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39 月詠む真実2

唐錦の過去からの続きです。

最後の一行、投稿直前の修正が反映されていなかったので、書き直しました。

お父様、お側を離れてご免なさい。何もしてあげられなくて、ご免なさい。

走りながら、唐錦の目には、涙が溢れていた。


でも、止まることはできない。私は、私の真実を確かめないといけないから。


行くべき場所はわかっている。

屋敷の場所は、今も昔も変わらない。


唐錦が、屋敷の前に着いたとき、大きな茶色の獣が、塀を越え、飛び出してきた。


口には、赤子を咥えている。子は、意識がないのか、目をつぶったまま、口元から、だらんと垂れ下がっていた。

狐は、その子を咥えたまま、煙から逃げるように走っていった。


唐錦が、さらにその跡を追う。煙の充満する区域を抜け、しばらく走ると、やがて、都の端に着いた。そこには、住まう人もなく、荒れた屋敷の残骸があるばかり。


人のいないその場所で、一人の女が、赤子を胸に抱いていた。そして、その横には、


「お父様!」


さっき倒れていたはずの、父が立っていた。

二人は、間違いなく、若き日の父と母だった。


しかし、それが父と母でないことは、分かっていた。二人には、大きな金色の尾があった。


狐の(つがい)

そして、彼女を愛し育ててくれた、両親。


あぁ、これが真実なのね。


唐錦は、目をとじ、溢れていた涙を拭った。



再び目を開けたとき、唐錦は、元の場所に戻っていた。


時刻は夜。月に照らされた池には、自分の顔が映っている。


池はもう、内側から発光してはおらず、ただ、月明かりを反射して、水面がキラキラと揺らめいていた。


「おかえりなさい。」


背中ごしに、公賢の声がして、唐錦は、ゆっくりと振り返った。


「唐錦の君!」


皆のほうを、振り返るとすぐに、千鶴が駆け寄ってきた。


「大丈夫でしたか?」


身体に手を添え、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「はい。」


小さく頷くと、目に溜まっていた涙が一筋、流れ落ちた。


「はい。大丈夫です。」


もう一度、はっきりとした声で応える。


「真実は、分かりましたか?」


公賢が、尋ねた。


「はい。」


唐錦が、公賢の言葉を、ゆっくりと噛みしめる。


「貴女は狐ではない。」

「はい。」


そうだ。私は、狐ではなかった。

父と母は、私の本当の親でもなかった。彼らは、助けられた恩で、私を育ててくれている。


最期の最期まで、私を案じてくれた本当の父。そして、その想いを受け止めてくれた、育ての父。

託された私を、彼らは、ちゃんと一人前になるまで育て、人間としての教養を与えてくれた。


「私・・・恥ずかしいです。皆を巻き込んで。お父様とお母様にも迷惑をかけてしまいました。愛想を尽かされても仕方がありません。」


「そんなことはない。」


唐錦は、落ちた涙を拭う手をピタリと止めた。顔をあげる。


言葉を発したのは、従者のうち、年嵩のいった小太りの男だった。


「お前がそんな風に思う必要は、何もない。」


そういうが早いか、男の姿が、あっという間に見慣れたものに変わった。


「お父様!」


そして、今まで無言であった、痩せた中年の男が今度は母親に。


「お母様まで!」


「すまない。お前がそんなに不安になっているとは知らなかったのだ。公賢どのから話を伺い、お願いして、妻と二人、供をさせてもらっていたのだ。」


皆知っていたのだろう。唐錦以外は、誰も驚いてはいなかった。


「ごめんなさい。貴女につらい思いをさせたかったわけではないの。」


母が、唐錦の背に寄り添い、そっと手を回した。


「ごめんなさい。お父様、お母様。お二人が私の両親に変わって、私を育ててくれたのに。」

「いや、混乱させたのは、私たちだ。」


狐の忠経(ただつね)は、すまないと、再度、頭を下げた。


「それに、お前を育てたのは、忠経殿への恩返しというわけではないのだ。」

「え?」


父と、母が互いに顔を見合わせている。父が、母に対して、「言わなくてはならんな」と確認する。母も、「えぇ。」と、頷いた。


