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――ストライプ柄のスーツを着たオールバックの男が、髭の生えた男を跪かしていた。
スーツの男の傍には白いキツネが浮いており、同じく髭の男を見下ろしている。
「ニッコロ……。こんなことしてボスが黙ってると思ってんのかよ! よりによって悪魔と手を組むなんてッ!」
髭の男が声を張り上げると、ニッコロと呼ばれた男が口角を上げる。
そして、髭の男の顔面を蹴り上げ、その頭を乱暴に掴んだ。
「わかってねぇな、パオリーノ。これはファミリーのためなんだよ。なあ、ホロ。お前らが後ろ盾になってくれりゃ、うちは安泰。そうだろ?」
「そうだね~。少なくともイタリアで君らのファミリーに逆らう奴らはいなくなるんじゃないかな~」
白いキツネ――ホロはスーツ姿の男の周囲を飛び回ると、クスクスと笑いながら答えた。
スーツ姿の男はニヤリと笑みを返すと、パオリーノと呼んだ男に顔を近づける。
パオリーノがビクッと震え、スーツ姿の男はさらに笑みを深めた。
「そういえば知ってんだぜ。お前らオッサンたちがオレのことを馬鹿って言ってんのよぉ」
スーツ姿の男がパオリーノから手を離すと、部屋の隅からクマのぬいぐるみが現れた。
可愛らしい見た目とは反して、鋭い牙を剥き出しにして髭の男に近づいていく。
そのクマのぬいぐるみは過越の祭の兵隊――魔獣マテリアル·バーサーカーだ。
「おい!? 冗談だろニッコロッ!? やめてくれ! 勘弁してくれ!」
「今考え事してんだ、口を挟むなよ」
「ニッコロ! 頼む! 助けてくれッ! お願いだッ!」
パオリーノは必死に救いを求めたが、スーツ姿の男は興味なさそうに髭の男を見ている。
その顔は、まるで遊び飽きたアニメを観ている子供のようだった。
「へーいホロ。さっさとやってくれ。もう十分だ」
「了解したよ〜。やっちゃえ」
「ギャアァァァッ!」
パオリーノはマテリアル·バーサーカーに肩を食い千切られ、その体を少しずつ喰われていく。
肩の次は腕と手、そして足と、なるべく殺さないように丁寧だ。
次第に人の形を失っていく髭の男を見て、スーツ姿の男は白いキツネ――ホロに声をかける。
「スゲーなこいつは。ルッジェロ·デオダートも真っ青だぜ」
「誰それ? 有名なの?」
「昔の映画監督だよ。今度一緒に観てみるか? まあ、悪魔にとっちゃ面白いもんじゃねぇだろうけどよ」
ケラケラと笑ったスーツ姿の男の名はニッコロ·ロッシ。
彼はイタリアンマフィア――カモッラの構成員で、ファミリーのために過越の祭と手を組もうとしていた。
カモッラは、ンドランゲタ、コーサ·ノストラ、サクラ·コローナ·ウニータと並ぶイタリア四大マフィアの一つ。
現在の勢力は約130団体、約6300人が所属すると言われ、イタリアのナポリを拠点とする長い歴史を持つ犯罪組織である。
現在のカモッラは長年の報復合戦により弱体化し、もはやカモッラは末期だとも言われているのが現状だ。
他の犯罪組織がそうであるように、世界のクリーン化が進んでいるのもあって、より過激なやり方をしなければマフィアは生き残れない。
カモッラはただでさえ弱体化している組織だ。
どんな組織でもそうだが、中年の幹部らはこんな状況でも現状を楽観視している。
そのためニッコロは、生き残るために悪魔であるホロと――過越の祭と手を組む道を選んだのだった。
だが古参の幹部たちから反発を受け、ニッコロの考えを察したパオリーノが動いたが、無惨にも死ぬ羽目になった。
もはや人間では彼を止めることはできない。
ニッコロは側にあった椅子に腰を下ろし、テーブルの上にあった酒瓶――グラッパをそのままラッパ飲みする。
「なあ、ホロ。オレも絶縁者ってのにはなれるのかよ?」
「それは難しいね~。魔力の適性がない人間が魔導具を埋め込むと、マテリアル·バーサーカーになる確率が高いからね~ 」
「その確率は?」
口を拭いながらニッコロが訊ねると、ホロは説明を始めた。
絶縁者になれる水晶は、魔力に反応して悪魔と同じ力を得るものであり、普通の人間が使用すれば自我を失った魔獣――マテリアル·バーサーカーになる。
魔力のない人間が使用して絶縁者になれる確率はごくわずかだと。
「君たちの世界にロシアンルーレットってのがあるだろ? あれはリボルバーに一発だけ弾を入れて、適当にシリンダーを回転させてから自分のこめかみに向け引き金を引くゲームだけどさ〜。魔力のない人間が魔導具を埋め込むのは、リボルバーから弾を一発だけ抜いてそのゲームをやるようなものだよ~」
「そいつは危険な賭けだな。だが、いよいよとなったらやってみるか」
それを聞いたホロはニッコロの傍へと飛んでいき、彼の顔に近づいていった。
ニッコロは持っていた酒瓶を差し出したが、ホロは首を横に振って口を開く。
「君って悪魔に近いよね〜。人間なのに頭がぶっ飛んでる」
「褒め言葉だと受け取っておこうか友人。オレはファミリーのためなら悪魔にだってなるさ。命なんていらねぇよ。ついでに人類の未来ってヤツもな」
「うん。やっぱ悪魔っぽい」
「そういうお前は人間臭いよな。悪魔とこんなに気が合うとは思わなかったぜ。まあ楽しくやろうぜ、ホロ。この仕事が終わったら、誰でも使える魔導具をうちのファミリーに流してくれんだろ?」
「もちろん。だけど代償もあるよ。なんていったってボクは悪魔だからね~」
ホロがそう言いながら笑うと、ニッコロは微笑みを返す。
「オレの命や魂ならいくらでもくれてやる。さて、そろそろディヴィジョンズってのがここをかぎつける頃だ。こいつを飲んだら歓迎の準備でもするか」




