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花より咲春へ  作者: 丈乃井 想
8/13

文化祭

 

 二日間にわたる文化祭がスタートした。

  朝からみんな、どこかソワソワして落ち着かず、何度も衣装や小道具の調整、班の割り振りなどの確認をしている。ホームルーム中も、葦有先生が話しているのにどこか上の空で、気持ちはこれから始まる文化祭が占めていた。

  先生もそれは分かっているのか連絡と注意事項のみで「せっかくの文化祭、全員で楽しみましょう」と、そんな言葉でホームルームを早々に締めてくれた。


  十時になり、学校のチャイムと共に一般のお客さんの入場が開始される。

 いつもは授業を知らせるチャイムも、今回ばかりは文化祭の始まりを知らせるチャイムに変わり、それだけでこんなにワクワクしてくる。

  校門の前では何十人もの人が待っていたらしく、入場が開始されて早々、校内は一気に騒がしくなった。

 農業高校ということもあり、生徒が育てた野菜や果物の販売会、手作りのチーズやパン、お菓子などが安く売られ、地元住民や保護者などはそれを目当てに早くから待っている人も多くいるようだった。


 クラスのお化け屋敷の評判は上々で、スタートから順番待ちの列が出来ている状態となり、嬉しい悲鳴を上げていた。

 私たち生徒会も、校内の見回りや自分たちのクラスの手伝いで朝から休みなく動いて、文化祭一日目は、何かをした記憶も思い出も残せないまま慌ただしく過ぎていった。


  ***


「春さん咲さん、だいぶ落ち着いてきましたし、文化祭回って来たら如何ですか?私は衣装の直しがまだ終わらないので、先にお二人だけでも先に行って来て下さい」

  視線は手元に落としたままの花がそう言った。

 二日目になっても忙しさは変わらなかったがみんなだいぶ慣れてきたのか、恙無(つつがな)くお化け屋敷を進行できるようになってきていた。

  それでも十五時頃には、お昼を食べ終わり、体育館でのステージを見終わった人が押し寄せ列を作っていた。

「だったら、花が終わるまで待つよ」

 花は、井戸の端に引っ掛けて破けてしまったお岩さんの衣装の裾を直しをしていた。

「いいえ、まだ時間が掛かりそうですから先に行ってください。それに、落ち着いている内に行かないと、また捕まっちゃいますよ。私もこれが終わったら連絡しますから」

 そう言いながら、針に白い糸を通し玉留めをして縫い合わせに取り掛かろうとしている。

 私たち三人はお化け屋敷の補佐役に回っていたり、受付の手伝いや休憩回しのピンチヒッターに入ったり、生徒会の見回りがあったりで今日もあまり文化祭を回れていなかった。今だって花は衣装の直しを頼まれている。

 私がまだ渋っていると、隣にいた春が答えた。

「分かった、終わったらすぐ連絡しろよ!後夜祭にはお楽しみがあるんだからな!」

 そう言って、花にニヤッと笑い掛けた。これは春が何かを企んでいる時の顔だ。

 花もその顔で何かを察したのか「分かりました。それまでには絶対合流しますね」と言って、更にピッチを上げて作業に取り掛かり始めた。

 花の視線はこちらに向くことはなく、裾を縫う針にだけ向けられていた。リボンの開花の時にも思ったが、花の裁縫技術はやはり高い。

  小さく「頑張って」と呟き、春と二人でそっと教室を出ていった。



 入学以来三人で行動することが多かったからか、いざ春と二人きりになると普段どんな風に話していたのか考えてしまい、いつも以上に言葉が出てこなくなっていた。

 春の方も出てきた時の勢いはどこへ行ったのか「えっと、何食うか…」「あー、あのさ、文化祭楽しいな」「あの…いや、なんでもない」と言葉を言い淀んだり、詰まったりして何かを考えているようで、いつもと雰囲気が違っていた。

 周りには売り込みの声、子供の声、どこかの部屋から聞こえるBGM、笑い声、はしゃぎ声、叫び声、走る足音、何かを焼く音、叩く音。たくさんの声と音が溢れかえっているのに、私と春の間だけは、息遣いが聞こえそうなくらい静かだった。

