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白拍子は黄昏を踏む 〜千鶴の幻想怪奇譚~  作者: 里見りんか
第3章 章外 千鶴は預かり知らぬ会合
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公賢と朝雅

朝雅については、「42 厄介な依頼1」をご覧ください。

噂どおり、つかみどころのない男。

それが、安部公賢(あべのきみかた)と正対した平賀朝雅(ひらがともまさ)の率直な感想だった。


鎌倉より、京都守護に任じられて、早1年。名だけは、よく耳にするこの男と、実際に会うのは初めてだ。


浪人として、ふらふらしていたところを、拾って面倒を見ている部下の曽我惟任(そがのこれとき)に命じ、面会の場を設定させた。

人嫌いと言うので、一筋縄ではいかぬだろうと思っていたのに、なかなかどうして、すんなりと会う約束を取り付けてきたのには驚いた。そして、今、公賢の屋敷の釣殿(つりどの)で二人は、相対している。


目の前の公賢は、この会合をどのように受け止めているのか。会うことを承諾したのは、公賢からの頼まれごとを惟任が引き受け、全うしたお礼だと聞いている。

喜んで待ち望んでいた、というわけではあるまい。しかし、嫌々ながら、というふうにも見えない。


「この酒は、なかなか変わった味にございますな。」


公賢が、手にした杯をくるりくるりと回して、香りをかぐ仕草をした。中には、朝雅が手土産として持参した酒が入っている。

この家の吊り目の女房が、すぐにつまみと一緒に出してくれた。


「私が以前おりました、武蔵の国でとれたものでして。」

「なるほど、少し荒々しくも、芯のある風味は、東国の味わいでしたか。」


聞きようによっては、田舎者という嫌味にもとれそうだが、公賢の言い方は、そういうものではなかった。味わうように口に含み、確かめるように目を瞑る。純粋な好奇心からでた言葉なのだろう。


「お恥ずかしい。京の風流なお人には口に合いませぬか?」

「いえ。上手いですよ。」


公賢の、糸のように細い目が、弧を描いて笑う。


聞くところによると、陰陽道というのは、森羅万象を陰と陽に分けるのだという。人の場合、女は陰、男は陽だ。しかし、そういう性別とは別に、人を気質で分けるとすると、この男は「陰」だ。

風のない早朝の湖面のように、静かで、受容的である。


それでいくと、自分など、紛れもなく「陽」であろう。思い立ったら動かぬと気がすまぬほどに能動的であり、あれこれ思いを巡らせるよりも、実際に試行錯誤するほうが性に合う。


そういう点においても、正反対な二人であった。


「酒をお褒めいただくのは、ありがたいのですが、それで先程の話については・・・」


公賢が、口につけていた杯をすっと離し、朝雅の方を見た。愉しみの邪魔をされた、と思ったのかもしれない。


「失礼。」


つい、いつもの癖が出てしまったことを、朝雅は、率直に詫びた。


「私は、性格柄、どうもまどろっこしいのは苦手でして。結論を教えていただきたいのです。」


公賢が、左右の口の端を持ち上げ、「ふふふ」と笑った。


「快刀乱麻がごとく、ですな。」

「は?」

「あなたの、その在り様は。」

「はぁ・・・?」

「何事も、すっぱりと片を付けねば気が済まない。」

「は・・はぁ。」


どうも、頓珍漢に話をはぐらかされているような気がする。


「武士というのは、戦の機をみるのも大事でしょう?時が来れば、一気呵成で攻め込むのも。しかし、機を見るのは戦だけではありません。政や、世の情勢も、機を見なくては。急ぎすぎると、回りが見えなくなりますよ。」

「私の分析は良いのです。聞きたいのは、先程の件へのお返事でして。」

「それは失礼いたしました。私は、()()()、あれこれ観察したくなるようでして。」

「あぁ。もう!」


朝雅は、頭をぐしゃりとかいた。やはり、陰と陽。いや、これは、水と油のようだ。


「あなたと話していると、なんだか、ぐにゃぐにゃとした、掴み所のない気持ちの悪いものと相対しているような気がする。」

「それは、いけませんな。私程度で、そのような気持ちになられては、この先、宮中で百戦錬磨の公卿たちを、相手になど出来ませんよ。」


朝雅は、頭を掻いていた手を、はた、と止めた。


「公賢どの。なぜ、そのようなことをおっしゃる?」

「そのようなこと、とは?」

「一見、のらりくらりと、かわしているようで、その実、まるで、私に向けた助言のような。」

「はて。」


公賢は頭を捻った。


「そのようなつもりはありませんでしたが、あなたを目の前にすると、何となく言わなくてはならないような、気がしまして。」


薄い唇が左右にすっと引っ張られた。時間差で、これも笑顔なのだ、と気づいた。やや不気味ながら。


「さて、貴方からのご提案ですが、」


唐突に話が本題にに切り替わり、朝雅は、ぴりっと背をただす。


「受け入れる、というわけにはいきません。」

「なぜ・・・ですか?利害は一致しているでしょう?」

「害が一致しているだけで、仰ぐものが違います。」

「仰ぐもの・・・ですか?」

「あなたは右大将 源実朝に使える身。鎌倉の地位の保全こそが、至上命題でしょう?一方で、私が仰いでいるのは、帝であり、それ以上でも以下でもない。帝にとって善きか悪きかの二者択一です。」


