生徒会会議
生徒会役員としての初顔合わせは、フードコートでの相談から二週間後に行われた。
あれから何度か、あの場所で案を固めたり、新作のバーガーを食べに行ったり、三人で課題を済ませたりと、なにかと通いつめていた。今では店内BGWも口ずさめるくらいには、体があの場所に慣れ親しんでいた。
放課後になり、生徒会室に一年生から三年生の生徒会役員が全員集合した。
生徒会役員は入学式で見かけた以来だが、あの時はまさか自分が生徒会に入るなんて思っていもいなかったから、どんな人がいるかなんて覚えているはずもなかった。
記憶にあるとすれば、春の新入生代表の挨拶だ。壇上で凛と佇む春の姿は、今でも鮮明に覚えている。
それと、もう一人。生徒会長の姿も覚えている。
生徒会室には既に机や椅子、資料などが用意されていた。生徒会長、副委員長、書記を務める三年の先輩達が先に来て準備してくれていたのだろう。生徒会長は既にホワイトボードを背にして座っていた。
帰りのホームルームは、各クラスの連絡こと項等により終わりの時間が異なるため、最後に二年の先輩達が来て、一年生の生徒会初顔合わせが開始された。
例に漏れず、まずは自己紹介から始まった。
あると思って準備はしていたが、苦手なことに変わりはない。教室でやったものにプラスαで一言二言付け足した程度だが、私の中では及第点だ。
最後に全員の自己紹介が終わったことを確認して、生徒会長が立ち上がった。
「僕は三年の藺草 涼、生徒会長をやらせてもらっています。全校生徒が快適な学校生活を送れるよう、みんなで力を合わせてこの生徒会を運営して行ければ良いと思っているので、先輩後輩はあまり気にせず、積極的に意見を出していって貰いたい。今日から新生徒会として、みんなで頑張って行きましょう」
入学式でも思ったが、この人が喋るだけでその場の空気が凛と締まるように感じる。これも生徒会長たる威厳なのだろうか。二つしか歳は離れていないのに、ずっと大人っぽく感じてしまう。
今回は顔合わせと、次回からの生徒会活動の確認で終わりのようだった。
「今日はこれで終わろうと思うけど、大丈夫かな?」
藺草会長が締めに入ろうとした時、いよいよ春が動き出した。
「提案があるんですけど、宜しいでしょうか!?」
「菜砂君だね。良いよ、提案とは何かな?」
春は息を一つ吸い込み、いつもより少し硬い声を出した。
「七草高校の新しい行ことを提案したいです!」
そのいきなりの提案に、他の役員たちは困惑や侮蔑の表情を浮かべていた。無理もない。一年生が入って早々、新しい行ことの提案だなんて。
やっぱり、もう少し時間を置いてからの方が良かったのかもしれない。後悔先に立たずだ。
そんな中、藺草会長だけは違っていた。
「いいよ、その提案を聞こう。但し今じゃない。来月また生徒会があるからその時、新しい行ことの提案をプレゼンしてもらいたい。そこで他の役員達も納得するものならば、僕が先生に掛け合ってみよう。それでどうかな?」
重苦しくなりかけた状況を、一瞬で正常に戻してくれた。しかも提案に対しても考慮してもらえた。
「分かりました」と答えた春に藺草会長は「楽しみにしているよ」と笑いかけた。
来月の生徒会はちょうど一ヶ月後だ。
それまでに、収穫祭&花火案を固めなければならない。生徒会役員、そして何よりチャンスをくれた藺草会長に納得してもらうために。
「緊張したぁーー」
教室に戻るなり、春が盛大に自分の机に倒れ込んだ。やっと緊張の糸が解けたようだった。
私も胸に溜まっていた空気をゆっくりと吐き出した。
花も「ふぅ」と息を吐き出した。
「凄かったですね、藺草会長。一言一言に重みがあるというか、明鏡止水のようでした」
確かに淀みも曇りもない、澄み切った水みたいな人だった。
「なるべくしてなったって感じだった」
私と花で藺草先輩の会長としての姿に感服していると、机に突っ伏していた春が顔を上げた。
