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花より咲春へ  作者: 丈乃井 想
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過去と今と

 

 生徒会で賛成をもらってから一週間後、藺草会長が先生たちからの結果を報告に来てくれた。

 結果から言うと、八十%成功だと言えた。しかし、欠けた二十%が数字以上に重要だった。


「収穫祭の案は実行する方向で動いてくれるらしい。打ち上げ花火も、自由研究をした生徒と相談し、それを加味した上で打ち上げが可能だと判断されれば、許可を出して貰える。敷地自体は広いから、打ち上げる場所は確保出来ると思うよ。ただ…」

 ただ、今年中は不可能とのことだった。

 理由は、材料の調達と年間行事の改正にあった。

  全校生徒そして教職員の分ともなると、今年収穫できる量ではどうしても足りないらしい。そして、年間行事表を保護者向けに出しているため、その改正もしなくてはいけないのだ。その為、来年の収穫祭に向けて今年は準備期間とするようだった。

  もちろん、花火も今年は打ち上げられない。

 だから、藺草会長が花火を見ることは、叶わない。


「どうしたんだ?せっかく決定したのに、あまり嬉しそうじゃないな」

  私たちの空気を察して、藺草会長が聞いてきた。

「いや、嬉しいっす、凄く。でも、藺草会長は花火見れないじゃないですか…」

 知らなかったとはいえ、春が花火を打ち上げたかった理由は、藺草会長の願いに繋がっていたのだ。

「なんだ、僕のことを気にしてくれていたのか。それなら、もう大丈夫なんだよ」

 大丈夫とはどうゆうことなのか。

 藺草会長は笑っているが、その真意を読み取ることは出来ない。

  だから、言葉に迷ってしまう。聞こうか、聞くまいか、聞いていいものなのか、最良解はどれなのか。

 少しの逡巡(しゅんじゅん)の末、私は思い切って踏み込んでみた。

「あの、藺草会長はなぜ花火を打ち上げたかったんですか?」

 途切れていた藺草会長の願いを、その理由をどうしても知りたかったのだ。

 教室には、黒板の上に飾られている時計の針の音だけが響いている。

 言葉を間違ってしまっただろうか。私が訂正しようと口を開くより先に、藺草会長の口が動いた。

  時計のリズムよりもゆっくりと、まるで大きなシャボン玉を膨らませるみたいに一つ一つの言葉を空気に乗せていくように。


 


「僕と彼女は、中学が一緒だったんだ」

 沢瀉 華(おもだか はな)は大人しい子だった。

  同じ中学から来てクラスが一緒になったのは華だけだった。中学での華は一人でいることが多かった。と言うより、誰かと一緒のところを見たことがなかった。

  そしてそれは高校に入ってからも変わらず、話しかけるのは僕くらいだった。と言っても僕が一方的に話しかけるだけで、返ってくるのはいつも相槌くらいのものだけれど。

  入学して間もなく、僕は華に言ってみた。

「華はさ、周りのことを気にしすぎだって。クラスのみんな優しいし、話しかけたら直ぐに仲良くなれるよ」 

  その時初めて彼女のことを華って呼んだんだ。今までは沢瀉って読んでいたけど、その方が距離が縮まって仲良くなれるんじゃないかと思って。

 少し驚いていたが、それでも華は頑なに首を振るだけだった。

 何をそんな頑なに嫌がっているのか、少し意地になった僕は執拗に聞いてみた。結局いつもみたいに、何も話さないまま終わるのかと思っていた。

  だけどもう一度名前を呼ぶと、少し迷いながらも華は口を開いた。

  僕の執拗さに観念したのか、名前で呼んだのが甲を制したのか理由は分からない。けれど、華は話し始めてくれた。


 ──カチ、カチ、カチ


  ポツリポツリと出す声が時計の音と重なって、一秒を刻む音がどんどん華の言葉を追い越していくのが(いじ)らしかった。


「自分の名前が嫌い。こんな暗い性格が嫌い。何をするにも自信が持てないのが嫌い。他人の目ばかり気にするのが嫌い。だから、人と話すのが、怖くて。自分がどう思われてるか、不安で。こんな私に、華なんて名前、似合わない…。恥ずかしくて、消えてしまいたくなる…」

