城とライブ
FOAM内とFRUIT内、現実世界のハジは本名の「創」で表してます。ややこしいですが、宜しくお願いします。
――ああ……ッ!!
大通りを走り続けていたハジは予言になぞらえるようにして不本意ながらも転んだ。地面を舐めるような屈辱を、痛覚の遮断された街エリアで耐え難いほど感じてしまうのは痛みによる意識の分散がないからなのだろうか。
くそっ! くそが……
拳を地面に叩きつけ、ピエロのあのにやけづらが思い浮かぶ。ころころと表情と情緒を変化させ、他人の気持ちを弄ぶあの顔が。
苦虫を噛み潰すような思いで立ち上がり辺りを見回す。通りに人気はほとんど感じられない。
「ここどこだ」
さっきの賑やかな大通りじゃない。妙に静かになった。
後ろを振り返ると、憎きピエロのいた場所から随分と長い距離を走ってきたのだと気づく。すぐそばには開け放たれた大きな門があり、そこを超えたちょっと先で石につまづいて転んだらしい。ピエロの予言通りになってしまったではないか。
ピエロのことはもう忘れたい。俺の目的はあいつと遊んでいることじゃない、ワールドアイテムを手に入れることだろ。
ハジは夜の深さを助長するひんやりとした空気を感じながら北に向かって歩き出す。この辺りがどういった所なのかを知るためだ。ステータス確認のときと同じような動作をしてメニュー画面を出し、時刻は深夜0時過ぎであると確認した。
これまた巨大な壁がこの区域の周りを囲っているな。門を超える前も外側に壁があったからおそらくだけど、この街は2層の壁に守られてるんだろう。城塞都市の名にふさわしい場所だ。
街の中心に近づくたびに甲冑を着た兵士らしき姿の人たちをぽつぽつと見かけた。大通りは街を貫くように伸びている。そしてしばらく歩いていると、巨大な岩場の上に建てられた大きな城が徐々に近づいてきた。
「でっか……!」
遠目で見えていたけど、まさかこんなに大きな城だとは。この街がいかに広大かが分かるな。
城をちっぽけに見せるほどの敷地を持つ『商業都市バラカン』。この街の中心に近づいたところでハジは一度ログアウトをした。ゲーム開始から約5時間。ほとんどを宿屋のベッドで過ごしていたハジは、残りのたった1時間の中の出来事でひどく疲れていた。それはどう考えてもあの『ピーリオ』という名のピエロのせいであろう。
◇◇◇
<ARU World>は長い夏休みの中でプレイすることにしている。できればこの期間にあのワールドアイテムを手に入れたいと考えている。
幸先悪くゲームをスタートした創はログアウト後に数時間の睡眠を経て、現在「FOAM」にログインしている。
「これからどうしよ」
森でぶっ倒れて数時間無駄にした挙げ句、ナディンにはろくに相手してもらえず、ピエロに捕まってまた時間を潰して……まずい。
ならば今やるべきことは何か! それは状況を確認することだ。
創は「FOAM」専用端末「FORTUNE」を操作しライブ配信を見ることにした。今<ARU World>にログインしているプレイヤーの進み具合を確認してその他有益な情報を得るためだ。
「誰かやってるかな」
「FOAM」を利用するに当たって、この端末を使いこなすことは必須である。友人とチャットをしたり、仮想空間の目的の場所に瞬間移動したり、アイテムの管理をしたりと様々な用途で使われる。
仮想空間なのだから<ARU World>のように声を出したら空中にウィンドウが出て、それを操作して―― などと思われるかも知れないが、ユーザービリティを重んじる「FOAM」は古い世代の層に向けてあえて端末操作式をとっている。
端末のコンテンツメニューから『ライブ』をクリック。すると現在放送中のライブチャンネルがずらりと並ぶ画面が映る。
--------- 【『ARU World』 をライブ中のチャンネル】 <視聴者数順> ----------
1.ルーカスchannel:「ARU World」冒険日誌 ♯1 (341000人 が視聴中)
2. FOAM所属プロゲーマー「チロ」:超期待の新作ゲームを最速プレイ! (224000人 が視聴中)
3.ARU World公式チャンネル:初心者向け講座 ♯1 (182000人 が視聴中)
4.VR海賊団!!「ゆうゆう組」:いつもの4人でパーティプレイ!? 生放送中!! (151000人 が視聴中)
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視聴者多いな!! さすが期待されてただけあるわ。人気のチャンネルも目にしたことのあるやつばっかりだ。発売して間もない時期は、元々何かしらで有名な人たちのライブに視聴者は集まりやすい。
それにしても大人気のゲームだな。この時代に「当選者しかゲームできません!」なんてことはないからみんなこのゲームを出来るはずなんだがな。人のライブを見て購入するかどうか検討している人が意外と多いのかも知れない。
創はひとまず、一番視聴者の多い「ルーカスchannel」の様子を見て情報を得ることにした。
「みんなぁ……俺はよお、もう歩けねえよ」
[ノリさん] は?さぼんな歩けよ
[ああ] がんばえー
[doruji] 疲れねえよ、ゲームだぞ
[ユーサック] 嘘つくな!!
