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49 宿直2

秋良視点なので、業光=千鶴です。


「あっ!おい!業光(なりみつ)!!」


髭の番長こと、平秋良(たいらのあきよし)が、大江業光の背を捉えたとき、彼はすでに、大きな松の木をつたって、大内裏の外壁、()()を越えていくところだった。


都は幾重の災害と遷都を経て、何度となく立て直している。往年の外の重は、大垣を張り巡らせた立派なものだったと伝え聞くが、現在の外の重は、それに比べれば随分と質素な塀だ。


だが、だからといって、身軽に越えていけるような代物ではない。


「あいつ、すげぇなぁ。」


足を止めた秋吉は、目の前の木と外の重を交互に見た。


突然、業光が反対側に駆け出したときは、驚いた。後を追ってみれば、その先には得たいのしれない黒い影が、俊敏な猫のように、大内裏の建物を跳梁していった。


「黒拍子!」という業光の叫び声で、その正体を知った。

「なんで、お前ぇがそれを知ってる?」と聞きたかったが、業光の足が早すぎて追い付けない。


業光はあっという間に塀を越えて、大内裏の外へ出て行ってしまった。


あいつ一人に任せてはおけねぇ。追わないと。

心を決めた、秋良は、松の木の枝に手を伸ばす。


幼い頃は木登りが、得意だった。ひょいひょいと枝を伝い、一等高いところになる柿の実を獲っては、喝采をあびたものだ。


それが、今じゃ中年。若い頃に比べれば、体は重い。それでも、昔とった杵柄で、登り始めれば、あっという間に、外の重の塀の上に出た。


秋良は、通りに飛び降り、少し先に見える業光のもとへ駆け出した。


彼は、すでに黒拍子と思しき影と、刀を交えている。


黒拍子は、噂の通り、頭の先から指先、足の先まで、全身黒い装束で覆われていた。

異様に長い手足。業光より一回りは大きそうな体躯が、ひどい猫背のせいで、業光と同じくらいの背丈になっている。


業光が、刀を振るっているが、すべて、軽快な足裁きでかわす。


(あいつ・・・あんなに剣を扱えたのか。)


秋良の目から見ても、業光のそれは、剣を振りなれているものの太刀筋だった。

重くはないが、速い。

そして、相手に斬りかかることに対して、躊躇いがない。


都に来る前は、美濃にいたらしい。

地方は、都に比べれば、土地や食べ物を巡る争いごとも多いと聞くし、そういうところで、刃を交えた経験があるのかもしれない。


でも、それにしては、変わった剣さばきだ。


太刀筋は速いが、軽やかで、跳ねるよう。


秋良は、なぜだか、ふいに、昔、警護でついた祭で、幼い舞姫姿の巫女たちが、くるりくるりと踊っていた姿を思いだした。


(馬鹿な。)


緊迫した戦闘とのあまりの不釣り合いさに、慌てて、その場面を頭から追い出す。


視線の先の二人は、先程から、激しく、干戈を交えているが、業光のほうが、やや分が悪いようだった。


黒拍子は、短刀だが、刀身が三日月のように曲がった変わった形の刀を扱っている。それで、千鶴の太刀を器用に、受けては流し、また、受けては流し。

よく目を凝らさないと、黒い身体が夜の境界線と曖昧に溶けてしまいそうだ。


二人の応酬をよく見極めようと、観察していた秋良は、そのことに気が付き、大きく舌打ちした。


「ちっ!」


(あの男、狙っていやがる。)


業光が、一瞬でも隙を見せるのを。そして、その隙を捉えたが最後、渾身の一撃をふるうつもりだ。


秋良は、急ぎ、背に負った矢をとって、弓につがえた。


近衛は弓で出世する。


宮中警固の近衛たちが実際に戦う機会などほとんどない。剣を使わされたら、おそらく、千鶴の足元にも及ばない。


だが、弓は別だ。

近衛たちは、年功と儀式ばった弓矢で評価されて、役がつく。例に漏れず、秋良も弓は得意だった。

華やかさはないが、狙いは外さない。


右手でくいっと、強く、弦をひいて、狙いを定める。


視線の先、業光が、一太刀をふるう。また、避けられる。

さらに踏み込んでもう一太刀。

今度は、黒拍子が、短刀で受けた。


カンッと刀身がぶつかる甲高い音が響き、業光の刀が砕け散った。と、同時に、秋良は弦をひく指を離した。


黒拍子は、勢いで後ろに跳んだ業光を追うように短刀を、袈裟懸けに突き立てた。


矢が届くまでの、僅かな時間だった。


「業光!」


やばい!胸をやられた!


