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桜の古木の花咲く前の下(名探偵の登場編)

 納得できない!


 「里美はオオゴトにしたくないって言うけどさぁ……」

 舞はぶつぶ独り言をつぶやきながら、生物部の部室を訪れた。

 『桜の枝の怪人』と遭遇した次の日の放課後のことである。


 「キッシー居る?」

 勢いよくドアを開けた舞だが、キョトンとした顔で座っていたのは部員の片山修一かたやましゅういちただ一人。

 お目当ての岸峰純子――頭脳明晰・容姿端麗な大高準ミス――は不在だった。


 片山は何やら文献を読んでいた最中さいちゅうらしく、付箋ふせんを貼ったコピー紙が机の上に散乱していた。


 「岸峰さんなら培養室で、放線菌スクリーニング用のプレート作りだよ。もう直ぐ戻って来ると思うけど。」

 片山は一度時計にチラと目をやってから如才じょさいなく笑顔に変じて、散らかったプリントを束ね始めた。

「あと15分か20分くらいかな? 無菌操作中だから培養室には入れないよ。ここで待ってる?」


◇ ◇ ◇


 実のところ舞は、この片山という男子が――『大』の字が付くほどではないにしても――嫌いだった。

 しかし彼が不愉快な性格の持ち主ではない、というのは百も承知している。


 加えて中肉中背でこれといった特徴の無い外見、いつもニコニコしているのが逆に印象を薄くしている体形以上に平凡な御面相ごめんそう

 本来なら片山など「好きだ・嫌いだ」という感情の機微にすら引っ掛からない、舞の高校生活における『その他大勢』いわゆるモブキャラであったはずなのだ。


 舞がそんな”どうでもいいモブキャラ”を”嫌いな男子”として再認識したのは、彼が岸峰純子と”とある夏の日の事故”以来、急速に接近したことに起因している。

 それは理科実験棟の崩落――原因は未だに不明――の最中さなか、自身も怪我を負いながら純子を事故現場から担ぎ出してからのことだ。


 事故直後には、純子を救出してくれた片山修一のっぺたに「なんだったらキスくらいならしてやっても良い」などと感謝感激していた舞だったのだが、純子が片山に心惹こころひかれる結果に繋がったとあっては話が別。


 当初、舞は「純子のような神様が特別誂とくべつあつらえしたとしか思えない貴重な人財が、凡人愚物ぼんじんぐぶつ権化ごんげとも言うべき片山修一ごときになびいてしまったのは、俗にいう『吊り橋効果』の悪影響による気の迷いで、その短期効果しか保てない呪縛じゅばくから解放されたら元の学園アイドル的存在に戻るであろう」と冷ややかに見守っていたのだが、半年を経ても二人の仲の良さは続いたままだった。


 それどころか今では二人は――人目をはばかりながらも――時折ときおり長年連れ添った老夫婦のように慣れ親しんだ雰囲気をかもし出していることすらある。


 だから舞は片山修一という人物を、大声を上げて糾弾きゅうだんすることは出来ないにしても『愛しいおもい(びと)人を奪った恋敵こいがたき』として憎んでいるのである。

 しかしこの感情は、片山に対してフェアな評価であるとはいえない、というのは舞も自覚はしている。


 実のところ舞と純子とは親しい友人関係を維持してきたが、別に二人が百合ゆりな恋人同士であったという事実は無いし、舞も純子に対して自分の感情を打ち明けたことは無い。

 舞の純子に対する『恋心』は、舞の一方的な美しく聡明な”存在”に対する同性・異性を問わない特異的な片思いというべきものであった。


 念のために言及しておくならば、舞は自分の事を「同性にしかかれないパーソナリティ」だとは考えていない。

 舞は、里美とは純子以上に自他共に認める盟友・親友関係であるのだが、里美には純子に対しての時のような『愛情/愛欲』をいだいたことは無い。また他の同性に対しても同様である。

 舞の中で岸峰純子に対する感情だけが、独立峰のように突出していたというわけだ。


 そんなこともあって、舞の純子に対する誰にも言えない愛情は、実はこれまで少々”いびつ”なカタチで噴出口を見出していた。

 純子を客演女優として映研の作品に多用し、自分好みの映像として手元に保管することで。


 それは特にサディスティックな表現としての形をとった。

 映研には部員として主演女優がいるからという理由で、”友情出演”の純子には『殺人事件の犠牲者役』や『主人公を守って悲惨な最期を遂げるライバル』などを割り振り、十字架磔や白目舌出し死体にしてきたのである。


 大高準ミスの無惨むざんな死体演技は公開前のポスターの時点から評判を呼び、映研の作品は学内公開されるたびに観客を集めた。


 高校映画研究部の自己満足な作品が、一般的商業映画とは作品の価値において違いがあるとしても、『当たれば正義』という点では共通している。


 舞は純子に「キッシー、悪いけどさぁ。……この役、やって欲しいんだよね。いやキッシーでなきゃ意味が無いんだよ。キミには他の子じゃあ絶対に集められない人数を観に来させるパワーが有るのはマチガイ無いんだ。今回の脚本には私、ホントに賭けてるんだ。」と押し通し、毅然とした性格ながらも”頭を下げて頼むと言われたら断れない”純子に「いいよ。自信は無いけどガンバルよ。」と言わせてきたのであった。


