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9/11

二人の参戦


 降り積もった雪を蹴飛ばして足を進めるたび戦闘音は大きくなる。木々の隙間を駆け抜けて森を抜けると、視界を真っ白に染め上げたゲレンデに出る。

 その上で動く小山を発見した。


「あれが、魔象」


 太く長い鼻を地面に叩き付け、地団駄を踏み、歪曲した象牙で地面を抉り取る。全身を覆う体毛は鎧の如く身を護り、周囲から離れる攻撃をはね除けていた。

 そして魔象を囲むようにして魔法を浴びせかけているのは間違いなく遠征隊だ。


「急ぐぞ」


 俺たちは急いで仲間のもとへと駆けつけた。

 一息に距離を詰め、魔法の射程に魔象を入れると火球を灯して撃ち放つ。

 隣では尖った氷柱が放たれていて、火炎と氷が魔象の隙をつくように脇腹を直撃する。


「オォォオオオォォォオオオッ!?」


 怯んだ魔象が大きくよろめいた。


「今の――カガリか!?」


 先ほどの魔法を見て、ウェインがこちらに振り向く。


「やっぱり! おい、モーガン! だから言っただろ! カガリが生きてたぞ!」

「本当か!? あぁ、あれはカガリだ。まったく、心配をかけさせるよ」


 こちらに駆け寄ってきたウェインとモーガンと合流するとハイタッチを交わす。

 再会の喜びを分かち合うのは、また今度。


「状況は?」

「見ての通りだ。デカい、強い」

「違いないな」


 近づいてみて改めて理解させられるサイズの大きさ。

 この巨体が殺意を持って攻撃を仕掛けてくる。弱いはずがない。


「僕たちの魔法が素直に通らない。でも、カガリたちの攻撃には怯んだ。二人が鍵だ」


 モーガンがそう告げると同時に魔象の長い鼻が薙ぎ払われ、大量の雪が雪崩れのように押し寄せる。すぐに対処しようと動くが、その必要はなかった。

 俺たちの目の前に透明の壁が迫り上がり、雪崩れを跳ね返したからだ。


「生きていたか、なによりだ」


 見えない階段を下りてくるように、一人の女性が空からやってくる。

 今回の遠征隊を率いている遠征隊長だ。


「カガリ、トウカ。お前たちの火力なら魔象を仕留められるか?」


 俺たちは顔を見合わせると、言葉を交わさずとも互いのことが理解できた。


「やれます」


 そう二人で声を揃えると隊長は愉快そうに、にっと笑った。


「いい返事だ。なら、作戦変更といこう。だらだら体力を削るのは止めにする」


 そう言うと隊長は無線機を手に持ち、こう告げる。


「作戦変更だ、お前たち。事前に話していた作戦は全部忘れな。今からは魔象の動きを止めることだけを考えるんだ。トドメはカガリとトウカが刺してくれるよ。わかったら派手に暴れな!」


 そう伝え終わった直後、魔象に向けられていた魔法の威力が跳ね上がる。激しさを増し、怒濤の如く攻め立てた。だが、それに対抗するように魔象も更に大暴れし始める。


「はっはー、いい暴れっぷりだねぇ」

「笑ってる場合ですか、隊長」

「いいんだよ。あのほうが速く大人しくなる」


 たしかに鎧のような体毛に守られているとはいえ、あれだけ魔法を浴びせられ、あれだけ大暴れしていれば疲労の蓄積は相応に加速する。あの巨体にどれだけのスタミナがあるかは見当もつかないが長くは持たないはず。

 その証拠にはやくも魔象の息づかいが荒くなってきた。


「――」


 そんな最中、ふと魔象と目が合ったような気がした。


「準備しな、二人とも」


 隊長の言葉は短く、そして固いもの。

 その理由はすぐにわかった。

 魔象が遠征隊の包囲を無理矢理突破して、こちらへと突進して来たからだ。小山かと見紛うほどに大きな体格が、地響きを鳴らして迫りくる。今すぐにでもこの場を離れたい衝動に駆られたけれど。隊長はむしろこの状況を楽しんでいるかのように笑っていた。


不可侵領域キープアウト


 視界を遮断するように迫り上がる透明の壁。

 魔象はそれに全体重を乗せた突進をぶつけ、大気を震わせるような凄まじい衝撃と音を轟かせた。あれだけの大質量の突進を受けた透明の壁は、しかし亀裂の一つ、ひびの一つすら入らず、無傷の状態で魔象の一撃を受け止め切っていた。


「悪いが部下を守るのが私の仕事でね」


 動きの止まった魔象に向けて、ウェインとモーガンが駆ける。


「まぁ、お前たちの前で言うと格好がつかないんだけど」


 そう苦笑いした隊長の後ろで、紫電が迸る。


閃光のように(ライトニング)


