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9 追跡の夜3

松明の灯りの向こうから、顔を覗かせた惟任(これとき)は、いつもと同じように、腰から刀を下げていた。


「そのような顔をされて・・・何かありましたか?」


千鶴の形相から、常ならぬものを感じ取ったらしい惟任は、手にした灯りを、右京に続く闇のほうに、向けた。さりげなく、空いた方の手を、刀の柄にかけている。


「いえ。あの・・・。」


千鶴は、息を整えながら、耳を澄ませた。自分を追っていた男たちの足音を探す。

しかし、声も足音も、全く聞こえなくなっていた。


「何か不審なものでもいたようなら、私が見て参りましょう。」


闇に向かおうとする惟任の袖を、掴んで止めた。


「いえ、惟任さまが、見に行くようなことは、何もございませんので・・・。」


相手は複数人。惟任は強いが、この闇の中、勝てるとは限らない。ましてや、これは鶯と千鶴の問題。関係のない惟任を巻き込むわけにもいかない。

そして、何より、出来れば、大事(おおごと)にしたくはなかった。


「野犬に、驚いてしまいまして。慌てて逃げていたのです。」


惟任は、千鶴の顔をじっと見る。真偽のほどを探られているような、居心地の悪さを感じた。

しばらく、千鶴の目の奥をじっとのぞき込んでいた惟任は、ふっと肩の力を抜いた。


「わかりました。」


刀の柄から手を離した。


「千鶴どのがそうおっしゃるのなら、行くのはやめておきましょう。大事(だいじ)ないようで、何よりです。」


たぶん、惟任は、千鶴の嘘に気づいているだろう。しかし、追及するつもりは、ないようだった。


ホッとしたのも束の間、惟任が、突然、袖を掴んでいた千鶴の手を握った。


「今夜は、家まで送りましょう。」


千鶴は、突然のことに驚き、手をひっこめる。


「いえ・・・あの、大丈夫です。」

「駄目です。私が必ず送ります。」

「あの・・・でも・・・」

「行きましょう。」


惟任が、頑として譲らぬ様相を見せたので、千鶴は、諦めて家まで送ってもらうことにした。


二人は並んで、朱雀大路を南に歩いた。

惟任が、手にした松明のおかげで、足元が明るい。


「惟任さまは、なぜ、あのようなところにいらしたのですか?」


曽我惟任(そがのこれとき)

今までも何度か、出くわしている。初めて、会った時に、名こそ名乗りあったが、千鶴は、未だ、その素性を知らない。


服装は、直垂(ひたたれ)(着物の一種)に括袴(くくりはかま)(膝下あたりを絞ってある袴)、足元には草鞋(わらじ)と、よくある庶民の格好であり、そこから何者なのかを推し量ることはできない。

惟任と出会うのは、決まって、いつも夜であった。今晩と同じように、松明を片手に、刀を携えて、夜道を歩いている。


「千鶴どのは、最近、都に、出る(もの)()のことをご存知ですか?」

「物の怪・・・ですか?」


京の都に物の怪が出るのは、珍しいことではない。

それこそ、何百年も昔から、ヒトならざる者たちや、あるいはかつて、ヒトであったものが怨嗟を抱いて畜生に落ちたものまで、多種多様な物の怪たちが出没した、という話は枚挙にいとまがない。


それこそ、安倍晴明が生きていた時代は、百鬼夜行などもあったと聞くが、最近では、力を持った物の怪は少なくなっている、と考えられていた。

実際、夜によく出歩く千鶴も、先日の旧鼠が初めて出会った物の怪であった。


「私は、その物の怪を捉えるために、毎夜、見回りをしているのです。」

「それは、どのような物の怪でしょうか?」


千鶴の頭に真っ先に思い浮かんだのは、先ほど、松の木から見た出来事であった。

鶯は、物の怪の仕業だといい、実際に目の当たりにした千鶴にも、あれが人の所業だとは思えなかった。

妙に折よく惟任が現れたのも気にかかる。

もしかすると、庵の怪は、惟任の追っている物の怪と何か関係あるのだろうか。


「私が探しているのは、黒く、大きく、地を這うようなもの・・・だそうです。」

「黒く、大きく、地を這うようなもの、ですか?」

「はい。なんでも、牛車一つと半分あるほどの大きさなのだとか。それが、夜の都をうねり、うねりと這っているのです。」


ならば、やはり違うと考えるのが妥当か。

先ほどの出来事は、確かに怪異ではあったが、そんな派手はものではなかった。

それに―――


(よかった。それなら旧鼠も違う。)