この言葉には、素直に驚いた。


「貴方に、そんなにも帝にたいする忠誠心がおありとは、存じませんでした。」


宮中に出仕もせず、高い位への任官も断っていると聞いていた。だから、てっきり帝に対して距離をおいているのだと思っていた。


「私は、政治的な駆け引きには興味がないのです。あくまで、帝に仕え、支えるという点においては、他に劣りませんよ。」

「そうでしたか。」


朝雅は、顎の下に手をあて、


「しからば、帝にとって善き事ならば、手を組んでもよいということではありませんか?」

「受け入れるわけにはいかない、といいましたが、拒むとも申しておりません。」

「どういうことでしょう?」


訳がわならなくなってきた。


「貴方は、あなた方の敵を排除するために、協力して欲しい、と申されました。そして、その敵とやらに対しては、私たちも好ましく思っていないのだろう、と。」

「えぇ。公賢どのは、例の・・・(ぬえ)を捕らえましたね?」

「ほう。気づいていましたか。」


以前より、宮中にしばしば現れていた、ぬめぬめとした黒い塊。それを、鵺と呼ばれるモノノケではないか、と朝雅は考えていた。


「鵺塚が荒らされていましたからね。」


確信はなかったから、カマをかけたのだが、公賢の反応からして、当たりなのだろう。


「鵺は、権力を好む。かつて、近衛天皇を狙ったように。」


御所の屋根の上を黒雲で覆って、夜な夜な近衛天皇を苛んだと言われている。それを源頼政が剛弓で撃ち落として退治した。


頼政の倒した鵺が落ちてきた場所には鵺塚の碑があり、その下には、鵺の身体の一部が埋められたという。

その鵺塚を、最近、何者かが掘り起こした跡があった。そして、それから程なくして、都を徘徊する黒い影。


朝雅は、この鵺を、誰かが目的を持って放ったものだと考えている。そして()()()()()。おそらく、公賢も同じ考えだろう。


では誰が、なんのために放ったのか。たぶん、帝を狙ったものではない。狙いは、新たに力を持ち始めた新興勢力。つまりは、鎌倉。


さらに朝雅は、その狙いを持った者についても掴んでいた。


帝にとっては、鎌倉は、頼もしい一面もありつつ、目の上のたんこぶでもあるだろう。だから、この件に対して、敵となるか、味方となるかは判断は五分五分だ。

しかし、少なくとも、ここ最近の公賢の動きをみていると、その相手とは敵対しているように思えた。だからこそ、共闘をもちかけたのだ。


「あなたが乗り気でないのは、帝を狙っている可能性が低いから、ですか?しかし、それは・・・」

「直接的な狙いがそうでなくとも、結局は巻き込まれる、といいたいのでしょう?」

「そうです。現に、皇族の血を分けた娘が狙われたでしょう?」

「なるほど。」


公賢が突然、嫣然とした仕草で、扇を開いた。シャッと短い音が空を切る。なぜだか、背筋がゾクリと震えた。


「つまり、貴方の手足は、曽我惟任だけではない、と言いたいのですね。」

「ぐっ・・・」


別にそれを伝えたかったわけではないが、暗に匂わせたのは確かだ。


「皇族の血を分けた娘、ですか?」


公賢は答えない。しかし、この言葉から汲み取ったとみて間違いない。

なぜなら、惟任はこの娘のことは、一度たりとも朝雅に告げたことはなかったからだ。そして、この男は、惟任が、朝雅に()()()()()()()()()()()()()()


「すまない。あなたを怒らせるために言ったのではないのです。」


たぶん触れてはいけないところに触れてしまったのだろう。朝雅の長年培った勘が、頭の中で、そう警告している。


「惟任にとって、それほどまでに大事な娘、なのですね。」


その言葉に、今度は、公賢が微笑んだ。一瞬、見間違いかと思うほど、優しい目で。まるで、子を見守る親のようにも見えた。

惟任は、これほど深く、この男の懐に入りんでいるということだろうか。


(いや、それとも大事なのは、()のほうか?)


