灯の話
「新一年生の皆さん、ご入学おめでとうございます。春の陽光に包まれたこんな良い日に、こうして皆さんとお会いする事ができてとても嬉しく思います。これからの学校生活が素敵なものとなるよう共に励み学んでいきましょう。三年生代表ー…」
壇上に凛と立つ生徒会長の姿は二つしか歳が離れていないとは思えないくらい、その存在は大きく大人びて見えた。
隣ではさっきまで爪をいじっていた女子が、今度は髪の毛の枝毛探しに取り掛かっている。前の男子は船を漕いでいるから、多分寝ているのだろう。
私も何を考えるわけでもなく、ただボーっと壇上を眺めているだけだった。そこに生徒会長の姿が飛び込んで来たのだ。
入学式なんて長くてつまらなくて退屈だと思っていたけれど、この時だけはそんな思い何処かに消えてしまっていた。
今日から七草高等学校の一年生になる。私、藺草 灯が生徒会に入ろうと思った瞬間だった。
七草高校には普通科、生物生産科、環境工学科の三科がある。その中で生徒会へ入れるのは普通科の生徒だけだ。
生物生産科、環境工学科は実習や実験などが多く、生徒会活動まで手が回らないのだそうだ。その点ほとんどの生徒が大学進学をする普通科では、生徒会に入れば内申書に書けるという利点がある。
しかし例年、生徒会に自ら立候補する人は少ないらしく、毎年この生徒会役員決めは翌日まで持ち越されるか、最終的には投票になることが常だったらしい。
投票といっても入学して間もないこんな時期で、まだ誰がどんな性格なのか名前すらもあやふやな中、票を入れるとはとても難しい。だから大抵は入学式で生徒代表の挨拶をした人だったり、運動部に入らなそうな人だったり、中学から知っている人を指名する。
もしそんなことされたら、代表の挨拶もしていない、肌の色もこんがり焼けてショートヘアで、クラスに一人しか中学からの知り合いのいない私は指名されるはずがない。だから、立候補者の確認の時、真っ先に手を挙げた。その甲斐あって一発で生徒会役員になる権利を勝ち取ることに成功したのだ。
残り二人も話し合いの末、それほど揉めることなくすんなりと決定した。こんなあっさり決まったことに、担任も驚いていた。
新一年生の生徒会での顔合わせは来週ある。
そこでいよいよ生徒会長に会えるのだと思うと、そこまでの時間が待ち遠しかった。
「藺草さんはなんで生徒会に入ろうと思ったの?」
帰りのホームルームも終わり、教科書やノートを鞄に詰めているところに突然話し掛けてきたのは同じクラスの萩野 悠月くんだった。
彼もまた生徒会に入る一人だ。
「灯でいいよ、悠月君。実は私のお兄ちゃん、ここの生徒会長だったんだ。だから元々興味があったんだけど。一番の理由は入学式で見た生徒会長がかっこ良かったからかな!」
悠月くんは納得した顔で答えた。
「そうだったんだ。確かに凛としててかっこ良かったけど、淡々としすぎて少し怖そうじゃなかった?」
確かに話し方は平坦で、抑揚があまりなかったから冷たい印象を受ける人もいるかもしれない。それでも。
「そこがまたクールでいいんじゃん!なんかミステリアスって感じがして!あ〜あ、早く生徒会始まらないかな…。そういえば、悠月くんはどうして生徒会に入ろうと思ったの?」
「んー、特にこれと言った理由はないんだ。他に立候補者がいないみたいだったし。中学校でも生徒会に入っていたから、もう一度やるのも悪くないかなって思って」
「そういえば悠月くんって新入生代表の挨拶してなかったっけ?ってことは、すごく頭良いってことだよね!」
「いやぁー、そんなことないよ。たまたま調子が良くて、いい点数が取れただけだよ」
「あはは」と笑いながら言っているが、今年入った一年生の中で一番なのだから凄いことだ。
「おーい二人とも!俺だけ仲間外れで生徒会の打ち合わせとかずりぃぞ!」
いきなり、無骨にも話し掛けてきたのは小塙 星矢だ。星矢とは幼稚園から一緒で所謂、幼なじみというやつだ。そして、もう一人の生徒会メンバーでもあり、このクラスで唯一中学校からの同級生なのだ。
「ってか、なんで星矢まで生徒会なの?野球部はどうしたのよ!」
私は少しムッとしながら尋ねた。
「別にいいだろ、俺が生徒会に入ったって。お前だってソフトボール部じゃねぇのかよ!」
親が友達同士で、星矢とは昔から一緒に遊ぶことが多かった。
小さい頃は仲良く遊んでいたのに、中学校に上がってからは何かと突っかかって来ることの方が多くなった。
お互い野球部とソフトボール部でグラウンドの取り合いをしたり、ことある毎にちょっかいを出されたり。高校生になれば少しは大人しくなるのではと思っていたのに、さらにアホさが増してる気がする。
「ソフトボールは好きだけど、元々高校では別の部活に入ろうと思ってたし。それに私は入学式で生徒会に入ろうって心が決まったの!私が何に入ろうが星矢には関係ないでしょ!」
どうしても星矢相手だと喧嘩腰になってしまう。
「お、俺だって、生徒会良いかもとか、思ってたし!俺だって何に入ろうが別にいいだろ。生徒会って何でも出来そうでなんかすげぇかっこいいし!」
「はぁ、何その意味不明な自信」
「う、うるせぇー。お前こそ、生徒会長に会いたいだけだろ!」
図星を突かれ、つい狼狽えてしまった。
「そ、それだけじゃないわよ!ちゃんとこの学校の為に倦まず弛まず努力する所存です」
「う、うまず…何だよそれ。意味わかんねーな」
「あぁ、頭がスッカスカな星矢には難しい言葉だったかもね」
「そ、そんな訳ねぇだろ…馬の種類だろ!アーモンドアイとか、ディープインパクトとか…あとは、えっと…」
最初の「うま」しか聞き取れなかったらしい星矢が、話の流れに全く関係ないことを言い出していた。それは馬の種類じゃなくて、馬の名前じゃないのか?
