恩人と変人
投稿ペースは未定です。ぼちぼちやっていきます。
目を覚ました時、ハジはベッドで横になっていることに気づく。体を起こして周りを見ると、石壁と木床で出来たこじんまりとした部屋の中にいることが分かった。
いつの間にこんな場所に……? 俺はさっきまで森の中にいて、彷徨っていて、小川を見つけて上流を眺めていたら倒れて……
記憶を辿るうちに自分はあのとき気絶したのだと理解した。それと同時に何故自分はこのような場所にいるのかという疑問が湧き起こった。
「おーい、誰かいますかー」
ハジが扉の奥に投げかけるように訊ねると、少しして扉の向こうからどしどしと床を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
「なんだい、もう起きたのかい」
扉がバタンと開き、現れたのは恰幅のよい茶色い髪の女だった。頭の上に「ノクタ」という白い文字が浮かんでいる。
彼女は豪快な笑い声を上げながらベッドの横にある椅子に腰掛けた。すこし潰れた鼻とくっきりとした目の輪郭をクシャクシャにして笑うその様は、見ていてとても気持ちの良いものである。
ずいぶんと元気なおばちゃんが来たもんだ。頭上の表記から察するにNPCだろうな。この人になぜ俺がここにいるのか聞くべきだろう。
「ええ、なにがなんだか。森の小川で急にめまいがして、気がついたらここに」
「あんたねえ、それはそれは大変だったんだから! あそこにゃ近づいちゃいけないて言われてるのにねえ。ナディンさんに感謝しなさいよー」快活なおばちゃんことノクタは優しく言い聞かせるようにして言った。
「はい、わかりました。次から気をつけます。えっと、ちなみにナディンさんとは誰ですか?」
「ナディンさんはね、あんたをここまで運んできた人だよ。ここ『商業都市バラカン』の兵士さんだね」
「はあ、ここはバラカンという場所なのですね。ナディンさん? には後でお礼を言いに行きます」
俺はゲーム内おいても礼節は欠かさない。NPCであろうと適当にあしらっていると経験上、後々不都合なことが起きるからだ。ましてや今回の目的を達成するためにはNPCの協力が必要になるかも知れない。これは戦略の一つなのだ。
「あとこの部屋は一体……?」
「ほんとに何もしらないんだねえ。困っちゃうわよっ」と呆れた様子である。
「ここはねえ、『ノクタの宿屋』だよ。私の店さ!」
そうか、やはりここは宿屋なのか。どうりで清潔感のある部屋だ。床は物1つ落ちていないし、照明に照らされて浮かび上がる光沢を微かに感じられる。ベッドは簡素だが、シミ一つなくふかふかだ。部屋の隅にある小さなキャビネットの上の小瓶に生けられている花も、良く手入れがされているな。
ハジには初めてきた場所をよく観察する癖があった。
「あなたの宿屋なのですね。これはこれは大変お世話になりました」とハジはベッドから立ち上がりお辞儀をして言った。
「お代はいらないよ! うちだけじゃなくて、この街ではみーんなで助け合いよ。遠慮しなくていいからね!」
「お言葉に甘えさせてもらいます。できればナディンさんが今どこにいるのかも教えてもらえませんか?」
「どこだろうねえ……」とノクタは親指を口に当て、考える仕草をしている。
「多分この時間なら宿舎にいるんじゃないかしら。うちを出て、正面の通りをずっと右に歩くと酒場に突き当たるわ。そこから左に曲がって少し行くと門があるからね。その門の向こうが宿舎よ」
「宿舎ですか。まあ、いなかったらいなかったで別の方法を探しますね。ほんと助かりました。ありがとうございます。それでは」
◇◇◇
宿を後にして言われたとおりの道筋を辿る。すると4階建てくらいだろうか、奥に石造りの建物がうっすらとみえて、やがて門に突き当たった。
「ごめんくださーい。門を開けてもらえませんかー」
少し間が空いて声が聞こえてきた。
「おう用件はなんだ。門は開けられないがそっちに行くから待っててくれ」
