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42 厄介な依頼1

何だか厄介なことになった。


惟任(これとき)は、三条通り、安部公賢(あべのきみかた)邸にむかっていた。歩きながら、今朝方、平賀朝雅(ひらがともまさ)に言われたことを考える。


朝早く、惟任の家にやって来た朝雅は、腰を下ろすなり、言った。


「安倍公賢どののことだがな、」

「あの物の怪のことでしたら、まだ・・・。公賢どのは、教えるつもりはないようで、幾度となく、はぐらかされております。」


先日、公賢が捕まえた黒い物の怪について、朝雅は、以前から、惟任に調べるように指示していた。


平賀朝雅の役職は、京都守護。

京に常駐しない征夷大将軍が、「自らの代わりに」と、京を守護するために設置した。初代・京都守護の北条時政が、庁舎を構えた場所の地名になぞらえ、通称「六波羅」と呼ばれている。後に六波羅探題と呼ばれる組織の前進だった。


しかし、「守護」とは使い勝手の良い言葉で、多くの貴族たちは、「あれは、実際には、朝廷を見張るためにあるのだ」、と考えていた。そして、その見立ては、なかなかに的を得ている。

京都守護は、実際には、鎌倉と主従を結んだ御家人たちの統率と、鎌倉方の朝廷への窓口、そして、不穏な動きをいち早く捕らえ、対応することを、主な役割としていた。


朝雅は、あの物の怪を、鎌倉に反発する何者かの手によるものだと考えていた。

だからこそ、惟任に、ずっと探索させていたのだ。

しかし、今朝の朝雅は、違った。


「いや、今は、それはいいのだ。」


言ってからすぐに、「いや、良くもないのだが。」と否定する。


「それはそれで、引き続き調べて欲しいが、今日、来たのは別件だ。」

「別件、ですか?」

「左様。」

「と、申しますと・・・?」


朝雅は、身体の前で、どっしりと腕を組み、


「安倍公賢殿にお会いしたいのだが、取り計らってもらえるだろうか?」

「公賢どの・・・に?朝雅様が、直接、お会いなさるのですか?」

「うむ。」


惟任は、安倍公賢と出会った経緯について、月詠(つきよみ)の鏡のことを除き、殆どのことを朝雅に報告していた。


月詠の鏡は、唐錦にまつわることで、六波羅とは、関係ない。ましてや、この世の真実を映すなどという危険極まりないものを、やすやすと口にするほど、惟任は無分別な人間ではない。

それが分かったから、公賢も信太の森への同行を許したのだ。


それと、朝雅に、話していないことが、もう一つ。千鶴の存在だ。これは、事実、朝雅とは、関係のないことなので、話す必要はないと思い、意図的に伏せていた。のだが、しかしーーー


「さて、どうしたものか。」


確かに、公賢とは、顔馴染みになった。

とはいえ、話をしたという程度で、到底、こちらから、あれこれと、お願いできる関係ではない。ましてや、あの黒い物の怪の正体を、しつこく聞いたのだ。ああいうお人なので、態度にこそ出さぬが、警戒しているだろう。


(あるいは、千鶴どのに、間を取り持ってもらう、か。)


人嫌いで、公の場にも滅多に顔を出さぬと言われる安倍公賢が、なぜか千鶴とは、親しい。親しいというより、公賢が、妙に気にかけている、というのが正しい表現だろう。

あの釣殿(つりどの)で、話をしている二人を見たときに、公賢というのは、随分、噂に聞いていたのとは、違うのだな、と思った。


彼女に頼めば、会えるかもしれない。


しかし、惟任は、すぐにその考えを打ち消した。


「ここは、素直に、直接話をしてみるか。」


何のために公賢に会いたいのか、朝雅は、その話の内容を、教えてくれなかった。

内容も言わずに、会う算段をつけてこい、というのは無茶な要求だが、概して、朝雅は、そういう主だった。


(その狙いも分からぬのだ。千鶴どのを巻き込みたくはない。)


惟任にとって、千鶴に危険が及ぶのは、絶対に避けたいことだった。


(やはり、一か八か、玉砕覚悟で正面から当たろう。)