だけど私も「倦まず弛まず」は最近テレビのクイズ番組を見て知った言葉だった。確か意味は、飽きたり怠けたりしない、だった気がする。
どうも難しい言葉や新しい言葉を知ると、それの使いどころを探して使ってみたくなってしまうのだ。
すると今まで私たちの会話を隣で聞いていた悠月君が突然声を上げて笑い出した。
「え、どうしたの悠月君?」
「ごめん、突然笑ったりして。二人の会話を聞いてたらなんか可笑しくなっちゃって。仲良いんだね二人とも」
「「良くない!」」せーの、の掛け声でもあったかように揃って出た言葉に、悠月君は更に肩を震わせ笑っていてた。
私と星矢は急に恥ずかしくなり、何も言えなくなってしまった。
週明け月曜日の放課後。待ちに待った生徒会初日。
私はそこで、遂に生徒会長との対面を実現させた。
対面といっても新一年生顔合わせの日だから、一対一という訳ではないのだけれど。
それでも、ようやく少し近づくことが出来たのだ。
まず最初にやることと言ったら、自己紹介だ。
「一年藺草灯です。中学まではソフトボール部に入っていました。高校では違う部活に入ろうかなと考えていた時、入学式で凛々しい生徒会長の姿を見て、生徒会に入ろうと思いました!あ、でも以前兄もここで生徒会長をしていたので前から少し興味はありました。学校生活をより良くする為に頑張っていこうと思いますので、ご指導のほどよろしくお願いします!」
ギリギリまで内容は悩んだけど、ここにいる理由に嘘はつきたくないと思い正直な気持ちで挨拶をした。それでも少し恥ずかしくなり、付け足すように兄のことも話してしまって。
周りの先輩たちからは拍手で迎え入れてもらえて、しかも納得している風でもあった。もしかしたら、生徒会長に憧れている人は結構いるのかもしれない。
ふと見ると、生徒会長が私の方を見ていた。
自己紹介をしている人を見るのは当たり前だけれど、何だか凝視されているような…。
もしかして、会長の名前を出したのが迷惑だったのではないか。私と目が合うと、一度目を細め、そのまま次に自己紹介に入った人の方へと視線を向けてしまった。
それからは、それぞれの自己紹介も問題なく終え…いや、ほとんど問題なく終えた。
星矢が自己紹介の時「何でも出来そうな生徒会がかっこいいと思って入りました!」なんてアホ丸出しなことさえ言わなければ。
他の先輩たちは笑っていたし、それを聞いた生徒会長は少し顔を顰めていた。
だから嫌だったのだ。いつも後先考えず、思ったことを素のまま言ってしまう。良くも悪くも取られる、それが星矢なのだ。
私や悠月君が一年生枠でこんなアホと一括りにされないことを願うしかなかった。
入学して一ヵ月程が過ぎ、やっと学校生活にも慣れてきたがやはり中学と高校とでは勉強といい先輩後輩関係といい、学校生活の色々なことが違ってくる。
その内の一つがリボンの開花だった。
これは入学して知ったことだが、どうやら私たちが最初に付けているリボンには次の段階があるらしい。
二、三年生のほとんどは開花させていて、一年生でも何人かの生徒はもう開いていた。大抵は部活の先輩にやってもらったり、友達同士でやるみたいだけど、一年のしかも生徒会役員である私がやっていいものなのか少し不安だった。
生徒会の二、三年の先輩たちはみんな開いているから、やっていけないことはないと思うのだけれど…。
──なにか困ったこと、聞きたいことなどあれば遠慮なく話に来てください。
最後に自己紹介をした生徒会長の言葉を思い返した。
少し考えたが遠慮なくと言っていたし、多少なりとも生徒会に関係することではあるんだし。そんな言い訳を盾に会議終了後、私は聞きに行くことにした。生徒会長と対面で話しがしてみたかった、と言うのが本音であるのだけれど。
周りでは一、二年生が帰りの支度を始めている。
「会長、お疲れ様です。あの少しお聞きしたいことがあるんですが宜しいですか?」
会長は副会長、書記の三年生と三人で今回話し合いで使った資料をまとめている所だった。
「この作業が終わるまで少し待ってもらっても良いですか?」
学年関係なく誰に対しても丁寧な喋り方。そんな些細なことさえ生徒会長たりうることを更に実感させられる。一分の隙もないって感じだ。
「いいよ〜。はっちーにやってもらうから灯ちゃんの話し聞いてあげて」
「ちょっと、僕だけじゃなくて一緒にやるんだよ。でも、あとは先生に渡す表の記入だけだから、ここは俺たちだけで大丈夫だよ」
私が席に着いて待っていようとすると、先輩たちがそう言ってくれた。
「ありがとうございます。じゃあ、あちらで話しましょうか」
