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二人の始まり


 唐突な魔鳥の出現に言葉は途切れ、変わりに握り締めた拳に炎が灯る。

 デメリットはすでに相殺されていた。


「クアアアァァアァアアアァアアア!」

「――ひぃッ」


 靴底で小爆発を起こして勢いよく跳躍し、硬直する彼らの頭上を飛びこえて魔鳥の顔面に一撃を叩き込む。炎を宿した拳は顔面を穿ち、その巨躯を吹き飛ばす。そのまま倒れ込むかに思われたが、地面と接触する寸前に魔鳥の体が崩壊した。

 いや、違う。


「分裂ッ!?」


 巨躯を形成していたのは無数の小さな魔鳥だった。数多くが結合して一つになっていただけで真の姿は夥しい数の魔鳥の群れ。それらは川の流れのように固まって飛行し、一所でまた巨躯の魔鳥となる。

 そしてその漆黒の両翼を大きく、見せつけるように広げた。


「――防御しろ!」


 叫んだ瞬間、大翼か羽ばたかれ強風が押し寄せる。

 ただそれだけならいい。問題は風に乗った鎌鼬が、視界の中にある木々を斬り倒しながら迫って来ていることだ。

 不可視の刃がこちらに迫るまえに、右手を突き出して火炎を吐く。


心火を燃やして(ブレイズアップ)


 あまりに強い向かい風にも負けず、火炎を放射し続ける。

 風が吹けば炎は盛るが、それが強すぎれば吹き消されてしまう。

 だから、全力で火力を出し、身に迫る不可視の鎌鼬を焼き払った。


「――ハッ、ハッ……」


 強風がそよ風となり、鎌鼬の脅威が過ぎ去る。

 火炎の防御でどうにか無傷でやり過ごせた。たが、代償は高くつく。魔法を連続で使った上に、鎌鼬の焼却で火力を出し過ぎた。すぐに深刻な体温上昇が生じ、血液が沸騰したかのような感覚に襲われる。

 のぼせる。脳が茹だる。


「くっ……あんたら、はやく――」


 逃げろ、という言葉があとに続かなかった。俺の後ろにいた生徒の半数が、燃え残った鎌鼬によって負傷していたからだ。

 エリート校とはいえ、まだ学生か。防御が間に合わなかった。

 腕や足から血が滴り、制服に血で汚れている。無事な者が負傷者を引きずって逃げたとして、次の鎌鼬は捌ききれない。


「クアァアアァアアアアアッ!」


 そして、第二波が来る。


「あぁ、くそ」


 いけ好かない連中だけど見捨てる訳にもいかない。

 こっちは一年以上も先輩なんだ。未来の後輩を見殺しにできるかよ。


「来るなら来い!」


 俺の言葉に呼応するように強風が鎌鼬を乗せてやってくる。

 先ほど以上の火力を出そうと覚悟を決めた。しかし、その直後に足下に冷たいものが這う。それは地を覆うように広がる冷気。それが俺の眼前で凍てついて、巨大な氷壁を迫り上げた。