黒拍子が、さらに振りかぶって、止めのひとつきを加えようとした瞬間、秋良の放った矢が、刀を握る黒拍子の手の甲を貫いた。


黒拍子の腕がダランと垂れ、よろりとして、こちらを振り返った。

秋良は、間髪いれず二射目を放つ。


黒拍子は、今度は、後ろに大きく跳躍して避けた。

三射、四射。飛び退いた先に、次々に矢を射る。


これ以上、業光に近づかせはしねぇ!


間髪入れずに、次の矢をつがえる。

できれば、本体を狙いたい。


狙いを、足元から、胸に変える。


しかし、業光との距離が離れるやいなや、黒拍子は、そのまま、溶けるように闇に消えていく。

あたりには静寂が戻り、残されたのは、うつ伏せに倒れた業光と、地面に突き刺さった3本の矢。


「業光!!」


胸にまともに太刀を浴びたはずだ。

秋良は、かけより背中に手を添える。


「おい、業光、大丈夫か?」


背を揺すると、ピクリと動いた。


(良かった。生きてやがる・・・)


手に伝わる体温と僅かな動きに、安堵する。


「業光、起き上がれるか?」


どうやら、気絶しているらしい。身体に手をかけ、抱き起こそうとしたそのとき、氷のように冷たい何かが秋良の手を包み込んだ。


秋良の背筋に、悪寒が走る。


視線を移すと、血の気のない真っ白な手が闇の中でポウッと浮かんで、秋良の手を掴んでいた。そして、その手の先には、手と同じく、透き通るほど白い女の顔。


「ひっ・・・」


声にならない悲鳴を上げた。

女が秋良に動じる様子ない。白い肌から裂けるように真っ赤な口が現れ、にたりと笑う。


「ご苦労。かの者は私がいただいていく。」

「な・・・んだ、おめぇ・・・」


寒い。

いや、寒くはない。なのに、全身がガチガチと震える。


(生身の・・・人間じゃねぇ。)


「な・・・業光を・・・かえせ。」


詰まってうまく出ない言葉を、何とか腹の底から押し出した。


いつの間にか、秋良たちの回りにだけ、濃い霧がたちこめている。

女は秋良の言葉を無視して、スッと手を払いのけ、業光を奪い取った。そして、包むように抱き寄せる。


霧はどんどん濃度を増し、女と業光が秋良の視界から消えていく。


「おっ・・・おい!業光っ・・・!」


咄嗟に呼びかけたが、すぐ近くにいるはずの二人は、もう見えない。


止めなければ。


そう思うのに、秋良の足は、地面に釘でも打ち付けられたかのように、動かなかった。

ついに、視界全てが白の世界に覆われた。


それから、どれ程時が経ったのか。


霧は、風に流され、 徐々に闇を取り戻す。

視界が戻り、手足も動く。


しかし、目の前にいたはずの業光と女はきれいさっぱり消え去っていた。



◇   ◇   ◇



「今夜は、月が()うございますね。」


鶯が空を仰ぎ見ていると、横から阿漕が声をかけた。


「そうじゃな。」


鶯も、ぼんやりと返事をかえす。


「何か、心配事でも?」


阿漕は、蔀戸(しとみど)を閉めて良いものかと、主の様子を伺う。


鶯が、「いや。何でもない。」と首を横にふった。


「ちょっと・・・あの手紙が渡っているだろうかと思うてな。」

「あぁ、昼間お持ちになったあの手紙ですね。」

「うむ。」


鶯は、再び月のない空を見上げる。


「私は、もどかしい。」


気心のしれた阿漕と、月のない寂しい夜に、鶯の本音がポロリと落ちた。

主人の気持ちがよくわかっている阿漕は、何も返さず、じっと黙っている。


「私が自由に動けば、どれ程よいことか。私に力があれば、どれ程よいことか。友人と思う千鶴に何かあれば、助けることもできるし、そもそも、父に、このような横暴はさせぬ。だが、現実の私には、何もない。父を止める力も、助けに行ける自由な身体も。だから、私は・・・何もできぬ。」


下唇をぎゅっと噛み締め、「友のために、何も出来ぬ・・・」と、震える声で、繰り返す。


「鶯の君さまのせいではございませぬ。」


慰めにもならぬであろうことを知っていたが、それでも阿漕は、そう答えるしか、なかった。


そうだ。

鶯のせいではない。


貴族の娘に、自らの意志で気軽に出歩き、やりたいことをやる力など、ない。

父や、兄や、夫。そういった者たちの庇護なくしては生きてはいけぬ。

だから、鶯のせいではないのだけれど、それでも自分の無力さを嘆かない理由にはならない。


鶯は、黙ったまま、目をつぶり、祈るように両手を組んだ。


「どうか、あの手紙が千鶴の助けになりますように。」


祈ることしか、できない歯がゆさを噛み締めながら。


主人公が消えて、続きは来週。

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