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桜の古木の花咲く前の下(推理合戦中編)

 「続けるの? 特定は無理って宣言していたはずだけど。」と片山はタメ息をつく。

「これ以上は、推理というより強引な妄想になちゃうよ。牽強付会けんきょうふかいなって形容をしてもいいくらいの。」


 「私はそれで構わないよ。」と純子は応じた。「何らかの結論めいたモノが知りたいだけ。どんな答えでも『ああ、事の次第を片山クンはそう読んでいたのか!』って分かったら満足だから。」


 「私も聞きたい。」と舞も純子に追従した。

「ただ私の場合は、片山君ならどう考えるかを知りたいわけじゃなくって、今回の件に関しては片山君の考えていることが当たっているような気がするからだけど。……まあ根拠のないかんで。」


 片山は「仕方がないね」とか「じゃあ続けるよ」といった前置きを飛ばし

「岡崎さんが村上君にシラノ役を頼んだのではない、本当に村上君を好きだったのだとすると、なぜ覆面男は現れたんだと思う? えーっと質問のし方が悪いか……村上君の代理人が覆面をしていた事の必然性は何か?」と質問した。

「村上君自身が恋文を届けるんだったとしたら、覆面は必要無かっただろうからね。村上君は輝くばかりの笑顔で岡崎さんに駆け寄り、岡崎さんは感動の面持おももちで花の枝を受け取る。恋する二人にとっては、これ以上ない記念的なワンシーンになったはずだったのに。……しかし現れたのは覆面の怪人だ。それが恋の橋渡しをする懸想文売りだったとしてもね。」


 「それは簡単じゃない? 片山君は複雑な言い回しというか、無駄なレトリックが好きみたいだけど。」

 舞は片山が、今さら覆面の必然性を問題にしたことを不思議に思った。

「恋を取り持つラブレター売りは布覆面をしているもの、それ以外に何かあるのかなぁ。たぶん里美は黒歴史を灰にするとき『須賀神社の恋文売りってロマンチックだなぁ。そんな告白って憧れるよねぇ』とか村上君にはサジェスチョンしたんでしょう。それで恋の駆け引きみたいなのにはうとい村上君は『文字通りに』それを再現した、と。わざわざ仲を取り持つ代理人まで立ててね。」


 しかし純子の方は違ったようで

「代理人が覆面をしていた理由そのものは舞の答えで必要十分だと思うんだけど……」

と言葉を詰まらせ、一呼吸あとに「そっかあ!」と叫んだ。

「布覆面まで再現するんだったら、手に持っているのは梅の枝であるべきなんだ。」


 「梅の枝を持っているべきなのは分かるけど」

 舞には純子が、浮力を発見した時のアルキメデスみたいに興奮している意味が掴めない。

「今だと早咲き桜の方が手に入り易いからでしょ? 商店街でフェアやってるくらいなんだから。キューピット役としては雑な仕事をしたな、って気はするけどね。」


 「えーとね……」と純子は、考えをめぐらせながら舞に説明しようとする。

「仮に私が舞に、一生のお願いだから今から片山くんに、私がこれから口述する内容を筆記した手紙とエクレアとを届けて欲しい、って頼み込んだとするでしょ?」


 「自分で行きなよ、って言うと思うよ。私なら。だってアンタたち二人の恋愛に、なんで部外者の私が……」

と、ここまで答えてから全てがに落ちた。

「遅ればせながら、ユリイカ。」


 「そう」と純子が含み笑いする。

「私がそんな頼み事をするとしたら、私自身行きたいのにどうしても行けなくなった時だけね。頼み事をしているシチュエーションとして考えられるのは電話かメールで、対面ではない。」


 「で、仕方なく私が、片山君の家に行く前にケーキ屋さんに寄ったら、いちごのショートケーキはあるけど、頼まれてたエクレアは売り切れ。」

と舞も苦笑する。

 ――梅が売り切れていたから啓翁桜を買うしかなかったのか。

「梅の枝なら花瓶に活けておいても一週間以上もつだろうから、覆面男はホントに急に頼まれたんだね。たぶん前日の夜遅くか、当日になってからか。」


 「そんなところなんじゃないかなぁ? ここから先は『講釈師 見てきたような 嘘をつき』以外の何物でもないけどね。」

と片山が暢気のんきな声を出した。

「岡崎さんは前から村上君のことが気になっていたのだけど、なかなか告白する勇気が出なかった。村上君が自分に好意を持ってくれていそうだと感じてはいたんだろうけどね。たぶん村上君の方も同じだったんだろう。