門の脇にある人ひとり分の扉が開き、出てきたのは甲冑を身に着けた2人の男。
「なんだ、ホウジンか。珍しい訪問客だ」
「おお、ほんとだ。相変わらずみすぼらしい格好してんなあ」
品定めするように見られて、かつ兵士らしからぬラフな物言いではあったが、一応取り合ってくれるようだ。
「宿屋のノクタさんの紹介でこちらに来たのですが、ナディンさんはいますか」
「ナディンさんに用なんてこれまた珍しい」
「一応いるけどあの人呼んでも出てこないんじゃねえか? めっちゃ人見知りだし。なあ?」
「いや、呼ぶべきだろう。ナディンさんに用があるぐらいだ。どうやら大事な客人らしい。ちょっと待っててくれ」
丁寧な対応をしてくれる方の兵士がそそくさと中に入っていき、少しして戻ってきた。その後ろから片目を隠すようにして前髪を流した、浅黒く濃い顔つきの細身の男が現れた。
「あなたが、ナディンさん?」
「そうだ……用件とは何だ……」
男の第一声はまったく覇気がなくだるそうで顔をみると今にもまぶたがくっつきそうだ。
「ああ、えっと、森で倒れていた私をあなたが宿屋まで運んでくれたとノクタさんから教えてもらったので、そのお礼を言いに来たんです」
「何だ……そんなことか」
「礼ならいらんよ。俺よりノクタさんに感謝してくれよい…………」
こいつがナディンか。想像していたよりでかい。俺のアバターが170センチぐらいだとして、190はあるだろう。ほか二人の兵士と比べても頭一つ抜けてるな。
けだるげな雰囲気を漂わせつつ、あくびをしながら宿舎へと戻っていく。どうやら今日は取り合ってくれないらしい。
「ナディンさんは今日任務から帰ってきたばっかだから疲れてるんだ。多分帰り際にあんたを見つけてこの街まで連れてきたんだろう。ああ見えてあの人は優しいところがあるからな」
「ひでーな、あの人はよ。せっかくお礼いいに来てくれたってのになあ。俺から後で言っとくからよ。また明日来な!」
「明日にはきっと元気になってると思う。せっかく来てくれたのにわりいな兄ちゃん」
かくしてナディンとの初対面はあっさりと終わってしまった。このゲームを初めて4時間ぐらいだろうか、まったくツイていない。本来の目的が遠のくばかりの俺は近場の目的すら中途半端なまま終わってしまった。どうすれば良いのかよくわからなくなった俺はとりあえず、この街を知るために大通りまで出てみようと思った。
まあ、街まで来れたのが唯一の救いといったところか。ちょっと前の俺みたいに森を彷徨っているプレイヤーもまだいるかも知れんしな。それにしてもこのゲームなかなかのクソだな。序盤ぐらい軽いチュートリアルいれてくれ。
とはいえNPCのプレイヤーに対する会話の柔軟性にはハジも驚いていて評価もしている。そして、NPCとのコミュニケーションが今後も大切になってくるだろうとより感じていた。
◇◇◇
「けっこう人いるな」
石畳の道を、照明に群がる蛾のように明るいほうに向かって進むとやがて大通りに出る。
夜だからそんなに人はいないと思っていたんだけど、さすがは異世界風のVRゲームといったところか。屋台も結構出てるな。
大通りを挟む軒先に沿って、街の南北にのびるように無数の屋台が続いている。さっきローカルマップを確認しておいたから今自分がどこにいるのかは把握している。ここは『商業都市バラカン』。街の周囲を巨大な壁が覆う、いわば城塞都市である。
俺と同じような格好をしたやつらもちらほら見当たるな。頭上に黄色い文字が出ているから、プレイヤーか。サービス開始から数時間経っていて、すでに数万人のプレイヤーがこの地に降り立ったわけだ。
本来の目的を再確認しつつ北に向かって屋台を冷やかしながら歩いていると、屋台続きの切れ目に怪しい男が一人大きい厚手の布の上であぐらをかいて、いそいそと小道具をいじっているのに気がついた。なんとなくそいつの顔を見やると、何かを思いついたかのような目つきでにやにやとこちらを見ていた――