表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/102

87 都の攻防2


頭中将、九条慶政(くじょうよしまさ)は、右京を照らす灯火を見ていた。



都の追手は数だけだ。それも皆、馬鹿の一つ覚えのように力頼みで、大したことはない。


「やはり安部公賢(あべのきみかた)がいなければ、脅威ではないな。」


暗がりに身を潜め、独り言つ。


術は発動した。

もう、後戻りはできない。

帝の耳にも届いているだろう。だが、それでいい。


武力ばかりをちらつかせる馬鹿者共に、この国は、託せない。


私は、この国を作り変えるのだ。

それは、腕力では決して、止めることはできない。



先程から、足元に、何度も小さな躍動を感じる。怒りに震える国土が、立ち上がる前の武者震いのようなものだ。


やがて、地に封じられた龍は、完全に目を覚ます。

怒りは大きな揺れとなり、渦巻く竜巻と共に、この地に築いた全てを破壊する。都だけではない。鎌倉もだ。


そして、戻すのだ。

神秘なる力で統治してきた時代に!


「ふふ・・・ふふふっ・・・」


慶政は、笑いが止まらなくなった。

今まで被っていた猫を剥ぎ捨て、ようやく、思い描いていたことに向けて、一歩を踏み出したのだ。



今、都には自分を必死に探している男たちがいる。

慶政は、その篝火を見つけ、明かりの方へと向かった。


出くわしたのは、治部卿(じぶきょう)だった。


道満庵(どうまんあん)から貰い受けていた分身となる式を操って戦った。


慶政には、幼い頃、大きな怪我をし、寺に預けられていた時期がある。


道満庵と知り合ったのはその時で、ついでに、いくらか呪術を心得た。

そのことは、今の今まで、誰にも話したことはない。

もちろん、安倍公賢や道満庵には及ばないが、その辺の僧には引けを取らぬ。


慶政は、力を使って産み出した分身を巧みに操り、治部卿を追い詰めた。

肩に手を当て、倒れている治部卿が、負けを悟って、青ざめた顔で横たわっている。


治部卿に、とどめをさそうと、さらにもう一矢、弓につがえた。


「所詮、力のみを頼りにするから、そうなるのです。愚か者がっ!」


咆哮と共に、矢を放つ。

外すことはない。あれにも呪力がこもっているのだ。


矢は、まっすぐ飛んで、治部卿を射ぬくーーーはずだった。

それが、どういうわけか、途中で止まっている。しかも、あり得ないことに、宙に浮いたまま。


「愚かなのは、あなたの方です。」


聞き覚えのある声が、頭上から降ってきた。


「な・・・お前は!」


福原にいるはずの安部公賢が、涼しい顔をして、塀の上に座っていた。それも、まるで月見でもしているみたいに、雅やかに。


「なぜ・・・ここにいる?」

「さて、どうしてだと思われますか?」


公賢は、シャッと扇を開くと、それを優雅に振りながら、にっこりと微笑んだ。


「ちっ。」


慶政は、思わず舌打ちした。


「私たちと同じ、か。」


公賢が、口許を緩め、満足げに首を傾げた。その表情が「正解だ」と、言っていた。


つまり、福原にいた、あれは偽物。しかも、本人が望んだとおりに、動かし、術も使える。


しかし―――


「おかしい。京にいた気配はかったはずだが。」


すると、治部卿の後ろから背の高い女がスッと現れて、


「あんたが、感じ取れなかっただけだろう?」


女は鮮やかな手捌きで、治部卿の肩の矢傷を布で縛った。それから、キッとこちらを睨んで、


「あんたが頭中将だね?千鶴を・・・あたしの娘を返しな。」

「・・・娘?」


女は、白い水干に、緋の袴。頭の烏帽子がなくとも、一目で分かる。


「白拍子?」

「あぁ。そうさ。」


女が、はすっぱに答えた。

頬から、腰の辺りまで伸びる、癖のついた髪。揺らめく火の灯りに照らされた女は、妙に色っぽかった。


「あたしは、菊鶴(きくつる)。あんたたちが拐った白拍子の・・・千鶴の師匠。そして、育ての親さ。」

「なるほど。」


