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菊鶴2

4章の「62 宇治へ1」の前半、ナンテンと菊鶴の話た後の菊鶴目線です。

本編に入れると、話がグズついて、一向に宇治に行かなくなってしまうので、カットして、外出ししました。

宇治へと出かける千鶴を見送った菊鶴は、ナンテンと話し終え、再び寝床に戻った。


そのナンテンも、ついさっき、何処かに出かけて行くらしい気配がした。


いつもなら、何を置いても「千鶴、千鶴」とくっついていく子だ。それが、頑なに留守番をするというのだから、あの子も何か悩んでいるんだろう。

でも、それは菊鶴が踏み込むことではない。



菊鶴は床の中で、目を閉じ、昔のことを思い出した。



幼い頃から、千鶴は、殊の外、『舞』というものに、異様な程に向いていた。ただ単に踊るのが好きだとかそういう話ではない。適性がある、というのが近い表現だと思うが、その次元さえも超えている。


初めの頃は、足の運びも、拍子を取るのも、扇を持つ手も全然、駄目だった。それが、取り憑かれたように練習したかと思うと、たちまち上達した。


その向き合い方は、今思い出してみても、異常だった。


食うために身につけようとしているのではない。好きでやっているというのも少し違う。

それ自体に、ひどく重要な意味があって、やらなければならないと思い込んでいるかのようだ。


千鶴が七つになるころには、一通りの型は身についていた。


菊鶴があちこちに呼ばれて、しばらく留守にしている間、千鶴は、一人で突き詰めたように練習していた。菊鶴が久しぶりに千鶴の舞を見たとき、それを目の当たりにした瞬間、全身がぶるりと震え、総毛だった。


「・・・・っなに、コレ?」


千鶴の舞は、一般的な白拍子の成す、それではない。

その舞を一言で表すならば、神秘的。


まるで祈るように、神に捧げるように。厳かな、その動きに、菊鶴は呆然とした。


しかも、質の悪いことに、じっと見ていると、心のうちが、何とも落ち着かない気分になる。何か、自分自身の奥底を覗かれているような・・・。


菊鶴は焦った。


これはいけない。

こんなのは、白拍子じゃない!


白拍子の舞というのは、所詮は遊び。

貴族のお偉方を愉しませ、その見返りに褒美をもらったり、時には寵愛をもらったりするものだ。そうやって、生きていくための手段に過ぎない。


それが、まかり間違って、こんな舞を見せられた日には、厳粛な気持ちばかり出てきて、愉しむ気持ちになんて、到底、なれない。


私が、いけなかったんだ。


踊り方だけ教えて、あとは放ったらかし。たった一人で、それしかやることが無かったから、この子のからっぽの身体の中には、踊ることしか入ってないから、こんなふうになっちまった。


あたしが親じゃないから、あたしに、親がいないから、うまく育てられない・・・。


「・・・違う。そんなこと、ない。」


不安に飲み込まれそうになる自分を叱咤した。



大丈夫。

今からでも、遅くない。


この子を拾ったときに、育てると決めた。女の意地だった。



それから、菊鶴は、空いている時間、積極的に千鶴に関わるようにした。


旅の道すがら、山や川や、時には海も見せた。自然と触れ合い、夏の暑い日に入る水の冷たさや、冬の雪の下に芽吹く小さな命を教えた。また、時には里の者たちとも積極的に交流をもった。


余所者の白拍子に、眉を顰めて避ける者もいないわけではなかったが、そのあたり、菊鶴は上手かった。下手な色気は出さず、社交的で明るく振る舞った。

すると、だいたいどこでも、母一人子一人のこの旅者に、皆、同情的で、親切にしてくれた。


すると、千鶴の舞は、めきめきと変化した。


ただの厳かで神聖な舞が、春の野をかける牡鹿ののように、愉快で、力強く、闊達なものになった。

相変わらず色気はなかったが、これはこれで、情感豊かで、見るものを愉しませる。


千鶴は、自然の優しさや厳しさを、目一杯身体に溜め込んだ。


しかし、人間関係の方は、そう首尾良くは、いかなかった。

どんなに旅先で人との交流を持っても、それは、一時的なもの。皆、表面的には親切で優しくしてくれるが、深い関わりは持つことができない。


「人間を育てるのが、こうも難しいとはねぇ・・・。」


悩んだ菊鶴は、千鶴が一人前に踊れるようになるのを見計らって、都に家を構えた。馴染みのある貴族に取り入って、使っていない古い屋敷を借り受けたのだ。


一箇所に腰を据えれば、人との関わりも出てこよう。それで自然とあの子の心が花開けば良い。


菊鶴の目論見は、ある意味、成功した。


千鶴の周りには人が増え、単に通り過ぎていくだけではない人たちとの交流を生んだ。


中でも、鶯の君は、千鶴にとてもいい影響を与えている。

彼女と知り合ってから、あの子の表情の豊かさが、ぐっと増した。


あまり詳しくは語らないが、それ以外にも、いろんな知り合いや友人ができたようだ。その人たちは、千鶴のことを気にかけ、見守ってくれている。



一体、何があったのかは知らないが、千鶴は舞をやめたらしい。本人は、私に話したくないようだが、衣装に袖を通していないことくらい、見ていればわかる。

踊ること自体が身体の一部のような子だったから、きっと、余程のことがあったんだろう。


でも、今のあの子なら・・・今の千鶴なら、きっと大丈夫だ。菊鶴は、そう信じていた。


菊鶴と二人だけだった世界の外に出て、歩きだした千鶴は、絶対に大丈夫。


傷ついて、悩んでいる心も、ちゃんと自力で立ち直る。



菊鶴は、そう信じて、ゆっくりと瞼を閉じ、眠りの世界へと入った。


とりあえず、4章はここで終わりです。4章は過去編メインのため、先々、重要な人物がいないので、登場人物一覧はナシです。


年内に区切りまで更新できたので、5章「黄昏、そして(仮)」はお正月休みが終わってから投稿します。

いつもは、事前にあらすじを公開していましたが、最終章になるので、今回はあらすじは書かない予定です。ただ、別の形で、先々について、改めて活動報告に書くつもりなので、またよろしくお願いします。


最後になりましたが、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

来年も、引き続き、よろしくお願いします。

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