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72 謀反の疑い

あけましておめでとうございます。

今年も、引き続き、お付き合いいただけると幸いです。


さて、新年から、最終章が始まりました。話は4章71からの続きです。(唐錦周りは、2章の登場人物一覧を参照してください。)

よろしくお願いします。


※最終章も、R15な場面がありますので、ご了承ください。

趣向を凝らした権大納言邸の庭から、爽やかな秋の風が吹き込んだ。


「いい風が吹いておるな。」


目の前に座る権大納言の一人娘、唐錦(からにしき)が、その風を味わうに、可愛らしい顔をついっと庭に向けて、目を瞑った。


「不思議なものだ。家を出てからそんなに経っていないのに、この景色が懐かしい。」


宮中に尚侍(ないしのかみ)として出仕している唐錦は、普段は、内裏に賜った部屋に住んでいる。久しぶりの実家に、懐かしそうに微笑むその顔は、千鶴の目に、以前より、ほんの少し大人びて写る。


「今日は、わざわざ来てくれて、ありがとう。」


唐錦は、千鶴に会うために、里下がりの許可を取って、戻ってきていた。

千鶴を、ここまで送ってくれた鶯たちは、すでに帰り、部屋には、千鶴と唐錦と、側仕えの限られた女房たちだけだった。


いつも、唐錦の側にピタリと寄り添っている伊予(いよ)命婦(みょうぶ)は、今日も一番近くに控えているが、以前より、随分と陰が薄く感じる。


「いえ。何か、お急ぎの御用とか?」


気心がしれた者たちに囲まれて、寛いだ様子で愉しんでいた唐錦が、千鶴が問い返すと、躊躇いがちに口を開いた。


「・・・・実は、千鶴にお願いするべきなのか、迷ったのだが・・・」


初めて会った時には、周りを顧みず公賢(きみかた)との仲を取り持てと、詰め寄ってきた彼女とは、同じ人には思えない。


随分と成長されたものだと、千鶴は、微笑ましく思った。


「どうされたのですか?私にできることであれば・・・」

「うむ・・・実は・・・、」


しばらく、逡巡するように、歯切れの悪い返事を繰り返した後、ようやく意を決したらしく、


「私の友人が、行方不明なのだ。」

「行方不明、ですか?」


唐錦は、コクリと頷くと、


「少し前に、幾人かの女性が一斉に行方不明になったのを知っておるか?」


藤袴(ふじばかま)の宮が生き霊となり、夫君の愛人と息子に取りついていた、あの事件のことを指しているのだ、とすぐに思い至る。

あのとき、唐錦の父、花山院忠経(かざんいんただつね)にも、いろいろと助けてもらったのだが、唐錦は、父から、その詳細を聞いていないのかもしれない。


「その方たちの多くは、実際には、行方不明になっていたのではなく、気を失っていただけなのだそうだ。しかも、その女性たちは、すでに目を覚ましているのだとか。」

「・・・えぇ。聞いたことがあります。」


取りついていた藤袴が、正気に戻ったことで、目を覚ましたのだが、千鶴は、素知らぬふりをして、相づちをうった。


「でも、その方・・・私の友人は、違うのだ。」

「目を、覚まさなかったのですか?」


唐錦は、首を横にふった。


「おそらく、彼女は他の皆とは違い、本当に行方不明なのだ。」

「行方不明・・・・?それは、確かめたのでふか?」


唐錦は、自分にはその術がないのだと、また、控えめに、首を横にふった。


「こちらから、何度も手紙を書いているのだが、一向に返事が来ない。それで、手紙を託した下男が、外から家の様子を覗くと・・・」


いつもは華やかで、仕えている人の多い家なのに、どうも、家の中には、窶れた父君と少数の女房だけしか見当たらない。ちょうど帰ってきた旅装の男と話していた父親が、力なく項垂れているのが見えて、大部分の人間がいないのは、行方不明の娘探しに出掛けているからではないか、と思ったのだそうだ。


千鶴は、治部卿(じぶきょう)と藤袴のことを思い出す。藤袴は、完全に自身の中の闇と向かい合い、断ち切った。あの二人に関連している女性なら、未だに目を覚まさないとは、考えられない。