  誰かといて話さないなんて慣れていたはずなのに、いまは妙に居心地が悪く、敏感に相手の気配を感じてしまう。

  どのくらい続いたか分からない沈黙は、春の「よしっ」と言う声で破られた。

  そして、いつもとは違う弱々しい声で尋ねてきた。

「えっと、あのさ、ちょっと聞きたいことがあって…」

 あまり聞き慣れないその声に少し戸惑ってしまう。

「え、うん、何?」

「お化け屋敷入った時、なんかあった?」

 思ってもいない質問に、少し考えあぐねたが直ぐに蓮歌くんと入ったあの時のことだと思い至った。そして「何か」で思い出すことと言えば、蓮歌くんがお化け屋敷が苦手だということだけど、それは春にも言えない内容だった。

「…別に何も無いよ。どうして?」

「いや、なんかあれから賢太と妙に仲良くなってたし、なんか二人でひそひそ話してたから、何かあったのかと思って…」

 確かに、あのことがあってから蓮歌くんとの距離が少し縮まった気がしていた。向こうからも話しかけてくれるし、私からも話しかけられるようになっていた。

 でも、確かあの時、春はみんなから怖がりなことをいじられたり、葉澄さんたちと話していたのはずなのに。こちらを気にしてくれていたなんて。

  そのことが少し嬉しかった。

「特別何かあったわけじゃないけど、少し仲良くなれたような気がする」

 春はなんとも微妙な顔をしていて、その感情を読むことが出来なかった。

「でもね、それもきっと春と花のお陰なんだ。二人といると自分も少し明るくなれる気がするの。話し掛けられて嬉しかったり、仲良くしたいって思えたり、今まで持てなかった感情が湧いてくる。だから、えっと、ありがとう」

 少し照れくさくもあったが、素直に言葉が出てきた。春は少し驚いていたが「おう!」と、いつもの笑顔で笑い返してくれた。

 やっぱり、この笑顔を見ると安心する。

  そして、私は二人の笑顔が好きなのだ。

 春のニヤニヤ顔も、ぱっと明るい笑顔も、花の微笑みも、表情に乏しかった私がこんな風に笑えるようになったのも、二人の笑顔のお陰だから。


 それから春と学校の隅から隅まで色んなお店を見て回った。

 焼きそばやフランクフルト、チョコバナナ、クレープを食べたり、学校で育てている乳牛の乳搾り&バター作り体験をしたり、動物の触れ合いコーナーへ行ったり。とにかくたくさん遊んで食べて笑って話して文化祭を楽しんだ。

  小学校でも中学校でも文化祭は経験したが、こんなに楽しいと思えたのは初めてだった。

 時刻は既に十七時を過ぎていた。一般のお客さんはそろそろ退場の時間だ。後夜祭は生徒だけで行われる。

 学校のチャイムと共に、今度は一斉に学校の外へと一般のお客さんが出ていく。まるで帰宅ラッシュだ。

  こんな田舎だから実際に経験したことはないが、テレビで東京の品川駅や新宿駅へ一斉に人が押し寄せている光景を見たことがある。それに比べて規模はかなり小さいが、その波に巻き込まれることは容易だった。一度呑み込まれてしまえば抜け出せない。


