表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/102

79 福原の攻防1

西の山の端に沈む太陽が、最後に残った一筋の光明を隠すと同時に、それが、始まった。


襲撃。


郎党たちが、突如、悲鳴をあげた。


「明かりを焚けっ!!」


惟任(これとき)の声で、松明が、一斉に灯る。


幾本もの松明のおかげで、辺り一体、見渡せるようになった。


惟任は、倒れている者の数を目算した。

およそ、4、5人。


相手は―――?


惟任たちのおよそ3倍の軍勢が押し寄せていたが、それは問題ではない。郎党たちのほうが、圧倒的に剣技に優れ、あっという間に薙ぎ倒していく。


そのとき、男たちの間を、黒い影が横切った。


「黒拍子っ!?」


縦横無尽に飛びすさびながら、男たちに、一太刀、二太刀と、目にも捉えられぬほどの早業で、次々に浴びさせる。男たちは応戦しているが、動きが早すぎるうえ、多勢が目眩ましになって、防ぐことが困難だ。


あれの武器は、爪。おそらく、一太刀は重くない。急所を抉られないかぎりは、一撃で殺られることはないだろう。


血しぶきが、そこかしこであがっている。急所に入らずとも、数を浴びれば、失血の危険がある。


惟任は、ちらりと背後の公賢(きみかた)を見た。


公賢は、印を結んでいるが、動く気配はない。


公賢を守ったほうが良いだろうか?思った瞬間、それを汲み取るように、


「私に構わなくて宜しい。」


微動だにせず、言った。


「私があれに狙われることは、ありません。」


惟任は、頷くと、前方を凝視し、影の動きを探った。


影は、右から、左へ。高く跳躍し、次の獲物はーーー ?