慶政は、得心がいった。


「あの小娘は、確かに帝の血が入っているはず。あなたの娘と聞いて、首を傾げましたが、育ての親と言うのなら、納得です。」

「なっ・・・!?」


あからさまな挑発をしてやると、菊鶴の目がつり上がった。と、公賢が、


「おや。育ての親を馬鹿にしてはいけませんよ。何せ、白拍子だ。」


ちらりと菊鶴をみて、


「あなたが、気配を感じ取れなかったのも、彼女の協力があってこそ、です。」

「ほう?それは、どういうことでしょう?」


後学のために教えてもらいたい、というと公賢は、「ふむ」と、顎を引いて、


「白拍子の舞。その源流の一つは、神楽ーーーすなわち神に捧げる躍りです。」

「・・・なるほど。そういうことですか。」


慶政は、公賢の言う意味をすぐに理解した。


「つまり公賢どのは、そこの女に神楽を舞わせ、その力を利用して呪力を高めたわけですね?」


公賢が頷く。


「確かに、白拍子は侮れない。かつて、あの静御前は雨乞いの舞で、酷い旱魃(かんばつ)を救ったという。」

「えぇ、そのとおり。私は菊鶴の力を借りて結界をつくり、貴方たちの目を眩ませました。」


安部公賢は、ただでさえ規格外の能力の持ち主だ。その力をさらに高めたのなら、それくらいのことは、いくらでもできるだろう。


「・・・いいですね。」


慶政は、込み上げてくる喜びを押さえることが、できなかった。


「とてもいい。さすが、当代一の陰陽師です。武力ばかりで押してくる馬鹿どもとは全然違う。」


それから、菊鶴にも視線を向けた。


「あなたも良い。そう考えると、白拍子も、こちら側の人間ですな。」

「こちら側って・・・あたしは、あんたに仲間扱いされる覚えはないけどねぇ。」


菊鶴が、顔をしかめた。


「嫌がっても、覆せません。あなたは、私同様、呪いや呪力を肯定し、駆使する側の人間なのですから。」

「あたしは頭が悪いのかねぇ?あんたの言っていることが、さっぱり分からん。」

「要するに、」


公賢が、口を開いた。


「あなたは、武力で政治の中枢に食い込む者たちのことが気にくわない。と、そういうことでしょう?」

「その通り。」


慶政は、我が意を得たりと頷いた。


「この国の起こりを知っていますか? そもそも、この国は、神が作ったものです。我ら公家や地方の有力な豪族たちの多くも、土着の神ーーーすなわち、『国つ神(くにつかみ)』たちの血をひいている。まぁ、帝は別ですが。」


「帝は、土着の神ではなく、高天ヶ原から天下った『天つ神(あまつかみ)』の末裔ですからね。」


菊鶴がすかさず、


「古事記だね。」

「左様。」


さすがに貴族たちを相手にする白拍子だ。教養に富んでいる。


「天の神は、この地に降りて、地の神に打ち勝ち支配をした。それが帝の祖先。そして、だからこそ、帝の力は一際強いのです。しかし我ら有力貴族とて、元をたどれば、地上の神から派生し、生まれた身。本来、その内には、単純な剛力ではなく、見えざる力を秘めているのです。それが・・・」


慶政は、忌々しく舌を打った。


「最近の武士とやらは目に余る。もとは貴族や帝の末裔の者も多いはずだが、腕力ばかりを磨き、我らの内なる力を、放棄している。」


「私たちのような力は、誰もが気軽に操れるものではないでしょう?」


「そうだ!だからこそ、正しく操れる私たちが、帝のもと、影となり日向となりて国を導くのだ。」


慶政は、目の前の二人に対し、自らの内なる思いをさらけ出した。それは、爽快感に満ちた行いだった。


ずっと抱えていた思い。

この二人なら・・・自分と同じ力を持つ、この者たちなら、分かってくれるだろう。


あの粗野で野蛮な武力に頼る者たちの危険性を。


「腕力は単純だ。気高き血も、特別な力も必要ない。大局を見る目も、教養も要らない。体格に恵まれ、腕力があれば、誰でもーーーそれこそ、水呑百姓でさえ、優位に立てる。いや、むしろ、日々農作業に精を出している彼らのほうが、身体は頑健なのだ。手合わせすれば、強い可能性すらある。」


