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花より咲春へ  作者: 丈乃井 想
6/13

タイムカプセル

 

 家に帰り着いてすぐ早めの夕食を済ませ、お風呂にも入り、帰りがけに近くの雑貨屋で買った桜色のレターセットを持ち、意気込んで自分の部屋へ行った。 …までは良かったのだが、これが中々難しいことだと実感するのにそう時間は掛からなかった。

  今まで手紙なんて書く機会がなく、精々が年賀状止まりだった。しかも年賀状なんて常套句(じょうとうく)は決まっているから一、二行で完結してしまう。だから何を書けば良いのか、こんなに悩んだりしなかった。

  これなら、小学校の夏休みに出た読書感想文の方がまだスラスラ書けていたかもしれない。


 机に座りあれこれ考えること一時間。ペンを片手に「卒業おめでとう」と一行だけ書いた手紙の前で、すっかり止まってしまっていた。

 タイムカプセルに入れるモノは決まったのに、肝心の手紙が書き進められない。


 ──進路は決まった…、三人とも仲良くやっている…、卒業式で泣いた…、三年間楽しかった…収穫祭はどうだった…花火は………

 聞きたいことは出てくるのに、それが本当に書きたい言葉か分からなくて、書いて消してを繰り返していた手紙は、いつの間にか擦り切れていってしまう。

  その度に、ごみ箱の嵩はどんどん増していった。 半分ほどだった嵩は、もう溢れ出しそうだ。

  グラスいっぱいの水が溢れまいと結束する表面張力のように、クシャクシャに丸めた紙たちはギリギリを保ちながらごみ箱にしがみついていた。この分ではいつ均衡が崩れてもおかしくないだろう。

  そう思いながら、もう何枚目かになる手紙を机から取り出し、もう一度書き直す。


 入学してまだ一ヶ月程しか経っていないのに、卒業する自分たちに贈る言葉を探すなんて、なんだか不思議だった。

 思い出の数はまだ多くないけれど、過ごした時間は色濃くて、二人のことを考えている内に、初めて会った電車で春が言った言葉を思い出していた。



 ──花、咲、春。お互いに影響し合ってるんだよ。だから三人が出会えたのはきっと運命なんだ

 

  恥ずかしげもなくそう言い切った、春の言葉。

 私はこの、一般の男子高校生であれば普通は言わないだろう台詞然とした言葉を割と気に入っている。二人と一緒に居てもいいという証を貰えたみたいだったから。

  偶然の出会いを運命と呼んだ、春の誇らしげな顔が思い浮かんだ。


 あの日、過ぎ去っていく景色をただ眺めているだけだった私に、春は立ち止まって気づいてくれた。

 いつも一人だった席が、いつの間にか三人に変わり、窓の外を眺めるよりも二人の顔を見ている方が多くなり、その空間が日を増す毎にかけがえの無いものへ変わっていく。

  春の言葉はいつも温かくて、真っ直ぐだ。

  春になると花が咲く。これも、春が言っていた言葉だ。字面だけ見れば、なんとも当たり前のことだけれど『咲』からすると特別な言葉。

  ずっと冷たく硬いままだった蕾は、春の来訪と花への憧れでようやく咲くことが出来る。そうして、咲いた世界がこんなに暖かいのだと知ることが出来たのだ。



 ペンを持つ右手をゆっくりと動かしていく。書くことは決まった。もう消しゴムは必要ないだろう。

  ゴミ箱に強いていた表面張力も、崩壊せずに済みそうだ。

 二人と出会えたこと。その感謝と愛おしい想いを文字にしよう。

  きっとあの時、春が私を気に止めていなければ、私がもしいつもと違う車両に乗っていたら、花が私たちの会話を聞いていなければ…。

  「たら」「れば」は考えってしょうが無いのだけれど、少しでも何かがずれていれば、今の私はなかった。

  きっとどこまでも変わらず、ただ消費するだけの毎日を送っていただろう。いや、消費は適当な言葉ではないのかもしれない。

  無から有は生まれない。物理の授業で習った。これは、アインシュタインが説いた相対性理論だ。

  何も無い所から、物は生まれることはない。それなら、心を、体を、言葉を使うことによって生まれる物が消費だとしら、何もせず考えることなく、毎日を無駄に過ごしてきたことはただの無為(むい)だ。きっと私は無為徒食無為徒食(むいとしょく)する日々を送っていくだけだった。