  春と逸れてしまう。


  そう思った瞬間、温かい手が私を掴んで引き寄せてくれた。その手の先には、春がいた。

  そしてそのまま、大勢の人波を掻き分けて進んでいく。

  人波を抜けるまで離さないでいてくれたその手は、思ったよりも大きくて温かかった。

  少しの緊張と高揚の中、自然とその温もりを求めて、私はその手を握り返していた。



 グラウンドでキャンプファイヤーに火が灯される頃、ようやく花と合流することが出来た。

  それなのに、春は少し用事があるからと何処かへ行ってしまっていた。

 花が通話終了画面が表示された携帯を握りしめながら言った。

「どうしましょう、春さん電話に出てくれません。キャンプファイヤーの後処理は生徒会でやるみたいで、打ち合わせがしたいと藺草会長に呼ばれているんですけど…」

  そう言いながら、見える範囲にいないかと周りをキョロキョロと見回している。

「打ち合わせっていつからやるの?」

  花は携帯のディスプレイをもう一度確認した。

「十九時に用具室前に集合と言っていたので、もうあと十五分程しか時間がありません」

  私は少し考えて、決断した。

「分かった。私が春を探してくるから花はここで待ってて。入れ違いで戻ってくるかもしれないし。そしたら電話ちょうだい。もし私たちが時間までに戻らなそうなら、先に打ち合わせ場所に行ってて」

