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王妃様の嫌がらせ試験

短編です。気軽に読んでいただければ・・・。

「パトリシア・ランドール!貴様の悪行の数々には、もう我慢ならん。か弱いキティにした嫌がらせへの罰を受けて貰うぞ!!」


 ブルーム国の貴族の子弟が通う学園の卒業パーティーの最中、その声は会場中に響き渡った。


「あら?ディオン殿下ではありませんか。このパーティーに参加できるのは卒業生と教員だけですよ。在校生である殿下とそちらのお嬢さんは参加できません」


 冷静に返したのは名指しをされた卒業生のパトリシア・ランドール公爵令嬢。ブルーム国の次期王妃との呼び声の高い令嬢である。


「貴様の悪事をそのままに卒業させてたまるか!」

「・・・その悪事とはいったい何の事ですか?」

「ふん!白々しい・・・貴様がキティにした嫌がらせのことだ」

「嫌がらせですか?」

「そうだ!キティの教科書を隠したり、噴水に突き飛ばしたり、挙句の果てには階段から突き落としたそうだな!」

「はぁ・・・私はそこのお嬢さんとまともに顔を合わせた記憶がございませんが・・・」

「とぼけるな!キティが階段の踊り場から逃げて行く貴様を見ているんだ!」


 ディオン殿下に促されて、キティ・テーラー男爵令嬢が口を開いた。


「わ、私、しっかり見ました。走って逃げたのは紺色の髪の女生徒でした!」


 満足そうなディオン殿下に対して、会場の卒業生は白けた顔をしていた。


「・・・いったい、この学園に何人紺色の髪の女生徒が居ると思っていらっしゃるのですか」


 呆れたようなパトリシアの声。紺色は決して珍しい髪色ではない。ざっとこの会場にも30人以上は居る。更に言えば、ディオン殿下の髪も紺色だ。男子だが。


「キティに嫌がらせをする紺色の髪の女など貴様だけだ!」

「だから、なんで私がそちらの方に嫌がらせをするのですか?その理由は?」

「決まっているだろう。嫉妬だ」

「・・・嫉妬?」


 本当に訳が分からないという顔をするパトリシア。


「私がキティと愛し合っていることに気づき、嫉妬したのだろう!その様な醜い心の持ち主は王妃に相応しくは無い!婚約を破棄する!」


 パトリシアが心の底から深い溜息をついた。気持ちは察するに余りあるという空気が会場中に流れた。


「嫉妬やら婚約破棄はどうでも良いとして、王妃に相応しいかどうかを決めるのは殿下ではありません」

「見苦しいぞ!将来、王となる私の結婚相手が王妃になるのだから、私が決めるに決まっている」

「違います。殿下はご存じないのですか?」

「何をだ!?」

「・・・本当にご存じないのですね。良いでしょう。人生の少し先を生きたものとして、説明して差し上げます。次代の王妃を決めるのは、現王妃様・・・殿下のお母上です」

「・・・母上?」

「そうです。現在の王妃であるダイアナ様を国王陛下の結婚相手に選ばれたのは、国王陛下のお母上である先代の王妃様です。ブルーム王国は代々その様に王妃を決めております。だから、殿下が王になられるとして、その結婚相手を決めるのは王妃様です。殿下に決定権はございません」