 時計の針の音にも負けそうなくらい弱い声。それでも、華が初めて見せた本当の言葉だった。


 僕は同級生が声を殺して泣く姿を初めて見た。

  零れた涙をどうすることも出来ず、ただ薄っぺらな言葉しか掛けてあげられない自分に、酷く腹が立った。

 僕が彼女に踏み込んだせいで、自分を守っていた脆い殻を壊してしまったんじゃないかと後悔した。

 それでも、なんとかして華に自信をもって貰いたかったんだ。華は恥ずかしくなんかない、誰からも好かれる、素敵な名前だって。


 中学でも生徒会に入っていたから、高校でも生徒会に入ろうかなと思っていたんだ。

  立候補者は僕だけだったから、すんなり決まったよ。

  他の二人は、中々決まらず翌日まで持ち越しになってたけれど。確か、いま副委員長をやってくれている篠原は、翌日自ら立候補してくれて、書記の都丸は友達の推薦で渋々って感じだった。


 そして生徒会の初顔合わせの日、僕は思い切って提案したんだ。打ち上げ花火を。そして、華も他の生徒も楽しめるような行事を色々と。

 なぜ打ち上げ花火だったのか…。

  空に大きな花を咲かせて、全校生徒に見せたかった。花はこんなに繊細で儚いけど、それでも明るく暖かく照らしてくれるんだって。

  こんなの僕のエゴでしかないんだけれど、華に知ってもらいたかった。そして気づいて欲しかった。

  すぐに消えてしまう儚い光だとしても、こんなにたくさんの人の心に残るんだって。


  それでも、僕にとって「華」は消えて欲しくない、大切な存在だってことを。


  こんな独り善がりで子供じみた考え、まかり通るはずがなかったんだけど。

 それでも、千夏会長が一つだけ案を通してくれたんだ。


  『植樹祭』翌年の春、行われることになったそれは、その年限りの限定行事だった。

 校門の周りに咲いているソメイヨシノは、元々一本のみだったが、林業高校との交流会でたくさんのソメイヨシノを植樹することになった。



  体育館裏にも一本桜の木があるの知ってるかな?

  あれも植樹祭で植えたんだ。あれだけは、ソメイヨシノではなく寒桜なんだけど。

  一本だけ種類が違うのを持ってきていて、何処に植えようか悩んでいた時、好きな場所に植えていいと千夏会長が言ってくれたんだ。だからあの場所を選んだ。そこは華がよく一人でご飯を食べている場所だったから。

 一人じゃないって…たとえ一人で居たとしても、寂しくないようにあの寒桜を植えたんだ。

  花のそばに寄り添っていて欲しかった。

  閉じている心が少しでも開いてくれたらと、そう願いを込めて植えたんだ。



  華は三年生に上がる前の冬、家庭の事情で県外の高校へ転校してしまったんだ。

  でも別れの日、あの木の下で初めて華の笑顔を見ることができた。満面には程遠い、ぎこちない笑顔だったけど、僕にとっては頭上に咲いていた桜よりも綺麗な笑顔だった。

  大きく変わったけではないし、僕がやったことを華がどう思っていたかなんて分からない…。

  それでも、新しい学校で頑張ってみると言ってくれた。その言葉だけで十分だ。



  「だから、もう大丈夫なんだ」

  そう言った藺草会長の笑顔は、とても穏やかだった。


 


