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16 婿の正体2

公賢に連れられ、訪れたのは、以前、千鶴が七条兼助(しちじょうかねすけ)の姿を追ってたどり着いた庵であった。


その正面の門の前で、三人は立ち止まった。三人といっても、鶯は、すでに公賢の指示で袿をまとっており、他のものからは見えていないはずだ。


「さて、それでは行きましょう。」


公賢は、門に控える下男に取り次ぎを頼んだ。


「ご用命により、白拍子をつれてまいりました。どうか、中へお通しいただきたく。」

「用命?白拍子?」


門番の下男は、怪訝そうな顔で、紙燭(しそく)の灯りを公賢と千鶴の顔に交互に当てる。


「そんな話は聞いていないが・・・」

「おかしいですねぇ。」


惚けるように、軽く小首をかしげる。


「確かに、大事な縁談が纏まるので、その祝の余興にと、さる御方からご依頼いただいたのですが。」


公賢は、言いながら、門番の顔の前でさっと扇を開いて、ゆらゆらと八の字に扇いだ。扇の風があたった途端、下男の男の目がとろりと下がる。


「左様でしたか。これは失礼いたしました。」


下男が、何かに憑かれたように、ふわふわとした足取りで、門を開く。


「どうぞ、おはいりください。」


千鶴と公賢の二人を門の内へ招き入れた。

姿を隠した鶯も、後ろから一緒について入る。


門番自らが、公賢と千鶴を案内し、灯りのない、薄暗い廊下を導く。


門番は、1つの部屋の手前で、ピタリと足を止めた。


部屋の手前には、この簡素な家には不釣り合いな、物々しい几帳がたっている。この先が、おそらく、先日、千鶴が覗き見た、庭に面したあの部屋だろう。


「こちらです。お二人は少々お待ち下さい。」


そう告げると、門番は、二人を置いて、中に入った。


中から、二人の来訪を告げる門番の声がした。


「なに?白拍子だと?」


張りのある若い男の声が応じる。


「私は何も聞いていないが・・・」


戸惑っているようだ。


小さな動作で、鶯の方に視線をくれると、内着(うちぎ)の下、無言で、首を横にふった。声の主を知らない、ということだろう。次いで、千鶴は、横の公賢に視線を向けた。


(おや?)


公賢の左眉が、僅かながら上がっている。

千鶴の視線に気づいた公賢が、耳元に口を寄せ、囁いた。


「私は、ここでお待ちしたほうがいいかもしれません。」


どうやら、声の主に心当たりがあるらしい。顔を見られたくないのだろうと察せされた。


(ということは、顔見知り?)


