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18 婿の正体4

千鶴は、強い力で鶯に押し倒され、腰から床に崩れ落ちた。


鶯が、かたかたと震える手で、千鶴の着物を掴んでいる。

飛び出してきた鶯にも驚いたが、それ以上に、目を惹いたのは、突如現れた目の前の人物だった。


「あ・・・あなたは?」


床に座り込んだ二人の前に、豪華な十二単を纏った、背の高い女が佇んでいた。


「千鶴っ!!」


公賢の肩に乗っていたナンテンが、ぴょんっと千鶴に向けて、跳んだ。


「大丈夫か?怪我はないのかっ?」

「う・・・うん。私は平気。」


千鶴に覆いかぶさるように倒れていた鶯も、ゆっくりと身体を起こした。


「あれ?私、怪我していない?」


自分の背中の様子をみようと、身体をひねる。途端、そこに人がたっていることに気がつき、


「きゃあっ!」


驚いて、再び千鶴に抱きついた。


「鶯の君、落ち着いてください。」


千鶴は、背中をポンポンと優しく叩いた。


「大丈夫ですよ。」

「すまぬ。取り乱した。」


少し恥ずかしそうに顔を赤くした鶯が、もう一度、身体を起こし、おそるおそる、後ろを向く。


「矢は、わたしが落としました。」


背の高い女人は、優美な仕草でこちらを振り替えって、微笑んだ。

その顔を、千鶴は、知っていた。


「お二人に大事なく、何よりです。」

「あの、前にも、ここで・・・」


最初に鶯の父を追っていた、あの晩、屋敷をのぞける場所があると、梅の木のところまで連れていってくれた、女人だった。

今日は、旅装の壺装束に市女笠ではなく、(ひとえ)の着物。髪は背後に長く垂らしていた。


「千鶴、ここまで連れてきてくれて、ありがとう。わたし一人では、中に入ることはできませんでした。」

「連れてきて?」


身に覚えのない言葉に対する疑念が表情に出ていたのだろう。

女人は、微笑みを浮かべたまま、自分の足元に視線を移した。千鶴も、つられて、その場所をみると、そこには、矢の刺さった柘植の櫛が落ちていた。


「そ・・・それ!」


以前に、立派な屋敷の女君に呼ばれ、舞を披露した褒美として受け取ったものだ。ということは、


「あなたが、あの家の女主人?」


「正解」と言う代わりに、女人は腕を少し上げた。その袖口から、はだけた白色に、見覚えのある薄紅色の痣。


それから、女人は公賢の方を向いて、頭を下げる。


「公賢どのにも、手間をかけさせました。」

「いえいえ。(まだら)(ひめ)さまの本懐を遂げられて、ようございました。」


公賢は、千鶴たちに見せるのとは違った、貴族らしい品の良い笑顔で応じた。


「さて。」


斑の姫、と呼ばれたその女人は、今度は、頭中将、さらには、黒い大きな蛇の方に視線を戻す。


「返してもらいましょうか。私の愛しい人を。」


いうが早いか、白く、面長な顔が、みるみるうちに、つるりと出っ張り、首がニュッと延びる。

声音は先ほどと、打って変わって、低くかすれている。目はつり上がり、小さな口から、チロチロと赤くて長い舌が這い出していた。


(そうか、この人も蛇なんだ!)


さすがの頭中将も、この事態は想定外だったらしく、若干の同様の現われのように、目を左右に走らせた。


「愛しいひと・・・?」

「あぁ、そうさ。あんたたちは、私の夫を連れいった。呪いをかけるために。私たちは、平和に暮らしていたのに。誰にも迷惑をかけずに!」


斑の姫様の身体が、ブクブクと膨らんでいった。


「私たちは呪いを受けて、蛇になった。だが、それでも幸せだった。それなのに、あんたたちの仲間が、呪詛の道具にするために、私の愛しい夫を連れていった。一度、呪詛の道具にされては、もうこの世に戻れない。地獄に落ちる。」

「いや・・・知らないな。」


頭中将は、動揺を持ち前の胆力で抑え込み、言い返す。


「私には、身に覚えのないことです。」


目は相変わらずキョロキョロと、何かを探しているように動く。


(いや。探しているのではなく・・・何かを待っている?)


千鶴は、その仕草に違和感を覚えた。

頭中将は、続ける。


「私は、その手のことは全くの門外漢。その事は、そこにいる安倍公賢どのも、よくご存知では?」

「確かに。」


公賢は、と頷く。


「頭中将殿に、蛇を捉え、呪詛をかけるような力があるとは、思えません。」


すると、斑の姫様は、消えた小柄な男のいたあたりを指さした。


「仲間だ。仲間に、法力を使うものがいる。僧侶か、陰陽師。」


公賢は、「ふむ。」と言って、座布団に落ちている紙をつまみ上げた。


「確かに、そのようですな。」


公賢は、紙を顔に近づけると、そこに残る何かを嗅ぎとろうとするかのように、クンクン、と鼻をならした。


「私は、この者の顔も声も覚えがない。たぶん、本物の姿ではないでしょう。」


公賢が、紙を顔から離す。紙は、公賢の手のなかで小さな炎をあげ、燃えて、散った。


「さて、この方は、誰ですかな?」


公賢が、頭中将の方を振り向いた。

頭中将は、一呼吸おいて、首を横にふった。


「・・・いいや、知らないな。」


「知らない?」


場違いなほど、すっとんきょうな声をあげたのは、鶯の父だった。


「そんな!さる高貴な方からのご紹介で、皇族に連なる血筋だが、今は不幸にも、落ちぶれ、慎ましやかな暮らしをしている。その者を婿にとって、七条家で後ろ楯になってやってくれ、とおっしゃったではありませんか!」