  それでもあの日、ターンアウトスイッチを押してくれた春と、その先で出会えた花によって私はいま消費する毎日を送れている。

 だから卒業の日、二人に改めて今の私と、未来の私から感謝の言葉を伝えよう。

 さっきまで止まっていたのが嘘みたいに、右手は次に書く言葉を知っているように文字を綴っていた。



 翌日の放課後、寒桜の木の下に集まり早速タイムカプセルを埋めることにした。

 春の持ってきた入れ物は丸いお菓子の缶だった。桜の花をモチーフにした缶らしく、綺麗な淡紅白色でまるで寒桜の花のようだった。

「咲は手紙と、あとは何持ってきたんだ?」

  缶の蓋を開けながら春が聞いてきた。

「桜の栞だよ」

  そう言って私はカバンから小さな栞を取り出した。

「綺麗だな。もしかして手作りか?」

「そう、入学式の朝に駅で拾った桜を栞にしたんだ」

 階段の手前で拾った桜の花を家に帰ったその日に、ラミネートをして長方形に切り上部に穴を開け赤いリボンを通して栞にしたのだ。

  この時も桜の力強さに惹かれて拾ったわけだから、どうやら私はなにかと桜に縁があるみたいだ。

  花は「わぁ」と目を輝かせながら栞を見た。

「素敵です、手作りの栞なんて!とっても綺麗で可愛いです。それに色も綺麗に残っているのは凄いです。乾燥させる時に抜けちゃいませんか?」

「自然乾燥だと乾燥時間が長くてその間に色褪せちゃうんだけど、電子レンジとかアイロンを使って乾燥時間を短くすれば綺麗に色が残るよ」

「そんな方法があるんですね!凄いです!知らなかったです!私もドライフラワーは作ったことがあるんですけど、窓際でずっと天日干ししてました」

「私も本を読んで知っただけだから、凄いことなんてないよ…」

  私の謙遜に二人は少し食い気味に答えた。

「それでも十分凄いですよ!」

「そうだぜ!それを覚えていて実践して成功したなら、それはもう咲の手柄だ」

 まさか桜の栞をこんなに褒めて貰えるなんて思いもしなかった。

「ところで、春は何持ってきたの?」

 私は少し照れくさくなり、春へ話の矛先を向けることにした。

「俺はこれだ!」ジャーンと自らの効果音と共に出した春の手には、チェキが握られていた。カメラ機能とプリンター機能が融合したインスタントカメラだ。

「もしかして、それで写真を撮るんですか?」

「そう!今からこれで写真を撮って、卒業までに三人のうちで誰が一番大人になってるか勝負しようぜ!」

「そんなの、男子の成長期に勝てるわけないよ」

「分かんねーよ。咲が髪の毛ロングになったり、逆に花がショートになれば印象変わって大人になるかもだし。それに、卒業まではまだ二年以上あるんだから、誰がどう変わるかなんて分からないって。まぁ、俺は成長の手は抜かないけどな!」

  目標は百八十cm超えだと春は息巻いていた。今の春の身長は私より少し大きい百六十cmくらいだから、二年であと二十cm。成長期だとそれくらい伸びるのだろうか。


 それから、私たちは写真を三枚撮った。それぞれ違うポーズで撮って、誰がどの写真を貰うかは卒業式までのお楽しみとなった。そして三人がどう変わっているかも、卒業式までのお楽しみだ。

「ところで、花は何持ってきたの?」

 花は手紙の他に、手紙よりも一回り大きめの封筒を持ってきていた。

「私ですか?私のは…」

 花は封筒を見て少し考えたかと思うと、春がよくするにやけ顔よりも、ずっとチャーミングな顔をした。

「ふふふっ、内緒です」

 そう言うと、人差し指をそっと口元に当てて微笑んだ。

「なんだよそれ、これも開けてからのお楽しみか〜」

 春は気になっているようだったがそれ以上は追求しなかった。私も、封筒の中身が何か気にはなったが花が内緒と言うのなら仕方がない。また一つ、開ける楽しみが増えただけだ。

