてできるのか……?」


「大丈夫よ。あなたは戦える。その証拠に、見てワタシの身体を……」


トゥルーは一心に答えると、深く被っていたフードを外して上着を脱ぎ捨てた。


そこには真っ白な肌に、長い金色の髪と青い瞳が隠れていた。


その幼さが残る顔を見るに、年齢は十代半ばである一心よりも年下に見える。


しかし、何よりも一心を驚かせたのはトゥルーの両腕だ。


彼女の腕は金属になっていて、その幼い顔には合わない大人の長さだった。


「この腕は魔造義肢なの。両足も同じよ。戦いやすいように長く造ってもらっているわ」


「じゃあ君は手足がなかったの!? いや戦うために切ったのか!?」


「ワタシは……」


身を乗り出してきた一心に、トゥルーは自分の話を始めた。


彼女は元々東ヨーロッパの貧しい家の生まれで、気がつけば奴隷だった。


性的なことはもちろん、余興で同じく買われた子供たちと殺し合いをさせられたこともあったそうだ。


そんな他人に従属を強いられる人生。


性病になる可能性が高く、同い年くらいの仲間を殺しながらの命からがらの日々は、当然長くは続かない。


ある日にトゥルーを買った男たちは面白半分で彼女の両手両足を切断し、その様子を動画に撮影。


ついにトゥルーにも最後の瞬間が訪れるかと思われた。


だが悲しいだけの死を迎える直前に、トゥルーは過越の祭(パスオーヴァー)のリーダーに助けられた。


リーダーは一瞬で男たちの両手両足を切り落とし、さらには目と鼓膜、声帯を潰してその場に転がすと、彼らの傷を治して笑っていたそうだ。


自由を無くした痛みを知るために、男たちにその姿のまま生き続けろと言いながら。


「両手両足を無くしたワタシにリーダーは言ったわ。過越の祭(パスオーヴァー)に入って、一緒に世界と戦わないかってね」


「そ、そんなことが……」


トゥルーの話を聞いた一心は涙を流していた。


だが自分でもどうして泣いてしまったのかが、彼にはわからなかった。


こんな気持ちは初めてだと、流れる涙に一心が戸惑っていると、トゥルーは彼に微笑んで見せる。


「ありがとう。優しいのね、あなた」


「お、俺が優しい……? そんなこと……初めて言われた……」


「だってそうじゃない。あなたは、ワタシのために泣いてくれたんだから」


そう言いながらトゥルーは、一心のことを抱きしめた。


彼女の甘い匂いと体温を感じ、一心はさらに涙を流した。


叔父にどんなに酷い言葉を浴びせられても、どんなに殴られても、けして泣かなかったというのに、彼は溢れ出る涙を止められなかった。


一心を抱きしめながら、トゥルーは彼に優しくささやく。


「あなたの体は魔導具を埋め込めば動くようになるわ」


「本当なのか、それ……」


「うん。だからあなたは大丈夫。だから一緒に戦ってほしいの。……リーダーは人をいっぱい殺すけど、ワタシたちに自由をくれる人だから」


「自由……?」


「そう……。過越の祭(パスオーヴァー)はワタシたち縛るすべてのものから自由にしてくれるの」


トゥルーのささやきを聞いた一心は、まるで母に抱かれた赤ん坊のような笑みを見せていた。


それは、彼が生まれて初めて他人の優しさに触れた瞬間だった。


叔父のところよりはまだ良かったとはいえ、一心の母もまた褒められるような親ではなかった。


生まれたばかりの赤ん坊を置いて遊びに出かけるのは当たり前で、一心は小さい頃からいつも一人だった。


小学校にはまだ通えていたが、毎日汚れても同じ服を着て、風呂に入ることを知らなかった彼は、汚い、臭いといじめられた。


そのいじめに関しては担任の教師も知っていたが、むしろ一心のほうに問題があると、教師は彼のことを助けようとはしなかった。


次第に学校へ行かなくなった一心は、ただ無意味に幼少期を過ごすことになる。


食事は家にあったものを適当に食べ、何もない時は外へ出て、近所にあったスーパーマーケットやコンビニエンスストアから盗んで飢えをしのいだ。


そんな日々が過ぎていき――。


ついに教育委員会から目をつけられた母親が一心を連れて引っ越しをしたのだが、その移動中に交通事故に遭い、母は死亡、一心のほうは下半身不随になって叔父に引き取られたのだった。


一心の涙と笑顔は、叔父の虐待を耐え続け、自分を守るために殺した感情が、トゥルーによってよみがえったことを意味していた。


「お、俺も自由になれるんだぁ……」


涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、一心は嬉しそうにそう言った。


トゥルーは何も言わずに頷くと、彼を抱いている手に力を込めるのだった。

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