 途端に強風は遮られ、氷を斬り裂く音が連続して響いてくる。


「無事みたいね」


 気がつけばトウカ側に来ていた。

 とても白い息を吐いている。この氷壁を造るために、相当なデメリットが生じているらしい。


「長くは持たないわ」

「あぁ、そうだな」


 俺たちは背中合わせになって、互いのデメリットを押しつけ合う。

 体温調整に掛かる時間は数秒。氷壁はその数秒を見事に耐えしのぎ、役目を終えると粉々に砕け散る。降り注ぐ氷の雨から垣間見えるのは、こちら睨み付ける鋭い眼光だった。

 自慢の鎌鼬が通じないとみて、こちらを警戒しているみたいだ。


「まずは怪我人を安全な場所へ、だな」

「えぇそうね。緊急事態だもの、私情は挟まないわ」


 トウカはかなり根に持っているみたいだった。

 当然だ、俺だっていい印象はない。

 でも、遠征隊は仲間を見捨てない。こんな俺たちでも隊員の端くれだ。命は守ってやらないと。


「おい、あんたら」

「な、なんだよっ」

「怪我人を連れて行け。あいつは俺たちで抑える」

「い、いいのか? 僕たちは――」

「聞き返さないでくれ、時間の無駄だ」

「……わ、わかった。みんな、行くぞ」


 睨み合いの最中、生徒たちが移動を開始する。こちらが動き出せば、あちらも動く。両翼で力強く虚空を掻いた巨躯の魔鳥がこちらを目がけて突っ込んで来た。

 それに合わせてトウカの氷壁が迫り上がる。軌道上に生じた障害物を躱そうと、今一度漆黒の翼が羽ばたかれる。地面に風を叩き付け、その胴体がふわりと持ち上がる。氷壁を飛びこえて、向こう側へ。

 そこを狙い、俺は頭上に跳んでいた。

 靴底の小爆発による大跳躍。その勢いをそのまま乗せて拳を振り上げた。狙いもタイミングも完璧だった一撃は的確に魔鳥を捉え、拳に灯した火炎によって燃やし尽くされる。

 そう、分裂したうちの一羽だけを。


「くそ、またか」


 一撃を加えた瞬間に分裂され、無数の群れとなって氷壁を越えられてしまう。

 魔鳥たちが狙う先は決まり切っていた。手負いの獲物ほど追い詰めやすい。川の流れのように固まって飛行し、向かう先は逃げている生徒たち。


「させるかっ」


 額に汗を掻きながら氷壁に足を掛け、靴底で小爆発を起こす。熱で氷が崩れたが、もう用済みなので関係なし。高い位置から一直線に生徒たちのもとへと向かい、その頭上で魔鳥の群れの中へと飛び込んだ。


「プレゼントだッ!」


 両の手に炎を灯し、手の平に拳を打ち付ける。衝撃と共に弾けるのは大爆発。俺を中心として全方位に向けて拡散する爆風と熱が魔鳥の群れを引き飛ばした。


「十は……やれたか?」


 転がるように着地して、すぐに顔を持ち上げる。十ほどの魔石が落下するのが見えた。

 魔鳥たちは散り散りになって舞っているものの、その数は減った気がしない。鎌鼬によって木々が斬り倒されて見えるようになった空を覆い隠すように魔鳥が飛び交っている。

 十や二十では焼け石に水か。でも、これで生徒たちは逃げ切れるはず。


「あっつ……」


 俺もトウカも大きな魔法を使っている。体温にも余裕がない。となれば、やることは一つだ。上空の魔鳥たちの様子を窺いつつ、足を後ろへと運んだ。その動作が引き金となったのか、上空の魔鳥たちが一斉に翼を広げて黒い羽根を撒き散らす。


「あぁ、不味い」


 煽られて発生する強風と、それに乗って迫る小さな鎌鼬。巨躯から繰り出されるそれより威力は劣るものの、その鋭さは健在。的を外れて落ちた鎌鼬が地面を抉り、その切れ味を証明する。

 人体に当たればただでは済まない。それが雨霰のごとく上空から降ってきた。


「トウカッ!」


 名を叫んで地面を蹴り、両の拳に火炎を灯す。また体温が上昇するが、使わなければ八つ裂きだ。身に迫る鎌鼬を拳の炎で打ち砕き、トウカとの距離を詰める。しかし、いかんせん数が多く、すべては捌ききれない。

