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花より咲春へ  作者: 丈乃井 想
7/13

二学期

 

 七草高校では文化祭と体育祭が、毎年十月、それぞれ交互に行なわれる。なぜ同時に二つ開催しないのかというと、予算の関係やら準備の時間数やらが関係しているらしい。

  農業高校ということもあり、文化祭には生徒たちが育てた野菜や果物、花などに加え、パンやヨーグルトなどの加工食品も売られることになる。それは、いつもの実習の何十倍の量を作らなければならない。時間もかかるし、全てが学校で育てたものだけを使っているわけではないから、材料費だってかかる。

  その為、文化祭がある年には体育祭を行う時間も費用も無くなってしまうのだ。ただ文化祭では育てたものや作ったものを買ってもらえるから、費用の面ではそれ程大変ではないみたいだけれど。

  それでも、文化祭と体育祭は交互に行うことになっていた。

 

  今年は、二年に一度来る文化祭の年だ。

  文化祭と体育祭だと、どうしても文化祭の方が人気が出てしまう。今年の一年生は三年間の高校生活で二回も文化祭に当たるわけだから、二分の一でラッキーな学年なのだ。

 そして、来年からは私たちの提案した『収穫祭』が十一月に行なわれる予定なので、二学期はイベントが満載だ。

 七草高校の文化祭では各クラス一つ、出し物を考える。そしてそれは、まだ夏休み気分の抜けない二学期の始めから準備が進められた。

 それに伴う企画や調整も生徒会として進めて行かなくてはいけない、重要な仕事だ。

それでも、まずはクラスが優先事項だ。



「投票の結果俺たちのクラスは、お化け屋敷に決定しました」

 春の少し硬い笑顔と共に発表された結果に、クラス全員が歓喜の声を上げた。

  男装女装喫茶や書道展時や謎解きゲームなどの意見もあったが、クラスのほぼ全員一致で文化祭では定番のお化け屋敷に決定した。

 生徒会役員ということで、私たち三人がクラスでの文化祭の進行係やクラス委員も勤めていた。

 春が委員長で私が副委員長、そして花が書記係だ。


 春の声が硬い理由は明白で、オバケが怖いのだ。

夏休み、ホラー映画を借りてきて春の家で見たのだが、私と花は全く怖がっていなかったのに対して、春だけが事ある毎に叫び声をあげていた。

実際、映画は年齢制限もなく子供でも見られる内容だったので、相当怖がりなのだろう。見終わった後も、デッキが呪われたとか、小さな家鳴りが聞こえる度に何かが入り込んで来たと騒いでいたくらいだ。

 それでも、全会一致で決まったお化け屋敷をクラス委員長として指揮しなければならない。

 春には可哀想だが頑張って貰うしかなかった。


「じゃあ当日はオバケ役・受付等の事務係・裏方の三つに別れて、それぞれローテ組んで休憩とか回してくってことで!俺たちは生徒会として見回りの仕事とかがあるから、それぞれの補佐役になるので何かあったら言ってくれ!」

 出し物、役割などが決まり文化祭に向けての準備が本格化してくる。当分は休み時間や放課後などを使い大道具小道具作り、衣装作り、コース作りなどを進めていく。

 文化祭二週間前からは授業でも準備の時間が取られ、三日前には授業はなくなり文化祭一色になる。

 みんな朝早く来て、部活の朝練がなければ準備を進め、日中は授業を受け、放課後また準備を進め、部活が終わった人も下校時間ギリギリまで準備を手伝う。

 各教科ごとの課題も出て、授業も難しい内容になり大変な筈なのに文化祭が活力源となり、より充実した学校生活を過ごせていた。

 文化祭は準備期間が一番楽しいとは本当だったみたいで、それを人一倍楽しんでいたのはやっぱり春だった。

 春は男女先輩問わず誰とでも仲良くなれて、みんなから頼りにされて、春のいるところが話題の中心になっていく。

 そんな光景は今までにもたくさん見てきたが、この準備期間で更に実感させられた。楽しいはずなのに何故かほんの少しだけ、淋しいという思いが湧き上がっていた。


 七草高校の文化祭は二日間に渡り開催される。体育館では常時何かしらの催し物が行われ、校庭や教室ではそれぞれのクラス、コースの出し物があり、最終日には後夜祭がありグラウンドでキャンプファイヤーが焚かれる。