副会長と書記の先輩の後押しのおかげで、すぐに話を聞いて貰えることになった。
先輩たちの作業の邪魔にならないよう少し席を移動して、隣あった席に座った。すぐ隣に生徒会長がいる。それだけで、緊張してしまう。
他の一、二年生は帰りの支度を終え、教室を出て行く所だった。
人数が減り、一気に静かになった教室に物怖じしそうになりながら言葉を出した。
「えっと、あまり大した事じゃないんですけど…リボンの開花ってしても大丈夫ですか!?私一年生で生徒会だし、クラスでは何人か開けてる子とかいるんですけど、私は開けていいのか分からなくて…」
今更ながら、なんてくだらない質問で時間を取らせてしまったのだろう。
生徒会長と話せることに浮かれていたけど、もう少し適切なタイミングがあったのではないか。けれど話してしまったのだから仕方がない。
なかなか返答が貰えず少しの後悔に顔を俯かせかけた時、会長の口から息が漏れる音が聞こえた気がした。それは溜息や嘆息ではなく「クスッ」と笑ったかのような吐息。すぐに顔上げて確認したけれどそこにはいつもと変わらず、クールで皆からは無表情と呼ばれる会長がいるだけだった。
会長は私の目を真っ直ぐに見て答えてくれた。
「リボン、開花して大丈夫ですよ。二、三年の生徒会役員はみんな一年生の時から開けていましたから。開け方は、分かりますか?」
「いえ、分からないです…」
「もし今開けたいのであればやってあげますよ」
「えっ!お、お願いします!!」
思わぬ展開に嬉しさのあまり、勢い良く返事をしていた。
あわよくば開け方を教えて貰えないかと思っていたが、まさか直々に開けて貰えるなんて。予定外と言うより予想外だ。
会長は生徒会室に置いてあった裁縫道具を使い、見る見るうちにリボンを開花させていった。
「会長、お裁縫も出来るんですね。凄いです!尊敬します!私も会長みたいになれるように頑張ります!」
あまりの手際の良さと嬉しさにはしゃいでしまい、捲し立てるように話しかけてしまった。
会長みたいになれるよう、と言ったそばからこれでは前途多難だ。それでも会長は気を悪くするでもなく、リボンに最後の玉留めをしながら言った。
「そんな事ないです。こんなの見様見真似だから…」
そう言いながら開花させたリボンを渡してくれた。
萎れていた花が綺麗に開花して、ちゃんとしたリボンになっている。やっぱり凄い。
「会長!ありがとうございます!凄く嬉しいです!」
開花させながら寂しそうな顔をしていた会長が気になったが、私は明るく感謝を伝えた。
今年の文化祭は例年と少し違うようだ。
文化祭の内容自体は別段変わらないのだが、クラスから文化祭実行委員を選出することになるらしい。
今までは生徒会だけで回していたのだが、それだと毎回生徒会への負担が大きくなってしまうらしい。なので今年から普通科、生物生産科、環境工学科の一、二、三年生から各クラス一名ずつ。合計九名プラス生徒会役員九名の合わせて十八名で文化祭の運営に取り組むこととなった。
しかも生徒会は、文化祭の後に行われる収穫祭に向けての準備も同時に進めていかなければならない。
去年は体育祭だったのでそこまで大変ではなく収穫祭の準備を進めることが出来たらしいのだが、文化祭ともなるとやることは格段に多くなってくる。
しかも、去年は出来なかった打ち上げ花火が今年はあるのだ。
そんなこともあり、いつもの倍の人数での打ち合わせは連日下校時刻ギリギリまで行われた。
数日後には期末テストがあり、それが終わるとすぐに夏休みに入ってしまう。その為、進められる所まで進めておきたかったのだ。
梅雨になり曇天ばかりが続く日々。水分を多く含んだ空気が重くのしかかってくるようで気分まで沈んでしまう。
今にも雨を落としてきそうな空を見上げ、私と星矢、悠月くんの三人は生徒会活動を終え足早に駅へと向かっていた。
そんな中、話題はやはり文化祭についてのことだ。
「なぁなぁ、俺らのクラスチョコバナナやるじゃん。あれさ、バナナだけじゃなくて色んなのチョコにつけて売れないかな?」
「色んなのって例えばなによ」
考えなしの提案だったらしく、少しの間「えっと」とか「あぁ…」と言いながら悩んでいた星矢だったが、何かを思いついたらしく自信ありげにこう言った。
「イチゴとかキウイとかパイナップルとか!」
その答えに辟易した。これの何処に、それほど悩む所があったのだろうかと。
けれど悠月くんは真剣に答えてくれた。
「美味しそうだけど、果物だと経費がかかり過ぎちゃうんじゃないかな。それに旬の時期とかもありそうだし」