とすると、別の原因で、目を覚まさないでいるのか、それとも、唐錦の言うように、本物の行方不明なのか。


「それで、千鶴にお願いというのが、その人の家を訪ねて、様子を聞いてきて欲しいのだ。」

「私に・・・ですか?」


唐錦が、頷いた。


「このようなこと、身軽に動けて、信頼できる者にしか頼めぬ。千鶴ならば、貴族の邸宅に出入りすることもできるし。相手の姫は、小さい頃から文などもやり取りをしている、大切な友人なのだ。だから、もし・・・もし、何か事件に巻き込まれているなら、助けてあげたい、と思うのだ。」


でも、私には、何もできぬ、と哀しそうに言う唐錦の姿に、鶯が重なった。


宮中に出仕している身では、実家への里帰りがせいぜいで、鶯以上に自由にならぬ身の上だろう。

だから、頼らざるを得ないのだ。

気軽に出歩けて、貴族の屋敷に出入りしても目立たない、白拍子の千鶴に。


しかし、今はーーー。


千鶴が、答えを言い淀んでいると、


「やはり、難しい・・・か?」


その一言で、千鶴の状況を知っているのだとわかる。


「行ってもらうには、白拍子の格好をしてもらう必要があるかもしれぬ。」


その衣裳を着られぬことが、場合によっては踊ることを求められても、その要求に今の千鶴は、応えられないことが、唐錦には分かっている。


だから、千鶴が、そのお願いを簡単には請け負えないことを、分かっているのだ。


「千鶴。」


唐錦が、強い光を放つ、真っ直ぐな瞳を千鶴に向けた。


「かつて私は、千鶴に助けられた。意固地で、怖がりで、真実を知ることから逃げていた私を、千鶴が連れ出し、見せてくれた。今の私があるのは、少しお節介だったが、力強く手を引いてくれた千鶴のおかげだ。」

「・・・そんな。それは、唐錦の君さま、ご自身の強さですよ。」


「いや。そんなことはない」


と、今度は力強く、首を振って、


「私は思ったのだ。千鶴なら、きっと助けてくれる。力になってくれる、と。勝手なことを言ってるかもしれないが・・・酷なことを言っているかもしれないが、それでも私は、千鶴しか頼めぬのだ。千鶴に、頼りたいのだ。」


曇りのない温かい言葉が、千鶴をじわりと包み込む。


「本当に、鶯の君も、唐錦の姫さまも・・・。」


千鶴は思わず、口元から、小さな笑いが漏れた。

首を傾げる唐錦に、


「わかりました。」


たぶん、自分はこうやって頼られることに弱いのだ。真っ直ぐな目でお願いされると、応えずにはいられない。


そんな自分を、千鶴は、ずっと知らなかった。そういう自分に気づいたのは、鶯や唐錦のおかげかもしれない。


「私で良ければ、力になります。」

「本当かっ?」


唐錦の顔がパァッと明るくなる。


「ありがとう!」


高座から飛び降りるように、千鶴に抱きついた。


「無論、千鶴一人にお願いするのは危険なこともあるかもしれぬから、ちゃんと、助っ人も頼んである。」

「助っ人、ですか?」

「うむ。曽我惟任(そがのこれときさま)どのだ。」


その名を耳にした途端、驚いて、パッと唐錦の顔を見た。


「曽我・・・惟任さま?」

「そうじゃ。強い方だし、頼りになる方じゃ。」


月詠(つくよみ)の鏡を探しに行くとき、惟任も一緒にいたから、確かに、唐錦とは面識がある。しかし、それにしても、なぜ惟任に・・・と、問おうとしたとき、側付きの女房、伊予の命婦が、


