はじめましてのステータス
――危ない! ぶつかる!!
激しい轟音が森の静けさを吹き飛ばした。全身の骨砕け内臓は潰れ、決して直視出来ず見るも無惨な姿になるような、あわや即死かとも思われる衝撃を受けたが俺の体は全くの無傷で、恐ろしいほどに塵ひとつ付いていなかった。先日受けた衝撃とは対義的かつ物理的なこの衝撃によって多くの善良なプレイヤーが怒りを露わにしただろう。
「ふざけるな! いくら払ったと思ってるんだこのゲームによ」と激しい怒りを込めて地面を蹴った。
ここにもまた一人、善良なプレイヤーがいた。
俺はどうやら空からこんな鬱々とした森に落っこちてきたらしい。いや何かに乗っていたような気もするけど、なんにせよとんだ災難だった。ちっ、キャラクリを終えてすぐこの仕打ちか。
荒んだ心を癒すように森の静けさを前にして深呼吸をし、どうにか冷静になった。
先日リークされたあの情報をきっかけにして<ARU World>についていろいろと調べた。「FOAM」の告知会場では新情報が続々と発表されたが、それは期待していたものとは違ったという落胆とともに頭から抜け落ちていた。
改めて調べるとなかなかに面白い世界観と戦闘システムを持つゲームだと分かった。「どうせやるなら楽しんで」これが俺のモットーである。
目的のアイテムさえ手に入れば欠陥の一つや二つ、目を瞑ろうじゃないか。なかなかのサプライズではあったけど、これまでも様々なゲームを経験してきただけに多少の耐性はついてる。とはいえ正直言って一抹の不安が残っているのも事実。いくらあのアイテムの存在率が高いとしても期待値にすぎない。確実に存在しているとは限らない。だから俺は「FRUIT」で、目的以外の取引も積極的に行っていくと決めた。ゼロ収入でゲームをやめる気なんて毛頭無いからな。
さて、まずはステータスの確認から。これはどのRPGゲームを始めるに当たっても一番初めにやるようにしている。
俺には2つ上の兄がいるのだが、彼いわく「何をするにしてもまずは己を知らなければならない。知らぬ存ぜぬでこの世の中で生きていけると思うな」だそうだ。これは幼き頃に二人で家の近所の河原に行き、川向こうまで泳いで競争をするという兄発案の無謀な遊びをして、溺れた俺を助けてくれた兄が吐いた台詞だ。
今思えば大変恨めしく厚かましい兄だが、当時の俺は彼を尊敬していたしあんな状況になっても嫌いにはなれなかった。彼なりに己の弱さを教えてくれようとしたのだと思うとどうにも憎しみは持てない。父や母はそんな兄に随分と手を焼いていた。
しかし、弟の俺の前ではいつも勇猛果敢に振る舞っていた。そんな彼の発した言葉をどうしてか未だに人生訓として受け入れている。
ステータスの見方は事前準備の段階ですでに把握済みだ。左腕を前方に突き出して、
「ステータス」
視界いっぱいに半透明のウィンドウが現れる。
<ステータス>
プレイヤーネーム:ハジ(シュガー) Lv:1
アルマ属性:未取得
HP:20/20
アルマゲージ:50/50
《装備》
頭:
胴:
腕:
脚:
足:
装飾:
《アルマビリティ》
ボイス:
ムーブ:
ターゲット:
???:
【称号】
「事前情報を得ていたからいいものの、初見でみたら何のこっちゃだろうな」
一つづつ見ていこう。
『プレイヤーネーム』のカッコ内の表記は「FOAM」内で使われる名前だ。ゲーム内の名前とは区別されている。
『アルマ属性』とはこの世界で使われる全てのエネルギーの源である“アルマ”により与えられるプレイヤーやNPCの能力の種別のことだ。アルマはまさにこのゲーム<ARU World>において絶対的な価値を持ち、人々に能力を与え、通貨やエネルギーとしても扱われる。だがその実態はいまだ解明されておらず、不思議な不思議な存在としてただそこにある。
続いて『アルマビリティ』とはアルマゲージを消費して発動する能力のことで『ボイス』、『ムーブ』、『ターゲット』と3つの能力がある。これらは基本マビリティと呼ばれる。『???』に関しては今はまだ触れないでおこう。
各項目の意味は分かるんだけど、いかんせんスカスカなんだよな。アルマ属性の取得方法や称号の入手方法の情報もつかめてないし。早く能力を使わせてほしい。
これから移動を開始しようと思う。まずはこの森を抜けなきゃならないだろうな。夜空に満天の星が輝いているのは喜ばしい。けどさ、下を見たら見渡す限り木しか無いし、木々の間も闇。取引所もこんな感じの暗さだったかな。
銀色の光に照らされながらハジは森の闇がより深い方へ深い方へと歩き始めた。木の葉が風に煽られる音がより一層陰鬱な雰囲気を漂わせていた。
だいぶ歩いた気がするのに目立つものは何も見当たらない。ランダムリスポーンとは聞いていた。でもいきなり空から落とされた挙げ句、こんな森の奥地で迷子とは怒りを通り越して悲しくなってくるよ。
取り戻したはずの冷静さはいつの間にか悲しみに変わっていた。
悲しみに身を委ねとぼとぼと歩いていると、いつの間にか辺り一面を白い煙が覆っていた。臭いはしないが前に進むほど煙が濃くなっている。そして、小さな小川に辿り着いた。
ここが発生源か。あそこから泡が出ているな。煙でよく見えないが上流の方に何かある。んー、やっぱりよく見えん。あっちまで行ってみるか。ん、何だ? 急にめまいが。足もふらついて力が入らない。あ、これはまずい、近づくべきではなかったか……誰か……たすけ――
ハジは小川の前で意識を失い、ばたりと倒れた。倒れる直前に視界の右下で赤く『ステータス』の文字が点滅しているのに気がついたが、時すでに遅し。




