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裏話

この話は衛がなぜ奈緒美の行きつけのカフェテリアに行くことになったのか、その経緯を説明した小話です。

「え………なんで」

「うん、実はね、新しい車を買ったの!」

 出会って3週間。会話をするようになってからは2週間経つというときに、衛は突然衝撃の事実を聞かされた。ショックというのはこういうことをきっと言うのだ。

 いや、別にショックじゃない。体が妙に硬直している気がするが、それはきっと人込みに苛々しているからだ。手が痺れているのも幻覚というものだ。

──彼女が、電車通勤をやめるだなんて。

「中古なんだけど、一目惚れしちゃって!あぁ、きっと私はこの()に会うために他の()を蹴っていたんだなぁって思ってさ」

 他の車に罪悪感があったんだけどねぇ、なんて言いながら笑っている彼女に、なぜかむかついた。きっとあれだ。この苛立ちは、車に対して「蹴る」だなんて言葉を使うことが最低だと思ったんだ。

 …………別に車が好きって程じゃないのに?

(いや、きっとなんとなく好きになってきてるんだ。だから愛着が湧く車を大事に………今日帰ったら車の勉強でもしよう)

 嫌いというわけでもないから嘘ではない。


「いやぁ、前の車も好きだったんだけど、あの車は両親の車でね。社会人になるときに、慣れ親しみすぎた車であるあの車が欲しくて『譲ってくれ!』って親に頼んだの。そしたらさ、『もう寿命もあるし、新しい車のほうがいいと思うよ』って言われてたんだけど、そのとおりで!3週間も経つんだね、あの車が…亡くなって──」

 スンスンと小さく鼻をすする音が聞こえた。隣を見遣れば泣いてはいなかったけど、眉尻を下げて切なそうに笑っていて。そんなところを見ると、本当に大事にしていたんだなと思う。

「だから今回も中古にしないで新車にしようと思ったけど、最近の車はどんどん高くなるよねぇ。まだ私の手に負えなくて」

 「だから長寿を願って今回の車には名前をつけたの!」と奈緒美が続きを言った瞬間、周囲で噴き出す声が聞こえた。衛は噴き出したい気分ではなかったが、心底呆れていたからため息をついた。

「名前?長寿を願って?車に?」

「そう!寿限無(じゅげむ)ってね!」

「…………はぁ?」

「素晴らしいネーミングセンスでしょ!まさにって感じでさ!」

 確かに寿限無というのは「限り長く生きる」という意味であるが、時代遅れもいいところだ。


「うーん、衛くんは気に入らなかったかぁ……他に誰か長寿の人っていたっけなぁ」

「名前は好きなように付けて、手入れを丁寧にすれば長く使えるんじゃないの」

「じゃあやっぱり寿限無?」

「もっと現代に見合った名前はないの?」

「うーん…………」

 長信、時永……は、古い?じゃあ…………と、奈緒美は大真面目に検討し始めた。しかしどれも車が喜ばなそうな名前だ。衛は将来生まれるであろう見知らぬ彼女の子どもに同情を抱かずにはいられなかった。

「ねぇ、ペットとか買ったことないの?」

「え、あるよ。ハリネズミ」

「名前は?」

「キトン」

「何それ。誰がつけたの」

「私。キトンは古代ギリシア人が来てた服だよ」

 なんでそんなにハリネズミと来るまで名前が違うの??


 「そんなに不満なら衛くんが名付け親になってよ」と言われた衛は、「どんな車かわからないから付けようがない」と答えた。すると、奈緒美は何でもないかのようにスマホを取り出して写真を見せてきた。どちらかというと可愛らしい感じの車だった。衛は頭に浮かんでいた名前の候補をいくつか脳内ゴミ箱に捨てた。いつの間にかその気になっていることを、彼はまだ気づいていない。

 しかし写真を見せてくれている間、少し奈緒美の顔つきが変わっていることに気づいた。切ない表情だった。

 衛は眉をひそめた。だから声をかけようとしたら、彼女から口を開いた。

「本当は、今日車で出勤しても良かったんだけどねぇ。でも、衛くんに挨拶無しで別れたくなくてさ」

 周囲から咳き込む声が今度は聞こえた。一体どの言葉に反応したんだか。

 だが衛は、ここで何を言うべきか少し困っていた。別にそこまでしてくれなくても良かったのに、とは、流石に言えなくて。しかし他の言葉が思いつかなくて。


 だから、話を逸らそうと思って別の話題を持ち出したのだ。定期テストが近いのだと、しかし勉強用の新しい環境が欲しいのだと。

 ストレスが最近たまっていたのは事実だ。勉強が特別嫌いというわけではなかったが、好きでもない。だからこそテストはもちろん好きではないし、そのためのテスト勉強をすることももちろん同様だった。だから、穏やかで、リラックスができて、空気も和やかな。そんな場所が欲しいのだと。

 すると、奈緒美が「知ってる!」と、目を輝かせて声をあげた。衛も周りの乗客も驚いて肩がはねたが、奈緒美はお構いなしなのか気づいていないのか、そのまま続けた。

「私知ってるよ、そういう場所!」

「ちょっと、静かにしてよ!」

「あのね、衛くん。カフェテリア好き?」

「は?カフェテリア?」

「うん、私がお昼によく行く場所なんだけど──」

 かくして、大谷衛は雨野奈緒美の行きつけのカフェテリアに彼女に会いに…………もとい、勉強しに行くことになったのだ。

読んでいただきありがとうございました。

良かったら感想をくださると励みになります。

「好きなんて言葉はまだ言わない」をお読みになっていない方は、別に短編としてあるので是非読んでみてください。

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