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二人の迎撃


 魔象の生息域は馬車では向かえない雪山の向こう側にある。

 荷台から下りた俺たちは登山を開始し、舗装もされていない険しい山道を歩いていた。


「どうせならもっと狩りやすい場所に棲んでくれればいいのにな」


 踏み固められた雪を更に踏み締めて体を前へと運ぶ。最後尾の特権で多少なりとも歩きやすかった。

 とはいえ、道幅には余裕があまりなく、直ぐ側は崖になっている。うっかりでも足を踏み外したり滑らせたりしたら遥か下の地面まで真っ逆さまだ。叩き付けられたら命はない。

 一つ一つが生存に繋がる大事な歩みだ。集中して足を運ばないと。


「僕もそう思うけど。それは狩りやすい場所に棲んでいる魔物をあらかた狩り尽くしたからだよ、カガリ」

「昔の浄化装置は今より燃費が悪かったって言うし。絶滅させる勢いで狩らないと生き残れなかったんだと思うぜ」

「まぁ、そういう事情がなきゃ、遠征隊も生まれてないか」


 手の届く範囲に物がなくなったから足を伸ばす。遠征隊の成り立ちはそう言った至極単純な道理だ。

 昔は魔物を絶滅に追いやるほど頻繁に魔石を採取していた。そうしなければならないほど余裕がなかった。こうして遠征できる余裕があるのも、過去の人々が奮闘したお陰でもある。

 反面、下の世代が僻地へ向かう形で割を食ったが、昔があって今があるんだ。俺たちが必至で生き抜いてきた上の世代に文句を言うのは筋違いだろう。

 まぁ、それでも雪山登山がきついことに変わりはないのだけれど。


「大丈夫か? トウカ」


 隣を歩くトウカに声を掛ける。

 顔を上げたトウカの吐く息は透明だったけれど、馬車の荷台にいた時よりも血色がよかった。


「問題ないわ。じっとしているより体を動かしていたほうが調子がいいみたい」


 体が温まる分、運動していたほうが体温的にいいらしい。

 ただトウカは俺のようにデメリットで強制的に体温が上がるわけじゃない。人体が熱を生むにはそれなりのエネルギーが必要だ。ただでさえこの環境は容赦なく体力を奪っていく。

 今はよくても知らず知らずのうちに限界が来ていた、ということも十分にあり得ることだ。

 トウカがそうならないように、俺も気をつけておかないと。


「なら、よかった。けど、無理はするなよ」


 そう釘を刺してから、次に周囲の景色に目を向けた。

 すでに雪山の中腹あたりまで遠征隊は進んでいる。足下には先人たちが残していった道しるべが打ち込まれ、顔を持ち上げると地平線には雪を被った山々が連なり、地表には白んだ樹木が敷き詰められていた。

 見上げると雲一つない透き通った青空が広がっている。今のところ、天気は崩れていないみたいだった。


「なぁ、別に頂上まで登ろうって訳じゃないんだろ?」


 前方をいく二人にそう言葉を投げる。


「あぁ、頂上を迂回して向こう側に回るんだよ」

「そっちのほうが楽だし速いからな」

「そうか、ありがと」


 山の天気は崩れやすいことで有名だが、このまま順調にいけば天気が崩れるまえに向こう側に行けそうだな。吹雪に見舞われたらとどうしようかと不安だったけど、杞憂に終わりそうでなによりだ。