 それで岡崎さんの方が先に動いた。

 けれどもそれは、面と向かって告白するとかラブレターを出すとかじゃなく、節分の夜に大高桜の下に黒歴史を埋めるという『いつ』そして『どこに』自分が居るかを知らせる謎かけで。

 たぶん同時に『そういえば、京都の須賀神社では節分の日に懸想文売りが出るんだって。』といった内容を豆知識っぽく織り交ぜてね。

 もしかすると『そんな風に誰かからラブレターを貰ったら、ロマンチックだなぁ。』くらいまで踏み込んだのかも知れない。

 一方で村上君も『節分の夜がチャンスなのか!』と奮い立ったんだろう。そこまで岡崎さんから御膳立おぜんだてを整えてもらったんだとしたら、こたえなければ男がすたると考えたかどうかは知らないけど。

 少なくとも天にも昇る気持ちだったのは間違いないんじゃないだろうか。

 そこで彼はネットで懸想文売りを検索したり、梅の枝に吊るす恋の和歌うたを――百人一首とか古今和歌集こきんわかしゅうから――選んだりとか、実際に手渡すための恋文を書いたりとか、着々というか甲斐甲斐かいがいしく準備を進める。」


 「若いって良いなぁ、青春だなあ。」

と純子はタメ息をいた。

「それに比べてワタシと片山くんなんて、相互確証破壊な仲良しサンなんだから。」


 「贅沢ぜいたく言ってんじゃないよ!」と舞は不平を漏らす。

「アンタに失恋しちゃった私の立場はどうなるのさ。つまんない事言ってたら、腹癒はらいせに横から片山君を強奪しちゃうからね。今日までは彼、何の興味も持てない人物だったけど、ホントは面白い男子だっていうのを嫌というほど認識させられたから。新作書くときのブレーンにモッテコイだねぇ。」


 片山はそんな二人を「はいはい、先を急ぐよ。感想戦は終局した後でお願い。」と軽くなした。

「さて準備万端の村上君だったが、思わぬ事態が起きて節分の夜の都合が付かなくなった。

 それはインフルエンザとか風疹ふうしんみたいに一定期間の自宅隔離を余儀なくされる急病であったのかも知れないし、足の骨折みたいに物理的に歩行不可能を伴う事故かも知れない。

 ま、悪い事ばかり想像しなくても、人命救助して急遽メディアの取材を受けなければならなくなったとか、表彰されることになってしまったとかいう突発事項だって有り得るわけだ。ほらワンゲル部は以前、山で動けなくなったお年寄りを見つけて交代で担ぎ下ろし、ニュースにもなったし表彰されたことが有っただろ?」


 「有ったねぇ。」と舞も同意する。「そんなにたびたび人命救助シチュに立ち会うチャンスって無いとは思うけど、可能性としてはゼロじゃない、か。」


 「うん。電話かメールは出来るんだけど、直に”約束の場所”に行くことが出来ないってコトは、生きてる上では珍しくもない。」

と片山は微笑んだ。

「けれどもことは一世一代の重大事。好きな女の子への告白だ。いろいろと下準備も整えている。

 こんな時に村上君って『ゴメン。足、折っちゃった。節分の夜には会えないけれどキミのことは本当に好きなんだ』なんて具合に、岡崎さんに気安く電話することが出来るキャラなのかな?

 そして岡崎さんは『大変! でも気持ちは受け取った。ありがとう、お大事に』って返事出来る性格かな?

 二人の普段の仲の良さ具合をよく知らないから、何とも言えないんだけどね。

 でも村上君と岡崎さんは、互いに好意を持ちつつ、更にはそれを自覚していたのにも関わらず、ずっと言い出せなかったという間柄あいだがらだ。

 村上君は恋文を心待ちにしている岡崎さんに、電話を掛けるのを躊躇ためらったと思うんだよ。

 それで仕方なく、力を貸してくれそうな人物に窮状きゅうじょうを打ち明けた。『どうしよう?』ってね。

 相談を受けた人物が直ぐさま『俺にまかせろ』と言ったのか、一度は『正直に相手の女性に話してみれば』とアドバイスをしたのかは分からないけれど、最終的には懸想文売り役を引き受けた。

 告白タイムまでに余裕は無かっただろうから、懸想文売りは相当焦ったはずだよ。

 しかも大高桜の下に行ったら、花の枝と恋文を岡崎さんに手渡せば御役御免おやくごめんのはずだったのに、不意に水口さんに怒鳴りつけられた上に追っかけられたわけでしょ?