 私たちは桜の缶に手紙と持ってきた物を入れて蓋を閉じた。

  次にこれが開けられるのは、卒業式の日だ。

  すごく遠いような、でも直ぐに来てしまいそうで、楽しみなような、寂しいような…。なんだか気持ちが定まらない。

  でも、一つ確実なのはこれからの時間はきっと楽しいということだ。


 タイムカプセルには重要な作業がある。それは穴を掘り埋めるということだ。場所も決まり物もある。それなのに、肝心の掘る道具を誰一人持ってきていなかった。石や手を使って掘るという原始的な方法が一瞬頭を過ぎったが、私たちはもう一つ重要なことに気付かされた。

  ここは農業高校だ。敷地内には畑も花壇も果樹園もある。それならば、農具だって必ずあるはず。

 案の定、少し探しただけでシャベルやら(くわ)やら移植ごてやらレーキやら、そこここで見つけることができた。

  普通の高校だったら、ここまでのラインナップは揃っていなかっただろう。例えあったとしても、シャベルが限度かもしれない。

  私たちは普通科だから、農具なんて普段は全く気にしない。だから農業高校であることをふとした所で実感するのはちょっと面白かった。

 穴を掘るのに使いやすそうなシャベルと移植ごてを拝借して、無事にタイムカプセルを埋めることが出来た。

 次に掘るのは卒業式だ。

 


「なぁ、そろそろ開花させないか?」

 穴も埋め終え、シャベルや移植ごてを元の場所に返し一息ついていると、春が突然そんなことを言い出した。

  一瞬、何のことかと思ったが、直ぐに私たちのリボンのことを言っているのだと思い至った。

「クラスの女子ほとんど開花してるし、多分してないのって咲と花くらいじゃね?」

 あまり興味がなく気にも止めていなかったが、確かに他のみんなは開花していた気がする。

「でも、生徒会入ってるけど開花して大丈夫なのかな?」

  私は素朴な疑問を口にした。

「大丈夫だよ、先輩たちみんな開いてたし。それに先生たちもそこは黙認ぽいから」

  春は私の質問を予想していたように、迷うことなく答えをくれた。

「なら、今すぐやりませんか?私ちょうど裁縫セット持ってますよ」

 そう言うと花は鞄からハサミを取りだし、躊躇なくリボンに切り込みを入れた。花の行動力と大胆さに驚かされている内にリボンは瞬く間に開花していった。上と下の羽がくっついた蝶のような、もしくは萎れたつぼみみたいな形だったリボンは、羽が切り離され糸を使い綺麗な形に留められ、ちゃんとしたリボンの形が出来上がった。

 それが終わると「咲さんのリボンも貸してください」と言い、続けて私のリボンの開花に取り掛かった。

「花は器用だよね。なんでも出来る」

「そうなことないですよ。お裁縫は家庭科の授業で習った程度ですよ」

 それでも縫い目は均等で、私には到底真似出来そうになかった。

 萎れていた姿から一変して首元に開花したリボンは、また少し高校生であることと、二人との時間の照明であることを自覚させてくれた。



  ***



 タイムカプセルを埋めて以降、選択授業やテスト対策などで慌ただしい毎日を過ごしていた。

  実力テストを終えたばかりなのに、夏休み前にはもう期末テストが控えている。みんな楽しい夏休みを過ごす為に、この試練に全力を傾向けている。もしここで赤点を取ってしまえば、夏休み中に地獄の補習が待っているからだ。

  期末テストは実力テストよりも出題範囲が広く、実力テストでギリギリの点数だった人は休み時間返上で勉強に打ち込んでいた。

 そんな中、春と花は前回のテストでも上位をキープしており、余裕を感じられた。かくゆう私もクラス順位は九位だったのでそこそこ良い順位だったと思う。

  お昼ご飯も三人でゆっくり食べ、時間が余ったら苦手科目を教え合ったりする。私の中ではこれまでにないくらい、学生として充実した時間を過ごせていた。それでも、選択授業でずっと三人一緒という時間は以前より少しだけ減っていた。