「分かりました。よろしくお願いします」

 春は確か体育館の方へ歩いて行ったと思ったから、まずはそっちを探してみよう。

  キャンプファイヤーのパチパチ弾ける音と炎の温かさを背中に感じながら、私は駆け出した。


 ほぼ全員の生徒と教師はキャンプファイヤーに集まっていて、辿り着いた体育館はさっきまでの賑わいが嘘みたいに静寂に包まれていた。

  ステージも客席もギャラリーもなんの声も音もしない。少し怖いくらい静かだ。人の気配なんて感じないし、ここではなかったかもしれない。

  別のところを探しに行こうかと思い体育館から出ると、裏の方から微かに声が聞こえてきた。

 こんな時に何をしているのだろうと思い声のする方へ行ってみると、寒桜の木の下に春がいた。すぐに声を掛けようかとしたが、春は誰かと話しているようだった。

  薄暗闇の中をよく見ると、それは葉澄さんだった。

 思わず隠れてしまったが、早く春に生徒会のことを伝えないといけないのに。なかなか動くことが出来ない。

  そして図らずも二人の会話が耳に飛び込んできてしまった。


「私、春くんのことが好きです」


 ──ドクン…

  その言葉に、胸が大きく脈打った…。

 告白の場面に出くわしてしまった驚き。

  大切な話を盗み聞きしてしまった罪悪感。

  でも一番は、春が葉澄さんと付き合うかもしれない、もう一緒には居られないんじゃないかという不安や悲しみ。そして、どうしようもない胸の痛み。

  それが一瞬にして襲ってきた。

  この感情は、一体なに。


  次の言葉を聞きたくない。


  春の返答を聞きたくない。


  気づいた時には、その場を駆け出していた。



  〜٭❀*〜


「ありがとう、でもごめん。俺好きな人がいるんだ」

「…好きな人って、鈴城さん?」

「うん。だから、葉澄の気持ちには応えられない」

「そっかぁ。うん、そうじゃないかなって少し思ってたんだ〜。急に呼び出したりしてごめんね。どうしても気持ちを伝えたかったんだ。聞いてくれてありがとう、春くん」

 秋風に吹かれて寒桜の葉が舞散っていた。

  震える声は葉の擦れる音がかき消してくれていた。

  それでも、肌を撫でる風は痛いくらいに冷たく吹きつけてくる。


  〜٭❀*〜



「咲さん、そんなに急いでどうしたんですか!?春さん、見つかりませんでした?」

 息を切らせて戻ってきた私に、花が心配そうに尋ねてきた。

  私は首を振ることしか出来なかった。

  上がった息を整え、なるべく冷静に言葉を出した。

「色々探してみたんだけど…」

  告白の現場を目撃してしまったなんて言えるはずなかった。

 仕方なく、見つけられずに帰って来たと言おうとした時、後ろからいつもの元気な声が聞こえてきた。

「おーい、二人ともここにいたのか!」

「春さん何やってたんですか?生徒会の打ち合わがあるんですよ!時間がないから早く行かないとです」

  小走りに三人で走り出しながら、花が尋ねた。

  「もう、せっかく咲さんが探してくれていたのに、何処にいたんですか?」

  その言葉を聞いて春の表情が一瞬固まった。

「えっ…咲、探してくれてたのか?」

「あ、うん、でも見つけられなかった…」

 思わず春から目を逸らしてしまった。

「そっか、ごめん」

 春の顔をまともに見れなかった。聞きたいのに、盗み聞きしてたなんて言えない。知られたくない。

 春は葉澄さんと付き合ったのだろうか。

  これからもこうして三人で一緒に笑っていられるだろうか。

  ギリギリ間に合った生徒会の打ち合わせも、そんなことばかりが頭を過り、内容が全く入って来なかった。


 後夜祭も終わりに近づき、キャンプファイヤーの火の勢いも最初に比べてだいぶ小さくなっていた。

  するとさっきまで大人しかった春が、鞄から何かを取り出しゴソゴソとやり始めた。

 座りながら作業をする後ろから、覗き見ながら聞いてみた。

「何してるの?」

 振り向いた春は、あの何かを企むようなニヤニヤした顔をしていた。

「ふっふっふー。お楽しみって言ってたろ。じゃーん!」

 そう言って見せてきたのは、長い竹串に刺さったマシュマロだった。

「もしかして、そのマシュマロを焼くんですか!?」

「その通り。さすが花、よく分かってるな!キャンプファイヤーの火で焼きマシュマロ作ろうぜ!ほんとはイカとか持ってこようと思ったんだけど、さすがに臭いがヤバいかなって思ってさ。火が大きすぎると中々近づけないだろ。だから小さくなるまで待ってたんだ」