「姫さま、惟任さまが、そろそろ見えるのでは?御簾の内側に入ってくださいね。」


唐錦が、「そうだった、そうだった」と、重い着物をずりずり引きずりながら、元の席に戻っていく。


「惟任さまは・・・これから、ここにいらっしゃるのですか?」

「一緒に話したほうが、早いので、惟任どのにも来てもらいたいと、お願いしたのだ。まさか、内裏に呼び出すわけにはいかんしな。」


唐錦が苦笑した、そのとき。

ドタドタと、けたたましく廊下を駆ける足音ともに、女房が一人、飛び込んできた。


「これ。そのように、音を立てて歩くのではない。」


伊予の命婦の叱責に、女房は、「申し訳ございません。」と頭を下げるとすぐに、


「・・・いえ。しかしっ、火急のことで・・・」


と、何故か千鶴を見る。


「どうかしたのか?」


怪訝な顔をした唐錦に、


「あ、いえ、あの・・・近衛が・・・頭中将(とうのちゅうじょう)が・・・」


と、要領の得ない言葉を繰り返す。


「どうした?はっきり言いなさい。何があったのだ?」


唐錦が眉根を寄せて、問うた言葉に、


「私から説明しよう。」


廊下の向こうから表れ出たのは、この屋敷の主人、権大納言 花山院忠経だった。


千鶴が慌てて平伏すると、


「良い。面をあげなさい。」


千鶴が顔をあげると、権大納言は、強張った顔で一つ、小さなため息をついた。それから、低く落ち着いた声で、


「頭中将が、お主を探しておる。」


その言葉に、心臓が脈打った。先程、惟任の名を耳にしたときに感じたような心地よい鼓動ではなく、嫌な予感を伴って、ドクンドクンと、鐘を打つ。


「・・・頭中将が、私を・・・ですか?」


反射的に、「なぜでしょうか?」と、問い返す。

千鶴には、全く心当たりがないからだ。


そもそも、頭中将は、千鶴の顔を覚えていないはずだった。


以前、惟任とともに夜の都で遭遇したとき、頭中将は、千鶴の顔を見ても、何の反応も示さなかった。暗がりということを差し引いても、強い関心を示していなかったという証だろう。


それなのに、なぜ今さら・・・。


すると、戸惑う千鶴に、権大納言が問いかけた。


藤原房親(ふじわらのふさちか)どのを知っておるか?」

「藤原・・・房親どのですか?」


いいえ、知りません、と首を振る。


藤原という姓は多いが、千鶴の知っている範囲にその名は無かった。


「房親どのは、権中納言だ。」

「権・・・()()()?」


千鶴の頭にハッと、一人の男が浮かび上がる。


中納言、藤原(なにがし)


千鶴を贔屓にして、よく呼んてくれた人。一時は、千鶴を妾にと誘いをかけてきていたが、千鶴は、それを断った。

ちなみに、「某」の本名を、千鶴は知らない。呪に使われるからと、本名を知られるのを嫌う、保守的な男だった。


千鶴の表情の変化を読み取った権大納言が、その答えで合っていると頷く。


「千鶴を贔屓にしていた、中納言どのだ。」

「・・・・・その、藤原房親さまが、どうかされたのですか?」


続く権大納言の一言は、千鶴に大きな衝撃をもたらした。


「今朝早く、捕縛された。」


「ほ・・・ばく?なぜ、・・・ですか?」

「謀反の疑いだ。」


権大納言が言うには、権中納言 藤原房親を中心に、何名かの貴族が謀反を計画し、陰で徒党を組んでいたらしい。目的は、力を持ち始めた鎌倉勢力の一掃。特に右中将 源実朝の失脚。


だが、それだけでは、捕らえられるには至らない。

問題は、その対象に帝が入っていたこと。


今上帝は、まだ若い少年王だが、教養深く、分別があり、加えて穏当な性格だという。

それ故に、新興の勢力についても、廃するよりも、手を組み、安定した政治運営を図ることを旨としている。頻繁に話し合い、信頼関係を築き、決して、その勢力が暴走することのないよう、注視してきた。しかし、藤原房親を始めとする一派には、それが不満だった。


「藤原房親どのもそうだが、今回、名の上がった者たちは、全て、貴族主義だ。」

「貴族主義?」


首を傾げた唐錦に、権大納言が、「一部の公家や高位の貴族を主体に政治運営を図りたいと考える人たちだよ。」と、噛み砕いて教えてやる。


「彼らは、新興勢力の台頭を良しとしない。お前も、内裏にいるなら、政権闘争と無関係ではいられない。覚えておきなさい。」


唐錦が、背筋をただし、顎をひいて、「はい。お父さま。」と頷いた。


「それで、その・・・藤原房親さまが謀反の罪で捕縛されたことで、なぜ私を?」


千鶴が問うと、権大納言は、「うむ。」と気を引き締め直すように頷き、


「いくら謀反を企む貴族たちといえど、そう頻繁に、集まるわけにはいかない。近衛府が言うには、その貴族たちの間を連絡係として行き来している者がいる、というのだ。そして、その者は、気軽に貴族の屋敷に出入りでき、かつ、その行いが不自然ではない者。」


「まさ・・・か?」

「そう。その、()()()、だ。」


地面がグラリと揺れた気がした。


「千鶴は、実際にいろんな貴族の邸宅に出入りしていただろう?」

「それは、そう・・・ですが・・・」


謀反の仲介・・・?

