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63 宇治へ2

昨日の続きで、ほぼ、動きなくてスミマセン。


朝、都を出た牛車は、夕刻前には宇治に着いた。


開けっぱなしの物見から、心地の良い風が吹いてくる。


「やはり、都に比べて涼しいな。」

「山でございますからね。」


鶯の言葉に、阿漕が相槌をうつ。


「千鶴どのは、宇治は初めてですか?」

「いえ、師匠の菊鶴に連れられて、何度かは。」

「このあたりは、貴族の別荘が多いからな。」


白拍子は、高位の貴族にとっての娯楽だ。

日常を離れて、タガの外れた貴族たちの遊興として、声がかかることも多い。その中には、菊鶴を贔屓にしている者もいた。


「だが、あまり期待してくれるな。私の叔母は尼。千鶴の見てきた別荘とは比べられるようなものではないからの。」


鶯が苦笑する。


鶯の家、七条家は従5位。一応、殿上できる位ではあるが、高位の公卿たちと並ぶべくもない。

台所事情も決して芳しくはなく、別荘など持てるはずはなかった。


今回は、鶯の叔母が、尼となって、身を寄せている山寺に、お世話になるのだ。


「でも、叔母君さまは、とても良い方ですから、温かく、もてなして下さいますよ!」


鶯の物言いはやや自虐的だ、と不満に感じたらしい阿漕が、庇うように言い添えた。


「うん。鶯の君の叔母様なら、きっと良い方だろう、と思います。」


初めて鶯と会った夜、縁談から逃げようとしていた彼女は、この叔母のところへと行くつもりだった。

いざというときに頼りにしようと思える、信頼できる人なのだろう。


「叔母上ならば、きっと、千鶴のことも好きになるじゃろう。」


鶯が、嬉しそうに頬を緩ませた。


三人を乗せた牛車は、山間に点々と立つ、貴族の別荘を通り過ぎ、民家の立ち並ぶ区画を抜け、すこし登ったところにある山寺の、すぐ隣の庵の前で停まった。


「着いたようですわね!」

「うむ。」


その言葉通り、程なく、牛車の後部の扉が開いた。


従者役の翁に、先導され、牛車を降りると、尼僧姿の小柄な女性が庵の前で待っていた。


「鶯。よういらしましたね。」

「叔母様っ!」


鶯が駆け出し、叔母に抱きつく。


「まぁ、まぁ!そんな、子供みたいに。」


少し呆れたように、でも、とても嬉しそうに、久しぶりに会った姪を抱きとめた。


「疲れたでしょう?中に入りなさい。阿漕も、それから、えぇっと・・・」


叔母が千鶴を見て、首を傾げる。


「千鶴です。私の友人の。」


みずぼらしい小袖姿で、そのような紹介を受けるのが、恥ずかしくなり、


「あっ・・・いえ、あの・・・」

「そう。」


しかし、鶯の叔母はニッコリと笑った。


「よく来てくれましたね、千鶴。どうぞ、あなたも、中に。」


そう言って、阿漕ともども、庵へと迎え入れた。




◇  ◇  ◇




ナンテンは、ごおぉう、ごおぉう、という地鳴りのような低い音で目を覚ました。


ーーーおかしいな。都に、滝なんてあったか?


むにゃむにゃと、寝ぼけ眼で、瞬きを繰り返す。


その間も、ごう、ごう、ごう、という音は、絶えることなく鳴り響いている。


ーーーあぁ、この音は、何だか聞き覚えがあるな。ひどく、懐かしい・・・




その瞬間、ナンテンは、飛び起きた。



「ここ・・・は・・・?!」


濃い緑の山の中に、貴族たちの別荘。そして、すぐそばに流れる宇治川。

そうだ、この音は、宇治川の流れる音。


「も・・・もしかして?」


ナンテンは、きょろきょろとあたりを見わたす。


この山の緑と、川の音と、そして何より、空気の匂いでわかる。


ここは、間違いなくーーー


「宇治・・・・・・なのか?」


牛車は、宇治のなかでも、綺羅びやかな別荘地ではなく、庶民的な家の立ち並ぶ区域を通っている。そのまま、牛車の上でじっとしていると、山を登り始め、やがて、山寺の横の古い庵の前で停まった。


庵の前には、この土地の女らしき者たちと、尼僧が立っていた。


(まさか・・・!?)


予想通りに、牛車の屋形から見覚えのある三人が出てきた。


(オイラ、鶯の家の牛車に乗っちまったのか・・・)


改めて見ると、質素な設えの館と、年老いて、ややくたびれた牛には、見覚えがあった。


牛車を降りた三人は、当然、屋根の上のナンテンなど、気づくはずもなく、庵の中へと消えていく。



今なら、三人に追いつける。

三人は、突然、現れたナンテンに、「どうしたの?」と驚き、理由を話せば、笑ってくれるだろう。



ーーーでも・・・




ナンテンは、停止した牛車の屋根から降りた。

牛車から離れ、盛りを過ぎた夏の暑さで先端の枯れ始めた草が生い茂る草むらの中へ入る。


歩き始めるとすぐに、ぐぅぅと腹がなった。



本当は、宇治になんて、来るつもりはなかった。

ここを出た日、二度と、戻らないと思った。



なのに、運ばれて来てしまった。



「・・・・・腹、減ったなぁ。」


考えてみれば、結局、都の市で豆を食べそこねてから、何も食べていないのだ。


家を出たとき、いつもと変わらぬ一日を告げていた太陽は、今、橙に色を変え、西の空に沈み始めていた。


「とりあえず、川に行ってみるか。」


ポツリと呟くと、千鶴たちのいる庵に背を向け、歩きだした。



宇治川は広く、ナンテンの背丈では、向こう岸は望めない。川のほとりは雑草が生い茂っている。


ナンテンは、ちょろちょろと草の間をとおりぬけ、水辺に出た。川の流れに口をつけ、チュッチュッと水を吸う。


喉の乾きが癒やされると、そのへんの草の根や花の種をかじった。


ナンテンは、もともと、クマネズミから産まれた。虫や魚も食べられるが、やはり植物の種子や雑穀の方をを美味いと感じる。


特に、人間が手をかけて育てたものは、もっと美味い。野生のものに比べて味のムラが少ないし、実が肥えている。


腹が適当に満たされたら、人里のほうに行ってみるか。穀物倉の一つや二つ、あるだろう。


川の側にいると、嫌でも思い出してしまう。



ミツーーーあの猫と、出会ったときのことを。




次回から、ようやく(?)ナンテンの過去編です。

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