そう言うと、悠月くんも何か考えて始めた。けれど、それも数秒のことですぐに続きを話し始めてくれた。
「果物って結構高いよね。学校で育ててるのを使わせて貰おうと思っても、秋に収穫できるのって葡萄とか梨でしょ。それだとチョコには合わない。だからさ、マシュマロなんてどうかな?業務用を買えば安いし、量も結構入ってるし。それと、チョコの方を種類増やせないかな?ホワイトとかイチゴとかブラックとか」
その提案に、星矢のテンションは一気に上がったようだった。
「おぉぉお悠月、それいいな!さっそく明日みんなに話してみようぜ!」
「私もその案いいと思う!」
そんな話で盛り上がりながら駅に着いた。ホームにはちょうど電車が到着するところだった。
これを逃したら次に来るのは一時間後だ。星矢の「走るぞ!」の声につられ、私と悠月くんも急いで駆け出し、なんとか乗車することができた。
これだから田舎の電車は、なんて思うこともあるけれど乗車数が少ないなか運行しているだけでも有難いことだ。それに乗客数が少ない分、席に座れる確率もあがるのだ。今回もちょうどボックス席が空いていて座ることが出来きた。
出発のアナウンスが鳴りドアが閉まっていく。まだ雨は降らないだろうか。なんて考えながら何気なく窓の外を見ていると、駅前のロータリーに会長の姿を見つけた。会長は駅の中には入らず、近くに止まっていた白いミニバンに乗り込むところだった。
「生徒会長、今日は車でお迎えなんだね」
悠月くんもちょうど見ていたようだった。
生徒の殆どは徒歩か電車通学だから車での送迎は珍しい。体調不良や近くに用事があったからと言った理由で迎えに来て貰っていた友達もいたけれど、私はまだ一度も来て貰ったことはない。そしてこれからも、たぶんないだろう。
「いいなぁー、車でお迎えとか。私も来てもらいたいな。もしかして会長ってお嬢様だったりして!」
星矢も私たちにつられて見たらしく、話題に乗ってきた。
「本当にそうかもしんないぞ。俺、この間の雨の日も会長が車で帰るの見たし!それにあの丁寧な喋り方もなんかお嬢様っぽいしな!」
「確かに。生徒会長ってだけでもかっこいいのに、更にお嬢様だなんて素敵すぎる!」
私の中での生徒会長の存在は、日に日に大きくなっていく。それはきっと、ひとりの女性としての憧れや尊敬。
心の距離をもっと近づけて話してみたいし、みんなから無表情と言われている裏でどんなことを考えているのかも聞いてみたい。
いずれ私も、生徒会長になりたいと思う日が来るのだろうか。
「夏休み」と言う単語だけで、なんでこんなにも気持ちが高揚するのだろう。
私は夏休みが大好きだ。
いや、大抵の学生は夏休みが好きだけれど。夏休みと言うより夏自体が好きと言った方が正解かもしれない。だから、その夏を丸一日満喫できる夏休みが大好きなのだ。
小さい時から五感で感じる夏が好きだった。
一面真っ青な空に、何かが潜んでいそうな巨大な入道雲。
プールの帰り道に漂う塩素の匂い。
夏祭りで味わうラムネや焼きトウモロコシ、キュウリの一本漬け。
焼けるような強い日差しに、肌がじりじり焼かれている感覚。
夏の終わりを告げる蜩の声。
懐かしい、と感じる程の年齢ではない。
それなのに夕間暮れになるだけで、畳の冷たさに触れるだけで、紺碧の空を見上げただけで胸に言い表せないくらいの想いが溜まっていく。
私のお母さんは季節が変わる度に「あっという間に夏が来たわね」「もう秋なの」と口癖のように言っている。
みんな同じ時間過ごしてるよと言うと「歳を取るとそうなのよ」とこれまた同じ言葉が帰ってくる。毎回言っているので気になって調べてみるとジャネーの法則というのがあることを知った。
それは「人生のある時期に感じる時間の長さは年齢の逆数に比例する」というものだった。これはフランスの哲学者、ポール・ジャネが発案した法則で、年をとるにつれて自分の人生における「一年」の比率が小さくなり、体感として早く過ぎると感じるようになるというものだ。これは年齢と共に短く感じるものは時間だけれど、私の場合はそれを夏に置き換えるとしっくりくる。夏を一生と考えた時、一日を過ぎるごとにカウントダウンされるスピードは増していく。
簡単に言えば、楽しい時は早く過ぎるということなのだ。
夏休みも中盤のある日、星矢から連絡が来た。
「今日の夏祭り、悠月誘って三人で行かないか?」
せっかくの夏祭りなのになんで星矢となんかとも思ったけれど、かと言って誰かと行く予定も立てていなかった。一人で満喫しようと思っていたくらいだ。