 ホント割に合わない役回りだったんだよ。

 更に覆面男は岡崎さんに『なぜ村上君本人が来れなくなってしまったのか』の理由も説明するつもりだったんだろうけど、それはかなわなかった。

 心残りだっただろうねぇ。だからこそ覆面男は反転ダッシュするまえに『徐々に後ずさる』という動作を見せたんじゃないのかなぁ。

 そう考えれば覆面男は事後、村上君に『恋文付きの枝は渡したが邪魔が入った。岡崎さんにはフォロー入れておいてくれ』と電話だかメールだかを入れているはずだ。

 メールだったら履歴が残っているかも知れないけど、彼のスマホを調べてみても既に消去されている可能性が高い。

 こうった理由で、覆面男の追跡はこれ以上不可能なんだ。

 村上君を拷問にでも掛けるみたいな非常手段を採るなら別だけど。岡崎さんに至っては、そもそも覆面男が誰なのかを知らないんだろうし。」

 以上で見てきたような講釈は終わりだ、と片山は結んだ。


 聞き終えて、一度はホッと息を吐いた純子だが

「うーん、私だったら正直ベースでストレートに電話してくれるのが一番嬉しいかな?」

と首をひねった。

「で、どこに入院してるのよ! って問い詰める。次の日には煮干し一俵いっぴょう担いで見舞いに行くわ。」


 「純子は外見に反して中身がオッサンだからねェ。三振した代打の切り札を愛憎交あいぞうまじえて思いっ切り野次やじってるプロ野球ファンみたいな。まあ、そこが魅力でもあるんだけど、乙女心おとめごころについて語る資格は無いね。」

と舞は苦笑せざるを得なかった。

「けれどもド真ん中ストレート勝負は、心意気は感じても詩的ではないのよねぇ。嬉しいのは嬉しいだろうけどさ。だから純子よりも多少は乙女心を分かっている村上君は、頭が良くて口が堅い友人に『どうしたらいい?』ってずは電話したんだ。この場合は普段からの親しさの度合いよりも、口が堅いってトコが最優先になるんだろうから、誰なんだろうな? ワンゲルの仲間とか演劇部関係者だったら、次の日には学校中に広まっていそうだし。まだ何のウワサも上がってないよね、覆面男の話題と同じく里美の恋バナは。」


 「聞かないねぇ。」と純子も頷いた。

「けれども覆面男は村上君が見込んだ口の堅い男だし、村上君や岡崎さんが自分から吹聴ふいちょうして回ることは無いだろうから、アタリマエと言えば当たり前か。秘められた事件に心当たりのある人物が積極的に探し回ってでもいない限り、見つかんないだろうねぇ。むしろ事件にすら成り得る要素が無いっていうか。」

 そしてビシイッと音がしそうな勢いで舞を指差した。

「舞、いて言うなら登場人物の中でアンタが一番、口が軽い。」


 「面目めんぼくない。」と舞は深々と最敬礼する。

「けれどもえて言いわけさせてもらうなら、私の頭なんかでは、覆面男案件が『慎重に仕組まれた告白劇の中で起きた作者自身も知らないアドリブ』だったなんて気付くはずもないじゃん? 純子だって片山君からヒントもらって、ようやく気が付いたくせに。」


 「そりゃあ、そうだね。」と純子は苦笑し「さあ菌の植え付けに行くか!」と立ち上がった。

「舞、アンタも早く出て行きなさいよ。片山君を横から強奪するって言ったのを、ワタシ忘れてないから。」


 「あーハイハイ。分かった分かった。」と舞は純子に向けてヒラヒラと手を振り、いで片山に向かって身を乗り出した。

「もう一つだけ、教えて欲しいコトが有るんだけど。」


 「ナニ? 第二幕? こりゃあ、聞かざなるまい。」

 純子が慌てて座り直した。

「今日の植え換えは諦めた。明日、培地から作り直す。」


 「そちも相当な物好きよのう。」と舞は笑って「里美のことなんだけど。」と話を切り出す。

「なぜ私を呼んだのかなぁ、と疑問が湧いて。だって結果は分かっていたはずなんでしょ? 村上君は謎かけにイエスと応えてくれるということで。片山君の講釈を聞いたら、いわゆる鉄板てっぱんという感じじゃない? 里美が振られる心配は無かった。」


