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二人の卒業試験


「そうか、そうか。やっぱり俺の見立ては間違ってなかったか」


 にっこりとした笑顔でラットンさんは言う。

 ただ、その笑顔は俺たちに向けられたものじゃない。両手に抱えた小さな赤ん坊に対してだ。ほかにも二歳三歳くらいの子供が数人、この部屋中を暴れ回っている。

 立派なオフィスが託児所と化していた。

 俺はもう見慣れたものだけれど、トウカは面食らっているようだ。


「ミシェルさんのお子さんでしたっけ?」

「あぁ、まだ生まれて三ヶ月くらいだ。ほら、こんなに手が小さい」


 ラットンさんの大きな指を、小さな手が掴んでいる。


「たしかシャロンさんも妊娠中だとか」

「あぁ、この子にもすぐ弟が出来るな」

「ベイビーラッシュですねぇ」


 なんとも気概のある人だ。この人ほど一夫多妻、多夫一妻の制度を活用している者はいない。記憶が正しければ六人の妻がいたはず。ちなみに子供はそろそろ二桁になろうとしている。

 大変なことだ。


「しかし、なぜハグが出来ないのかね。挨拶みたいなものだろう。俺の若い頃なんかは――」

「あーはいはい、その類いの話は聞き飽きました。それより遠征の話ですよ、遠征」

「おおっとそうだった」


 当初の目的を思い出したラットンさんは、そっとベビーベッドに赤ん坊を寝かせた。


「お前たちにはまず自身の有用性を証明してもらう」


 俺たちの有用性。


「最初の遠征先はひよっこ御用達のラスクの森だ」

「ラスクの森? それにこの時期ってことは……」

「あぁ、今回はお前たちはレイウォール校の卒業試験に同行することになる」

「げぇ」

「いま顔をしかめたな? まぁ、気持ちはわかるがな」


 顔をしかめたくもなる。


「なにか問題でも?」

「問題ってほどでもないんだけどさ」

「レイウォールは有名なエリート校だ。優秀な遠征隊員を何人も輩出している。だが、生徒の評判があまりよくなくてなぁ。言葉を選ばずに言うなら、選民意識が強い」

「俺たちは場違いな所へお邪魔するってことだ。まずいい顔はされないな」

「あぁ、そういう」


 実際、何度かそういうことを経験したしな。

 特に俺みたいな一年も燻ってたような奴は格好の的だ。

 せめてトウカが同じ目に遭わないようにしないと。


「遠征は三日後。レイウォールの卒業課題を二人にもこなしてもらう。そつなくこなせば一人前の遠征隊員だ。俺がどこへでも好きなところへ送ってやる」

「よっし。やってやる!」


 手と拳を合わせて気合いをいれる。

 夢が叶う日まで、あとすこしだ。


§


 草原に伸びる土色の道に轍を刻み、馬車の列は進んで行く。

 エリート校、レイウォールが用意した物とだけあって乗り心地は悪くない。屋根のお陰で直射日光は避けられるし、吹き抜けで風が気持ちいい。座席もふかふかで尻を痛めずに済みそうだ。

 ただ居心地は途轍もないほど悪かった。

 最奥にある角から見渡した馬車の内部は剣呑としている。

 卒業試験に向かう緊張から、というのもあるのだろうけれど。一番の原因はこの場にいる俺たちの存在だろう。どうして俺たちみたいな奴がこの馬車に乗っているのか。

 それが言葉にせずとも漂う雰囲気で伝わってくる。


「わかってはいたけど、歓迎されないな」

「周りなんて関係ないわ。私たちは私たちで求められた成果を出せばいい」


 トウカはこんな雰囲気の中でも、いつも通りの自分を貫いていた。

 その言葉や声音からは芯の強さが見て取れる。


「そうだな」


 肘をついて外を眺め、風が頬を撫でていく。

 視界に納めた景色は伸びでいく轍に応じて少しずつ姿を変え、すでに遠くには鬱蒼とした森が見えていた。

 あそこが遠征先であるラスクの森。レイウォールの卒業試験における合格率は八割ほどだと言われている。残りの二割は単純に失格となったか、命を落としたかのどちらか。

 比較的、難易度が低いとされるラスクの森でも安全という訳ではない。

 気を引き締めて望むとしよう。


「――これより卒業試験を開始する」


 レイウォールの教師が生徒の前でそう宣言をする。

 それを合図に規則正しく並んでいた生徒達がぞろぞろと移動を開始した。何班かに別れて時間差で森へと入っていく。卒業試験にお邪魔している俺たちの順番は当然ながら最後だ。