 文化祭三日前になりいよいよ追い込みに掛かり、教室もお化け屋敷仕様になった。そして、とうとうクラスのみんなで順番にお化け屋敷を体験する時がやってきた。

 どこからともなく「入る組み合わせは男女でいこう」という声が上がり、男女に別れ全員でくじを引くことになった。

  みんなで一から十三までの番号が書かれたくじを引いていく。そして、同じ番号を引いた同士がペアになる。至って簡単な決め方だ。

  私はちょうど真ん中あたりの六番を引いた。

「鈴城さん、よろしく」

 同じ六番を引いた男子は、今まであまり話したことのない蓮歌 賢太(はちすか けんた)くんだった。春、花以外と話すことがないから、クラスの殆どの人が私にとっては「あまり話したことのない」に当てはまるのだけれど。

  声を掛けてくれた蓮歌くんの声は固く、表情もどこか暗かった。沈んで見えないのは、連日の準備で疲れているのか、それとも一緒に組むのが私だからだろうか…。もし後者だとしたら申し訳ないな。そんな思いを抱きながら、なんとなく春のことが気になり目をさ迷わせていた。

  春は八番を引いていた。私とも花とも違う番号。

  一緒に組むのは、葉澄 美奈(はすみ みな)さんだ。背が小さくクリッとした少し茶色がかった目が可愛いい、クラスでも人気の女子だ。二人は楽しそうに話していた。

 そんな二人の姿を見ていると、葉澄さんがこちらの視線に気づいたのか一瞬目が合いそうになった。

  いきなりのことで、思わず露骨に顔を背けてしまった。もしかしたら変に思われたかもしれない。

  これから入るお化け屋敷にはしゃぐクラスメイトの声の中からなぜだか、春と葉澄さんの声だけを良く聞き取ってしまう。楽しそうに笑い合う声や「春くん」と名前を呼ぶ声は、特に鮮明に聞こえてくる。

  その声を聞く度に、私の心は周りの雑音が入り込んだみたいに、ざわざわと騒いでいた。



 教室に作られたお化け屋敷のコースを一周するのに、五分も掛からない。一番目のグループが始まってしまえば、脅かし役の入れ替えや準備の時間を使ってもすぐに私たちの順番が回ってきた。

「蓮歌くん、ごめんなさい私なんかとで…」

 コースの半分を過ぎたところで、更に暗くなっていく蓮歌くんとの空気に耐えきれず話しかけてしまった。

  スタートする時に「行こう」と声を聞いたきり、全く喋らず俯き気味にずっと前を歩いていた蓮歌くんがようやくこちらを見てくれた。

「俺こそ、ごめん!」

「え、なんで蓮歌くんが謝るの?」

  意外な返答に驚いていると。

「…実はこうゆうの、あまり得意じゃないんだ…」

「こうゆうのって、もしかしてオバケが苦手とか?」

「オバケもだけど、驚かされるのとか暗いのとか苦手で…」

 オバケも、驚かされるのも、暗いのも全部お化け屋敷の醍醐味だ。蓮歌くんはオバケ云々ではなく、お化け屋敷自体が苦手のようだった。

 そういえば、入る前からずっと手を固く握りしめていた。

  あまり気にしていなかったが、良く見ると小刻みに震えている。

「だから、鈴城さんが謝るようなことは何もないよ。気を使わせてごめん。かっこ悪くて、苦手だなんて言えなかったんだ。何か話そうと思っても、声が震えてしまいそうで…って、どうしたの?」