まぁ、でも一年生徒会で親睦を深めるのも良いかもしれない、と思い提案に了承した。悠月くんには星矢が先に連絡を取っていたらしく、すでに了承との返事をもらっていた。
せっかくの夏祭りなのだし、新しく買った白地に紫の七宝柄の入った浴衣を着ていくことにした。
夜になっても蒸し暑さが残る歩道を下駄を鳴らしながら進んでいく。所々にある街灯にはユスリカや蛾が集まり電灯に当たっては「バチッ」と音を立て足元に落ちていく。
あっという間に過ぎていく夏を感じながら、祭りが行われる長原神社へ向かっていった。
待ち合わせの鳥居の前には悠月くんと星矢がすでに到着していた。
「こんばんは、灯ちゃん。その浴衣すごく似合ってるね」
「おう。孫の手にも衣装って感じだな」
星矢は初っ端からアホ全開だった。
「それを言うなら馬子にも衣装だから!孫の手ってそれ人ですらないし。相変わらずバカなんだから。無理して難しい言葉使おうとしなくていいのよ」
「う、うるせぇな。ちょっと間違えただけだろ。孫、には変わらないんだから!」
多分星矢の言う「まご」も孫のことだと勘違いしているんだろうな。
だけどもう、そこまで訂正するのは疲れるからやめておくことにした。
悠月くんはやっぱり私たちの会話を楽しそうに聞いていた。
「相変わらず面白いね、二人とも。でもそろそろ行こう。もうお祭りは始まってるよ」
そうして悠月君に促されながら、ようやく賑わう鳥居の向こうへと足を進めた。
長原神社の夏祭りは小さいながらも地元の人に愛される祭りだ。
知り合いのお父さんだったり、近所のおじさんが出店を出している。そのためサービスだからとフランクフルト一本分の値段で三本貰えたり、焼きそばもパックの蓋が閉まらないほど大盛りにしてくれる。
スイカ割り大会や、ラムネの早飲み大会など楽しい催しもたくさんあり、中央の櫓の周りではみんなが太鼓の音に合わせて盆踊りを踊っている。
都会とは比べものにならないくらい規模は小さいが、人と人との繋がりを強く感じられるこのお祭りが小さい頃から好きだった。
少し歩き疲れ神社の境内に座っていると、ラムネの早飲み大会に出場した二人が戻ってきた。
星矢は右手に数本のラムネ、左手には手持ち花火とヨーヨーとポン菓子を抱えている。どうやら優勝して景品を貰ってきたらしい。戻ってきた途端、したり顔で自慢してきた。
「まあ俺にかかればこんなもんだな!我が前に敵なし!にっしっしー。ほら、ラムネやるよ、喉乾いたろ!」
そう言って星矢から手渡された戦利品のラムネはキンキンに冷えていて、落としたビー玉は液体の中でコバルトブルーに輝いていていた。
飲み口の下にある溝にビー玉を引っ掛け、ラムネを一口飲んだ。シュワッと弾ける炭酸が喉を伝い、体の中に入っていく。自分が思っていたよりも喉が乾いていたのかもしれない。冷たさと爽快感が心地よかった。
半分くらい飲んだところで、悠月くんにも尋ねてみた。
「悠月はラムネの早飲みどうだったの?」
「僕は全然だめだったよ。小学生にも負けちゃった。炭酸は少しづつ飲むのが美味しいよね」
あはは、と笑っている悠月君の手にはまだ半分以上残ったラムネが握られていた。もしかしたら炭酸はあまり得意じゃないのに、星矢につきあって出てくれたのかもしれない。
当の本人はまた一本ラムネを飲み干し、話し出した。
「そういえば、さっき神社のおっちゃんに聞いたんだけど、長原神社って元は別の場所にあったらしいぜ」
「別の場所って?」
そう聞くと、星矢はちょっと来いよといって私たちを神社の裏に連れて行った。
「ここを登った先の頂上が旧長原神社だったみたいだぜ」
案内された先には、道とは言い難いほど細い獣道があった。
「ちょっと興味はあるけど、灯ちゃんは浴衣だしもう暗いから流石に行けないね」
道も草木が生い茂っているし、登ると言うより切り進むって感じだ。それでも、所々踏み倒した跡があるから登る人はまだいるのだろう。
「そういえば、頂上が少し見える位置があるみたいだから行ってみようぜ!」
またも星矢に連れられて着いた先は、神社から少し離れた橋の上だった。ここは吾妻橋だ。下には吾妻川が流れているのだか、夜の暗さでは覗いても暗闇しか見えない。それに橋の下をずっと覗いていると吸い込まれそうで少し怖くもあった。
「ほら、あそこだよ。山の頂上に木がないところが見えるだろ。あそこに小さい祠があるんだ」
星矢が指さしたのは、川の左側にある山の頂上付近だった。確かに木のない空間が見える。頂上の周りは落下防止用のフェンスに囲まれているようだった。
じっとその場所を見ていると、何かの影が動いたような気がした。