 腕を、足を、腹を、頬を、鎌鼬が掠めていく。

 痛みに耐え、それでも怖れず足を進め、ようやくトウカの側まで駆け寄った。

 白い吐息は一段と白く、肌も青ざめている。

 事態は深刻、互いに同じ。もはや言葉はいらず、視線だけを合わせて、俺たちは互いに背中を預け合った。


「行くぞ!」

「えぇ!」


 体中に溜まった魔法のデメリットを押しつけ、押しつけられる。

 そのままデメリットを相殺しつつ、上空の魔鳥へと反撃を繰り出す。周囲に灯した複数の火球を操り、群れの中へと投げ入れて破裂させる。

 拳に火を灯すよりもデメリットの負荷が大きいが、それは直ぐさまトウカから押しつけられる体温低下によって相殺された。

 この状態を維持できれば、魔法は実質撃ち放題だ。浴びせられる鎌鼬への対処も容易。周囲には黒く焼けた地面と、小規模な氷壁が次々に発生していた。


「にしてもッ」


 先ほどから何十と魔鳥を撃ち落としているのに、トウカも同じくらい仕留めているはずなのに、本当に数が減ったようにみえない。

 地面には小ぶりとはいえ多数の魔石が落ちているが、空にはまだうようよと蠢くほどに生き残りがいる。

 いったいいつになったら倒し切れるんだ。


「クアァァアアァァアァアァアアッ」


 不意に聞こえた号令のような鳴き声、それを機にぴたりと鎌鼬の雨が止む。

 何事かと身構え、すぐにことは起こる。魔鳥たちは空中で一塊となると一羽の巨躯となり、こちらに突っ込んでくる。


「痺れを切らしたか」


 向かってくる魔鳥に火球を放ち、トウカは氷壁を迫り上げる。

 だが、弾けた火球は表層の十数羽を削っただけに終わり、氷壁はその鋭い鉤爪によって意図もたやすく破壊されてしまう。

 目と鼻の先にまで届く鋭利な鉤爪を前に、俺たちは回避を余儀なくされた。

 転がるように躱してすぐに耐性を立て直すと、トウカと別方向に逃げてしまったことに気がつく。いや、そう仕向けられたんだ。


「引き離されたッ」


 これが狙いだったんだ。

 それを証明するように魔鳥は巨躯を捨てて再び分裂し、俺たち二人を個別に囲む。

 デメリットの相殺に気づかれたのか、それとも生物の本能として最適解を選んだのか。どちらにせよ、はやくトウカのもとに向かわないとこの数は捌ききれない。


「クアァアアァアァアアアアアッ!」


 ただそれを魔鳥が許してくれるはずもない。

 互いに近づこうとすれば妨害され、鎌鼬の乱舞に襲われる。それから身を護るには魔法を使わざるを得ず、更なる窮地に追い込まれてしまう。


「くそッ」


 鎌鼬の対処だけで体温が上昇してしまう。使い続ければ深刻化し、動きが鈍るどころか自滅する。事は一刻を争う。なんとしてでもトウカのもとに辿り着かなければならない。

 なら、やることは一つだ。


「上等だッ! トウカッ! デカいの一発食らわせるぞ!」


 名を叫び、防御を止めて右手に火力を集中させる。鎌鼬が身を斬り裂いて過ぎていくが構わない。火力の充填は終わった、デメリット度外視の一撃を食らわせてやる。


「食らえッ!」


 拳を突き出し、解き放つ最大火力の火炎放射。トウカに向けて放った火の一条は魔鳥を焼き払って突き進み、そして冷気の嵐と衝突する。

 向かい側にいるトウカも答えてくれていた。

 けれど、火炎が冷気と接触した瞬間、力尽きるように魔法が掻き消える。体温上昇のデメリットが頂点に達し、人体の機能が著しく低下したからだ。

 めまい、吐き気、頭痛、乾き、呼吸障害、筋肉弛緩、感覚麻痺、平衡感覚の喪失、意識混濁。あらゆる症状が一気に現れ、立っていることさえままならない。

 朦朧とする意識の中、倒れゆく体からそれでも一歩を踏み込み、跳ぶ。

 靴底で弾ける最後の魔法。爆風に背中を押されて辿り着いた先で、俺と同じく平衡感覚を失い、倒れる寸前だったトウカを抱き留めた。


「まだ……行けるだろ、トウカ」

「えぇ……もちろんよ、カガリ」


 互いに強がりを言って背中に手を回し、抱き締め合う。

 自身のすべてを知られてしまいそうなほど、相手の鼓動が聞こえてきそうなほど、密着し合い、体温が混じり合う。背中に冷たい感覚が這い、腕の中にいるトウカが思ったよりも小さいことを知る。

