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3 家出の姫

ようやく、あらすじに追いつきました。

千鶴は呆然と、男の消えたあとを見つめた。


「今のは・・・ヒト?それとも幻?」


どこか、影が薄く、掴みどころのないその姿は、物の怪の類だと言われても納得する。


懐がもぞもぞと動き、ハッと我に返った千鶴は、


「もう大丈夫。出てきていいよ。」


とんとんと優しく合図をして、声をかける。

すると、千鶴の着物の首物から、南天のような赤い瞳がキュッと覗いた。次いで、鼻をひくつかせながら、襟元から頭をちょんと出る。髭が千鶴の首に当たって、くすぐったい。


「出ておいで。」


千鶴は、首元を捕まえて、引っ張り上げた。


「あの男の人なら、もう行ったよ。」

「男?」


獣は目をぱちぱちと瞬き、少し考えるような仕草をした。


「うん。背が高くて細い目の。」

「その男は、蛇のような顔であったか?」


千鶴は、男の顔を思い出した。

確かに、凹凸の少ない、のっぺりとした顔立ちに、細くて吊り上がった目は、蛇に似ていなくもない。


「そうね。うーん・・・蛇みないな顔だったかも。」


千鶴の言葉に、獣は、「そうか。」と、安堵のため息をついた。


「それで?あなたは何者なの?」

「オイラは・・・」


獣が何か言おうとした瞬間ーーー


「きゃああああ!」


夜の闇を貫くような女の声に、遮られた。


「なにっ!?」


千鶴は、獣を再び懐に押し込むと、声のしたほうへ駆け出した。


今夜はやけに、いろいろ起こる。


白拍子の袴というのは、本来、つま先よりも長い裾をもつ長袴だ。

その裾を引きずりながらゆったりと舞うと、それが見るものに、優美でたおやかな印象を与えるのだが、千鶴の袴は違った。長さは足首までで、裾も絞ってある。

普通なら粗野に見えるその衣装も、大胆な動きを好む千鶴が着ると、まるで伸びやかな少年のような明るい輝きを放つ。


歩きやすい衣服であるので、千鶴は、慣れた場所なら、道中もそのまま、白拍子の衣装を着ていく。


白拍子の衣装。それはつまり、白い水干、緋の袴、頭に烏帽子。そして、腰には刀。


千鶴は、それが見えた瞬間、躊躇いなく、腰の刀を抜いた。

行く手に、大きな黒い塊。


―――今宵は新月。魔が差します。


その塊を見た瞬間、なぜか、先ほど分かれた蛇顔の男の言葉が脳裏をかすめた。しかし、すぐにそれを打ち消す。


違う。

あれは、牛車につながれた屋形だ。しかも、なぜか真っ黒に塗ってあり、それが、野盗に襲われている。従者が、一人で応戦していた。


賊に襲われる黒塗りの牛車など、どうみても訳ありだろう。貴族がどこぞの女のところにでも忍んでいくのだろうか。


(しかし、この場合・・・)


千鶴は、脇の刀を抜くと、迷わず襲われている側に加勢した。


「やはり、悪は野盗!」


身の軽さには自信がある。

くるくると舞うように降る刃をかざし、相手に一太刀、二太刀と切り返す。

ただ、千鶴は、武人ではない。力も決して強くはなく、切り返すことはできても、決定打を放ち、倒すことが出来ない。


賊は、間に入った千鶴にも、容赦なく刃を向けた。果敢に応戦したが、相手の人数が多く、不利だ。


(まずい。追い詰めれている。長引けば不利。)


そのとき、牛車の入り口がばんと開き、ごろんごろんと、何かが転がりでた。


「お待ちください!」


出てきたのは、着物をまとった女だった。女は叫びながら、闇に向かって走っていった。


(わたくし)が助けを呼んできますからっ!」

「ちょっ・・・ちょっと!待って!!」


暗闇ではぐれたら、守れない。

しかし、二人がかりで襲いかかる刃に、千鶴も手いっぱいで、後を追うことが出来ない。

千鶴の体力が少しずつ奪われていく。そう長くは持たない。


降り注ぐ一刀を押し返した刹那、千鶴の体制が崩れた。相手のうち一方が、そのときを待っていたかのように、ふりかぶった。


間に合わない!やられる!!


覚悟した瞬間ーーーカンッ、と刃を弾く高い音。


「大丈夫か?」


男が一人、千鶴を背に庇うようにして、目の前に立っていた。

牛車から、転がりでてきて女が、後から追い付いて、荒い呼吸で告げる。


「ハッ、ハッ・・・助けを・・・よんで・・・きました。」


助太刀に入った男は、強かった。

千鶴が苦戦していた二人をあっという間に切りつけると、他の従者と戦っているものたちのほうへ切りかかった。

相手は、男が介入したことで、形勢逆転を悟ったらしい。あっという間にひいて、夜の闇に消えた。


男が、剣を鞘に治めた。


「大丈夫ですか?」

「はい・・・あ。」


千鶴は、男の顔に見覚えがあった。


惟任(これとき)さまでしたか。」


男がしかと、頷いた。


曽我惟任(そがのこれとき)