「ねぇ、いま何か動かなかった!?」
慌てて話しかけると二人も同じ方を見て固まっていた。どうやら三人とも動く影を見たらしい。
「も、もしかして、幽霊じゃね……。お盆だから帰ってきたとか…」
さっきまでのはしゃぎようとは打って変わって、蚊の鳴くような声を出している。そういえば星矢は幽霊やホラー系が苦手だった。
月明かりに照らされて黒いシルエットが浮かび上がった。
それは長髪の女性のようだった。
夏休みも終わり本格的に文化祭の準備が始まった。
お祭りの日の一件は私たちの中で、きっと木や草を見間違えたのだろうということに落ち着いた。落ち着いたと言うより、あれから星矢の怖がり方が凄かったので宥めて落ち着かせたという方が正しかった。
私の中では、あのシルエットは完全に女性の姿だった。幽霊なんて信じていないから、普通に考えて人が登っていたのだと思うけれど。
あんな夜中にいったい誰が何をしに行っていたのだろう。しかも、女性一人で。
「灯ちゃん、どうしたの怖い顔して?」
「悠月くん!ごめん、何でもない。少し考えごとしてただけ…」
「もしかして、お祭りの日のこと?」
「…そう、あれは見間違いなんかじゃなかったと思うんだけど」
あの日以来、初めてこの話を口にした。
「実は僕もそう思って、次の日山に登ってみたんだ」
「え、あの獣道登れたの!?」
見た目に似合わず、以外と行動力があることに驚かされた。
「うん、意外とすんなり登れた。頂上には星矢が言ってたように小さな祠があったんだけど、その祠の前にまだ新しい花がお供えしてあったんだ。星の形をした濃いピンク色の可愛い花が」
しかし手掛かりはそこまでで、結局誰が居たのか本当にその人が置いたのかは解らずじまいだったらしい。
「こらー、二人とも、喋ってねぇで手動かせよ!もうすぐ文化祭始まんぞ!」
朝からテンションの高い星矢はあの日のことはもう気にしていないようで、黙々と割り箸にバナナやマシュマロを差していた。
「そういえば俺、朝先生から注意受けたんだよ。文化祭の最終日にキャンプファイヤーするけど、そこで焼きマシュマロとか作るなよって。さすがにそこまではしないっつーの。てかそんなこと考えもしなかったし」
そんな注意をされるということは、過去にやった人でもいたのだろうか?しかも星矢に話したと言うのなら、もしかしたら一年生の時に。
なんともすごいチャレンジャーだ。
きっとこの中だと星矢が一番やる可能性が高いとふんで、先んじて忠告したのだろう。
私たちのクラスは『チョコバナマロ店』
チョコバナナとチョコマシュマロを売る出店だ。
悠月くんの提案が通り、マシュマロの追加とチョコの種類を増やすことに成功したのだ。
ビター、ミルク、イチゴ、ホワイトの中から好きな味をひとつ選んでもらい、バナナかマシュマロにつけて販売する。しかも一串二百円。お手軽な値段と可愛い見た目も相まって開店からお客さんは絶えることなくどんどん売れていった。
私たち三人は生徒会の見回りも兼ねているのでずっとは居られなかったが、文化祭実行委員も手伝ってくれたおかげで、ほかのクラスの出店や出し物も色々回ることが出来た。今までこれを生徒会九名で回していたなんて相当大変だっただろう。
一日目は目標売り上げ以上を達成することが出来た。そして二日目になっても人気は落ちることなく、みんなで休憩を回したり、文化祭を満喫したり、生徒会の見回りをしたりと慌ただしくも楽しく過ぎていった。
今年から始まった後夜祭での売り上げ発表では、全クラスの中で二位の成績を収めることが出来た。星矢は一位に慣れなくて悔しがっていたけれど、他のみんなは騒がしいくらいに喜んでいた。
一位は、会長たちの三年普通科クラスだった。文化祭の定番、お化け屋敷をやっていた。
私も悠月くんと一緒に入ったけれど、相当怖かった。生首もリアルで、何回も可愛くない悲鳴を上げてしまった。星矢も誘ったが、頑として入ろうとはしなかった。
キャンプファイヤーが始まってすぐ、私たちには生徒会長からの集合がかかった。どうやら後夜祭の後片付けや校内の見回りは生徒会の仕事で、その打ち合わせをするようだった。
打ち合わせの結果、私たち一年生は校庭や体育館の確認を任せられた。
キャンプファイヤーは勢い良く燃え上がり、辺りを明るく照らしている。時折、木の弾ける音を立てたり、熱風で火花が舞い上がったりと、見ているだけでも楽しかった。スピーカーからはマイムマイムが流されている。音に合わせて炎の周りでダンスをする人や、炎を眺めながらお喋りをしている人がいる中、会長は少し離れた校舎の中央玄関で一人座って校庭を眺めていた。