 暇なうちにストレッチでもしておこう。


「ねぇ、あの人って」

「あぁ、あの雑魚狩りの人だろ」

「なんで私たちの卒業試験に……」

「場違いにも程があるだろ」


 足を伸ばしていると、こそこそと陰口が聞こえてくる。


「歓迎されていない割には人気者みたいね」

「羨ましいか?」

「いいえ、とんでもない」


 まぁ、一年も城壁の周りをうろちょろとしていたんだ、蔑称の一つや二つくらいあるだろう。時には面と向かって言われたこともあったし、この手のことには慣れたものだ。


「心配しなくても俺は冷静だ。怒りで判断が鈍ったりはしねぇよ」

「そう。なら、よかった」


 こんな下らないことで人生を棒に振るなんて馬鹿げてる。


「次、キミたちで最後だ」


 しばらくしてようやく順番が回ってくる。


「キミたちは我が校の生徒ではないが、無事に戻ってくることを祈っている」


 たとえ社交辞令でもありがたい言葉だった。


「それはどうも。ありがとうございます」


 お礼を言って森へと進む。

 俺たちの将来を懸けた遠征がついに本番を迎えた。


§


「一人につき十キロの魔石が合格ラインか」


 乱雑に生えた木々を躱して進みながら考えを巡らせる。


「すこし前にノルマで集めた分の魔石で、一人七キロくらいだったわよね」

「あぁ、いつも集めている量よりも多い。それに制限時間が日暮れまでで、開始時間が昼下がりと来たもんだ」


 時間があまりない。

 はやいところ魔物を見つけて狩っていかないと、目標まで届かないかも知れない。


「トウカと一緒でよかったよ」

「え?」

「一人なら絶対無理だった」


 確実に時間切れだ。将来も断たれていた。


「……それは私も同じよ」


 そう言うとトウカは視線を正面へと向けた。釣られてそちらへと目を向けると、低く唸る魔狼の群れがこちらを睨み付けていた。


「向こうからお出ましくださるとは、手間が省けたな」

「まずは六個、魔石を回収しましょう」


 炎を灯し、冷気が漂う。

 俺たちは魔狼の群れに向けて魔法を唱えた。


「――ふいー」


 背中合わせになって互いに支え合い、デメリットを押しつけ合う。

 トウカの背中から冷たさが伝わり、上昇した体温が平熱に近づいてるのが実感できた。

 雑嚢鞄の中身は目標の八割ほどの魔石が入っている、トウカも同じくらいだ。俺たちは二人で一人なので、目標の二倍多く集めなければならない。普通の生徒ならとっくに終わっているけれど、俺たちにはまだ足りていなかった。


「あと一時間ちょっと……ってところか」


 枝葉の天井から垣間見える太陽の位置を見て残り時間を計る。

 すでに八割は達成済みだから、日暮れにはギリギリ間に合いそうだ。


「もう大丈夫そう?」

「ん? あぁ、大丈夫そうだ」


 体温が平熱に戻ったところで背中を離し、周囲に散らばっていた魔石を回収する。

 森は視界が通らず、いつ魔物と遭遇するかわからない。だから、今回は魔石の回収よりも体温調整を優先して行っている。回収が数秒ほど遅れても、魔石に足が生えて逃げたりはしないから。


「よっと」


 足下の魔石を拾い上げようとして、視界の端に鈍い輝きを見る。

 瞬間、反射的に拳を握り、炎を灯し、飛来するそれを裏拳で殴りつけた。確かな感触とともに砕け散るのは、拳ほどの大きさをした氷の礫。トウカを想起させる飛来物だが、彼女が俺を攻撃するメリットはない。

 ということは。


「誰だ」


 体温が上昇するのを感じつつ、飛んできた方向に目をやった。

 すると、木の陰から数人の生徒が姿をみせる。観念して出てきた、という訳では当然ない。彼らの表情を見るに姿を晒した理由は戦力差を見せつけるためだ。


「悪いことは言わない。魔石をおいて立ち去れ」


 生徒のうちの一人が代表して、そう要求してくる。


「魔石って、この散らばってる奴か?」


 わざと戯けてみせる。

 トウカが俺の側まで近づいて来ているからだ。


「違う! お前たちが集めた魔石を全部だっ」


 トウカが俺の隣に立ち、手と手が微かに触れ合う。微かに冷気を身に纏う彼女の意図はすぐに理解できた。

 氷の礫を砕くために使った魔法のデメリットを連中にバレないようにトウカに押しつける。

 ただ接触面積の関係で、平熱に戻すには時間がかかるな。


「どうして人から奪うんだ。そんだけ人数がいれば安定して魔物が狩れるだろ」

「それは……」

「あぁ、全員分の魔石が用意できそうにないのか。もうすぐ時間切れだもんな」


 そう言うと、彼は図星をつかれたような表情をした。


「……黙れよ」

「迂闊だったなぁ。団体行動は時間を食うから、制限時間内に遭遇する魔物の絶対数も減っちまう」

「黙れって」

「このままだと仲間内で魔石の争奪戦だ。そうなるくらいなら余所から拝借したほうがいい。幸い人数は多いし、この卒業試験には恰好の的がいる」

「……」

「余所者が相手なら罪悪感は湧かないか?」

「――うるさいっ!」


 話していた男子生徒から魔法が飛んでくる。鋭く研ぎ澄まされた水の刃だ。それは俺のすぐ側を掠めていくと何もない地面に傷を刻みつけた。


「すぐに魔石を置いてここから去れ! 次は当てるぞ! 冗談じゃないからな!」

「あぁ、冗談じゃないね」

「な、なに?」

「聞こえなかったのか? ふざけんなって言ったんだよ」


 思わず拳を握り締めていた。


「あんたらと同じだ、俺たちも将来が懸かってる。おいそれと集めた魔石を渡せるかよ」


 きっとトウカも同じ気持ちだ。

 交戦か撤退戦を意識していなければ、この局面で俺に生じたデメリットをで打ち消しにはこない。


「ど、どうすんだよ……」


 引かず、立ち向かう。その俺たちの判断に生徒たちは戸惑いをみせていた。


「……本当に、戦うの?」

「は、話が違う。脅すだけでいいはずだろ」

「魔法を人に向けてなんて……」

「ちょっと黙っててくれ!」


 脅せば素直に魔石を差し出すと、そう甘く考えていたのかも知れない。なんにせよ、あの様子では本気で対人戦をやろうとは思っていなかったようだ。


「わ、わかった。なら半分でいい」

「はぁ? 冗談だろ。誰がそんな話に乗るって――」


 舞い落ちる黒い羽。彼らの背後に現れる巨大な怪鳥。

 思いがけない乱入者にその場にいる誰もが漆黒の翼に目を奪われた。

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