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二人の遠征


 ウェインは俺が遠征隊に入る以前、学生時代からの友人だ。

 人当たりがよくて成績優秀で非の打ち所がない真人間。先輩、後輩、同級生を問わず、よく女子生徒にモテていたのを憶えている。

 昔はよく連んでいたけれど、遠征隊に入ってからは疎遠になっていた。まぁ、俺が意図的に避けていたのだけれど。

 だって、格好が悪いだろ。同期はみんな遠征に参加して成果を上げて、レイクイーンに貢献しているのに俺は――俺だけが城壁周りで雑魚狩りだなんて。

 直視できなかったんだ、いろいろと。


「久しぶりだな! 元気してたか?」

「あぁ、まぁな。そっちも元気そうでなりよりだよ」


 ウェインは昔と変わらない様子で笑顔を振りまいている。

 まるでこの一年の空白がなかったかのように接してくれていた。

 すこし前の俺なら、その態度が辛かっただろう。惨めにすら思ったかも知れない。けれど、今は違う。トウカのお陰で穿ったりせず、素直に受け取ることができる。


「ここにいるってことは、噂は本当だったんだな!」

「噂? 噂ってなんだ?」

「知らないのか? 同期の中じゃ、もう知らない奴はいないんだぜ? カガリが復活したって」

「復活って」


 まぁ、そういう表現でも間違いではないのかも知れないけど。


「だから、カガリもここにいるんだろ? もう買い物は終わったみたいだけど……」


 ウェインの視線が買い物袋へと向かう。

 そしてはっとしたような表情をする。


「もしかしてスノーバールか?」

「どうしてそれを――もしかして」

「そう! 俺も今度の遠征でスノーバールに行くんだよ!」

「マジか」


 俺たちが買った物資や装備を見てわかったのだろう。

 今度の遠征にウェインも参加するらしい。なんたる偶然と思ったけれど、考えて見れば珍しいことでもない。同期のみんなも遠征隊として活躍しているんだ、同じ遠征先になる確率だって当然高い。

 毎回がちょっとした同窓会みたいなものだ。


「ついにカガリと遠征かぁー、ようやくだな! 遅いぜ、まったく!」

「あぁ、待たせて悪かったよ、ウェイン」


 ぱんっ、と乾いた音が響くほど強くハイタッチを交わす。

 じんとする手の平が前に進めた証のように思えた。


「ははっ――そう言えば、さ」


 ウェインが隣にきて首に軽く腕を回される。

 まるでひそひそ話でもするように。


「あの子が例のパートナーなのか?」

「あぁ、そうだけど」

「へぇー、ふーん」

「なんだ、その顔は」


 へぇあの子が、みたいな含みのある表情をしてくる。


「いや、思った以上に美人な子でお前にムカついてる」

「あのな」

「わかってるって。ただの戯れ言だよ」


 そう言うと笑いながら体を離した。


「ここで引き留め続けるのもなんだし、遠征の日を楽しみにしてるぜ! あぁ、そうだ。モーガンも次はスノーバールだって言ってたから、あいつにも連絡しとくよ。じゃあな!」

「あぁ、モーガンによろしく」


 嵐のようにやってきてそよ風のように帰って行った。

 次の遠征ではウェインと、それからモーガンも一緒か。昔に連んでいた三人が大集結か。初めてまともな遠征に参加するとあって不安があったけれど、ウェインに会ってそれも吹き飛んでしまった。

