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23 はじまり・大火

今日から投稿再開します。

夏の終わりの、とりわけ暑い日であった。


「ここのところ、日照り続きですな。」


筆を置くのを見計らっていたように、同僚の男が声をかけてきた。


額に滲む汗を、手の甲で拭って、「ふぅ。」と一息ついてから、相づちをうつ。


「そうですな。」

「このまま収穫期を迎えて大丈夫だろうか?」


同僚が心配そうに言うので、つられて、開いた格子の向こうの、青い空を見上げた。


例年なら、この時期、山の端から、のっそりと現れた入道のような雲が、夕方にかけて雨を降らせるいるはずなのに、今は、憎らしいほどに青一色であった。


「確かに。凶作にならぬといいのですが。」


ここ数日、御所のあちらこちらで、幾度となく繰り返されているやりとりだ。


例年であれば、そろそろ暑さが一段落して、長雨がくる季節なのだが、どうしたことか、今年は一向にその気配が見えない。


続く炎天に、大地は枯渇し、悲鳴をあげていた。


このままでは、秋の実りが得られない。


凶作は飢饉に直結する。実りがない年の税の徴発は厳しい。なけなしの作物を納める民も疲弊するうえ、それだけのものを集めても、都の人々の糊口を凌ぐことが出来ないかもしれない。


飢えた民の数が増えると、街中に、行き倒れた者たちの骸が転がることになる。

それは目を覆いたくなるほど凄惨な光景だった。


「飢饉だけは、何としても避けたいですな。」


昨年も、決して豊作ではなかった。

この食料問題は、自分たち中務(なかつかさ)省の役人たちの頭を悩ます、専らの懸案事項であった。


そんな、いつもどおりの会話をしていると、部屋の外から、突如、誰かの叫び声がした。


「煙だ!」


続くように、混乱した幾人かの叫びと雑踏。

同僚の男と、目を見合わせる。


「火事か?」

「あれは、どの辺りだ?」


口々に上がるざわめきが聞こえたかと、思うと、突如、誰かに名を呼ばれた。


「―――どの!」


部屋に飛び込んできた、若い男が、息を切らしながら、外を指差した。


「あれは、お宅の屋敷の方角ではありませんか?」


その一言に、弾かれたように、飛び上がり、部屋の外にかけ出た。


「火事は?どこだ?」


見ると、ギラギラと輝く太陽を覆いつくすように、黒い煙が天に昇っている。


あれは、確かに、我が家の方ではないか!


矢も楯もたまらず、飛ぶように、家に向かって走り出した。


宮中は、火事を受けて、慌ただしく人が動いていた。


口々に、上がる役人たちの声。


「警備の者、急ぎ、駆けつけよ。」

「左大将がすでに向かっております。」

「右大将は、帝の警護を!」


その声を背に聞きながら、屋敷に向けて駆けた。


内裏を出る頃には、黒煙はより太く、狂暴になっていた。

足がもつれて、転びそうになる。

しかし、男は、焦燥感に刈られながらも、必死で前へ前へとを動かした。


家には、妻と子がいる。


愛する妻子は、つい先日まで彼女の両親と暮らしていた。一般的な妻問婚であった。


ところが、その妻の両親が、立て続けに流行り病で亡くなり、面倒を見る人がいなくなった二人を自分の屋敷に引き取ったばかりであった。


子は、昨年生まれた。

ようやく、一人で立ち上がれるようになったところで、自力で逃げることなど不可能だ。


家の近くに来たところで、検非違使に止められた。


「ここより先は駄目だ!」

「通してください!この先に私の家があるのです。」


検非違使が、通すまいと手を広げて、行く手を阻む。


「駄目だ!」


その奥からは、パチパチと、火がはぜる激しい音が聞こえている。


「この先は、もうほとんど燃えている。ここで家を取り壊す。」


都は火事が多い。

当然、家は全て木造。密集している地域が火事になると、あっという間に都中に燃え広がってしまう。だから火事になったときには、延焼を防ぐために、周囲の家を取り壊す。


しかも、一刻を争う。

うかうかしていたら、火が都中に広がるからだ。


以前の大火では、内裏まで焼失している。

ましてやこのところの日照り。遅れを取ると、炎は、あっという間に都中に広がる。


「しかし、奥には私の家が!私の妻が!わたしの・・・娘がまだ・・・」


「もう逃げている。今、逃げていなければ、手遅れだ。」


検非違使は、引き返すように、強く求めてくる。


「もう・・・逃げた?」


そうなのか?

それならいいのだが・・・と、安堵しかけたところで、刹那、頭の中に声が響いた。


―――タ・・・ス・・・ケテ。


「うっ・・・」

頭が痛い。


―――アツ・・・イ・・・。アナ・・・タ、タスケテ・・・!!


「ほら、早くどいた、どいた!」


頭に響く声に、検非違使の言葉が被ってくる。「いいや。」と、強くかぶりを振った。


「私の妻と子はまだ、中にいる!!」


検非違使の横をすり抜け、奥へと入った。後ろで怒鳴る声がしたが、追いかけてはこない。

当たり前だ。規制を無視して入った見知らぬ者を、自らの身を危険にさらしてまで助けるわけがない。


流れてくる黒い煙の濃度が、一段濃くなった。袖で口元を覆っても、防ぎきれずに、肺に入ってくる。


―――急がねば!


ここで、私が倒れたら、妻も子も、助からない。


呼吸が浅くなってきた。苦しい。頭が痛い。

煙で、目から涙が溢れてくる。視界が、チカチカしてきた。


「あっ!」


何かにつまづいて、バランスを崩した。

受け身を取る余裕もなく、頭から地面に突っ伏した。


―――早く!!早・・・く、行かねば!!


増してきた火と煙の勢いで、先はほとんど見えない。


その時、見覚えのある影が、ふわりと目の前に降り立った。


「お前は!」という、言葉は、出なかった。

言おうとした瞬間、大量の煙が、流入し「ゴボッ!ゴボ!!」と、咳が溢れた。肺が直に締め上げられているように苦しい。


見知った、茶色い瞳が、じっとこちらを見ている。


―――たの・・・む。妻と・・・子を、助けてくれ。


必死で、目で訴えかけた。


―――私の・・・妹と・・・


「・・・ちぃ・・・ひめを・・・。」


その言葉を最後に、男の意識は事切れた。




話が進まないので、今日は、もう1話投稿予定。

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