「おい、二人とも、藺草会長への賛辞はいいから、俺に労いの言葉をくれよ〜!」
「お疲れさま、春」
「頑張りましたね、春さん」
「なんか軽い、そして冷たい!対応が全然違う!」
春は私達の言葉に納得いかない様子だったが、話を来月プレゼンする収穫祭&打ち上げ花火のことに持っていくと、一気に気持ちを切り替えたみたいだった。
「よし、今日から放課後は案が通るように作戦会議だ!生徒会に出来ないことはない!」
やっぱりここでも春の、生徒会への絶対的な自信は凄かった。
でも、まずはその生徒会に認めて貰わなければいけないことを、本当に分かっているのだろうか。
それでも、私たちだけの夢物語ではなく、現実に一歩近づけたような気がしていた。
光陰矢の如し。この一ヶ月はまさにその言葉通りだった。
学校の授業も本格化して、課題もたくさん出ている中、放課後は提案実現に向けて動いていた。
具体的には、それぞれの科やコースに立ち寄り、食材の提供はして貰えるのか、調理器具の貸出し、何を作るのが良いか、時期、場所等々確認することは思っていたよりもたくさんあった。
それでも、三人で調べて探して走り回る日々はとても充実していた。
しかし、収穫祭のことにかなりの時間を割いてしまい、花火に関してはいい案がでないまま生徒会会議の日を迎えてしまった。
一通り生徒会としての会議と活動を終え、残りの時間を貰い私たちの案をプレゼンすることになった。
前回とは違い、少しリラックスした雰囲気で春が話し始めた。
「俺たちが提案する行ことは『収穫祭』です。テーマとしては…作物の収穫、更なる豊作の願いを込めて全校生徒で祝おうというものです。収穫祭は他の農業高校や農業大学でも行われていたり、スペインのバレンシア州ブニョールではトマト祭と言う収穫したトマトを投げ合う祭りがあります。ハロウィンも元は収穫への感謝の祈りを込めた祭りです。世界的にも収穫祭とは有名で農業高校には欠かせない行ことの一つとなるのではないかと思います」
その後は、私や花からも調理器具の貸出や、利用可能な食材、何を作るのかなど調べたことを順に発言していった。
これ迄の話を聞いていた生徒会役員、そして藺草会長の反応は悪くないようだった。かなり念入りに調べたのだ。関心を持ってもらわなければ困る。
しかし、春の締め括りの言葉で、今まで築き上げてきた空気は一転した。
「そして、夜になったら花火をドカンと打ち上げたいです!以上です!」
ド直球だ。どうしても花火に理由をつけられず、時間もなくなってしまい「当たって砕けろだ」と春は強硬手段に打って出たのだ。
案の定、生徒会役員たちからは花火はなぜ上げるのかと質問が出たが、納得のいく回答が出せる訳がなかった。
ところが藺草会長の言葉で、空気はまたしても一転した。
「いいんじゃないかな。花火については確か環境工学科の生徒で『生分解性プラスチックを用いた花火』について、去年夏休みの自由研究で調べていた子がいたと思うから、相談してみるといいよ」
難破しかけていた私たちの船を、藺草会長がすくい上げてくれたのだ。
何百人もいる中で、一生徒の自由研究を覚えているなんて、藺草会長にはどこまでも感服させられる。
「それじゃあ、決をとろうか。『収穫祭』に賛成だという者は挙手してくれ」
祈るように周りを見渡すと、全員が手を上げていた。目標としていた、生徒会役員全員の賛成を得ることが出来たのだ。
藺草会長のお陰とも言えるが、これで夢物語じゃなく実現に向け大きく近づくことが出来た。
帰りがけ、藺草会長が私たちのところに来てくれた。
「最後の花火は強引だったね。僕が口を出さなければ、どうするつもりだったんだい」
春は頭をくしゃっと掻きながら答えた。
「正直何も考えてませんでした。当たって砕けろって思ってたんですけど、藺草会長のお陰で砕けずに済みました。本当にありがとうございました!」
春に続いて、私と花も頭を下げた。
「あの、一つ聞いても宜しいですか?」
頭を上げた花が質問した。