 舞にとっては趣味と実益とを兼ねたキャスティングであったわけだが、舞のある意味欲望剥き出しの脚本は、受け取る側(観客)にとっても『刺さる』結果に繋がったというわけである。


◇ ◇ ◇


 ただでさえ嫌いな片山から、純子が戻って来るのは15分後と聞いて、舞はイラっとした。

 そこで「この愚物を少し試してやろうか。どうせ大した答えは返ってこないだろうけど」と思い付いた。

「あのさあ、ちょっと聞いて欲しいことが有るんだけど。」


 片山は「うんうん」 「なるほど」などと相槌を打ちながら舞の話しに耳を傾けていたが、舞が

「だからさぁ、覆面の怪人をこのままにしておくのは、どうかと思うんだよね。変態が学校の中……中だけじゃないかも知れないけど、居るっていうのは穏やかじゃないじゃない? 昨日は岡崎がヤバかったわけだけど、変態の魔の手がキッシーに向く事だってあるかも知れないし。」

まくし立てると、のほほんとした口調で「まあまあ。」となだめるような口調で応じてきた。


 「昨日は節分、今日は立春だからね。花の枝を手にした覆面男が出現するには、おあつらえ向きってことで。」


 そして「桜はたぶん、啓翁桜けいおうざくらって種類だと思うよ。1930年ころに福岡県の久留米市で開発された早咲き桜。もっとも今では、富山や山形県で栽培が盛んらしいけどね。ハウスや温泉熱を利用して栽培し、年明けから2月末くらいまで出荷されるんだそうだ。」と、舞にとっては本当にドウデモヨイ生物部的な蘊蓄うんちくを披露してみせた。


 ――このクソ愚者があ!

と舞は怒鳴りつけそうになったが、こらえて良かった。

 お目当ての岸峰純子が戻って来たからである。


 純子は「あれ? どしたの舞。怖い顔して。」と自然な感じで、当然のように片山の横に座った。

「片山クンが、なんぞ無神経な事でも口走ったかな? ホントこの人は空気読めないフリする人だからねぇ。」


 舞の頭の中では激怒と嫉妬が渦巻いていたため、即座に口を開くことが出来なかった。


 そんな舞を見かねたのか、片山が「水口さんは覆面の怪人を目撃してね、警告ならびに善後策の相談をしにキミを待っていたんだよ。」と話し始めた。

「昨日の夜のことだそうだ。」


 舞は黙って感情の波を抑え込みつつ、片山がしゃべるのに耳を傾けていたが、片山が忠実に舞のした話を再現するのを聞いて

――一応、ちゃんと聞いてくれてはいたんだな。

と落ち着きを取り戻して来た。

――単なる間抜けと思ってたけど、ワトソン博士役くらいなら務められる脳味噌程度は持ってたか。


 純子は「そりゃ怖かったねぇ。でも二人が無事で良かったよ。」と舞に同情を示した。

 けれども「当の岡崎さんはオオゴトにしたくないって言ってるわけだし、それに片山くんが慌てていないから、たぶん変態案件ではないような気がするよ?」などと言い出した。

「片山くん、まだ私にはちょっと全貌ぜんぼうつかめていないんだけど、ポイントは節分の日ってことなのかな?」


 「ああ……うん。」と片山が頷く。

「それと『桜の枝』を岡崎さんが『梅の枝』と間違えたトコ。それに桜の枝に紙縒こよりが結んであったところかな。」


 片山は純子の質問に答えてから、今度は舞に「ひとつ確かめたい点があるんだけど」と切り出した。

「紙縒りは上端も下端も、刃物で綺麗に切りそろえてあった? 思い出せる?」


 不意に質問を振られて、一瞬舞は戸惑とまどったが

「ええっと……一方はキレイにはさみを入れていた……と思う。けれども、もう一端はほつれたみたいに和紙の繊維が乱れていた……かな?」

と怒りを忘れて視覚記憶を探り出した。

「これ、どういう事? 何かを引きちぎったってことなの?」


 「そういう事かぁ!」

 舞より先に、純子が片山の考えを読み切ったようだった。

「シラノめく 恋もありけむ 懸想文けそうぶみ。」


 片山は純子の答えに

「引用は西野白水の句だね。季題きだいは懸想文。季節は春。節分だね。」

と頷いた。

「だから岡崎さんは桜を梅と間違えたんだよ。暗かったし、手渡されるのは梅だろうと考えていたんじゃないかな。怪人は梅である事の重要性を軽視していたのか、あるいは花屋さんに寄っても桜しか手に入らなかったのかは分からないけど。」


 「片山くんはお花屋さんには行かないからねぇ。」と純子が微苦笑した。

「今時分だと、咲いた白梅もたまに売ってるには売ってるけど数が知れてるんだよ。つぼみばっかりの枝だけが売れ残ったりしていて。紅梅にはまだまだだし、開いた花をつけているウメと名の付く枝はせいぜい黄色の蝋梅ろうばいくらいかな。でも蝋梅はクスノキ科で、梅や桜みたいなバラ科の植物とは違うんだ。それに比べたら啓翁桜だったらちゃんとバラ科だし、お花屋さんで選び放題のり取り見取り。」


 二人の息の合った遣り取りに苛立いらだちを覚えた舞は「ちょっと、ちょっと!」と割り込んだ。

「私にも解るように説明してよ。」

 ――純子は愚物の考えに同感したみたいだが、私は認めない!

 ――って言うか、二人が到達した推理の結論が何なのか、まだ見当も付いてない。

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