氷の女王な幼馴染
「あんた、宿題やったの?」
怒気をはらんだ声で俺に話しかけるのは、有紀凛。
肩下まで伸びた黒く綺麗な長い髪。ぱっちりとした二重に綺麗な鼻筋。
非常に整った顔をしている。
この有紀凛だが、俺の幼馴染である。
幼稚園、小学校、中学校、高校とずっと一緒だ。
小さい頃は家が近く、親同士が仲良いこともあってよく遊んだ。
そんな彼女だが、中学一年を過ぎたあたりから徐々に雰囲気が変わっていき……今では、凛とした雰囲気で、かつ真面目。
ツンツンとした冷たい対応からか、氷の女王なんて呼ばれていたりする。
今俺に向けているこの鋭い目だが、一部男子には「有紀さんに睨まれるのはむしろご褒美だ!」なんて言ってるやつもいる。
「逆に俺が宿題やってると思うのか?」
少しドヤ顔でそう言うと、「テストであんな低い点数取るんだからせめて宿題くらいしなさいよね」そういうと、ぷいっと反対を向いて去っていった。
ちなみに、宿題はしない、成績は低い、授業中は寝る。
そんな俺だが、最近彼女ができた。
隣のクラスの安藤ほのか。
安藤さんは、割と地味な方で去年とかは話したことも全然なかったのだが、委員会が同じになってから話すようになった。
趣味が一緒で話が盛り上がり、そこから仲良くなって休日もたまに遊びに行くようになって……俺が告白したら受けてくれた。
「はーい、みんな席着いてー」
ガラガラと扉を開けて、先生が教室に入ってくる。
♢♢♢
四時間目までの授業が終わり、昼食の時間になる。
俺は彼女と食べる約束をしていたので、隣のクラスに迎えに行く。
「安藤さん」
「あっ、徳久くん! 来てくれてありがと。あんま人がいない所行こー」
そう言われ、図書室の隣の部屋に行く。
図書準備室と呼ばれるところで、図書委員の俺らは自由に使うことができた。
席につき、弁当の蓋を開けたとき、ガラッと勢いよく扉が開く。
「レンくん、一緒にお弁当食べよ……ぅ……え、ーーさん?」
扉を勢いよく開けて部屋に入ってきたのは、有紀凛だった。
固まって目をパチパチとさせる凛。
俺も一緒にご飯を食べようと急に言われて困惑する。
安藤さんに関しては、ツンツン、いや、グサグサと指で俺の背中を刺してくる。
「ねぇ、氷の女王様とどう言う関係なの?」
氷の女王だけにカッチカチに凍りついた空気が流れる。
それを壊したのは凛だった。
「安藤さん。私と、レンくんは幼稚園の頃からの幼馴染なの。小中高と、ずーっと一緒なのよね。そういう関係。逆に安藤さんとレンくんはどう言う関係なの?」
ふふんっ。とでも言いたげな顔で俺との関係を説明する凛。
いや、中学校のあたりからほぼ関わってこなかったろ……。
急にどうしたんだ、まじで。
「私と徳久くんは、付き合ってるの。彼氏彼女の関係。幼馴染なんかよりも深い関係だから」
そう言って俺の手を握る安藤さん。
「つ、付き合ってる? 彼氏彼女?」
声が裏返り、明らかに動揺する凛。
「いやいや。嘘はいけないよ。レンくんに彼女なんてできるわけないでしょ……ね?」
俺の方を向いて、笑ってはいるものの、いつもより数段恐ろしい目で確認してくる。
「いや、その。最近関わってなかったから言わなかったが、安藤さんと付き合い始めた」
そう言うと、徐々に顔が赤くなり目が潤みだす凛。
ダッと後ろを向いて走り去っていった。
「有紀さんとは、変な関係じゃないんだよね……?」
凛が去って二人になった部屋で安藤さんが言う。
「変な関係ってなんだよ、俺もなにがあったのかよくわからん」
そう苦笑気味に答えた俺は、重い空気がただようなか弁当を食べ始めた。
♢♢♢
お弁当を食べ終え教室に戻る。
さっきは何事だったんだ、と聞くために凛を探すが、教室に凛の姿はない。
あと十分ほどで授業が始まると言うのに、真面目ちゃんなあいつがいないのはおかしい。
俺は教室を出て、凛を探した。
下駄箱、図書室、図書準備室、生徒会室に、放送室。
どこを探しても見当たらない。
授業まで一分を切っていたので、入れ違えになっただけで、教室にもういるかもしれない。と、自分のクラスに戻る。
その途中の階段。
その裏から、泣き声が聞こえた。
それはどこか聞き覚えのある声で、懐かしさを覚える。
階段裏を覗くと、凛がうずくまって泣いていた。
すぐに俺に気づいたのか、涙を制服の裾で拭って息を落ちつかせる。
「なによ、彼女といればいいじゃない」
そう言い放つと、泣いた後で赤く腫れていた目が潤み出し、再び泣き始める。
俺は、凛の背中をさすりながら、なにがあったのか聞いた。
「ふぅ……」と息をついた後、凛はゆっくり、少しずつ話す。
幼稚園、小学校の間は俺のことを仲のいい友達。としか見ていなかった。
大事な友人。そう言う認識だったという。
ただ、中学に入って少しし始めてから、俺のことを異性として意識し始めるようになってしまったと。
いままで私が友達だと思っていたように、レンくんは私のことを異性としては見ていないのだろう。そう日頃の会話などから察したと言う。
そうなってしまうと、接し方がわからなくなり距離を置くことに。
こうして、周りに壁を作るまじめちゃんが生まれたと言うのだ。
俺のことを好きだったというのはにわかに信じ難いが、仮に本当だったとしよう。
「いままで距離を置いていたのに、なんで今日突然来たんだ?」
この疑問だけは残っていた。
「それは……」と、うつむきながら少し顔を赤らめる凛。
「男子との会話で、レンくんが好きな人がいる、とか好みのタイプは、とか話してて、それが『気軽に話せたり、話してて楽しい』とかで。私と、かけ離れてる気がして悲しくて。そんななか、今日の朝星座占いで、私一位で、『想い人のことを知れるチャンス、自分から話しかけてみてね』って」
星座占いに押されて、俺のところに来たのか。
いや、まぁたしかに占いは当たってるのか……?
凛は俺に彼女がいることを知ったわけだし……。
「もう、好きとか、言っちゃったから……。遠慮しても仕方がないし、これから私のことを好きになってくれるように毎日アピールするから。安藤さんには渡さないもん」
そう言うと、腫れた目のまま彼女は俺と一緒に授業中の教室に戻った。
泣いた後であろう女の子と、一緒に遅刻してくる男、俺。
しかもその女の子はものすごい美少女ゆえ、男子から殺意のこもった視線が俺に。
そして女子陣、先生からはお前なに泣かせてんだよ、と言う怒りの目を向けられる。
おとなしかった俺の学校生活は、氷の女王様によって変えられていくのであった。