「私たちの子が亡くなった直後、私は山に住まう神のお告げを聞いたのだ。」

「お告げですか?」

「左様。私たちの子は死ぬが、その魂は間を置かず生まれ変わる、と。」


お告げによると、その子が花山院忠経の子、唐錦であった。


「もちろん、私たちは忠経殿から、貴女を奪おうなどとは考えていなかった。その成長を見守ることができれば、それで、幸せだったのだ。」


しかし、そんなときに、都の大火が起きた。火は運悪く、忠経たちの家に広がり、狐は唐錦を助けるために、走った。


「本来なら、貴女の母も助けるつもりだった。」


唐錦にとっては、産みの親。一緒に屋敷にいたはずだが、あのとき、狐が咥えていたのは赤子だけだった。


「貴女を庇うように、倒れていたのだ。上に母君が覆い被さって抱き締めていたお陰で、貴女の頭は低く、あまり煙を吸わずにすんだ。」


それでも、後少しでも遅れていれば、手遅れだったであろうがと、付け足した。


「母君は、獣である私を見て、息も絶え絶えに、言った。この子をお願いします、と。全てを理解し、悟っているようであった。」

「お母様が・・・」

「助けられず・・・すまない。」


狐の父は、ガクンと膝をついて、頭を垂れた。


「本当の母君も亡くなったと知り、すぐに私たちは、決心致しました。」


それまで、夫が話すのを黙って聞いていた狐の母が言った。


「私たち二人で、忠経どのと奥方さまに変わり、この子を育てましょう、と。」


「唐錦が、人間である以上、森で育てる訳にはいくまい。となれば、道は自ずから一つ。我らが、二人になりかわるしかないのだ。」


二人は、声を合わせて言った。迷いなど、微塵もなかった、と。


「幸いにして、花山院家は、名家。私たち次第で、貴女に不自由ない暮らしを与えることが出来る。良縁にも恵まれよう。」

「貴女は、忠経どのと奥方さまの子であると同時に、私たちの娘なのですよ。」

「唐錦の君、私たちは貴女を、正真正銘、我が娘として愛している。たとえ、人と狐であっても、その思いは変わらない。」


忠経は、一言一言を、とても大事な宝物のように、丁寧に、愛情を込めて話した。


「そして、私たちは、貴女に、誰よりも幸せになってほしいと願っている。」


人間の社会など何も知らない狐が、人に成り代わるのが、どんなに大変だっただろう。ましてや、父は何年もかけて、権大納言という地位にまで、登りつめた。

並の苦労ではない。


全て、唐錦のため。

彼女が、人間の社会で、少しでも良い縁談を得られるように。


彼らもまた、(まこと)の両親。

生みの父と母と、変わらない。


唐錦の心の奥底に、先程とはまた違った温かなものが、じわりと広がった。

あぁ、これこそが、本当に探し求めていた、真実。知りたくなくて、でも、分からないことが苦しくてもがいていた。


でも、現実はこんなにも、温かく優しい。


唐錦は、もう溢れる涙を拭うことはしなかった。父と母にむかって、三指をついて、頭を下げる。


「お父様、お母様。今日まで育ててくださり、ありがとうございました。」


そして、私を産んでくださった本当のお父様とお母様も、ありがとうございました。


唐錦は、幼い頃に死に別れた父と母に、そっと、心の中で、感謝を告げた。



◆   ◆   ◆


煙に包まれた街なみの向こう、花山院忠経は、薄れゆく意識の中で、遠ざかっていく金とも銀ともつかぬ背を見ていた。


(あぁ、そういうこと、か。)


唐錦が、産まれる前に、高僧に言われたことを思い出す。


ーーー産まれる子は、無事に育つまい。 それを避けるならば、今すぐ森に行き、困っている動物を助けるように。さすれば、子は大きくなり、良き生涯を送れるであろう。


唐錦は、きっと助かる。

あの狐が、助けてくれる。


あれは、私たちの子であり、彼らの子。


「ちぃ・・・ひめを・・・たのみま・・す」


彼女を、育てられない私に変わって、あの子を・・・。


私のちぃひめ、私の宝物。


どうか、しあわせに・・・。


忠経は、薄れゆく記憶のなかで、楓の葉のような小さな手を握る夢をみながら、永遠(とわ)の眠りについた。



明日、2章エピローグです。

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