「じゃあ、午後は英一だから先に行くね」

  私は早めに準備を済ませ、午後の授業がある教室へと向かった。

「おう、頑張れよ!俺と花は英二だから、このままこの教室だな」

 英一、英二とは英語教科第一と第二のことだ。基礎を学ぶクラスが第一、応用が第二となっている。私は花や春と比べて英語が苦手だから、基礎クラスの授業を選択している。

  移動の時間、前回の復習の時間も考えて、早めに教室を出るようにしているのだ。


  〜٭❀*〜


「春さん、私ずっと聞きたかったことがあるんですけど」

  教室の扉が閉まると、花がそっと口にした。

「なんだよ、聞きたかったことって」

「春さん、咲さんのこと好きですよね?恋愛的な意味で」

 唐突な質問に一瞬惚けていたは春は、言葉の意味を理解するや否や顔を真っ赤にした。

「ななななんで、分かったんだよ!!」

「ふふふ、女の勘です。…って言いたい所なんですけど、春さん分かりやすいですから。それと、初めて電車で会った時、声を掛ける前に少しだけお二人の様子を見ていたんです。咲さんの微笑んでいる顔を見て、春さん照れてましたよね?そこで、あれっもしかして、とは思ったんです。邪魔をするつもりはなかったんですけど、お二人と仲良くなれそうな気がして思い切って声を掛けたんです」

「あぁ、まじかぁ。バレてたのかー。…もちろん咲には内緒にしてくれるだろ?」

 顔を両手で隠しながら、指の隙間から春の照れた顔が覗いている。

「何を野暮なことを。もちろんですよ」

「ありがとう!んじゃあ、そんな花に特別に教えてやるよ!」

  春は「よしっ」と決心したように顔を上げた。

「なんですか?」

「俺、本当は電車で会うよりも前に、咲に会ってるんだ…」


 切っ掛けは些細なことだ。

  それでも今に至る大切な弾み。誰も気に留めなかった声が、春と咲と花の今を結んでいた。


 〜٭❀*〜



 テストが終わってしまえば一学期なんてあっという間で、いつの間にか夏休みを迎えていた。

「夏休みは思いっきり遊ぶぞ」と言う春の発案で、本当に色々なことをした。


 まずは初日で宿題を殆ど終わらせ、そこからは怒涛のイベントラッシュだ。

 お祭りに行って皆でお揃いのお面を買って屋台を練り歩いた。

  海に行ったら遊び過ぎて帰りの電車に乗り遅れて人生で初めてタクシーに乗った。

  線香花火で誰が一番長く持つかで何度やっても花に勝てなかったし、春の家でホラー映画鑑賞をしたら春が意外と怖がりだと言うことも知った。

  料理が苦手な私に二人が料理を教えてくれて、春が意外と料理上手で驚かされた。花は予想通り、手際も味付けも盛り付けも完璧だった。

  初めて友だちの家に遊びに行って、泊まって、夜遅くまでずっと喋って、それでもまだ話は尽きなくて。


 夏休みが終わって欲しくない思いと、学校でまた二人と色んなことをしたい思いが混ざりあって、どうしようもなく胸がいっぱいになった。


 ナチェス、シャーデンフロイデ、同情の三つを抜かした喜びの感情を使い尽くしてもまだ足りないくらい、充実した夏休みだった。


 そして最終日、初めて春と電話をした。


「あっという間だったな、夏休み」

「そうだね」

「どうしたんだよ、なんか元気ねぇじゃん」

 やっぱり春は凄い。普段と変わらないように話しているつもりだったのに、私の気持ちに気付いてしまう。

「こんなに楽しい夏休み初めてだった。今までは宿題するか、家族と過ごすしか選択肢がなかったから。終わっちゃうのが少し淋しいんだと思う…」

 紅掛空色の空にはトンボが一匹飛んでいて、蜩の声もまだ微かに聞こえていて、移り変わる季節の狭間にいるような感覚がした。

  すると受話器の向こうから、春が息を吸い込む音が聞こえた。そして、いつもより少し明るい声で。

「楽しいことをしよう。今が淋しいと思うなら、それを忘れるくらい楽しいことをたくさんしようぜ!そうすれば次思い出す時は、今の気持ちも全部楽しさに変わってるからさ。それに、終わりじゃない。夏はまた来るんだから、次が始まるまで一緒に待とう!」

  私は「うん」と答えるので精一杯だった。

 楽しそうに笑う春の声が暖かくて、優しくて。これ以上話したら、泣いてしまう気がしたからだ。

  蜩の声はまだ微かに聞こえているが、トンボはもうどこかへ行ってしまっていた。きっと、今日の寝る場所を見つけたのだろう。

  紅掛空色の空は、紅が薄れ藍色がより濃くなり、夜を迎えようとしていた。


  明日から二学期が始まる。



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