 稲妻を纏い、高く跳んだウェインは魔象の正面で紫色の閃光を放つ。

 網膜を焼くような強烈な光に魔象は大きく怯む。そのタイミングで透明な壁も消失し、この機に乗じるようにモーガンが魔法で地形を操った。


指先で紡ぐ芸術(ハンド・クラフト)


 ここは雪崩の危険をはらんだ雪山じゃない。広い平原が続くゲレンデなら、なんの配慮もする必要はない。

 地面が変動して鉤爪のように突き出すと、魔象の四肢に突き刺さり、その巨体を縫い付ける。疲労の蓄積、視覚障害、四肢の拘束。ここまで重ねられればあの巨体と言えど、簡単には動けない。


「さぁ、お膳立ては整ったよ。あとは任せた」

「はい」


 互いを抱き寄せ、背中に片手を回す。

 思ったよりもトウカの体温が低い。


「カガリ」

「ん?」

「頼るから」

「あぁ」


 俺がしっかりしないと。


心火を燃やして(ブレイズアップ)

解けない想い(フローズン・ワード)


 互いに同じ方向へと向けた手の平から火炎と冷気の奔流が放たれる。

 我先にと競い合うように魔象を目がけた二つは同時に牙を突き立て、その巨体を呑み込んだ。火炎が肉を焦がして骨を焼き、冷気で皮膚を引き裂いて臓物まで凍らせる。

 頼られたんだ、それに応えたい。俺が今以上に火力を出して、トウカの体温を上げなければ。

 そう思えば思うほど火炎の火力が上がり続け、ついに魔象の命に手が掛かる。


「オォォオオォォォォォオオオオォオオオオオオオッ!」


 生命の咆哮と共に、魔象の命は燃え尽きた。

 火炎と冷気が掻き消えると焼け焦げて凍てついた巨体がゆっくりと傾く。それが真っ白な雪原に横たわった瞬間、亡骸は大きな魔石となって地に落ちた。


「作戦終了。みんな、よくやった!」


 無線機から流れた隊長の音声によって遠征隊が勝ち鬨を上げる。

 それを聞いてようやく実感が湧いてくる。俺たちは遠征隊の一員として戦い、その役目をまっとうした。間違いなくレイクイーンに貢献できた。

 そのことがたまらなく嬉しかった。


「やったな、トウカ」

「えぇ、やった……わ……」

「トウ――」


 不意にトウカが倒れそうになり、慌てて体を支えた。


「大丈夫か!? やっぱり無理して」

「だ、大丈夫。すこし暑くて、くらっとしただけだから」

「暑くて?」


 それは俺がデメリットを送りすぎたってことか?


「ははっ、張り切りすぎたかな」

「かも、知れないわね」


 とりあえず、平気そうで安心した。もしものことがあったらどうしようかと。

 でも、すぐに自分で立てるようになったし、心配はいらなそうだ。


「カガリ! よくやったな! この野郎!」


 勢いよく駆け寄られ、ウェインにタックルを決められる。


「うおっとっとっと」


 危うく倒されるところだったけれど、気合いで耐えて押し留まった。


「危なっ! ウェイン! あのなぁ」

「はははっ、悪い悪い。カガリが活躍してると嬉しくてさ!」

「なんだそれ? まぁ、ありがとな。あといい加減、離れろっ!」


 ウェインを引き剥がし、一息をつく。


「大活躍だったね、カガリ。今回は僕が活躍するつもりだったんだけどな」

「うかうかしてると俺たちが手柄を全部かっ攫っちまうかもな」

「言ったね? 今後、僕の活躍に震えるといい」

「ははっ、楽しみにしてる」


 そんな風に談笑していると、また無線機から隊長の声が聞こえてくる。


「いま回収部隊を呼んだ。彼らが来るまで休憩とする。誰も彼もよく頑張った」


 回収部隊は遠征組の馬車列の後部にいる人たちだ。

 彼らに戦闘能力はほとんどないものの、魔石の運搬に有用な魔法を持った人たちが多い。魔象の魔石は大きくて持ち運ぶのが大変だ。あれを抱えてまた雪山登山をするなんてとんでもない。

 魔石の運搬は回収部隊のプロに任せて、俺たちはこの辺でのんびりしておこう。

 帰り道のために英気を養わないと。


「はーあ」


 不抜けた声を出しつつ、その場に腰を下ろす。

 隣にトウカもやってきて、二人で買ったレーションを頬張った。


「意外といけるな」


 チョコバーは普通に美味しかった。

第二章にも区切りがついて、次話からは第三章です。

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