「ここだぁ!」


狙らわれた男の背後に躍り出て、剣で真っ正面から爪を受けた。


カンッ


松明の炎が爆ぜる音に混じって、爪を弾く、甲高い音が響き渡る。


黒拍子が後ろに飛んで、片足で地面に降り立った。


爪の長い、背中がひどく丸まった、黒装束の男。

千鶴から、聞いた通りの相貌。


「黒拍子だな?」


黒拍子が、ぺろりと舌なめずりをした。細くて長い舌だ。


「そんな呼ばれ方も、したかもな。」


長い爪のついた両手を顔の前で構え、片足で立ったまま、ゆらゆらと身体をゆすっている。


「まいったな。あんたは、全員殺ってからのつもりだったんだが。俺が、時間をかけすぎたか。」

「どういう意味だ?」


黒拍子は、楽しそうに、にたにたと笑った。


「だってあんたは、雑魚とはちがうだろう?」


回りを見回す仕草。それにつられて、周囲に視線を巡らすと、すでに、立っている男のほうが少ない。残った者たちも、他の者たちを相手にするので、精一杯だ。


「だから、あんたは、あれを倒したあとのお楽しみって話だったのさ。」


いうと同時に、黒拍子が、地面を蹴りあげ、宙に舞った。


「高いっ!」


やはり、人とは違う跳躍力。

惟任は、身体を低くし、上空からの攻撃に備え、刀を構えた。


黒い影が、空から降ってくる。


いや、違う。


惟任は、反射的に、刀を右に振った。カキンと、爪に当たる音。弾いた。

そして、左。正面。背後。

息もつかせぬほどの連続攻撃。


黒拍子は、まだ立っている男たちや、大きな松明を足掛かりにして、巧みに方向を変える。


あまりの早さに、気を抜くと見失いそうだ。


「やるなぁっ。」


黒拍子は、楽しそうに、声をあげた。


「これについてこれるとは、やっぱり俺の目に狂いはなかったわけだ。」


無駄口を叩きながらも、攻撃の手は止まらない。


「速度をあげるぜ?」


言うが早いか、攻撃の速度が上がった。


「どうだ?」


惟任は、返事をする余裕もない。


なんとか、深い一撃は交わしているが、ギリギリで避けきれなかった斬撃が、手や足に、小さな傷をつけ始めた。


「ほれ、もう一丁っ!」

「さらに、こっちぃ。」

「おっと、今度はこっちも、危ないぜ?」


黒拍子は、この上ないほど、愉快そうに笑いなが、煽ってくる。


もはや、疾走する風に黒色が溶けて、追うだけで精一杯になってきた。


このままでは、やられる。


その状況を反転させたのは、その場に響き渡った声だった。


「こっちをみな。」


それは、正確にいうと、惟任への呼び掛けではなかった。


「安部公賢どの。これが、見えるか?」



◇   ◇   ◇



嗄れた声に、公賢は、視線をあげた。


中肉中背のこれといった特徴のない男が、麻に包まれた何かを、手に携えている。


「それが何かも、わかりますし、あなたの正体もわかりますよ。」

「ほう?知っていたかね。」


落ち着いた低い声に、焦りは見られない。


「邪法の申し子、道満庵(どうまんあん)。」

「善き名ぞ。」


公賢が、手の印を結んだまま、身体ごと、男のほうへ向けた。

念を込めると、男の身体が、どろどろと溶けだし、姿を変える。


「卓越した術の使い手でありながら、邪法に手を出しましたね?道満庵(どうまんあん)。」


これといった特徴のない男は、背の低い、むっくりとした、本来の姿になった。


「邪法とは、そう見なす者たちのつけた名。宋に渡って学んだワシからすれば、世に邪法などというものはない。すべては、必法なり。」

「あなたの解釈は、ご自由に。」

「ふんっ。」


道満庵が、鼻をならした。


「議論にはのらぬか。つまらぬやつよ。」

「あなたがわざわざ、ここまで出向いた要件は議論ではないのでしょう?」


公賢は、道満庵がこれみよがしに小脇に抱えた、麻の塊に視線を落とした。


「ふむ。確かに。」


道満庵は、乱暴に、それを掴んで、前へ押し出した。


「これの正体も、分かっておるのだろう?」

「えぇ。もちろん。()()()()、分かっていますよ。」

「ならば、話が早い。」


道満庵が、くるんだ麻に手をかけた。


「では、こやつと引き換えに、あれを出してもらおうか!」


声高に叫んで、巻き付いていた麻を、ばっと剥ぎ取った。



◇  ◇  ◇



これほど集中しているはずの惟任の耳に、二人の会話は、不思議なほどに鮮明に届いた。


道満庵。

頭中将と手を組み、公賢のように呪術を操る者。


僧のような格好をした、その男は、公賢と短い会話を交わしたのち、手に持っていた何かの包みを剥ぎ取った。


その瞬間を、惟任は目にした。


そして、目にした途端、身体中の血が沸き立つのを感じた。


道満庵が、ぞんざいに腕に抱えていたもの。

それは―――


「千鶴どのっ!」


気を失っているらしく、ぐったりとしている。