[玉葱マン] 何時間歩いてんだバカ
ルーカスの視点でゲーム内の様子が伺える。30代ぐらいのおっさんの声をしている。右側にルーカスを鼓舞? する大量のコメントが下から上に滝のように流れていく。ルーカスはどうやら広大な砂漠エリアを歩き続けているらしい。視聴者たちはそれを面白がって見ているようだ。
ライブはVRで視聴することも可能だ。俺は端末から見ているのだけれど、VRで見るときは「FOAM」内の自分のアバターから意識が切り離されて、配信者の視点に移される。コメントは「借り手」と呼ばれる半透明な手が出てくるので、それに意識を向けて操作すれば打てる。将来的には、頭の中で念じるだけでコメントが打てるようになるらしい。現在開発中。
ルーカス、コメントでボコボコにされてるな。やっぱり俺は幸運だったのか。誰かに拾われないと俺もこうやって歩き続けるはめになっていたかも。考えるだけで恐ろしい。君には同情するよ。
「お前らあたりきつくねー? まあこんな地味な画を何時間も見せ続ける俺に非が無いとは言わねーけどさあ」
[bんr4とvbじょ] 俺らのせい!?
[ちび太郎] 口を開けば言い訳ばかり
[シュガー] 頑張れ!負けるな
[漆黒の堕天使”ARUFA”] このゲームの才能ないよ……君
こいつから得られる情報は何もなさそうだ。さらば。健闘を祈る。
続いて創は2番目に視聴者の多い「FOAM所属プロゲーマー「チロ」」というチャンネルのライブを覗くことにした。
「君たちは裏から回って!」
「はい! 正面は任せました!」
「チロさん! 回復薬は準備してあるので思う存分暴れてください!」
[めろんそーだ]さすチロだわ!
[bata-]お仲間も優秀だね!
[プリンセスプリンス]チロちゃんのお顔が見たいよー
[ルーテランの王]いけ! そのままやっちまえええ
配信を見始めると、戦闘の最中だった。キリッとした若い女性の声といくつかの男の声が聞こえる。複数人でパーティを組んで、トカゲに似た大きな鉤爪を持つモンスターと戦っているようだ。
チロの視点で繰り広げられる戦闘にはまるで危なげがない。仲間の男達がモンスターの後ろに周り、注意を引いている。その隙に距離を詰めて、持っている長い槍で鉤爪を弾き飛ばす。モンスターがうしろによろめいた途端、槍の持ち手の先に取り付けられた剣で首すじを一気に掻き切った。
俺は素直に感心してしまった。流れるような連携、そして武器を使いこなす技量。これは視聴者が多いのもうなずける。見てて面白い。
「ふう……、みんなーお疲れ様ー」
「いやーお見事です!」
「プロゲーマーの実力、肌で感じさせてもらいました!」
[ブラ三]すげえええええええ
[とっぽの中身]おつかれーー!
[dialogue]素の戦闘力が高すぎる……!!
[明日の主役]かっこいいいいいいい
こちらはルーカスとは違いコメントは大盛り上がりだ。何故視聴者がルーカスより少ないのかが不思議である。明らかにこっちの方が見て良かったと思えたぞ。まあ、もしかしたらルーカスには人を魅了する何かがあって、俺はまだそれに気づけていないだけなのかも知れない。
「この短期間でここまで武器を使いこなせるなんて流石です! 何かコツでもあるんでしょうか??」
「コツなんてないよー。ただ、訓練場でひたすら練習してただけ。街に行けば兵士の宿舎があるでしょ? そこの兵士たちにお願いしたら訓練出来るようになるよー」
「初めて知りました! 早速行ってきます。パーティを組んでくださって本当にありがとうございました! これからも応援してます!」
「あいよー、どうもありがとね。おかげでクエスト進んだよー」
そうしてチロと他のプレイヤーたちはその場で別れた。そしてすぐにチロは視聴者に向けて今しがたの戦闘の反省点をつらつらと述べている。
創はチロの話に耳を傾けずに、あることを考えていた。
俺も早くモンスターと戦おう! そしてとっとと強くなって冒険してワールドアイテムを見つけるぞ!
でも今の所持アルマで武器を買えるんだろうか。んー。取り敢えず武器屋に行ってみるしかない。もし買えなそうだったら人から奪おう。ついでにPK依頼も受けとけば一石二鳥だな。
創はすぐに「FOAM」からログアウトをして「FRUIT」にログインしたのだった。
逆マンブー。