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78 福原2

1日の仕事を終えた太陽が、西の空に沈んでいく。夜明け同様に、日暮れも早い。


東の空は、すでに紫色から、濃紺へと変わり、星は淡く瞬き始めていた。


惟任(これとき)は、公賢(きみかた)の仮住まいとしている家屋の前で、来るべきときに備えていた。


福原には、朝雅(ともまさ)の集めた郎党たち20名ほどを、一緒に連れてきていた。


もともと、帝の許可を得て、平清盛の隠し財産を発掘していることになっているのだ。

男たちは、その部隊として、ここに派遣されたーーと、いう体を成しているが、実質的には、ここに頭中将とその一派が現れたときの戦闘要員である。


「頭中将は、本当に来るでしょうか?」


朝と同じ質問に、公賢が、夕餉のあとの白湯を飲む手を止めた。


「頭中将を見張っていた斑の姫が、何者かに捕縛されました。都で何かが起こっていることは、間違いありません。」


初めて耳にする情報に驚き、聞き返す。


「え?斑の姫は・・・捕まったのですか?」


『斑の姫』という者の存在は、この地に来てから、公賢に教えてもらった。他にも千鶴のことや、彼女を取り巻く環境について、道中そして、この地で、公賢は、かなり多くのことを惟任に語ってくれた。


斑の姫というのは、元は人間だったが、一度、死に、今は蛇となっていてる。今回の件では、頼りになる協力者の一人だ。


「頭中将を追っている際に、何者かに捕まったようです。昼頃、私のところに連絡用の式が飛んできました。それも、本人が意識を失ったときに自動で飛んでくるように仕掛けた、緊急用の式です。」


朝の時点では、頭中将を見失ったという連絡だけだった。その後、追って、式を飛ばしたのだろうか。


「助けに・・・いかなくて良いのですか?」


公賢は、首を横にふる。


「斑の姫から、言われています。もし自分に何かあっても見捨てるように、と。」

「なぜ・・・ですか?」


斑の姫の決意の強さに、惟任は、戸惑った。


「以前、斑の姫が、蛇になった理由について、話しましたね?」

「恋人の・・・青嵐(せいらん)の中将に巡り合うため、ですよね?」


その恋人は見つかった。

斑の姫と同じ蛇の姿で、しかし、記憶をなくしていたらしい。姫は蛇の姿のまま、恋人の記憶が戻るのを、ずっと待っている。


「斑の姫の心の中には、生きているときから、青嵐の中将しかいませんでした。かの人がいるからこそ、存在し、とどまり続ける。青嵐の中将こそ、彼女の存在理由ーーーで、あったのです。」


公賢は、「で、あった。」という過去形を強調した。つまり、今は違う、ということ。


「しかし彼女は、千鶴や鶯と出会い、友とも呼べる関係になりました。」


だから、彼女は、千鶴を助けるために、自らの犠牲を厭わないのだという。


「ましてや、今回、千鶴は、呪の贄とされようとしている。場合によっては、自分と同じく呪われた存在になる可能性もある。斑の姫は、それを、何としても阻止したいのです。」

「しかし、それでは・・・斑の姫はどうなるのですか?」

「すぐには殺されないでしょう。千鶴がそうであるように、彼女もまた、呪いの具としての有用性が高い。」


惟任は、安堵したが、それを打ち砕くかのように、


「彼女が自死しない限りは。」

「自死?」


公賢が、うなずく。


「いざとなれば、その覚悟がある、と彼女は言いました。」


公賢は、斑の姫の求めに応じ、自死のための服毒薬を渡したのだという。


「あれには、呪いを込めてあります。モノノケである斑の姫でも、死する類のものです。斑の姫は、それを、噛んで飲み込めるよう、固い殻に包んで、口内に忍ばせたと言っていました。」