千鶴は、懐で安眠している旧鼠を着物の上からそっと撫でた。


「私はよく、夜に出歩くのですが、そのようなものは見たことがありません。惟任さまは、実際に見たことがあるのですか?」


惟任は、「いいえ。」と首を横に振った。


「では、なぜ、それが出たと?」

「見た方がいるのです。」

「見た方?それはどなたですか?」


千鶴としては深い意図なくで尋ねたものだが、惟任は、一瞬、返答に躊躇したように黙った。ほんの少しの間の後、短く一言。


「私の主です。」


千鶴は、その主が誰なのか、尋ねてはいけないような気がした。

惟任も、それ以上説明する気はないらしく、二人は黙った。


「千鶴殿は、どうして白拍子になったのですか?」


少しの後、沈黙に気を使ったのか、惟任が、再び口を開いた。


「物心ついたときには、なっていました。二つか、三つのころには舞の練習をしていたそうです。」

「そんなに小さな頃から?」

「えぇ。師匠の菊鶴が、私を拾ってすぐ、仕込み始めた、と言っていましたから。」


記憶にはない。菊鶴から聞いた話だ。


「私はもともと、孤児だったのです。本当の親は、飢饉の年に、餓えて亡くなったそうです。」

「それは・・・失礼しました。」

「いえ、その頃の記憶は、ありませんから。」


拾われっ子の千鶴は、自分の本当の素性を知らない。

白拍子である自分を不幸だと思ったことはないが、もう、この世のどこにも、血のつながった人間がいないのだという事実は、一抹の寂しさを感じさせた。

千鶴は、その寂寥を慌てて振り払う。


「菊鶴とともに、いろいろなところを旅しました。京に来るまえは、近江にいたこともあるのです。」


一時、菊鶴の贔屓の客がいたのだ。


「近江ですか。それはいい。私も、遠縁がおりまして、一時期暮らしていました。」


惟任は、懐かしそうに、ほろりと顔を緩ませた。

惟任にとって、近江は良い思い出の地なのだろうと感じさせた。


取り留めのない話をしているうちに、家に着いた。

千鶴の住む家は、右京にある。

使いまわしの建材ではあるが、こまめに手を入れて直してきたらしく、このあたりにしては、小奇麗だった。


「ここ・・・ですか?」

「女二人所帯のわりに大きいので、驚かれたでしょう?」


庶民の家、ゆうに三軒分ほどの広さがある。


「師匠の菊鶴が、何処(いずこ)からか伝手を辿って、住まわせてもらっているのです。」


以前、藤原(なにがし)中納言に、「白拍子は、遊女がごとき」といわれたことがある。

あの言葉は、間違っていない。現に、千鶴自身、菊鶴がとった贔屓の客から、確保してきた家に住まわせてもらっているのだから。


千鶴は、舞こそ披露するが、客と寝たことはない。だが、惟任も千鶴のことを同類だと思うだろう。

千鶴は、わざわざ「師匠の菊鶴が」と言い添えてしまった自分の浅ましさに、小さな罪悪感を覚えた。


しかし、松明に照らされた惟任の表情は、見下しているようにも、下卑た興味を示しているようにも見えなかった。


「無事に送り届けられて、よかったです。」


いつもの人のよさそうな丸顔で、微笑むと、「それでは。」と踵を返して、去っていった。

爽やかだった。


(そうか。惟任さまも、鶯の君と一緒で、身分で人を見ないのだな。)


千鶴は惟任の姿が見えなくなるまで、見送った後、家の中に入った。そして、板の間に、文字通り、倒れるように、眠ってしまった。


今日、もう1話投稿します。


昨日、投稿した「登場人物一覧」ですが、本編が割り込み投稿になってしまい、通知が出ないので、一旦、下げました。(素人なミスですみません)

また、キリの良いところで、再投稿します。

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