現に、あの六波羅の犬、曽我惟任(そがのこれとき)でさえ、下級貴族なのに、相当に腕が立つ。

武力で人が人を抑えるーーーそれは、国のことも民のことも導く能力のないものが力を持つ、ということだ。


「武力で、世を支配してはならない。」


慶政は自らの思いを託して、二人を正面から捉えた。そのとき、それを裁ち切る、一つの声が響き渡った。


「それが、其方(そなた)の此度の謀反の理由か?」


少女かと思うような、高く、よく通る声。


「なっ・・・ぜ、ここに?」


「このような折、我が玉座にこもって鎮座していると思うたか?」


若干10歳にも満たぬ、その姿。少年ながら、纏う空気は、誰とも違う。凛として、対峙するものに怖れと安堵を同時に与える。まごうことなき、帝であった。


「お越しいただき、恐縮です。」


いつの間にか塀から降りていた公賢が、恭しく膝をおり、頭を下げた。


「良い。もとより、私が来ねばならないと思っていた。」


少年王は、その年齢には似つかわしくないほどに、落ち着いていた。


「さて、頭中将。」


帝が頭中将の方を見る。そして、凍てつくほどに冷たい声で、


「其方の考えは分かった。では、其方、伏龍(ふくりょう)がどのような術か知っておるか?」

「もちろん。」


だから、術を放ったのだ。


「国土に眠る力を解放し、支配する力です。」

「そうだ。そして、それは罪もない民たちを危険にさらすような力でもある。」


「ははっ!」


くだらなさに、失笑した。

帝とはいえ、所詮は子ども。この程度か。


「貴方は、私の術が民を危険に晒すと言った。しかし、私が今!これをせねば、どうなると思います?!」

「どうなるのだ?」


「武士ーーーとかいう、力に物を言わせたような輩を増長させます。やつらは今、この瞬間も力を蓄え、権力を狙っている。この先は、いずれ、より深く、政治に絡んでくるでしょう。あなたの立場さえ脅かすほどに。」


「それを其方は、防ごうとした。」

「あぁ、そうです。そのとおり。」


物わかりの悪い子どもに、苛立ちを抑えるのがやっとだ。


「本来、この国は腕力ではなく、神の力によって統治できるはずで・・・」

「私は、それを望んでおらぬ。」


帝は、慶政の言葉を遮り、きっぱりと首を横にふった。


「其方が言っておること、理解できぬわけではない。だが、私はそれを望んでいない。」


「は・・・望んで?・・・ははっ・・・何言っているのです?」


慶政は大きなため息をついて、


「力で争うものたちが国を治めれば、あなたの言う民も、無傷ではいられまい。争いに巻き込まれるかもしれぬのですよ?私が伏龍を発動させるのと、何が違うのです?」


帝は年に似つかわしくない、落ち着いた足取りで、ゆっくりと慶政のほうに歩を進めながら、


「確かに、かつては、呪力や、あるいは霊力といった神々から引き継いだみえざる力が、強大な力をもっていた。しかし、今、私たちの多くは、その力のわずかな欠片さえも使うことができない。それは、なぜだと思う?」


「なぜって?その能力使える人間たちが、その力を使わなくなったからでしょう。その力を放棄し、磨くことがなくなり、挙げ句のはてには、腕力ばかりに傾注した。」


「違う。」


帝が首を横にふった。


「其方が言ったことの全てを否定するつもりはないが、大事なことを忘れている。我らが、見えざる力を使えなくなったのは、多くの人々がそれを望んだからだ。」


慶政の手がぎりぎり届かぬところで、足を止めた。背は慶政の胸程もなく、見上げる顔はあどけない。


「また、望んだ?ははっ・・・もう笑うしかありませんな。」


多くの人が望むも望まぬも、関係ない。

支配する者たちが力を使えば、それで民は安寧を得るのだ。彼らは何も知る必要はない。


「其方の言うとおり、そなたのような力は誰もが使えるものではない。しかし人々は、そういう見えざる力に支配されることを望んではいないのだ。時代は移ろう。多くの人々が望まぬものは、消えていく。」