「そうか・・・母上か。キティ!王宮に行こう。母上にこの女の悪事を説明し、キティと結婚できるようお願いしよう!」


 そう言ったディオン殿下は、キティ男爵令嬢の手を取り会場を出て行った。残された卒業生たちは呆然としている。


「皆さま、お騒がせしました。あの方々に関しては、きっと王妃様が良く取り計らって下さいましょう。さあ、私たちはパーティーの続きを楽しみましょう」


 パトリシアの一声で楽団の演奏が再開され、男女のカップルが踊り始めた。さて、あの二人はどうなることやら・・・。




 ところ変わって、王宮。王妃専用の庭にて。


 王妃であるダイアナ・ブルームは隣国から輸入した茶葉を楽しんでいた。遠くから何かを叫んでいる声が聞こえる。何事だろうと傍に控える侍女と顔を見合わす。


「母上!」


 走って近づいてきたのは息子であるディオン。最近話題となったとあるご令嬢と手をつないでの登場だ。


「ディオン・・・庭に入る際に止められませんでしたか?」

「ええ。無礼にも入り口の兵士が私を止めようと・・・母上に会いたいと言ったのに、失礼な奴です」


 ダイアナは大きく溜息を吐いた。


「無礼なのは貴方です。息子と言えど、この庭に入るには私の許可が必要なのです。それに、部外者まで引き連れて・・・」

「キティは部外者ではありません!母上、聞いていただきたいことがあるのです!」


 謝罪もせずに話し始めた息子に頭痛を覚えるダイアナ。ただ黙って息子の話を終わりまで聞いた。


「つまり、貴方はパトリシアがそのお嬢さんに嫌がらせをしたから。王妃に相応しくない。そのお嬢さんを王妃にしたいと思っている・・・ということかしら」

「その通りです」


 満足そうなディオンに対して、頭を抱えるダイアナ。傍の侍女も体勢は崩さないが暗い顔を隠せない。


「まず、一つ目。次代の王妃を決めるのは私。誰の意見にも左右されません」

「ですが、パトリシアは相応しくありません」

「口をはさむのではありません。話は最後まで聞きなさい・・・二つ目。そちらのお嬢さんには、私の考える王妃の資質はありません」

「な、何故、その様に断言できるのですか!」

「すでに、試験をした結果です」

「試験?」

「ええ」


 ダイアナは冷めた紅茶を一口飲んだ。


「教科書を隠し、噴水に突き飛ばし、階段から落としたのは・・・私の命令です」

「「え?」」


 ディオンとキティは同時に声を上げた。


「私は先代から王妃の資質として、近隣諸国の言語の習得を試されました。外交のためです・・・そして、外交の際に心に決めました。次の王妃を選ぶ際は『自身の身を守れること』を資質としようと・・・」


 ダイアナは遠くを見つめた。


「外交で隣国へ行った際、命の危険にさらされたことが何度かありました。もちろん、護衛は居ましたが・・・少しでも危機を感じる力が必要だと思いました」


 ダイアナは目線をディオンとキティに戻した。


「貴方が一人の女子生徒と親密だという話を聞いて、その女子生徒に王妃の資質があるか一応試験しておこうと思いました。まず、自分の身の回りのものに毒を仕込まれないようにする試験・・・教科書を隠すことになった件ですね。驚きました。鍵のかかる個人用ロッカーがあるにも関わらず、教科書も授業のノートも教室の自分の机に放置・・・家に持って帰っている様子も無い。ご自宅ではどのようにお勉強を?あら、話が逸れましたね。とりあえず、教科書を隠させました。見つけた際の対応を見たかったのですが・・・そのまま手に取り、机に戻したそうですね」


 キティはその時を思い出した。そうだ・・・見つけた教科書はそのまま机に戻した。そして、その後にディオンに泣きついたのだった。


「ちなみに、パトリシアは持ち物全てを管理していました。なので、個人用ロッカーのカギを開けて、教科書の間にカミソリを挟ませていただきました。翌日、ロッカーを開けたパトリシアは教科書の位置が少しズレている事に気が付き教員に連絡。傷を負うことはありませんでした」

「パ、パトリシアにも試験を?」

「ええ。私が次期王妃にと見込んだ人物ですから」


 ダイアナはディオンに対し、目線で黙っているよう指示した。


「次に、噴水に突き飛ばした件ですね。部下には突き飛ばす際には気配を消さずに近づくよう指示しました。見事に噴水に落ちたそうですね。そして、すぐにディオンに泣きついたと・・・。ちなみに、パトリシアは突き飛ばされる前に気配に気づき、不審者が居た旨を学園に報告しました」