「なんだい?」
「藺草会長はなぜ花火案に助け舟を出して下さったのですか?」
すると藺草会長は、少し照れくさそうにしながら答えた。
「実はね、僕も一年生の時に何個か新しい行ことの提案をしたことがあったんだ。その時は考えてなしで突っ走ったせいで、全く受け入れて貰えなくてね。だから君達には、そんな思いをして欲しくなかったんだ」
少し意外だった。考えなしで突っ走るなんて今の完璧な藺草会長からの姿からは想像もつかなかった。けらど、それと同時に納得もした。
だから藺草会長は私たちに時間をくれたんだ。全員を納得させる準備をする為の時間を。
「じゃあ、もしかして花火は…」
私は少し遠慮がちに尋ねてみた。
「そう。実はその時提案した中の一つに花火の打ち上げ案があったんだ。当時は生徒会長だけが賛成してくれたんだけど、他の皆はあまり乗り気じゃなくてね。だから、つい君たちに肩入れしてしまったんだ、けど…」
話しながら藺草会長は何かを考え始めてしまった。私たちがどうしたのかと困惑していると。
「そういえば、当時は千夏会長と呼んでいたから忘れていたけど、確か苗字が菜砂だった気が…」
「そうっす、菜砂千夏は俺の姉です!姉貴から色々聞いてて、俺が絶対実現させてやるって思って生徒会に入りました!」
そんな、まさか春が生徒会に入りたかった理由がこのことだったなんて。しかも、お姉さんがいて、生徒会長をやっていたなんて初耳だ。
本当に毎回、春には驚かされるばかりだ。
藺草会長も目をしばたたかせていたが、とても嬉しそうであった。
時刻は十九時をまわり、完全下校のチャイムが流れ始めていた。
「さて、色々話したいこともあるけど、そろそろ下校時刻だね。生徒会からの賛成を貰ったとはいえ、先生達から許可を得ないことには始まらない。さっそく明日掛け合ってみるよ。結果が分かり次第、報告してあげるから」
僕は校内の見回りがあるから気をつけ帰るように、と言い残して藺草会長は生徒会室を出ていった。
「とりあえず、おつかれー!」
怒涛の一ヶ月が終わり翌日の放課後、常連になりつつあるスーパー中之のフードコートでお疲れさま会が開かれた。
今日は三人ともいつもより豪華に、メロンソーダフロートで乾杯することにした。しかも、春が「俺の奢りだ」とLサイズのポテトを人数分買ってくれたのだ。
「なんとか第一段階クリアって感じだな!あとは先生達がなんて言うかだけど、ここまで来たら絶対実現させたいよな」
春は収穫祭について話していたが、私と花は別のことが気になっていた。
「そのお話もしたいのですが、春さんのお姉さんのことについてもお聞きして宜しいですか?」
「そういえば、姉貴のこと言ってなかったっけか?」
「初耳だよ、しかも生徒会長だったなんて」
そっかぁ、と言いながら春は話し始めた。
「俺が中学の時さ、姉貴から新しく入った一年生で、面白い提案をした人がいるって聞いたんだ。新生徒会の顔合わせ初日に、夏休み皆で花火大会をしたいって言い出した生徒がいるって。みんなは何言ってんだって笑ってたみたいなんだけど、その生徒だけは真剣で。叶えてあげられなかったのが残念だったって」
その生徒が藺草会長だったことは、春も知らなかったらしい。
「でもさ、なんで会長は花火打ち上げたかったんだろうな」
「そうですね、藺草会長は考えなしでって言ってましたけど、何か理由があったのかもしれませんね」
確かにそうだ。あの藺草会長が思いつきでそんな提案をしたとは思えない。しかも生徒会に入ったその日に。
春に理由があったみたいに、きっと藺草会長にも考えていたことがあったのだろう。だから、尚更思う。
「この案、通るといいね」
「大丈夫、絶対通るって!なんたって俺たちは、生徒会なんだから!」
今は春の自信が、心強かった。
途切れていた藺草会長の願いは、今度は私たちの願いになっていた。そして、その繋いだ想いをどうか形にして、次の世代にも残していきたいと思った。