人のよさそうな丸い顔に、下がり眉。しかし、それとは不似合いな大きい刀を、腰に佩いている。


千鶴が藤原某邸に帰る道すがら、何度か出くわしたことがある。

いつも夜に、一人で都をふらふら歩いているこの男が、何者で、何のためにそんなことをしているのか、千鶴は知らない。


たぶん、貴族ではないだろう。

千鶴は、惟任のことを、昨今、流行りの『武士』と呼ばれるものではないか、と考えていた。


「助けを呼ばれて来てみたら、まさか千鶴どのが一人で応戦しているとは。なかなかお強いのですね。驚きました。」


惟任は邪気のない顔で笑い、それから、襲われてきた牛車の主である女を気遣う。


「怪我はありませんか?」


女は「ほう。」と安堵のため息をついてから、


「この度は。危ないところをありがとうございました。」


頭をひょこりと、さげた。


それから、顔をあげると、「あら?」と、ドングリのような真ん丸な目で千鶴を見た。


「えぇっと・・・女?」

「はい。」


千鶴は路傍の草の葉をむしり、刀についた血をぬぐいながら答えた。

暗い中で、この衣服。勘違いするのも無理はない。


「歴とした女にございます。」


服はこれだが、腰まで垂らした髪は、ちゃんと一本に結んでいる。


どんぐり眼の姫が、その瞳をキラキラさせて、千鶴の格好を上から下まで、舐めるように見てきた。

その目は、好奇心こそむき出しであったが、敵意や侮蔑の念がないからか、不思議と、不快ではなかった。


「そうか!白拍子じゃな!!」


姫が、ポンっと両手の手の平を合わせて、弾けるように言った。


「私、白拍子を見るのは初めてじゃ!そうだ。ちょっと牛車に乗って、話でもしていかぬか?」

「ちょっ・・・ちょっと待った。」


勝手に盛り上がる姫を、惟任が割って入って止めた。


「そんな場面ではないでしょう。まず姫さま。あなたは何者ですか?どうしてこんな時間に、こんなところにいらっしゃるのです?」

「あぁ、これは、失礼いたしました!」


ぺころりと頭を下げてから、自己紹介をする。


「私は、七条家の三の姫。私が産まれた日、庭でその年、最初の鶯が啼いたから、周りからは鶯の君、と呼ばれておりまする。」


童顔で、くりくりとした真ん丸の瞳。さほど化粧を施してはいないが、唇は赤く血色がよく、健康的。

ごく一般的な、しかしそれほど裕福ではない貴族の娘、といったところか。

ちなみに、三の姫ということは、三番目の娘である。


「それで?鶯の君さまは、何故、こんな時間に出歩いているのです?」


鶯は、惟任の問に、ばつが悪そうに、もごもごと言い淀んだ。


「あの・・・ちょっと、家出を・・・」

「家出?!」


千鶴と惟任の声が重なった。


鶯が恥じ入るようにもじもじとしながらした話したところによると、父親に意に沿わぬ縁談を強要されているらしく、


「宇治に住む叔母のところに逃げ出そうと思うたので・・・。」


「宇治?」

「今からですか?」


惟任と千鶴が、矢継ぎ早に問いただす。


「仕方なかったのじゃ。叔母は私の味方。匿ってくれるはずなのじゃ。」

「あのですねぇ。」


惟任が、呆れた様子で、肩を落とした。


「いくら結婚が嫌だからと言っても、こんな夜中に、ほとんど供も連れずに出歩くなんて、正気の沙汰じゃありません。」


惟任が、「ただでさえ宮中は物騒なのに」と、小声で付け足す。


「ともかく、今日はもう大人しく帰ってください。」


惟任が有無を言わさぬ調子で告げた。


「えぇっ?」


鶯は、不本意そうに不満の声をあげた。


「それは困る。せっかく、何とか家から抜け出してきたのじゃ。このまま見逃してもらえませぬか?」

「ダメです。」


有無を言わさぬ口調であった。


「私が家の前まで送りますから、帰りましょう。」


鶯が、がっくりと肩を落とした。


そのやり取りを聞いていた千鶴は、「おや?」と首を傾げた。

なぜ惟任は、こんな見ず知らずの姫にそこまで付き合うのだろう。

そんなことをぼんやりと考えていると、


「千鶴どの」


惟任が、心配そうに声をかけてきた。


「本当はあなたの方も送って差し上げたいのですが・・・」


千鶴は、その申し出に驚いて、手のひらを顔の前でぶんぶん振った。


「いえ、私は、大丈夫です。夜道は慣れていますので。」


庶民の千鶴など、襲ってもなんの得にもならない。跳ねっ返りの姫さまに比べれば、はるかに心配無用だ。


手をくるりと返して、「どうぞ」と牛車の方を指し示す。


「鶯どのを、無事に送り届けてください。」

「そんなぁ・・・。」


千鶴からの援護も得られなかった鶯は、しぶしぶ、牛車に乗り込み、従者に命じて、反転させた。



本日、もう1話投稿予定です。

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