公賢は、宮中ではさしたる役職にはついていない、と言っていた。しかし、安倍晴明の先祖返りと噂されるほどの力を持った、当代一の陰陽師。

高位の公卿たちとの繋がりは、それなりにあるのだろう。


「しかし、あの御方からのお祝いであるということならば、受けぬわけにはいきますまい。」


中から、別の嗄れた声が答えた。


千鶴は、先日、忍び込んだ時のことを思い出す。


あのとき、あの場にいたのは、七条兼助を含め4人。兼助の隣にいた男が婿候補として、他に、千鶴に背を向けていた者が二人。

がっしりとした体躯の青竹色の着物の男と、小柄な藍白色の着物の男。


なんとなく、初めの、ハリのある声の持ち主が、青竹色の着物の男、ついで聞こえた嗄れた声が、もう一人の小柄な男ではないかと思えた。


公賢が明らかな反応を示したのは、青竹のほうだ。


しばらく、待っていると、先ほどの下男が、戻ってきた。


「お待たせいたしました。お入りください。」


どうやら、中に引き入れてくれることで、話がまとまったらしい。


「ナンテンを預かりましょう。」


公賢に言われ、旧家(きゅうそ)のナンテンが懐から不満そうに顔を出した。


「なんでい。オイラ、一緒についていくぜ。」

「ダメです。あなたがいると、相手に気づかれる。」


主張をすげなく棄却されたナンテンは、公賢の肩に渋々移った。


千鶴は、やや心細く、公賢を見あげた。


「大丈夫。行ってきなさい。」


公賢は、その不安を察するかのように、扇を顔の前から外し、薄い唇の両端を軽く持ち上げ、微笑んだ。艶然とした笑みではなく、気遣い、力づけるような、優しい笑い方。


「扇を間違えずに。道すがら、渡したものを。」


千鶴は、「わかっている。」という意味を込めて、力強く頷く。


公賢の手が、そっと千鶴の背中に添えられ、心を落ち着かせるような、あたたかな何かが流れ込む。


千鶴は、その手に押され、姿を隠した鶯とともに、中に足を踏み入れた。




部屋の中にいたのは、やはり4人であった。


まず、真ん中に大柄な若い男。今日も青竹色の着物を着ている。

その左隣に七条兼助、つまり、鶯の父がすわっている。反対隣に、同じく体格は立派だが、それに不釣り合いなほどに色の白い男。これが恐らくは鶯の婚約者。

さらにその隣に、小柄な男。


小柄な男は、髪には白髪が交じり、丸い顔には皺が刻まれている。それなりの年齢であることが伺われた。ただ、後々、その顔の特徴を述べよ、と言われても、何も残らない程に、ありふれた顔をしている。


千鶴は、いつもするのと同じように、膝と両手を床につき、頭を下げた。


「白拍子の千鶴と申します。この度は、お招きいただき、恐悦至極にございます。」


真ん中の青竹の男が「うむ。」と鷹揚に頷いた。

自信にあふれた優雅な仕草は、場慣れしているようで、かなり高位の貴族であろうと思われた。


「本日は、縁談の纏まったおめでたい日。しかれば、それにふさわしき舞を。」

「かしこまりました。」


青竹の男に言われ、千鶴は、深々と頭を下げた。


「それでは、このよき日に、相応しき、寿(ことほ)ぎ、ご覧にいれましょう。」


千鶴は、立ち上がると、いつものよく通る声をはりあげた。


たん。


今日も伴奏はない。素拍子(しらびょうし)である。


たたん。


静かに始まったそれは、少しずつ、大振りに。次第に速くなり、祝の席に相応しい華々しい舞へ。


公賢の意図はここに来るまでの道中、説明されている。

千鶴が何をするべきなのかも。


しかし、舞を舞う以上、それ自体に手を抜くつもりはなかった。


未熟な自分の演技では、中途半端は通用しないことを知っていた。


足の運び、手の動き、指先の一本、一本まで、魅せるつもりで。何よりも目出度い気持ちを全身に込めて。


4人が、千鶴にしっかりと目を向けているのを感じた。


(ここだ!)