「ふぅ」


 吐いた息が白く色付いて透明になってゆく。

 それを眺めていると不意に遠征隊の動きがぴたりと止まった。

 どうしたのかと首を傾げていると、前方から情報が回ってきてウェインが詳細を伝えてくれた。


「どうも道しるべが折れていたらしい」

「折れてた?」


 そう聞いて足下に目を向ける。

 赤く塗装された道しるべは金属製で錆にも強い材質だ。落石にでも当たらない限り、折れることなんてないはずだが。


「……魔物の仕業か?」

「その可能性が高いから注意しろって」

「わかった」


 今まで足下にだけ向けていた注意を全方位へと広げる。特に最後尾にいる俺たちが警戒すべきは背後だ。

 途端に緊張感で空気が張り詰め、自然と背筋が伸びる。

 そんな中、前進を再開しようとしたその直後。


「グオォオォオオォォオオオォオッ!」


 魔物の雄叫びが連鎖するように雪山に木霊した。


「早速、お出ましかよッ」


 姿を見せたのは真っ白な体毛に覆われた赤い顔面の獣たち、魔猿まえんだった。

 俺たちより高い位置にいる奴らの群れは雄叫びを合図に、雪山の斜面を滑り降りてきた。

 奇襲に加えてこの狭い足場で無数の魔猿を相手にするのはいくらなんでも危険すぎる。

 モーガン――いや。


「トウカ、足場を広げられるか?」


 そう問うとトウカはすぐに俺の意図を汲んでくれた。


解けない想い(フローズン・ワード)


 翳した手の平から冷気が放出され、狭い道幅が氷で大きく拡張される。

 足場が確保できれば滑落の二文字を考えずに済む。これでかなり戦いやすくなったはずだ。


「いい判断だ! トウカ! 各員、奴らを迎え撃て!」


 遠征隊長の言葉で全員が臨戦態勢を取る。

 俺も拳に炎を灯し、トウカに派生したデメリットを押しつけた。


「いい判断だってさ」

「カガリの手柄よ」

「二人のだ」


 迫りくる魔猿に拳を振り抜いて胴を穿ち、返り討ちにする。同時に拡張された氷の足場まで身を引き、波の如く押し寄せてくる魔猿たちを迎え撃った。


閃光のように(ライトニング)


 視界の端で紫電が迸り、それが稲妻のように駆ける。


「よし! どんと来い!」


 ウェインの魔法は稲妻を操る。閃光のように瞬いて、掻き消えるとすでに魔物は焼き焦げている。文字通り電撃的な速度で攻撃を繰り出すのがウェインの強みだ。昔と変わらずその速度に衰えはない。寧ろ、今のほうが速くなっている。


指先で紡ぐ芸術(ハンド・クラフト)


 その隣では雪が意思を持ったようにうねり、魔猿を次々に飲み込んでいた。


「本当にいい判断だったよ。ここじゃ僕の魔法も迂闊には使えない」


 モーガンの魔法は地形操作。強力だが場所を選ぶ使いどころの難しいものだ。この魔法でも足場を拡張することは出来たが、地形をいじる関係上、ここでは常に雪崩れの危険を伴う。

 やるなら今のように表面の雪を操作するくらいが精一杯。

 だからあの時、俺はモーガンではなくトウカに足場の拡張を頼んだ。


「なんとか、なりそうだな」


 奇襲を受けた時はどうなるかと思ったけれど、魔猿に遅れをとる遠征隊じゃない。

 冷静さを失わず各自、魔法によって魔猿を撃破している。命尽きた死体が次々に魔石と化して氷の地面に転がっていた。


「トウカ」


 名前を呼び、互いのデメリットを押しつけ合おうと地面を蹴る。それに応えてトウカもこちらを見た。

 次の瞬間だった。


「グオォォオオオォォオオオオオッ!」


 視野外から目の前に体格の大きい魔猿が降ってくる。それは着地と共に握り締めていた拳を氷の地面に叩き付けていた。陥没し、砕け、ひび割れる。それは考えうる限り、最悪の出来事。

 認識してからではもう襲い。


「カガリ――」


 拡張された氷の地面が局所的に崩壊し、その場にいたトウカが崖の下へと落ちていく。

 信じられないものを目にした気分だった。でもすぐにこれが現実だと思い知らされる。

 助けないと。俺が、トウカを。


「――トウカッ!」


 頭が雪のように真っ白になって、気がつけば叫んでいた。

 力の限りに地面を踏みつけ、全力で駆け出して握り締めた拳に火炎を灯す。


「邪魔だッ!」


 トウカを落とした魔猿に裏拳を叩き込み、その脇腹を打ち砕いて吹き飛ばす。そいつがどうなったかなんてどうでもいい。仕留めていようがいまいが関係ない。

 俺はそのまま脇目も振らずに足をまえへと進め続ける。


「待て! カガリ!」


 ウェインの制止の声も無視して、俺は自ら崖下へと向かって飛び降りた。

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