私が・・・?


確かに、一時期、複数の貴族の家に出入りしていたが、全て、公賢から依頼されたところばかりだ。


まさか、また公賢に謀られたのだろうか?

知らず知らずの間に、妖かしを誘き出す撒き餌にされていただけではなく、謀反の片棒まで担がされていたのか。


いや、そんなわけない。


公賢は、本来、人嫌いで、政権の中枢からあえて、遠ざかっているくらいだ。謀反など企てるはずがない。


それに、何だかんだで、公賢は、千鶴を助けてくれる。そんな、明らかに危険に晒すようなことをするだろうか。


でもーーー


千鶴の心は、揺れていた。


信頼できると思っていた人が、心の底では千鶴を憎んでいたことだってある。


分からない。

誰を信じればいいのか。


千鶴は、どこか遠いところで、一人っきりになったような心細さを感じた。そのとき、


「千鶴!」


それを打ち破り、引き戻したのは、唐錦だった。また、高座から降りてきて、千鶴の手を、強く握りしめる。


「大丈夫だ。千鶴は、私が・・・権大納言家が必ず守る。」


その言葉に、当の権大納言も力強く頷く。


「安心しなさい。黒拍子と繋がっている頭中将などに、お主は渡しはせぬ。私たちも、公賢どのも、お主の味方だ。」

「・・・権大納言さま。」

「それに、藤原房親さまは、確かに貴族主義だが、謀反など企てられるほどの胆力があるとは思えぬ。私から見れば、正直、頭中将のほうが、よほど怪しい。公賢どのも、そう考えられるだろうよ。」


だから、「一人で不安になることはない」と、唐錦が、権大納言が、千鶴に語りかける。


「とはいえ、まずは、頭中将の捜索から逃れねばならぬ。幸い、千鶴と我らとの繋がりは、知られておらぬ。以前、千鶴がここに逗留していたときは大江業光(おおえなりみつ)の体であったし、まさか今、権大納言邸にいるとは、向こうも考えまい。」


