表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/102

15 婿の正体1

今日は短めです。

公賢(きみかた)邸を訪れてから3日、待ち望んでいた日がやってきた。

部屋でまどろんでいた(うぐいす)の肩を阿漕(あこぎ)が、優しく揺する。


「鶯の君、起きてくださいませ。」


鶯は、肘おきに預けていた身体を起こし、大きく一つ、伸びをした。


「なんじゃ?阿漕、騒がしいのぅ。」

「今晩、殿さまが、お出掛けになるそうです。」

「何?お父さまが?間違いないのか?」


この館における殿さまとは、鶯の父、七条兼助(しちじょうかねすけ)のことを指す。


「はい。確かに。殿さま付きの女房が話しておりました。牛車の用意もさせているようです。」

「牛車の用意を・・・」


それならば、間違いないだろう。


(わたくし)の筆を持て。」

「あちらに。」


鶯が頼むが早いか、阿漕は心得ているとばかりに、さっと文机の上を指した。


鶯は、公賢から預かった紙に、今しがた阿漕から聞いたことを書き付けた。


紙、といっても、ただの紙ではない。公賢が(まじな)いをかけた、「式」と呼ばれる紙だ。公賢によると、その紙に必要なことを書けば、公賢のところまで、その内容を届けてくれるらしい。


公賢は、噂どおり、人間離れした得たいの知れない方であった。

鶯の相談事など、明かす前から分かっていた。


公賢は、式を使って、都にいくつも耳を張り巡らせている、といわれていた。もちろん、単なる噂にすぎないが、先日の会合の、あのすべてを見通しているかのような様を思い出すにつけ、真実そうなのではないかと思えてくる。


「さて、これをどうしようか。」


鶯は、書き終えた紙をつまみ上げた。


公賢には、「ただ、書きさえすれば良い。あとは、コレが勝手に動きますから。」と言われていた。


「しかし、ただの紙だしのう。」


鶯が一人ごちた、その時、上げた格子の向こうから強い風が吹きあがった。風巻(しま)きは、鶯の手のひらの中の紙を巻き上げ、そして―――


紙はひらひらと舞い、落ちながら、その姿を変貌させる。


「ねっ・・・ねこ?」


驚くことに、床に就く瞬間、紙は猫へと変化していた。白毛に左目の回りと背中が茶、右目から頭にかけてが黒色の三毛猫だった。


軽やかに地に足をつけた三毛猫は、「ニャー。」と一鳴きして、庭へと飛び出した。

格子の外に控えていた阿漕が、突然出てきた猫に驚いて、声をあがるのが聞こえた。


猫となった式は、鶯の知らせを公賢のところへと届けてくれるだろう。



◇   ◇   ◇


母屋で庭を眺めながら寛いでいた公賢は、飛び込んできた猫を見て、のそりと身体を起こした。


「来ましたね。」


左右の目の回りが黒と茶色。猫が、自らの使いであることを確認する。


三毛猫は、「ニャア。」と短く鳴いて、公賢の膝の上に乗り、すりすりと身体に擦り付けた。指を伸ばして、顎のしたをくすぐると、気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らす。


「そうですか。今晩ですか。」


公賢は、まるで、その音と会話をするかのように、相槌をうった。


「それでは、支度をしましょうか。」


肩から、するりとはだけた着物を直し、悠然と立ち上がった。



◇   ◇   ◇


千鶴は、約束の場所で鶯とともに、公賢を待った。手には紙燭、懐には旧鼠の南天を携えている。


ここに来るように、という連絡がきたのは、そろそろ夕食の準備をしようか、というころだった。


家の中に、一匹の猫が、音もなく、ふわりと舞い込んできた。


「猫・・・?」


意志を持ったその目に、千鶴はすぐに、それが単なる猫ではないことに気がついた。

左右の目のまわりが特徴的な三毛猫は、案の定、人語を話した。

猫は、公賢の声で場所と時間を告げると、すぐに芝垣の向こうへと消えていった。


指定された時間より早く家を出た千鶴は、七条邸に、鶯を迎えに行った。


鶯は、すでに阿漕の手筈で、外出用の支度を終えて、待っていた。


「鶯の君を、何卒よろしくお願いします。」


心配そうな目をした阿漕が、深く、頭を下げて、二人を送り出した。


公賢に指定された場所までは、徒歩で来た。

そこは、千鶴のよく知っている場所だったので、迷いはしなかった。


千鶴は、着いてすぐに、いつものように、その社の前で手を合わせた。ここは、藤原某中納言のところに行き帰りの道中、いつも通る神社だった。

参拝しながら、この裏に、立派な橘のお屋敷があったことを思い出す。

今は夜だからか、その姿は判然としない。


「公賢どのは、まだのようじゃな。」

「そのようですね。」


千鶴は、社から離れて、あたりを見回した。


「鶯の君は、くれぐれも私から離れませんように。」


阿漕からも重々よろしくと頼まれているとおり、護衛をかねている。今日は、腰元に自分の中の剣を、指していた。


さほど待つことなく、北のほうから、ぽうっと柔らかな明かりが近づいてくるのが見えた。


「お揃いのようで。」


涼やかな目元に、いつにも増して、妖しく匂いたつような色気をに滲ませて現れたのは、安倍公賢、その人であった。


公賢は、千鶴の服装を認めると、


「約束通り、その格好で来ましたな。」


白拍子の衣装を身につけてくるように、というのが、公賢からの指示であった。

理由は明かされていない。


「はい。いつも舞を行うときの、そのままの格好です。」

「それでは、これを、あなたにお貸ししましょう。」


千鶴は、公賢が、差し出したものを受けとった。


「これは、扇・・・ですか?」


千鶴が普段使用しているものよりは、やや大振り。鉄芯が入っているようで、重みを感じた。


「今宵は、それを使ってください。できますか?」

「できる・・・と思います。」


やや手首の力が要りそうだが、少々の時間、舞うくらいならば、可能だろう。


「やはりこの格好を、ということは、私は舞を披露するのですね。」


公賢が、頷く代わりに、スッと目を細めた。


それから、鶯に向きなおり、折りたたんだ布のようなものを差し出した。

受け取った鶯が、こわごわ広げる。


「ずいぶんと上等な(うちぎ)(着物の一種)ですね。」


「鶯の君は、私の合図があったら、それを上から羽織ってください。特殊な(まじな)いをかけておりますので、邪気をはらんだものたちから、一時的に姿が、見えなくなります。」

「姿が?」


鶯が、驚いて目を丸くした。


「そのようなことが可能なのですか?」

「あくまで一時的に、です。」


公賢は、「大事な注意点が1つあります」、と付け加えた。


「これを被っている間、くれぐれも、声を発しないでください。この(うちぎ)は、あくまで一種の目くらまし。そこにいるものを、いると気づかせぬことができるのみです。声を出せば、相手は、そこにいると認識し、するとたちまち、その効果は消失します。ですので、くれぐれも息を殺し、気配を悟られぬよう、細心の注意を払ってください。」


鶯は、ぎゅっと衣を睨み付け、決意のこもった声で答えた。


「分かりました。」



明日から、解決編に入ります。ぜひ、お読みいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