七条兼助は、突如、この縁談の内幕を暴露し始めた。


その話に、千鶴は、鶯の家の様子を思い浮かべ首をかしげる。

鶯の家、七條家の位は従五位。帝のいる御殿に参内こそできるが、皇族の後ろ楯になってもりたてて欲しいと頼まれるほどの地位も財もない。


兼助が、頭中将にすがるように、悲痛な声をあげる。


「婿殿は、財はなくとも、能力が高い。必ずや帝をお支えになる御方だと!直接後ろ楯にはなれぬが、有力な方が、ついているから、安心するようにとおっしゃったではないですか!紙片となり、あの消えた御仁は、その方の名代なのでしょう?」


「だから、私も知らないのですよ。」


頭中将が苛つき始めているのか、やや声を荒げた。


「私も、そのように聞いていたのですが、皇族の血を引くはずの男が蛇になり、仲介のものが消え、あなた同様、騙された心地です。」


それから、頭中将は、おもむろに立ち上がった。


「これ以上の議論は無用。迎えが来たようなので、失礼させていただきます。」

「迎え?」


先程から、キョロキョロしていたのは、やはり、何かあったのだ。


「やはり、あの式は『目』の役割でしたか。燃やして正解でした。」


公賢が目を細めた。


屋敷の外から、どどどどと、複数名の押し入る足音がする。頭中将が、裸足のまま、一足とびに、庭にかけ降りた。


「今更気が付いたとて、もう、遅い。」


くるりと振り替えり、中の者たちを見る。


「すべては火の中へ消えるのだ!」


そう、告げると同時に、幾本もの火矢が降ってきた。


「屋敷が燃える!」


千鶴は、鶯を抱き寄せ、火矢から、庇う。


「千鶴!外へ逃げなくては。」


もとは、古びた屋敷。火がつけば乾いた木が一斉に燃え上がる。

たちまち視界を覆う煙を吸い込まぬよう、千鶴は、自分と鶯の口を覆った。

自分一人なら何とかなるだろうが・・・。


「皆さん。こちらへ」


今や、完全に大蛇へと変貌を遂げた斑の姫が、自分の身体を波打つように、くねらせて蜷局を巻いた。


「私の尾の内側へお入りなさい。お守りします。」


千鶴が、鶯をかかえあげた。公賢のほうをちらりと見やると、暢気にも、頭中将が座っていたあたりを委細に検分している。この方は放っておいても、問題ないだろう。


「公賢様。先に参ります。」


一声かけ、立ち上がると、その千鶴の腕の中で、鶯が暴れだした。


「待って!お父様も!」


鶯の指す方を振り替えると、先程と同じ場所で一人、顔面蒼白のまま、アワアワと右往左往している七条兼助が、見えた。


鶯は、ずりずりと、千鶴の腕から降り、大蛇に向かって、両膝、そして両手をついた。


「此度のこと、恐らく、父は、知らぬことであったと存じます。しかし、とはいえ。斑の姫様にはご迷惑をお掛けすることとなり、誠に申し訳ございませんでした。」


言葉とともに、深々と頭を下げた。


「今も色をなし、情けない姿ではありますが、それでも、わたくしの父。どうか、ともにお助け願えませんでしょうか。」


大蛇は、大きな首をもたげて、鶯の申し出に、「良い。」と許可をあたえる。


「ありがとうございます。」


鶯は、もう一度、お礼を述べると、父の方にとって返そうとした。千鶴が、その手を掴み、止めた。


「私の方が早い。」


千鶴は、もう一度、鶯を抱えると、斑の姫様のところまで走り、とぐろを巻いた尾の内側に、置いた。それから踵を返して、あたふたと火から逃げまどっている七条兼助のところへと走った。


「ゆくぞ。」


兼助は、頭中将から切り捨てられたことと、この火事で、明らかに、混乱しており、千鶴の呼び掛けに反応しない。


「兼助どの!鶯の父上さま!!」


このままでは、火と煙に包まれる。いっそ、抱えていくか。

千鶴が兼助の腕をとった瞬間、千鶴の肩から飛び降りたナンテンが、兼助の尻にかじりついた。


「イッ?!」


声にならぬ呻き声をあげた兼助だったが、この一撃で、我を取り戻したらしい。


「ゆこう。鶯の君が待っている。」


千鶴が、鶯のいるほうに向け、兼助の背を押すと、素直に走り出した。


千鶴、鶯、公賢、兼助がそろうと、大蛇は、四人を包み込むように、とぐろを二重、三重に巻いた。

隙間から入ってくる白く煙が視界を奪い、お互いの顔もよく見えない。隣から、鶯の、息苦しそうに呻く声が聞こえ、倒れてしまわないように、千鶴は手を伸ばして支えた。


やがて、その幾重もの白に取り囲まれたまま―――千鶴は気を失った。




続きは明日。

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