文化祭で弾む気持ちに後押しされ、気づけば会長の方へ向かっていた。
「会長、文化祭お疲れ様でした。あの、私も一緒に座っても良いですか?」
思い切って聞いてみた。 すると「えぇ、どうぞ」と、すんなりと返してくれた。
「失礼します!そういえば会長たちのクラス、売り上げ成績一位なんてすごいです。おめでとうございます!」
「どうもありがとう。藺草さんたちのクラスも、一年生で二位を取るなんてすごいですよ」
「えへへ、ありがとうこざいます。あの、会長は何でここでキャンプファイヤー見ているんですか?」
いつもならこんなにグイグイ聞くことはないのに。文化祭での高揚の余韻が後押ししてくれているみたいだった。
「遠くから見ていると、キャンプファイヤーに照らされるみんなの姿が変わらないから。ここから見ていたいんです。この場所は大切な場所だから」
キャンプファイヤーの明かりは少ししかこちらに届かない。だからだろうか。少しだけ照らされた顔の陰影は笑っているようにも、悲しんでいるようにも見えてしまう。
会長はこの文化祭、楽しめたのだろうか。もしここにいることが寂しいのなら、私が楽しませてあげたい。少しでも笑顔になってもらいたい。そんなの自分勝手なエゴだと分かってる。それでも、つい余計なことまで話してしまう。
「そういえば、聞いてくださいよ!文化祭初日の朝に星矢が先生からキャンプファイヤーで焼きマシュマロは作るなよって、注意されたんですよ!そんな注意されるなんてビックリしました。星矢ならやらかしそうですからね。それにきっと以前にも焼きマシュマロ作った人がいたんですね…」
初めて見た。キャンプファイヤーを遠くに眺めながら、会長は口元を綻ばせていた。なのにさっきよりもずっと悲しそうに膝を抱え込んでいた。
楽しませるどころか、悲しませてどうする。
私は知らないうちに、触れてはいけない琴線に触れてしまったのだろうか。そんな時どうするか、今考えられる選択肢は二つだ。謝ってこの場を離れるか、琴線を飛び越えるかだ。
でも、そんなのは決まっている。
「あの会長!私もここから見るキャンプファイヤー好きです。明かりに照らされたみんなのシルエットは先輩も後輩も先生も隔てなくみんな一緒で、ずっと変わらなくて!私、今の友達も先生も先輩も大好きだからこのままずっと変わらずにいられたらって思うことあります。でも…あの、一緒にみんなの所へ行きませんか?向こうへ行けばここから見える姿とは違って生徒会のみんなも先生も、一人一人はっきり分かるようになってしまうけれど、きっとここより暖かいです!」
会長の前に立った私はだいぶ小さくなってしまったキャンプファイヤーの明かりを背に、どんな風に写っているのだろう。
飛び越えた先で、ちゃんと着地はできたのだろうか。
なかなか来ない返答に、謝って戻った方がいいんじゃないかと思いかけた時、会長がゆっくりと立ち上がった。
漆黒に染る会長の髪が冷たい風に吹かれ口元に掛かった。右手でその髪を耳にかけながら、会長の口元は綺麗に微笑んでいた。
「そうですね。行きましょう。みんなのところへ。私も暖かいところは好きです」
小さく見えるキャンプファイヤーの明かりへ向かい、私たちは二人で並んで歩き始めた。
文化祭を終える頃にはすっかり秋も深まり、生物生産科で育てている里芋の葉も裏返るほどの黍嵐が吹きつけていた。
そんな中、季節外れの教育実習生がこの学校にやって来た。この時期に来ることは珍しいらしく、どうやらこの学校の卒業生のようだった。
全校集会で紹介され、周りの男子が騒いでいた。まぁ、男子が騒ぐのも無理はない。今回来た教育実習生は女性でロングヘアの黒髪美人。意志の強そうな瞳に、凛と伸びた背筋、グレーのパンツスーツが長い足を更に際立たせていた。
受け持つクラスは三年普通科。会長たちのクラのようで、男女共に他の生徒たちより特にザワついていた。きっと、担当教員になるからだろう。数学教師を目指しているらしく、三年のクラス担任も数学を担当しているからそれで振り分けられたようだった。
一年の数学は担当しないみたいで、クラスも三年と一年では階が違うからほとんど関わることはないだろう。
実習期間は三週間。それは丁度最終日が収穫祭と被っていた。
けれど私はそんなことなんてどうでもよかった。
だって私の中ではもっと大きなカウントダウンが始まっているのだから。
全校集会が終わり教室へ戻ろうとした時、会長が教育実習生に駆け寄って行くのが見えた。
二人は何か話しているようで、その後一緒に体育館を出ていってしまった。生徒会長なんだし、クラス担当にもなるのだから挨拶や案内をするのかもしれない。