「よそ見している暇はないぜっ。」


惟任の気が逸れたのを、黒拍子は、見逃さなかった。心臓を狙った、渾身の一撃をかまし―――


「ッ!?」


次の瞬間、血を吹き出し、宙を待っていたのは、黒拍子のほうだった。


「ウッ!!」


地面に叩きつけられ、短く呻く。それを見下ろすように、立ち、


「あんたの相手はもう終わりだ。」


鳩尾にもう一太刀。


「グハッ!」


深く抉った。これで、当面は動けない。死にはしないだろう。運が良ければ。


その刀を抜くと、道満庵のところに駆けつけた。


「その人を、返せぇぇぇ!」


走りながら、刀の峰で足を払い、体勢を崩したところに、飛びかかって、腕から千鶴をもぎ取った。


千鶴を抱えるようにして、守りながら転がる。


その勢いが、止まったところで、跳ね起きて、腕に深く抱えなおした。


「千鶴どのっ!」


肩をゆすったが、目を開ける気配がない。


「千鶴どのっ!起きてください!!」


青白い顔で、ぐったりと、惟任に体重を預けている。


「貴様っ!!千鶴どのに、何をした?」


惟任が、先程まで千鶴をつかんでいた僧の顔を睨む。


呆気に取られていた僧は、やがて、「ほう。」と、目を見開くと、


「クロを倒してきたか。」


感心したように言い、


「しかし、油断は禁物。」


にやりと笑った、その瞬間、惟任の身体を何かが捕縛した。


「っ!!」


見ると、失神している千鶴の胸の辺りから、植物のような蔓が生え、惟任に巻き付いている。


「安部公賢を捕まえるためのものだったが、お前に作用するとは。まぁ、それも善し。」


惟任は、巻き付いてくる蔦を剥がそうと、必死でもがいたが、もがけばもがくほど、強く巻き付く。


「それは、呪草。宋から取り寄せた渡来の種子に、ワシがさらに協力な呪いをかけてあるから、公賢でも、簡単には剥がせぬ。」


「式っ!」


公賢の掛け声で、控えていた猫目の女房が、猫の姿になって、惟任に飛びかかった。歯で、蔦を剥ぎ取り、食いちぎる。


しかし、蔦の巻く速度のほうが強い。


「無駄じゃ。」


僧が「くくく。」と、嘲笑う。


惟任の身体は、もう、ほとんど全身が蔦に巻き取られている。このまま顔を覆われると、すぐに息が出来なくなる。


「大丈夫です。」


その時、ふいに、千鶴が目を開けて言った。


「大丈夫。死なせは、せぬ。」


その声は、千鶴の口から出ていたが、千鶴のものではなかった。


「あなたはっ!?」


惟任が抱き締めていた千鶴は、みるみる姿を変え、千鶴よりも一回りも大きい大人の女人となった。

苦しそうにだらりと下げた首もとに、斑模様の痣が浮かんでいる。


「公賢どの。すまぬ。しくじってしまった。」


女は、公賢のほうに、力のない視線を向けた。


「斑の姫。あなたを危険に晒したのは、私の方です。」


公賢が、答える。


「なに。自分で決めたことだ。」


斑の姫の顔から、みるみる生気を失われていく。

もともと、モノノケなのだから、生気というのも、おかしな話だが、その存在が明らかに消えかかっている。


「・・・毒を、飲みましたね?」


斑の姫が、弱々しく笑った。


「この毒は、失敗じゃ。今日の日暮れ前には飲んだのに、効き目が遅すぎる。おかげで、お主らを危険な目にあわせてしもうた。」


公賢は、「心外です。」と、眉を軽くつり上げた。


「例え、毒を煽る事があろうとも、その毒が回る前に、助けるつもりだったのです。」


「それなら、一足遅かったな。私は、もうダメだ。」


それから苦しそうに、喘ぎ、ゆっくりと目をつむった。額には、汗が滲んでいる。


「惟任どの。私が死ねば、私から、妖気を吸いとり蠢くこの草も、養分がなくなり、やがては枯れる。その間だけ・・・耐えっ・・・よ。」


斑の姫の言葉どおり、蔦の伸びが、徐々に弱まっている。


「姫っ!!」


斑の姫は、すでに、意識がないらしく、うわ言のように何かを繰り返し呟き始めた。


「ちっ。毒を煽っておったか。使えぬやつよ。」


僧が、残念そうに言う声が、耳に入った。惟任の全身の血が、再び、熱く煮えたぎる。


「おっ・・・まえっ!!」


姫を左手で支えたまま、空いた右手を刀の柄にかけた、その時。


逆上して、叫んだ惟任の血を冷ますように、季節外れの、春の嵐のような一迅の風が、吹いた。


「うわっ!」


惟任は、舞い上がる砂埃に、思わず、瞳を閉じた。


再び目を開けた時、腕のなかにいた斑の姫が、いなくなっていた。


代わりに、目の前には、大きな体躯に、立派なあご髭を蓄えた、若者。

そして、腕に、この上なく大事なものを守るかのように抱かれていたのは、斑の姫。


「遅くなって、すまない。」


男が言った。



中途半端なところですが、来週に続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