 その華奢な体が怖ろしいほど冷たくて、儚くて、思わず腕に力が入る。

 そして互いにデメリットを押しつけあった。


「クアァアァアァアアアアァァアァアァアアッ!」


 魔鳥が鳴き、全方位から鎌鼬が飛んでくる。

 だが、その時にはもう体温調節は済んでいた。


「このままでいいか?」

「えぇ、このままで」


 俺たちは互いに右腕だけを離して、ぴんと伸ばした。

 その手の平から放つのは一人では決して出せない威力の火炎。それは視界に映るすべての鎌鼬を焼却し、魔鳥の群れに牙を剥く。

 俺たちのような欠陥魔法持ちはデメリットの関係上、魔法の出力を制限されている。これ以上の威力を出すと体温が人体の許容を越えて死にいたる、という一線だ。

 だが、上がった体温がその瞬間から相殺されるなら話は別だ。

 二人でなら限界を超えられる。一線を越えて最大ではなく最高火力を出せる。


「――ッ」


 寒い。トウカの体温低下が凄まじくて相殺し切れていない。うかうかしているとこっちが凍え死んでしまう。だから、ありったけの火力を出し尽くす。自分でも知らない限界を超えた先にあるものを見に、俺は最高火力の火炎を吐き出した。


「クアァァアアアァァアァアァアアアアッ!?」


 火炎が踊り狂い、冷気が乱れ舞う。

 触れる者すべてを焼き尽くし、凍てつかせる相反する二つの奔流。それが互いを求め合うように絡み、二重螺旋を描いて天を衝く。

 呑まれた魔鳥が辿るのは焼死か凍死、どちらにせよ末路は同じ鉱物だ。

 俺たちの魔法が役目を終えて掻き消える。雲一つない晴天のもと、そして魔石の雨が降り注いだ。


「はぁー……」


 死闘の終わりを実感し、気が抜けて大きな息を漏れる。

 耳元でトウカの息づかいも聞こえてくる。

 本当によくやったよ、俺たちは。


「ありがとな。俺の無茶に付き合ってくれて」

「礼なんてしなくていいわ。考えていたことは同じだったから」

「そうか、ならよかった」


 小さく笑って密着していた体を離し、トウカと向き直る。


「さて、どうしたもんかな。この量の魔石は」

「そうね。拾い集めるだけで日が暮れそう」

「とりあえず、必要分だけ集めて――」


 そう話していると鎌鼬の魔の手から逃れていた周辺の木々から人が飛び出してくる。

 俺たちの側に着地したのは、このラスクの森に入る際に見送ってくれた教師だった。彼は目を丸くした様子で周囲を見渡し、最後に俺たちを見た。


「君たちが、あれを?」

「えぇ、まぁ」

「……そうか。私の手伝いは不要だったようだな」


 すこしだけ、来るのが遅かったな。


「あぁいや。是非、手伝ってください」

「んん? いったいなにを?」

「魔石拾い」


 そうしてレイウォール卒業試験は幕を閉じた。

 大量の魔石を抱えて帰還した俺たちの成績はぶっちぎりのトップ。遠征隊員の先輩としての威厳を見せられたように思う。まぁ、それでも急に尊敬されたりすることはなく、相変わらずアウェーな空気だったのだけれど。

 寧ろ、余計な恨みを買ったような。まぁ、それはさておき、あと例の生徒たちに謝られた。


「本当に申し訳ない!」


 結局のところ彼らは一人も卒業試験に合格できなかったらしい。

 彼らの行動になんらかの罰が必要なら、それが罰だろう。

 俺たちは素直に謝罪を受け入れて許すことにした。ずるずる引きずるよりすっぱりと終わらせたほうが互いのためだ。俺たちは問題なく合格できたわけだし。


「――これで正式な遠征にも参加できるな」


 卒業試験も終わり、撤収作業を教師陣が行う中、俺たちは一足先に馬車に向かっていた。


「これでようやく……」


 報われる。

 地の底を這いずるような一年も無駄じゃなかった。


「これからよろしくな、トウカ」


 歩く速度を速めてトウカの前に立つ。

 すると、トウカはふっと小さく笑ってくれた。


「こちらこそよろしく、カガリ」


 互いに伸ばした手を握り合う。

 ここからが本当の始まりだ。

第一章を通過して次話からは第二章です。

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