「それでは・・・!」


公賢は、うなずく。


「斑の姫と、連絡がとれない以上、その毒を呷った可能性もあります。もし彼らが現れたら、早急に方をつけましょう。」



◇  ◇  ◇



「うへぇ。思った以上にいやがるなぁ。」


クロは、福原が見渡せる小山に生えた樫の木の上で、いつものごとく、研ぎ澄ました爪をぺろりと、一舐めした。

暗闇に、濡れた爪が不気味に光る。


(あるじ)に、福原に行け、といわれたのは、一昨日の晩。すぐに出立し、ここに二日間、待機している。


主ーーー頭中将は、貴族の名門家系の長男だそうだが、そんなことは、クロには関係ない。


幼い頃、その奇怪な爪と曲がった背を、集落に忌み嫌われて、追い出された。そのまま倒れて死ぬ直前、若かりし日の頭中将に助けられた。


しばらく頭中将の厄介になっているうちに、僧とも陰陽師ともつかぬような術師を紹介された。

自分が半妖であることは、その怪僧に教えてもらった。


クロは、身体が成長するにしたがい、妖怪としての血が色濃くなったらしく、やがて、闇に蠢くものどもが見えるようになった。


そういった者たちを相手にしているうちに、自分が強い、ということもわかった。


妖怪だけでなく、人を喰らったこともある。人を喰うと精がつく。頭中将には、大事にならぬ範囲なら良いと言われていた。


主の頭中将には、恩義を感じている。


だからクロは、主から、「もう良い」と言われるまでは、尽くすつもりでいた。それが、半分は、人間である自分の、最低限の矜持。


「しかし、本当にあるのかねぇ。伏龍(ふくりょう)とやらは。」


伏龍ーーーそれこそが、主が探し求めているものだ。


手にしたものは、天下を手にいれるのだという。


そんなものが、本当にあるのか。クロは、自分にとって、その疑問が意味のないものだということもわかっていた。


あるかどうかは問題ではない。

主が探せと言われれば、見つけてくるのだ。


「待たせたな。」


木の上に立つクロの、足元から声がした。


葉の隙間から覗けば、ちょうど真下に、主の頭中将が、男を伴って立っている。


「降りてこないのか?」


頭中将の呼び掛けに、クロは、「やなこった。」と舌を出した。


「地面の上は、安定しすぎて、落ち着かねぇ。」

「おかしなことを言うやつだ。これじゃあ、本当にお前がいるのかも、わからん。」


もう一人の男、怪僧が、嗄れた声でいった。


クロは、枝に両ひざをかけて、ぶらんと逆さまにぶらさがり、二人の前に顔を出した。


「これで、いいだろう?」


クロの目に二人の顔が、逆さまに映る。

頭中将。そして、もう一人は、怪僧にして、呪術の達人、道満庵(どうまんあん)


「おや、今日は本体の姿で、お出ましですか?」


道満庵は、ずんぐりむっくりな身体に、つるりとした禿頭でニヤリと、笑った。


「なんせ、長年の悲願、伏龍と来たもんだからなぁ。」


もう老人に差し掛かろうという年頃の、綺麗に禿げ上がった頭は、剃ったのか、自然に生えてこなくなったのか、微妙なところだ。


「本当にあるんですかね?」


もう何度もいろんなところに忍び込んでは空振りに終わっているクロは、今回も半信半疑だ。だから、二人の意見を聞いてみたくなって尋ねた。


すると二人は顔を見合わせた。


「可能性は高い、と思っている。」


答えたのは主のほうだ。


「清盛の宝物は略奪されたもの、帝に接収されたもの、霧散したものと様々だが、伏龍は、単なる財宝とは違う。隠し財産が見つかったのなら、そのなかに紛れている可能性はある。」


「それに、まぁ・・・」


怪僧が、頭をポンッと手で叩いた。


「なければ、ないで、次の手はある。」


主をみて、「なぁ?」水を向けると、彼もまた頷いた。


「ふぅん。」


二人がそこまで言うのだ。この襲撃は、やる意味があるのだろう。


「手筈は?」


主に聞かれ、二人よりも早く福原に忍び込んでいたクロは、それまでに偵察した状況を簡単に説明した。


隠し財産は、福原が都であったとき、かつて内裏があった場所の辺りの地面深くに埋められているらしい。

すでに、多くが発掘されており、大部分は宋の陶器と、宋銭であるようだ。


「もし、そいつがあるとしたら、まだ、俺の見てねぇところだ。」

「ほう?それは、どこですか?」

「玉座の真下。あそこだけは、昼夜人が二人以上張り付いていて、入れねぇ。」

「警備が厚いな。」


怪僧の言葉に、頭中将も頷く。


「殺ってもいいなら、別だが、あんたたちが来る前に、騒ぎは起こさないほうがいいと思ったんでな。」

「賢明だ。」


クロの判断を褒めたかと思うと、


「それで?何人相手にできる?」

「おっ、いよいよ、殺っていいってことだな?」


クロは、ペロリと一つ、舌舐めずりをしてから、


「雑魚は全員。」

「雑魚でないものもいるか?」

「いる。あいつらを取りまとめている若いやつだ。見た目は、弱そうだが、一番やばい。」


クロは、偵察のときに見かけた、まだ少年のあどけなさが残る男の、人の良さそうな丸顔を思い浮かべた。


「他は?」


クロは主の言葉に、すぐさま思考を戻し、


「あとは、陰陽師だな。」

「安部公賢か?」

「あれは、強い、弱いの問題じゃねぇ。相手にしたくない。」


当代きっての陰陽師、という噂の男。ちらりと、姿を覗きにいった。背が高くて痩せぎすの、柳の枝みたいに、ゆらゆらと動く男だった。


正直、それほど、強いとは思わなかった。飛びかかれば、一撃で倒してしまえそうな気もする。

しかし、得体のしれない嫌な感じも拭えなくて、アレに攻撃するなとクロの野生の勘が言っていた。


自分のような、妖しには、相性が悪すぎるのだ。


「そっちは、いい。道満庵に頼む。」


水を向けられた怪僧が、カサカサに禿げ上がった頭に、ぽんと手を置いた。


「まぁ、仕方あるまい。」


何故だか、幾分不服そうに見える。


「あの男の相手は、お主にしかできん。せっかく秘策も用意したのだろう?」

「秘策?」


怪僧は、クロの言葉を、無視して、


「わかっておる。ワシとて、安倍公賢と対決するのが不満なのではないわ。」


と不機嫌に返すと、「その秘策を使うのが嫌だって言ったんだ。」と、独り言のように、ぶつぶつ呟く。


「お主らは、ワシがせっかく手に入れた、あれの価値がわかっとらんっ。」


口をへの字に曲げたが、やがて、一つため息をつくと、


「行くか。」


太陽が西の山際に姿を隠すのと同時に、道満庵が、ぽんっと両手を打つ。すると、3人の背後に、軍勢が現れた。


次回、ドンパチします。

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