そんなことを考えながら歩いていると、正面に公賢の屋敷の門が見えてきた。

すると、突然、その門が内側から、ばたんと開いて、中から出てきた者と、ばったりと目が合う。


「あっ。」


二人は同時に声をあげた。


「惟任さま、こんにちは。」


中から出てきた千鶴が、ぺこりと頭を下げる。


「惟任さまも、公賢さまに、ご用ですか?」


惟任は、驚きのあまり、返事に詰まった。

ここから出てきたことに、ではない。その格好が、()()()()であったからだ。


「昼間にお会いするなんて、珍しいですね。」


いつも通り話しかける千鶴に、動揺した惟任は、吃りながら尋ねる。

彼女の格好は、いつもの白拍子の男装束ではない。完全な男の服装。しかも、


「ち・・・千鶴どの、その格好は?それでは、まるで・・・」


近衛(このえ)舎人(とねり)(近衛府の下級役人)のようではないですか、と言おうとしたのを、先んじて千鶴が、


「近衛の舎人です。」


と、肩をすくめて答えた。


「なぜ・・・近衛の舎人の格好を?」


すると、千鶴は、「しぃっ」と声を潜めて、耳元に顔を寄せてきた。甘い菓子のような匂いがして、場面不相応に、胸の奥が跳ねた。


千鶴の伸びやかな声が、惟任の耳元でささやく。


「実は私、今、頼まれて、近衛の舎人のふりをしているのです。」

「ふり?」


思わず、大きな声をあげると、千鶴が目で牽制した。あわてて、口許に手を当てる。


「す・・・すみません。なぜ・・・そのような真似を?」


千鶴にあわせて、小声で聞いた。


「しかも、よりによって、近衛とは・・・」


近衛の舎人といえば、所属は近衛府。上官には、左近衛中将、九条慶政(くじょうよしまさ)がいる。

くれぐれも近づかぬようにと、あれほど強く警告したはずなのに。


その疑念が表情に現れていたのだろう。千鶴が、顔をしかめて、片手をあげ、


「今しがた、公賢さまに、さも、散々小言を言われてきたところです。」

「当たり前です!」


男のふりして、近衛府に勤めるなんて、正気の沙汰じゃない。


「どうして、そんなことを・・・」

「これには、事情があるのです。」



◇  ◇  ◇



千鶴は、惟任に請われ、事の経緯を説明した。


そもそもの発端は、公賢と唐錦に随行し、信太(しのだ)の森に出掛けていった、あの日のことだ。

あのとき、女の服では目立つからと言われた千鶴は、下男の装いで、牛車の横を歩いていた。


もちろん、牛車に乗れるような身分ではないのだから、それ自体は、承知の上でしたこと。何の不満もない。


問題は、それを見ていた人がいたことだった。

そして、さらに悪いことは、その人と一緒にいたのが、千鶴の顔をよく知る人だった、ということだ。


数日後、千鶴がいつも通り、(うぐいす)の屋敷に遊び来ていたときだった。

以前、親しくなって以来、鶯は、貴族の娘でありながら、千鶴の友人であった。


鶯の父 七条兼助(しちじょうかねすけ)からも、白拍子の格好さえしていれば、屋敷への出入り自由のお墨付きを、直々に受けている。


鶯の父といえば、位冠は、従5位と、ギリギリ殿上できる程度の位ではあるが、その思想は、「(まつりごと)は帝を中心とし、旧来からの公卿たちが輔弼して行うべし」、という今の時代においては、相当程度、保守的な部類にあたるものだった。

つまりは、新興勢力の鎌倉などに政治の実権が握られる事態には、断固として反対なわけだ。


ゆえに、庶民が、娘の友達然として屋敷に居座るのは看過できないが、帝さえも愛妾に召すことがある白拍子ならば、貴族の嗜みとして、世間に見られても良い。いや、むしろ積極的に見せて回りたいくらいに思っている、というのは、鶯の言である。


そういうわけで、千鶴は、いつも通り、その権利を行使して、鶯の部屋で、話し相手になっていた。


そこへ、鶯の女房の阿漕(あこぎ)が、戸惑った様子で入ってきた。先程、鶯の父に呼ばれて出ていったのだった。


「お父様は何か言っていたのか?」


阿漕の様子に気づいた鶯が、尋ねた。


「それが・・・」


阿漕が首を傾げながら、


「殿より、千鶴さまに、ご伝言です。あとで殿がいらっしゃる主室に寄るように、とのことでした。」

「お父様が千鶴に?」


思い当たることがないらしく、鶯も首を捻る。


「変なことでないといいのじゃが。」

「大丈夫ですよ。寄ってみます。」


千鶴は、言われた通り、帰る前に、阿漕の案内で、鶯の父、七条兼助のいる主室を訪ね、対面した。


「わざわざ、ご足労。」


兼助は、形ばかりの労いを口にした。

もちろん、庶民の千鶴を呼び出すことなど、その辺を舞う塵芥ほどにも、悪いとは思ってはいないだろう。


「いえ。」

「鶯は、お主と話せて楽しいようじゃ。」


私も、と答えようとして、口をつぐんだ。

身分の低い千鶴が、まるで同格のようにそう言ったら、兼助は、気分を害するだろう。


「ありがとうございます。」


謙虚に頭を、下げると、「うむ。」と、満足げに頷き、


「さて、今日は、お主に頼みがある。」

「頼み、でございますか?」

「左様。」


戸惑う千鶴に、兼助は、千鶴たちが月詠の鏡を探すために出掛けた晩の話を切り出した。


あの晩、兼助は、やんごとなき用事のために、さる御仁の屋敷を訪れていた。

やんごとなき用事の内容は、もちろん教えてもらえない。


帰る兼助を見送るために外にでた、そのさる御仁とやらが、偶然、見たのが男装束の千鶴だった。


初めは、普通の男と思ったらしい。


「私が一緒だったのは、実に運が良かった。」


すぐに正体が分かったのだから、と上機嫌に笑う兼助に、果たしてそれは、運の良いことだったのかと千鶴は、考えた。

少なくとも千鶴にとっては、良いことではないのではないか。また厄介事を頼まれそうな、嫌な予感が、ひしひしと千鶴の心の内に広がる。


そして、続く兼助の一言で、その予感が見事に的中したことが分かった。


兼助は、ポンと軽く鞠でも放るように、気軽に、言い放った。


「実は千鶴には、男のふりをして、近衛府で勤務してもらおうかと思うてな。」

「は?」



中途半端に終わるので、なるべく早めに次の更新します。

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