 そう言うと、だいぶ小さくなった火の側までいき、竹串に刺さった三本のマシュマロを焼き始めた。

  周りの様子をキョロキョロと確認しながら焼く姿は、なんだか面白かった。

  マシュマロは次第に表面が溶けて茶色に焦げ、香ばしく甘い匂いが漂ってきた。

  そうなると周りの生徒も「なんかいい匂いしない」「確かに甘い匂いする」「なんの匂いだ」と、何人か気づき始めていた。

 そして、いい具合いに焼き終えると、素早く私たちの元へ持ってきてくれた。

  生徒会がこんなことをしていいはずがないのに、こんなに甘くて香ばしい香りを醸し出されては耐えられない。

 渡されたマシュマロを一口噛じるとトロっと蕩けて、甘くて少し芳ばしい香りが口いっぱいに広がった。

 まだ胸に残るこのモヤモヤした気持ちも、こんな風に蕩けてなくなってしまえばいいのに。

「もう一個焼こうぜ!」とマシュマロを竹串に刺していると、後ろから葦有先生に声を掛けられた。遂にバレてしまったのだ。

  こんなにいい香りを撒き散らしていて、バレないと思う方がおかしいのだけれど。

  捕まるが先か逃げるが先か。春の「逃げろ」の掛け声で、咄嗟に私と花も駆け出していた。

  葦有先生の声を背に、私たち三人は誰もいなくなった校舎を目指していた。


  中央玄関の所まで辿り着いた頃には、三人とも息が上がっていた。今日は走ってばっかりだ。

「はぁ、なんとか葦有先生は巻きましたね」

「あぁ、危ないとこだったな」

「でもきっとあとでお説教ですね」

「くっそー、もう一個食べたかったのに!」

 息が上がり苦しい筈なのに、二人の真剣な表情とこの状況が可笑しくて、堪らず笑いが込み上げてきた。

「あはははっ、先生に追いかけられるなんて思ってもみなかった。こんな走ったのも久しぶりだし、苦しいよー」

 声を上げて笑うなんていつ振りだろう。

  上がった息を整えるために、夜の涼しい空気を一杯に吸い込んだ。

  なぜだか春は満足気に「そうだな、でも楽しいだろ!」と胸を張っていた。

「ふふふっ。私も全力疾走なんて久しぶりで、明日筋肉痛になりそうです!」

  花も私につられたように笑っていた。


 三人でひと通り笑い終えると、次第に静寂に包まれた。

  話す内容がない訳ではない。ただ、この状況に浸りたかったのだ。

  遠くに見えるみんなのシルエットを眺めながら。

  いつもは学年も学科もバラバラな生徒が、小さなキャンプファイヤーの火に照らされて輪郭が揺れている。見えるシルエットは誰一人違わない。黒くて炎だけが赤く燃えている。


  私たち三人も、ずっとこうして笑っていられるだろうか。

  変わることなく、春と花は私といてくれるだろうか。 


 辺りは徐々に暗がりが多く占め、後夜祭の終わりを告げていた。

 最初にその場を動いたのは春だった。

「さぁ、そろそろ戻って片付けやんないとだな!」

 続けて花も。

「そうですね。私たち生徒会は、片付けるまでが後夜祭ですもんね」

 二人の後を追うように私も遅れて立ち上がった。

 小さく見えるキャンプファイヤーの明かりに向かい、私たちは歩き始めた。


 片付けと言っても火の後始末や学校の施錠確認をするくらいで、三十分もせず解散することが出来た。

  途中、葦有先生に見つかってしまったが、思っていたよりも軽いお説教で済まされた。主に春が注意されたくらいだった。



「あっという間だったな、文化祭」

「そうですね。でも、明日は丸一日後片付けですから、まだ完全に終わったとは言えませんね」

 文化祭の余韻と共に乗り込んだ電車の車内は、終電の一つ前ということもあり乗客は少なく、暖房はあまり効いていなかった。

  それでも、あまり寒さは感じなかった。


 花が仏駅で降り、春と二人になったボックス席で長い沈黙を春の少し硬い声が破った。

「生徒会の打ち合わせの前、俺のこと探してくれてたんだよな」

 胸がまた脈打つ。

「俺あの時、体育館裏にいたんだけど。もしかして…」

 聞きたくない。それでも、言わなきゃいけない。

  膝の上でギュッと握りしめた手を一点に見つめながら、私は春の言葉を遮るように言った。

「ごめん、嘘ついてた。…私、本当は春が葉澄さんに告白されてるの、聞いちゃったんだ…」

 二人がどうなったのか、聞きたくない。もしかしたら、もう三人でいられなくなるかもしれない。

  それでも、このモヤモヤをずっと抱えていることも出来ない。こんなにも心は、弱かっただろうか。

「やっぱり、そうだったのか。なんかあの後、咲の様子がおかしかったからそうじゃないかと思ってたんだ。その、どこまで聞いてた?」

  私は正直に答えた。

「葉澄さんが、春に好きって伝えるところまで。でも、すぐその場から離れたから、春がなんて答えたかは聞いてない…」

 本当はその言葉を聞きたくなくて逃げたのだ。

 人の告白を聞き逃げするなんて最低だ。春も幻滅しているかもしれない。そう思うと余計に顔を上げられなくなった。

 それでも、言葉を続けた。

「春は、葉澄さんと付き合うの?」

 震えそうな声を抑え、ずっと気になっていたことを言葉にした。


  少しの沈黙の後。

「付き合わない。好きになって貰えたのは嬉しかったけど、葉澄の気持ちには応えられないから」

 真剣な春の声が聞こえた。

  顔を上げて見た春の瞳は、こちらを真っ直ぐに見ていた。

  「俺は…」次に口から出そうとした言葉は、箱部駅の到着アナウンスに掻き消されてしまい、聞くことが出来なかった。

「え、なに?」

「いや…何でもない!とにかく葉澄とは付き合わない。だからこれからも咲と花と三人で一緒に楽しいことたくさん見つけようぜ!じゃあ、また明日な」

 少し早口で言い終えると、春は急いで電車を降りていってしまった。

「また、明日」その背中に私は小さく呟いた。


 一人になったボックス席で、いつもみたいに流れ去って行く景色を眺めている。

 最後尾のボックス席、進行方向とは逆側。

 車両が通ると走ってきた線路が見えて、自分の進んでいる道が正しいんだと思える。

「良かった…」

 無意識に口から出た言葉に自分でも驚いた。

 春に対するこの気持ちが何なのか、いまだに掴めていない。

  それでも、これからも変わらず春と花と三人でいられることに安堵していた。


 二日間に渡る文化祭が終わりを告げた。



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