 「そっか、そっか。」と純子も頷く。

「初めの頃の見解では『もしも待ち人来たらず』だったら帰りの歩きが辛すぎる、とか言ってたんだよね。片山クン 謎解きしてる途中で考え直したん?」


 「『待ち人来たらず』って言ったのはアンタ!」と舞は噴き出した。

「片山君はその前に『岡崎さんは確信が持ててなかったんだと思うんだ』って言ったんだよ。」


 「そうだったっけ? テヘペロ。」


 「”てへぺろ”はしゅんを過ぎたよ。今なら『そうでしたっけ? うふふ』の方がまだ、汎用性はんようせいが高いんじゃないかなぁ?」

と片山がチャチャを入れた。

 しかしその後、表情を改めて

「今の質問をするんだから、水口さんは既に自分で答えを出している。僕の見解なんて必要かな?」

と逆に舞に問いかけてきた。

「岡崎さんが、自分の幸せを水口さんに見せつけるために仕組んだ、と考えてしまったのなら、それは間違いだ。まあ水口さんの表情を観るに、誤解をしているとは思えない。むしろ僕たち――僕と岸峰さんの二人――が、盟友である岡崎さんのパーソナリティを読み違えててしまうような事があったら嫌だな、と考えているんだね?」


 「まさ図星ずぼしというヤツでございますことよ。名探偵さん。」

 舞はゆっくりと拍手する。

「覆面男の件では、私をはぐらかしながら行ったり来たり、ずーっとノラクラしゃべっていたのがウソみたい。」


 「それはだねぇ」と純子が片山に代わって「今は舞が片山くんと、面と向かって会話をしているからなんだ。片山くんは老獪ろうかいな狸のくせに、人をおとしめるような陰口は嫌いなんだよ。」と答える。

「だから彼と親しくなってからは、推理小説を読んでても『名探偵 皆を集めて さてと言い』の場面は、別に名探偵の自己顕示欲が強いとか演出上の見せ場だからという理由ではなく、ただ単にこの探偵は陰口とか密告とかが嫌いなだけなんじゃないかな、と思うようになっちゃった。」


 「ひと昔前なら、ゴチソウサマ! って応えるところだね。純子の口からそんな惚気のろけを聞かされるとは思わなかった。」と舞は苦笑せざるを得ない。

「さあ片山君、名探偵としての力を見せてごらん! 私はともかく、純子はまだピンと来ていないみたいだから。」


 「それにはおよばぬ。私を見くびるなよ?」

 純子は自信満々に断言した。

「まあ気が付いたのは、今片山くんが舞に言ったセリフを聞いたからなんだけどね。……少々お恥ずかしいコトではあるが。」


 「かしおったわ!」と舞も笑った。

「けれど私も似たようなものだから、お互いさまだわ。私は片山君に話しかけてて、自分でハッと気が付いたんだ。まあ敢えて比べてみたならば、純子よりもチョッとだけ早く理解できたとは言って良いだろうけどね。」


 「そう。水口さんは『私の頭なんかでは、覆面男案件が慎重に仕組まれた告白劇の中で起きた作者自身も知らないアドリブだったなんて気付くはずもない』って言ったんだ。」

と片山は微笑んだ。

「告白劇・作者・アドリブ、それで分かったんだね。」


 舞はコックリと頷く。

「里美は演劇部の脚本書きに、人生とまでは言わないけど、青春を賭けてたから。」


 「彼女は後進に道を譲ると決意したから、この告白劇は岡崎さんにとって高校生活最後の『作・演出作品』になったんだねぇ。あ! 苦手な演技にもチャレンジしたんだから『作・演出・主演』なのかぁ。」

 純子が感慨深げに溜息ためいきいた。

「最後の作品だから、無観客にはしたくなかった。」


 「むしろ、究極の観巧者みごうしゃを一人だけ、岡崎さんは観劇客に選んだのだと考えるほうがいい。」

と片山は静かに純子の見解を訂正した。

「脚本書きで切磋琢磨してきた盟友だ。かけがえのない仲間だよ。岡崎さんは恋愛成就の場面というより、千秋楽せんしゅうらくを観て欲しかったんだ。」

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