千鶴は、手に持っていた扇をさっと、広げた。

舞にふさわしい、ごく自然な流で。


開いた扇から、仕込んでいた白檀の香りが広がって、千鶴を包み込む。


大振りで華やかな舞いに、男たちが「ほぅ。」と、感嘆の声をあげるのが、聞こえた。


千鶴は、構うことなく、くるりと回りながら、より大きく、派手に扇を振った。その香りを風にのせて、送り込むように。

前段に座る、4人に向けて。そして、後ろに控える下男たちへ。


すると、風を浴びた男たちのうち、数人の姿が霞のように揺らぎ始めた。

煙を放ち、みるみるうちに霧散する。


男たちが、ハッと気がついたときにはもう遅い。


千鶴は、さっと腰元の剣を抜いて、青竹色の着物の男の首元に、その刃を当てた。

七条兼助の首元には、同じように、公賢の扇の鉄芯があてがわれている。


それで十分。

なぜなら、この場にいる、人間は、この二人だけだったから。


「ちゅ・・・中将さまぁ・・・」


鶯の父、兼助が、情けない声をあげて、青竹色の着物の男を見た。

「中将」、と呼ばれた男は、一切の動揺を感じさせず、


「これは、どういうことですかな?」


やはり、見た目どおり、肝の座った男であるらしい。


「どうか、動かれませぬよう。」


千鶴が、刃物が当たっていることを認識させるため、あえて中将の視界に入るように少し動かした。


「庶民が私に刃を向けるのは、重罪ですよ。」

「存じております。しかし、ご説明いただきたいことが、ございますゆえ。」


中将は、太く、りりしい眉で千鶴を見て、それから、鶯の父を捉えている公賢のほうへ視線を移した。


「安倍公賢殿まで一緒になって、このような無体な真似など。」

「失礼しました。頭中将(とうのちゅうじょう)殿。」


公賢は、兼助に突き立てた扇の芯を外さぬまま、素直に頭を下げた。


頭中将。

それは、「蔵人頭」と、「近衛中将」を兼任する者に使う役職の名。「蔵人頭」とは、帝の宣下や文書取りまとめ、家産の管理を行う秘書的な役割であり、「近衛中将」は近衛府の武官。


年齢から見ても、青竹色の着物のこの男は、宮中の出世頭であろうと思われた。


しかし、公賢は、臆することはなかった。


「本来、一介の白拍子が頭中将に刃を向けるなど、言語道断。しかし、今、この場では、あなたが本物の頭中将であるか、わかりませぬゆえ、私の責にて、ご無礼をお許しいただきたい。」


そして、先ほどまで、2人の男が座っていた場所に目を向けた。


「何せ、ここは私の領域のようですから。」


小柄な男が座っていた場所には、白い人形の紙だけが落ちている。


そして、もう一方。鶯の婿が座っていたはずの場所にはーーー黒い大きな蛇が、座布団いっぱいに、とぐろを巻いて鎮座していた!


頭中将は、変わらず、落ち着き払った様子で応じる。


「めったに人前には出ぬと噂のあなたに、このようなところでお会いするとは、誠に異なこと。だが、しかし―――」


言葉をきり、公賢の目をしかと、捉える。


「私の真贋が分からぬ公賢どのでは、ありますまい。」


まるで自分に突き付けられている千鶴の刃など、なきがごとく、二人の探りあうような視線がぶつかった。


公賢が、「ふぅ。」と嘆息した。


「千鶴。頭中将殿を離しなさい。」

「しかし・・・」

「離しなさい。本物であると認めた以上、あなたが刃を当てるのは、罪に問われる。」


有無を言わさぬ指示に、千鶴は、中将に向けていた刀をおろし、柄に納めた。


「さて、それでは、頭中将に、状況を説明していただきましょうか。」

「状況、とは?」


頭中将は、惚けるように首をかしげた。


「先ほどまで、この部屋には何人か人がいたように思いますが、下男たちは蛙に、こちらの男どもは、それぞれ、ただの紙と蛇に変わったようです。」

「そのようですな。」


頭中将は、どこまでも飄々としている。


その、のらりくらりと躱すような問答に、しびれを切らした千鶴が、思わず声をあげた。


「頭中将さま。お惚けなさいますな。鶯の君の婿が蛇になったのは、一体どういうことで、ございましょうか?鶯を蛇にめとらせるおつもりで?」


千鶴が、自分に対し、口をきいてくると思わなかったのだろう。初興味深い驚きを含んだ顔で、初めて千鶴をまじまじと見た。

しかし、千鶴は、それに構わず続ける。今度は、鶯の父、七条兼助に、目を向けた。


「鶯の君のお父上さまは、娘とそこの大蛇を夫婦にさせるおつもりだったのですか?」


兼助もすでに、公賢に解放してもらっているものの、顔面蒼白なまま、あわあわとしている。


「わし・・・わしは・・・」

「はっきりお答えくださいませ。物の怪に、姫を娶らせるつもりだったのですか?」

「鶯と蛇を結婚させたいなどとは・・・。」


七條兼助がもごもごと、何かを言いかけた、そのとき。


「千鶴!」


鶯の声が、部屋に響き渡った。


袿を被って、隠れていたはずの鶯が、千鶴の目の前に飛び出してきた。


そして、その鶯の背後に、千鶴目がけてまっすぐ飛んでくる矢が見えた。

夕方、もう一話投稿します。

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