「結果、身分の低い者が、貴方を・・・国を脅かすほどの力をもったとしても、貴方はそう思うのか?その覇権を争って、民をも巻き込む戦を始めても、そう思うのか?」


帝は、ゆっくりと頷いた。


「そう思う。結果、傷つき傷つけあっても、その先に、今とはまた違った形の国がある、と私は信じている。」


慶政は舌打ちした。

平行線だ。全く相容れない。


「あなたが言っていることは、上につ者としての責務を放棄している。器がない。民を導く資質がないっ!!貴方と私は、根本から違う。」

「そうかもしれぬ。」


帝はすぐに、「いや、そうなのだ」と断定的に言い直すと、


「其方と私は、この国と民の未来に対する考え方が違う。だから、私は時間を巻き戻し、前近代的な統治に戻そうとする、其方を止めようとしているのだ。」


帝が、強い眼差しを慶政に向けた。


「人々が文化や営みを積み重ねて今がある。育んできたそれらを無にする貴方の行為を、私は認めぬ。」


自分よりも頭一つ以上小さな帝の身体が、一瞬、まるで何倍にも膨れあがったような気がした。その迫力におされ、たじろいだ慶政は、しかし、すぐに平静を取り戻し、


「つまらぬ帝だ。」


吐き捨てるようにいう。


「やはり、とてもこの国を導くには足らん。」


慶政は、手に握ってきた紙片を高く放り投げた。


「公賢っ!」


帝の鋭い声に、公賢が、さっと構えたが、それより早く、慶政が(まじな)いを唱える。宙を舞う紙片に、炎が灯る。


「お前のような帝に、この国は任せられぬ!頭ごとすげ替えねば、早晩、たち行かぬ!!」


煌々と燃える炎を空に放ち、


「伏龍よ!」


慶政に呼応して地面が揺れ、一陣の風が巻き起こる。

しまき連れられた炎は登りながら、竜のようにうねる。次の瞬間、炎龍は上空で9つに飛び散って、宮中に、急降下した。


「燃えよ!都ごと!!すべて焼きつくせっ!!」


火の手が、都中で一斉に、あがった。



◇  ◇   ◇



朝雅は、空に広がる閃光を見た。


「あれは・・・龍か?」


額に手をかざし、目を細める。と、途端にその龍が八つに別れ、飛び散った。


そのうちの一つが、朝雅たちのいるあたりへ飛んでくる。


「あっ!」


気づいたときには、目の前の屋敷が炎に包まれていた。部下が呆然として、眺めながら、呟いた。


「燃えて・・・おります。」

「燃えているな。」

「わざと・・・でしょうか?」

「いや、違うだろう。偶々(たまたま)だ。」


中にいるのは一応、王子。それも頭中将にとって利用価値のある男なのだ。わざわざ燃やすはずはない。


朝雅は、その場にいる部下たち全員に聞こえるように声を張り上げた。


「ここは、周囲に建物もなく、延焼の恐れはない。慌てることはない。この機に乗じて、芦高王子が現れる可能性があるから、各自警戒せよ。」

「はっ。」


それから都の中心を仰ぎ見る。


いくつかの場所で火の手が上がっているが、一つ一つの火種は大きくない。

ただ、建物の密集したあたりでは、小さな火が次々に燃え広がる。


風が吹かねばよいが。



◇   ◇   ◇



また大地が、大きく揺れた。


千鶴は、滑り落ちそうになり、掴んでいたナンテンの背の毛を、握り直す。


「っ!?大丈夫か?」

「うん。」

「尼さんも?」


千鶴は、後ろを振り向いて、比丘尼の様子を確認した。


比丘尼はしっかりとナンテンの背にしがみついたまま、大丈夫だと頷いた。


「ナンテン!都まではどれくらい?」

「すぐだよ。ほんのひとっ飛びだ。」


言ってからすぐに、「いや、やっぱり、あと半刻くらいかな」と言い直した。



都は、どうなっているんだろう。


鶯は大丈夫か?阿漕が守っているだろうか?

唐錦は、無事だろうか?権大納言がついているといいけど。


斑の姫や安倍公賢は、きっと大丈夫。

惟任は・・・?


惟任は、無事だろうか?



「風が強い・・・」

ナンテンはぽつりと呟き、後ろを気にして、


「千鶴!しっかり、つかまっていて!!」


千鶴は、答える代わりにぎゅっとナンテンの毛を掴んだ。


「ナンテン、急いで。早く、みんなのところへ・・・。」


ナンテンは十分に急いでいる。そんなことは、百も承知で、それでも言わずにはいられない。


ナンテンは、返事を返す代わりに、速度を上げた。





謀反を起こす側の大義と、それを止める側の大義と、それが交わらない、というのを説得力をもって話に纏め上げるは、すごく難しいなと痛感しております。


それで、次回は頭中将について、もう少し深堀します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