 帰りがけ、私たちの足は自然と体育館裏へ向かっていた。

  藺草会長と華さんの大切な場所。

  そして、私にとってもきっと忘れられない場所。

  まさかこんな形で二人とこの場所に来ることができるなんて思いもしなかった。

「寒桜って晩冬から早春に咲く早咲きの桜で、冬桜とも言われているらしいです。だから花言葉は、気まぐれ。そう付けられているらしいですよ」

 花は愛おしげに、もう葉桜となったこの木を見上げている。その声は少し寂しそうで。だけど、なびく髪が邪魔をして、花の表情までは見られなかった。

  華さんと、花。同じ名前を持つ二人。一方はその名前を嫌い、もう一方はその名前を好いている。

  両極端である二人。花は何を思い、この木を見ているのだろう。


  私は華さんの気持ちが少しわかるような気がした。

  自分のことが好きになれない、周りからも好いてもらえていない。そんな風に思う気持ちが。

  でも、今の私には春と花がいてくれる。そして、華さんには藺草が居てくれた。

 風に吹かれて何枚もの葉が、舞い落ちている。

 寒い冬の中、気まぐれに咲く寒桜は、暖かい季節に辿り着けないまま散ってしまうのだ。体育館裏でひっそりと満開の花を咲かせたあとに。

  それを少し可哀想だと思いながらも、その儚い姿を美しいとも思った。

 華さんは藺草会長の願いを、この儚くも力強い桜に見い出せたのだろうか…。


「暗い!二人とも、何でそんなしんみりしてんだよ。藺草会長も言ってたろ。最後に華さんの笑顔が見られたって。だから、大丈夫だって!だから、その言葉を信じようぜ!」

 いつもより少し大きい春の声は、そうであって欲しいと、まるで言い聞かせているみたいだった。だから、私もそう思う。そうであって欲しいと思う。

「そうだね。藺草会長、話してるとき辛そうじゃなかった、嬉しそうだった」

「そうだろ!花もそう思うだろ」 

「…」

「花…?」

「咲さん、春さん…。いえ、そうですね。私たちがしんみりしても、仕方ないですね!」

  何か言いかけた花は、一度小さく首を振り明るく答えた。

「おう!二人とも、元気になったか!?」

 そして私と花は頷いた。

「よーし。じゃあさ、俺やりたいこと思いついたんだけど!」

 春の思いつきは本当に唐突に始まる。だから今回も、こんなタイミングなのだ。

「タイムカプセル埋めようぜ、この木の下に、俺ら三人で!そんで、卒業する時に堀り出そうぜ!」

 毎回その思いつきに驚かされるばかりだ。

「タイムカプセル?」

「咲、タイムカプセル知らないのか?」

 いや、私だってタイムカプセルくらいは知っている。未来に向けた贈り物だ。小学校や中学の時、クラスの何人かが校庭の端の方に埋めてるのを見たことがある。私はそれを見ていただけで、やったことはなかったけれど。

  ただこのタイミングで、なぜタイムカプセルなのだろう?

  疑問に思う私の気持ちを察してか、春は寒桜を背にして話し始めた。

「藺草会長の話を聞いててさ、俺たちが学生でいられるのはあっという間なんだと思ったんだ。藺草会長たちは二年の冬だったけど、その短い間に植樹祭をしたり、他にもきっと色んなことがあったと思うんだ。そうゆう思い出の積み重ねが、きっと華さんの笑顔に繋がったんだよ。卒業って聞くと少し寂しいからさ、その日に楽しみを置いておこうと思って。それに、全力で楽しむって言っただろ!」

  そう言ってニッと笑う春に、思わず顔が綻んでしまう。

「そうだね。やろう!」

「はい。やりましょう。私、タイムカプセルなんて初めてです!」

 寂しげだった花の声は、もう消えて、跳ねるように奏でるような、明るい声に戻っていた。

 その花の微笑みは、やっぱり、あの日見た寒桜を思い起こさせる。今は葉を茂らせる木が、照れるように淡紅白色に花を咲かせていた、あの時。

  気まぐれな桜に目を奪われながら、心には小さな想いが生まれていた。それは、気まぐれに聞き入れてもらえていたのかもしれない。

「よし、決まりな!中身は手紙なんてどうだ?卒業する自分たちに向けて。あと何か入れたいものあったら持ってこようぜ。カプセルは俺が用意するからさ」

  春は楽しそうにからからと笑っていた。


  ***


 前期試験の合格発表の日。

  掲示板の前で自分の番号を見つけた時、思ったことは「同じ数字だ」ただそれだけだった。だから、あんな呟きが出てしまった。

  私の前にいた寝癖をつけた男の子はガッツポーズをしていたし、隣にいた一つ結びの女の子からは「はぁ」と安堵のため息が聞こえてきた。人混みを抜ける時すれ違ったメガネの男の子は紙を握り締めて俯いていて、鞄にウサギのキーホルダーをつけた女の子は泣きながら誰かに電話を掛けていた。

  みんな掲示板の数字に、一喜一憂していた。

  試験なのだから合格した人もいれば、不合格だった人も必ずいる。周りの様子からするに、もしかしたら不合格者の方が多かったのかもしれない。

  それなのに、みんなが懸命に掴もうとした合格の権利をせっかく掴めたのに、私はこんな想いと言葉で片付けてしまったのだ。

  気持ちを身体で表現出来ないにしても、心まで動かないなんて、それはただのロボットと同じだ。いや、むしろロボットの方が思考がインプット出来る分、人間らしいのかもしれない。

 冷めた心に、周りに溢れる喜憂が流れてくる。

  人の多さと、溢れかえる感情に酔ってしまい、人のいない方へと歩いていた。

 そこで見つけたのが、気まぐれに咲く桜だった。

  目にした途端、その力強さと儚さに惹かれていた。芽生えた感情が何かは分からなかったが、確かに心が動いたような気がした。


 ──冷めたままの心にも、いつか春が来て花を咲かせることが出来ますように


  桜を見上げながら、そう小さく願っていた。


 あの朝、春と花に出会えた偶然が、桜が叶えてくれた必然だとすれば、生徒会に入ったこと、春のお姉さんのこと、藺草会長と華さんの話を聞いたこと、全てが繋がっているのかもしれない。

  そして、その偶然とも必然とも捉えられる出来こと全てが、私にとってのターンアウトスイッチなのかもしれなかった。



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