いずれにしても、これ以上、踏み込んではいけない。人間も動物と同じで、踏んではいけない尾というのはあるのだ。


朝雅は、コホンと一つ、咳払いをして、


「話を鵺に戻しましょう。」


すると公賢が、どこに忍ばせていたのか、黒い小さな坪を取り出し、トンと置いた。


「これのことですね。」

「それ・・・は!持っていたのですね。」


手を伸ばして取ろうとしたら、さっと取り上げられた。


「おっしゃる通り、私は、この者のやろうとしていることを、見逃すつもりはありません。止めたい、と思っている。それは、帝も一緒です。だから、あるところまでは手を組むことはできると、思います。」

「あるところまで、とは?」

「あなたの目的は、鎌倉の権力維持。でも、私たちは違います。あの者たちを止めたいと思いますが、その過程で、鎌倉の権力が衰退したとしても、構いません。」


淡々と述べる公賢に、


「一つ確認したい。」

「なんでしょう?」

「あなたたちは・・・あなたと帝は、あの男たちとは、思想を異にしている、と考えていいのでしょうか?」


公賢は、「えぇ。そのとおりです。」と、はっきりと頷いた。


「長年、政治や文化は、帝と一部の公家たちが、引っ張ってきました。しかし今は、その形のあり方が、徐々に変わりつつある。今上帝は賢い方です。その変化を、極めて冷静に受け止めていらっしゃる。そして、鎌倉は、その変遷の渦の中で、歴史の一部として生まれ出たもの。しかし、」

「しかし?」


知らぬ間に、朝雅の喉がごくりと鳴った。


「鎌倉、というのは、我らにとっては、社会における一機能にすぎない。この変化の流れを止めるつもりはないが、そこに鎌倉がある必要はないのです。」


公賢は、鎌倉を背負ってこの場にいる朝雅に向かって、不遜なほどに堂々と、「お分かりですかな?」と言ってのける。


「つまり」


朝雅は、公賢の意図を読み取ろうと、頭を隅々まで回転させた。


「手を組んだとしても、展開次第で対立する、あるいは切り捨てる場合があり得る、ということですかな?」


公賢は、にこりと笑って、


「お分かりいただけましたか?」


朝雅は、公賢の言葉を噛み締めるように、考える。あらゆる角度から、考察し、結論を出した。


「わかりました。やはり、一旦は手をとり、今後、万が一、利益が対立することになれば、その時は、同盟は速やかに解消しましょう。」


朝雅は、合理的な考えを好んだ。

加えて、どろどろと裏で手をまわしたり、駆け引きをしあうのは苦手な朝雅にとって、公賢のように、事前に明かしてくれるのは、分かりやすくてよい。


朝雅はこの短い会合の間に、公賢のことを、つかみどころがない男だが、卑劣さや、後ろ暗さはない、信用のおける人間だと見極めていた。

そして、決して感情が読めないわけでもない。


「いいでしょう。」


公賢が、頷いたので、


「それでは、交渉成立ということで。」


朝雅が、ゴツゴツとした手を差出し、それを公賢がとった。手が触れる瞬間、ひやりとした冷たい触感を想像したが、そんなことはなかった。

公賢の手は、色白で、細長く、流麗だが、人の体温だった。


(良かった。やはり生きている。)


霊のような捉えどころのないものは苦手だが、人間なら、人間同士、付き合える。

朝雅は、改めて、この男を信じようと決めた。


「では。」


握手が済むと、朝雅は、忙しく立ち上がった。


「もう行かれるのですか?まだ、酒が残っていますよ。」

「用事は済みましたから。その酒は、貴方への土産なので、どうぞ、呑んでください。」


朝雅には、風流な庭を眺め、和歌でも興じながら酒を呑むような趣味はない。そんな時間があるなら、やるべきことを探して、あちこち奔走しているほうが、性に合っている。


「そうですか。では、遠慮なく。」


公賢がぺろりと舌を舐めた。これは相当な酒好きだ。


「見送りは結構。」

「では、女房に案内させましょう。」


どこにいたのか、気づくと吊り目の女房が、すぐそばに立っていた。別れの挨拶を告げようとした朝雅は、ふと思いついて足を止めた。


「そういえば、ついでに一つ、お伺いしたいのだが。」

「なんでしょう?」


手酌で酒を注ごうと、こちらを振り向かぬまま応じた公賢に、


伏竜(ふくりょう)というのは、本当に()()ですかな?」


公賢の動きが、一瞬だけ止まったのを、朝雅は、見逃さなかった。


ゆっくりと振り返った顔には、本心を隠す雅な笑顔。「さぁ?」と、首をかしげると、


「私も、よく知りませんので。」


その顔に、思わず、朝雅の口角がニヤリと上がった。


(この男、知っているな。)


だが、答える気はない。


やはり狐か、と心の中で、苦笑交じりに悪態をつくと、


「そうか、失礼した。」


と、片手を上げ、釣殿をあとにした。



もう一つ3章補足、続きます。

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