その後も数回校内で見かけることがあったが、その度に隣には会長がいた。
なんで毎回一緒なのだろう。たまたまなのか、理由があるのか。気にはなっていたが、それは私が口を出すようなことではないのだ。
それより今はただ、収穫祭に向けての準備を進めていくしかない。どんな事があっても成功さなくてはいけない。
だってあと三週間しかないのだから。
あと三週間。それで三年の生徒会役員は引退してしまう。
そして来年には一、二年だけで生徒会を回していかなければならなくなる。今も収穫祭の準備を進めつつ、三年生から一、二年生への引き継ぎの真っ最中なのだった。
***
今年の収穫祭は秋晴れに恵まれた。
午前中は普通に授業を行い、お昼休みを挟み午後から準備が始まった。
調理は生物生産科を中心に各クラスに役割を振り分けて行われる。野菜、肉、米、調味料に至るまで、その殆どが生物生産科が育て、栽培し、収穫したものが使われる。調理道具の鍋に関しても環境工学科の生徒が授業で作ったものだと言うのだから驚きだ。
普通科の生徒は普段の授業ではやらないような内容ばかりで少し戸惑ってはいたが、不慣れながらも楽しそうに作業をしていた。
そして生徒会役員は収穫祭のフィナーレを飾る、打ち上げ花火の準備に取り掛かっていた。
「本当に花火打ち上げちゃうなんて、凄いわね」
消火用の水を用意していた時、いきなり後ろから話しかけてきたのは、いまこの学校で一番の有名人。美人と話題の教育実習生だった。
「え、あ、はい!いえ、凄いのは生徒会長です。なんでも、ずっとこれに向けて準備を進めてきたみたいで」
思いもよらない人物からの声掛けに、思わずたじろいでしまった。
私が入学した時には学校行事表の中に収穫祭は記載されており、生徒会に入ってから打ち上げ花火のことを知った。
だけど会長はもっとずっと前からこの案に携わっていたのだと聞いたことがあった。打ち上げ花火に関しては、特に力を入れていたらしい。環境に考慮した生分解性プラスチックでの花火を研究していた生徒の資料を参考に、花火の打ち上げ場所から消防法、花火師の確保、金銭面などほぼ会長一人で進めていたようなのだ。
そしてようやく、今日のこの日を迎えられた。
「本当にすごいわね、彼女。あなた達もお疲れさま。…ようやく叶ったのね、藺草くん」
確かに私はショートカットだしジャージ姿だから男子に見えるかもしれないけれど、一応女子なのですが…。
そう言おうかと思ったけれど、最後の言葉は私に向けられた言葉ではなかったような気がした。
「おーい、こっちの準備終わったぞ!」
立ち去って行った教育実習生と入れ替わるように星矢と悠月くんがやって来た。
「おい、なにボケ〜っとしてんだよ。もうすぐ料理出来るから集まれってさ!豚汁とおにぎりめっちゃ美味そうだったぞ!」
星矢の言葉を聞いて今まで気づいていなかった、味噌のいい匂いがここまで漂ってきていた。
「灯ちゃんどうかした?さっきまで先生と話していたみたいだったけど」
そうだ。確かに話していたけど、私からは話さなかった。
「私、いつ名前言ったんだろう…」
ジャージには名前なんて書いてないし、こんなにたくさんの生徒がいる中で、一年生でしかも受け持っていないクラスの生徒の名前なんて覚えているものだろうか?
「はぁ〜?おまえ、何言ってんだよ。もしかして腹減り過ぎておかしくなったのか!?」
「そ、そんなんじゃなくて…」
煮え切らない気持ちはあったけど、とにかく今は出来上がった料理を食べに行くのが最優先だ。お昼休みを返上しての作業と漂っているいい匂いのお陰でお腹はもうぺこぺこだった。
そして食べた後はいよいよ花火の打ち上げなのだから。
秋の日は鶴瓶落とし、とは本当のようだ。
食べ始めた頃はまだ明るかった空は、片付け終わる頃にはいつの間にか太陽と月が交代していた。あたりも暗くなってきて雲も風もなく、花火を打ち上げるには最高のタイミングだろう。
全校生徒が何も無い空を見上げながら、カウントダウンを開始している。
収穫祭のフィナーレ。
作物の無事の収穫を祝うための祭祀行事。その感謝と喜びと次への願いを込めた花火が打ち上がる。
私はそっと会長の隣に行ってみた。
いったいどんな気持ちでこの夜空を見上げているのだろう。
誰よりも時間と想いを込めた打ち上げ花火。
会長の瞳にはどう映るのだろう。
火薬の香りと銀笛の音と夜空に開花する大輪の花。
照らされた会長の瞳は燦爛と輝いていた。
鈴城会長の頬に伝う涙は、どこまでも真っ直ぐだった。