 あいつは相変わらず元気で良い奴らしい。


「人気者ね」

「羨ましいか?」

「えぇ、すこしね」


 ラスクの森での返答とは変わっていた。


「なに、友人くらいトウカにもすぐできるさ」

「だと良いけど。さぁ、帰りましょう」

「あぁ、そうしよう」


 必要な物資と装備を持って専門店をあとにする。

 それから数日が経ち、遠征日がやってきた。


§


 しんしんと降り積もる雪原を馬車の列が進んで行く。


「しかし、随分と目立つ色の防寒具だな」


 微かに唇を震わせながら、ウェインはそう言った。

 たしかに荷台の手前側から全体を見渡しても、俺たち以上に目立つ色の防寒具を着た隊員はいない。雪に紛れない程度の地味な色合いばかりだ。


「こっちのほうが都合がいいんだよ。吹雪の中でも互いを見つけやすいだろ?」

「そりゃそうだけどさ。目立つと狙われやすいぞ」

「あぁ、手柄が増えてラッキーだね」

「まったく、昔から変わらないな」


 ウェインがまた笑顔を見せたところで、手に持ったステンレスのマグカップに変化が起こる。

 すでに気温は氷点下、本当なら中身が凍ってしまう所だけれど、俺の手の内にあるコーヒーはぐつぐつと沸騰していた。俺が手の平で魔法を使い、直火に掛けていたからだ。


「ほらよ、ウェイン」

「うぅー、ありがたい」


 カップを受け取ったウェインは熱さと戦いながらコーヒーを啜っている。

 お湯の方が水より凍りやすい。まぁ、凍るほど放置もしないだろうけれど、速く飲まないと冷めてしまう。この環境でアイスコーヒーは勘弁だろう。お陰で火傷しそうになるのが、直火に掛ける玉に瑕なところだ。


「ふぅ」


 カップ一杯のコーヒーを湧かすと、すこし防寒着を脱ぎたくなる程度のデメリットが発生する。俺はそれを隣にいるトウカの肩に触れて押しつけた。


「平気か?」

「えぇ……なんとか。ありがとう」

「あぁ」


 俺たちの魔法は平熱にも影響を及ぼしている。俺の平熱は三十七度、トウカは三十五度だ。そのこともあって特にトウカは寒さに弱い。魔法を使用しなくても体温の低下が人よりはやく、俺がこうして適度に体温上昇のデメリットを押しつけている。

 やはりトウカにこの環境は辛そうだった。


「次、誰か要ります? ホットコーヒー」

「じゃあ、私のをお願い。カガリくん」

「よろこんで」


 先輩にあたる女性からカップを受け取り、底を持って魔法で手の平に小さな火を灯す。

 火力を間違えるとカップを変形させてしまうので意外と加減が難しい。


「世話を、かけるわね」

「いいよ、それくらい」


 辛いときに支えるのがパートナーの役目だ。


「はい、出来ましたよ」

「助かるー、ありがとー」


 あともういくつかのホットコーヒーを造る間に、馬車は目的地へと到達した。

 御者ぎょしゃが馬の足をゆっくりと止め、荷台から雪原へと足を下ろす。雪を踏み締める独特の音が鳴り、視界には白がちらついている。レイクイーンの周辺では決して見られない光景が広がっていた。

 流石に寒い。真っ白な景色を見ているだけで体温が下がりそうだ。

 トウカは大変だろうな。


「やあ、カガリ。この時を待ってたよ」


 不意に聞き覚えがある声がしてそちらに振り向く。


「よう、モーガン。久しぶりだな」


 昔懐かしい、と言ってもたった一年だけど、久しく見ていない顔がそこにはあった。

 モーガンは賢くて堅実な人柄で周りの信頼が厚い男だ。学生時代はよくモーガンに助けられた。宿題が終わらないとか、試験勉強が捗らないとか、いろいろと。

 その褐色の肌は防寒着で大半が隠れているが、一時期は毎日のように顔を合わせていた仲だ。見間違うはずもない。


「別の遠征先から直接こっちに来たんだって? 大変だな」

「そうでもないよ。あっちではただの控えだったから。でも、今回は違うぞ。僕も最前線だ」

「あぁ、お互いに頑張ろう」


 ぱんっとモーガンともハイタッチを交わして再会を喜び合う。


「ところで、随分と派手な防寒着だな」

「格好いいだろ?」


 そんな会話を交わしていると、召集が掛かり一塊となる。

 俺はすこし顔色の悪いトウカの隣に立ち、今回の遠征隊長の言葉に耳を傾ける。


「今回の目標は魔象まぞうの討伐およびその魔石の回収だ。体格が大きい分、難易度も高いが取れる魔石も巨大なものだ。必ず持ち帰り、レイクイーンの寿命を延ばす。各員、気を引き締めてかかるように、以上。では、十分後に出発とする」


 いよいよ俺たちの遠征が始まる。遠征隊長の言っていたように気を引き締めよう。

 視界に広がる雪山を前にして全身に力が入った。

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