そのとき、別の女房が、廊下の向こうから現れて


「殿。門に近衛の方がお越しです。千鶴という白拍子を探しているそうで。」

「なっ・・・?」

「お父さま、なぜ、ここが?」


権大納言は、「解せぬ。」と呟くと、考えを巡らすように、顎の下に手を置いた。


「いくら何でも、早すぎる。あちらが、大江業光との入れ替わりまで掴んでいるのか、あるいは・・・」


そのとき、座に、ふいに唐錦の低い声が響いた。


「伊予の命婦。なぜ、そのように震えておる?」


ハッとして、唐錦の視線の先を見ると、彼女の側仕えの中で筆頭の女房、伊予の命婦が、青い顔でカタカタと震えていた。


「そなた、先程から、顔色が悪いようたが・・・何か知っておるな?」


確信を持って問い詰めるような、強い口調に、伊予の命婦が、「も・・・申し訳ありません。」と、頭を床に擦りそうなほどに深く下げた。


「頭中将に・・・千鶴を売ったのか?何ゆえに?何を見返りに得た?」


膝の上で握った唐錦の手が、白くなって、震えている。静かだが、怒気を孕んだ声が、部屋を冷たく揺らした。


「ひぃっ」と小さな悲鳴を吐いた伊予の命婦が、


「そ・・・そんなことは・・・」


と消え入りそうに言う。


「わ・・・私は・・・そんなつもりは・・・」


怯える伊予の命婦に、権大納言が、大きくため息をついて、


「唐錦の君、少し落ち着きなさい。それでは、伊予の命婦も、話せないだろう。」

「父上!しかし・・・」


唐錦が、納得できない様子で、千鶴を見た。不思議なもので、人が感情的になっていると、かえって、当の本人の千鶴は、落ち着いてくる。


「唐錦の君、私のために怒ってくれて、ありがとうございます。でも、今は、とりあえず、伊予の命婦の話を聞きましょう。」

「・・・わかった。」


権大納言は、近衛の者を待たせておくように女房に伝えると、唐錦の言葉を引き取るように、


「伊予の命婦。何があったのか、話してみなさい。」


責めるのではない、話を聞き出そうとする、落ち着いた問いかけだった。


「・・・・はい」


ようやく、ゆっくりと口を開き、語ったところによると、唐錦について参内していた伊予の命婦は、頭中将から、千鶴という名の白拍子について尋ねられた。


「それで?何と答えたのだ?」

「なぜ、そんなことを聞くのですか、と答えました。」

「そしたら、頭中将は何と?」


伊予の命婦は、千鶴のほうを見て、やや逡巡してから、


「・・・良くない噂があるから、尚侍(なしいのかみ)(唐錦)と親しくしていたら、心配だと。」


「なっ・・・!なぜ頭中将にそのようなこと、口出しされねばならぬのだ!」

「落ち着きなさい。」


権大納言の言葉に、唐錦がグッと詰まる。


「それで、お前は何と?」

「唐錦の君と親しくされていて、次のお里下がりの折にお会いするようなので、心配です、と・・・。」


権大納言が、「そうか。」と低い声で答えると、また、深いため息を一つ吐いた。


「それでは、今日、ここに千鶴どのがいることは、分かっておるのだな。」


「・・・申し訳ありませんっ。」


伊予の命婦が、再び低頭した。


「わ・・・わたくし、まさか、謀反の話などとは・・・」


伊予の命婦がガタガタと震えている。


「なぜ・・・そのようなことを、言ったのだ?」


唐錦が、信じられぬ、と驚愕して、目を見開いている。


「なぜ、誰よりも信頼していた、側に置いてきたお主が、そのようなことを軽々しく・・・まさか、お主、頭中将と共寝をしたのでは、ないだろうな?」

「めっ・・・めっそうもございませんっ!」

「頭中将に、身体を差し出して・・・」


汚いものでも見るような冷めた目を向けると、伊予の命婦が、さらに小さくなった。


「誓って・・・誓って、そのようなことはしておりませんっ!!」


懸命に首を振り続ける伊予の命婦に、見かねた権大納言が、間に入る。


「もうやめなさい。伊予の命婦が言っていることは、本当だ。頭中将と関係を持ったりは、しておらぬよ。」

「しかし、父上!では、なぜ、伊予の命婦はそのようなことを?」

「ち・・・千鶴さまが・・・」


伊予の命婦が、消え入りそうなほど、小さな声で、「千鶴さまが、嫌いでした。」と呟いた。


「な・・・なんと?」


戸惑う唐錦に、伊予の命婦は、床についた手を、キュッと握ると、もう一度、「千鶴さまが、嫌いだったのです。」と繰り返す。


「唐錦の君は、千鶴さまと会われてから、変わられました。今まで、どんなことがあっても、姫さまは、真っ先に私にお話してくれました。私を頼って、相談してくれました。誰よりも信頼されていたのは、私なのに・・・姫さまのお側にずっと、ずっとお仕えしてきたのは、私なのに・・・なのに、千鶴さまにお会いになってから、ある日を境に姫さまは、いろんなことをご自分で考えられるようになったのです。」


「それは、女房として、喜ばしいこと、ではないか?」


権大納言が、意味が分からぬ、と眉を顰める。


「姫さまが、ご成長なされたのは、喜ばしいことです。尚侍も、ご立派にこなされている。でも・・・!でも、そのお心の中心には、いつも千鶴さまがいるのですっ!」


呆然としていた唐錦に、


「姫さま!伊予の命婦は・・・命婦は、悔しかったのです。いつの間にか、姫さまにお慕いされている千鶴さまが、嫌いだったのです。」


伊予の命婦が、突っ伏して、わんわん泣き始めた。


早い話が、嫉妬だ。


確かに、初めてあった頃の唐錦は、伊予の命婦に頼りきっていた。それが、月詠の鏡で、両親にまつわる事実を知って、少し成長されたようだ。


良いことだと思ったが、まさか、こんなことになろうとは・・・。


「分かった。もう良い。」


権大納言が伊予の命婦に、「もう、泣くのは止しなさい。」と声をかけ、


「お前のことは、追々、考えよう。それより、今は、近衛の追跡を躱すことを第一に考えねばならぬ。」


嘆いていても、今更どうすることもできない。頭の切り替えの早さは、さすがの権大納言だ。


「さて、どうするか」と、権大納言が、庭に目を向けると、先程、近衛に言伝するために、一旦、下がっていた女房が、再び戻ってきた。

女房が、何事かを権大納言に耳打ちすると、「そうか。」と頷いて、立ち上がった。


「・・・・・わかった。私がゆこう。」



今年の目標は、この話を完結させるとことと、新しい話を投稿することです。

とりあえず、完結させるべく鋭意努力いたしますので、よろしくお願いします。

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