私はつい安堵のため息を零していた。

「あぁ、ごめんなさい。お化け屋敷怖い人、春の他にもいたんだと思って。それに、少しほっとしたの。私と一緒なのが嫌だからとかじゃなくて」

「そんな、嫌なわけないよ。むしろ前から話したいと思っていたくらいだし。俺、鈴城さんと一緒に組めて嬉しぃゃぁあああー」

 話の途中で不意に目の前に落ちてきた生首に驚き、蓮歌くんは叫びながら尻もちをついていた。

  私はといえば、蓮歌くんが目の前で盛大に驚いてくれたおかげで、逆に冷静でいられて周りの状況も客観視出来ていた。

 壁の向こうではクスクスと笑い声が聞こえてくる。きっと脅かし役としては、蓮歌くんのリアクションは百点満点なのだろう。

 そしてここがおそらく、このお化け屋敷で一番怖いポイントであることが想像つく。落ち武者みたいな生首も、異様にリアルで、薄暗闇で見ると気持ち悪さが格段に増す。小道具係は相当力を入れて制作したのだろう。クオリティの高さに感心した。

 蓮歌くんは「痛てぇー」と言いながら、強く打った手やお尻を摩っている。

  私は「大丈夫?」と言って手を差し伸べた。出された手に少し迷いながら掴んだ蓮歌くんの手は、やっぱりまだ震えていた。

「このまま手、繋いでく?」

 だから思わず心配になり、そんなことを言ってしまった。

「え、うん。えっ!?いやでも、それはさすがに、男として情けないかな…」

 驚いたようにパッと手を離した蓮歌くんの表情は、照れたり、はにかんだり、困惑したりとコロコロ変わっていく。あまり話したことはなかったが、蓮歌くんとはこんな男子だったのか。

「そっか、ごめん。すごい怖がっていたからつい」

 両手を両耳に当てて、熱を冷ますような仕草をしながら蓮歌くんは言った。

「いや、でもありがとう。鈴城さんは優しいね、それにかっこいいよ!あぁ、ごめん!女の子にかっこいいはダメだよね…」

 今度は喜んだり、焦ったり。こんな短時間に、色んな表情が出せることを素直に羨ましいと思った。

 そんなやり取りをしていると、後ろから「きゃあ」と言う女子の声と二人分の足音が聞こえてきた。

 そろそろ行かなくては、後が詰まってしまう。

「そんなことない、嬉しいよ。ありがとう。出口までもう少しだから、頑張ろう」

  そう返事を返し、出口に向かってゆっくりと歩き出した。

 私もちゃんと、嬉しい気持ちを表せていただろうか。

 春や花以外とこんなに話したのは初めてで、やっぱり私も文化祭を楽しめているんだなと改めて実感した。



「怖かったね〜大丈夫だった?春くん怖がりだったんだね、なんか可愛い!」

 ゴール地点で座り込んでしまった蓮歌くんの傍にいると、春と葉澄さんがお化け屋敷から出てきた。

 葉澄さんは春と腕を組んでいて、少し涙目気味な春は大丈夫だからと言いながら恥ずかしそうに話していた。

 何故かその光景を見たくないと思い、また目を逸らしてしまった。

「鈴城さん、大丈夫?なんか顔が強ばってるけど」

蓮歌くんの指摘に、私は首を振って答えた。

「なんでもない、大丈夫。それより蓮歌くんこそ、もう平気?」

「うん、平気」少し硬い笑顔のままゆっくりと立ち上がった。何故か後ろで手を組んだまま、少し恥ずかしそうに小声で話しかけてきた。

「それよりさ、俺が怖がりなの秘密にしてもらえると嬉しいんだけど。みんなに知られるの恥ずかしくて」

 あんなに叫んだのだから、何人かは気づいていそうだけど。それは黙っておこう。

つられるように私も小声で「分かった。秘密にする」と答えていた。

「ありがとう。やっぱり優しいね。あと、さっきは途中になっちゃったけど、一緒に組めて嬉しかったよ」

 春や花とは違う笑い方、それでも安心できると思えたのは、蓮歌くんという人を今までより近くに感じることが出来たからだろうか。


 心に湧いた色んな気持ちは、文化祭への期待と共に私の胸に積もっていった。



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