 ディオンも思い出した。制服をビショビショに濡らしたキティに泣きながら縋られたのだった。


「そして、最後の階段からの突き落としですね。今度は気配を隠して近づくように指示しました。まあ、予想通りでしたが・・・部下からの報告によると、落ちた貴女は蹲ったままで上を見ることもしなかったそうですね。突き落とした人物の姿を確認することは出来なかったはずです。にも関わらず、逃げたのは紺色の髪の女生徒だと証言したとか?ああ、突き落としを行った部下は茶色の髪の男性ですよ」


 ニッコリと笑うダイアナに対して、顔から血の気が失せたキティ。そんなキティを見つめるディオン。


「ちなみに、パトリシアは突き落とされましたが頭を守りながら落ちて行ったそうです。そして、すぐに学園に報告を上げています。あら、そうそう。パトリシアにこの試験をしたのは五年ほど前のことですよ?」


 ダイアナは立ち上がって、ディオンとキティに向かい合った。


「一応、念のために行った試験の結果、キティ・テーラー男爵令嬢は次期王妃として認められません」

「で、では、私はパトリシアと結婚するしかないのか・・・」


 絶望したように言うディオンに対し、ダイアナが首を傾げた。


「あらディオン?何故、貴方がパトリシアと結婚する事になるの?」

「だって母上は・・・パトリシアを次期王妃にするのでしょう?」

「ええ。そのつもりよ」

「でしたら、私と結婚するということになりますよね?婚約者ですし・・・」

「いいえ?パトリシアと結婚するのは、次期国王になる人物です。貴方とパトリシアが婚約したことなどありませんよ」

「え?婚約してない?それに、次期国王は私ですから、やはりパトリシアと結婚するのは私・・・」


 ダイアナは再び大きく溜息を吐いた。


「ディオン。何故、自分が次の国王だと?」

「それは・・・私が父上と母上の息子だから・・・」

「次期王妃を決めるのは現王妃。同じように次期国王を決めるのは現国王、つまり陛下です。いつ、陛下が貴方を次期国王であると言いましたか?」

「それは・・・」

「陛下はすでに次期国王を見定める試験を終えています。そして、その者こそパトリシア・ランドール公爵令嬢の婚約者です」

「え・・・?」


 ディオンは呆然としている。横を見るとキティも目を見開いている。


「さあ、話は終わりです。誰か、二人を庭から摘まみ出しなさい」


 呆然としたディオンとキティは兵士に引きずられていった。


「だから陛下は実の息子であっても、あの子に試験を受けさせなかった・・・その事に陛下がどんなに苦しみ、悲しまれたか、あの子は分からないのでしょうね」


 ダイアナの呟きは、傍に控えていた侍女だけが聞いていた。




 ブルーム国の次代の国王と王妃が正式に民衆にお披露目されたのは、ディオンが卒業パーティーで醜態をさらした一年後のことだった。


 王妃には、パトリシア・ランドール公爵令嬢が。国王には現国王の弟である大公の次男が選ばれた。二人は三年前から婚約しており、大変仲睦まじいとのことだった。二人の治世は歴史に名を残した。


 現国王と王妃の息子であるディオン・ブルーム王子は、自ら願い出て辺境伯の娘婿となった。年上の妻に支えられながら、よく領地を治めたという。


 キティ・テーラー男爵令嬢は、ブルーム国の学園を卒業する前に隣国へ留学。留学した先の学園で、その国の公爵子息に懸想し、婚約者に冤罪を擦り付けようとしたことが発覚。学園内で起きたこととはいえ、騒ぎは大きくなり収監されたとの記録が残っている。

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[良い点] たねあかし [一言] 噴水はともあれ、階段は危ないかな〜と思ったり。 魔法的な何かで即座に対処可能な様にスタッフが控えていたなどのエクスキューズが欲しいかも。
[一言] ダメ王子は姉さん女房に手綱を握ってもらって立派に領地を治めたのね、やるじゃないの
[一言] すごく面白かったです!
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