02
一心はトレーニングウェア姿の女につれられ、どこかのアパートの部屋にいた。
車椅子に乗ったままで女と向き合い、怯えるでもなく彼女に声をかける。
「俺はここで殺されるのか?」
淡々と言った一心に、女は小首を傾げた。
しかも左右に頭を何度も振っているせいか、見た目よりもずっと幼く見える。
そんな女に向かって一心は話を続けた。
過越の祭というのがどういうものなのかわからないが。
自分は別にそのメンバーになりたくてついてきたわけではないと、表情のない顔で口にした。
「あんたが何者で今もよくわからないけど……。あんたがあいつを殺したとき、あんたになら何をされてもいいやって思って……。だから……」
「あなたに酷いことなんてしないよ」
女は一心の言葉を遮るように答えると話を始める。
「言ったでしょう、あなたは選ばれたの。ワタシたちの仲間、過越の祭のメンバーにね」
ただ虚ろな視線を向けてくる一心に、女は別の話をし出す。
「これからちゃんと説明するけどね。まずわかってもらいたいのは、人生って悪いことばかりじゃないってことなの」
「……よくわからない」
「たしかにこの世界は悲しいことばかりで、酷いことしかないように見えるけど……。いいことだってあるんだよ」
「いいこと……?」
「そう、あなたの人生はこれからなんだから」
一心にはわけがわからなかった。
過越の祭というのがなんなのかも、女が言っている意味も全く理解できない。
だが彼は、彼女が口にしていることがとても温かいものであると感じていた。
一心の表情の変化を見た女は、うっすらとフードから見える口元を緩ませていると、彼女の背中から小さな物体が飛び出してきた。
「はーい、ボクはホロだよ! はじめまして!」
小さな白いキツネが一心に声をかけてきた。
可愛らしい見た目と宙に浮かびながらクルクルと回るその姿は、まるで魔法少女ものの作品に出てきそうな喋る動物そのものだ。
これにはさすがに驚いていた一心を見て、ホロと名乗った白いキツネが歪んだ笑みを浮かべて口を開く。
「トゥルーが変なこと言ったけど、勘違いしちゃダメだよ。君に絶縁者の素質があるから助けたんだ。じゃなかったらボクたちの仲間にしようなんて思わなかったし、あのままあの酔っ払いに飼い殺しにされようがどうでもよかったんだよ」
「やめてよホロ。彼を怖がらせないで」
「ごめんごめん。でも、こういうのははっきりさせておきたいタイプなんだよね、ボク」
一心に脅すような真似をしたホロのことを、トレーニングウェアの女が窘めていた。
どうやら突然現れた白いキツネ――ホロが口にしているところを見るに、女の名はトゥルーというようだ。
ホロの頭をポンッと叩いたトゥルーは、一心に向かってその顔を向ける。
「ホロが怖いこと言ってごめんなさい。いきなりこんな話されてもビックリしちゃうよね。まずは過越の祭と絶縁者については今から説明するから」
その不気味な容姿とは正反対な陽気な声を出したトゥルーは、先に過越の祭について話し始めた。
過越の祭とは、トゥルーたちが所属している魔術組織で、世界各国に存在する対魔組織と戦っている。
その理由は、過越の祭のメンバーの多くがホロのような悪魔のため、異形の者である彼ら彼女らを人間たちが殲滅しようとしているのだそうだ。
「まあ、当然だよね。ボクが人間の立場だったら、自分たちよりも力を持っている悪魔なんて間違いなく殺すだろうし」
「ホロ。ワタシがまだ話してるんだけど」
「いやはや、ごめんごめん。ボクのことは気にせずに続けて続けて」
トゥルーは「ハハハ」と笑うホロのことを抱きしめると、再び説明を始めた。
過越の祭は今でも世界中で人間たちと戦っているが相手は数も多く銃や爆弾を使ってくるため、いくら悪魔でも劣勢を強いられているのが現状だそうだ。
そこで彼ら彼女らは、自分たちに味方してくる人間を仲間に加えることにした。
「ワタシもその一人でね。他にもたくさんの人間の仲間がいるの」
「そうなんだよ。人間たちの中にはこの世界をよく思ってない者も多いからね。ボクたちはその子たちに力を貸してもらう代わりに、特別な魔導具をあげているんだ」
話に入ってきたホロは、トゥルーの腕をするりと抜けて宙へと浮かぶと、一心を見下ろしながら話し始めた。
トゥルーのように過越の祭のメンバーになった人間は、ルーン文字が刻まれた水晶を体に埋め込み、悪魔の力を得られる。
その内容は、身体能力向上と、その者だけが持つ特別な魔法が一つ使えるようになるというものだ。
「魔導具を埋め込まれた人間は“絶縁者”と呼ばれる。ちなみにトゥルーが絶縁者になって使えるようになった魔法は炎の魔法さ。君も見ただろ? 単純だけど強力で応用も利くから、彼女は過越の祭の中でも五本の指に入るほどの実力者なんだ」
「じゃあ、俺をその絶縁者ってのにするってことは……」
一心が口を開くと、トゥルーが姿勢を正して彼に言う。
「一心には、ワタシたちと一緒に人間たちと戦ってもらいたいの」