二人の夕飯
トウカの家は年季の入った木造建築の一軒家だった。
「散らかってるけど、どうぞ」
「あぁ、お邪魔します」
引き戸の玄関から室内に入ると、奥のほうからどたどたと足音が聞こえてくる。
「おねぇちゃー……あれ?」
廊下から駆け寄ってきたのはトウカの弟と妹の二人。四人姉弟らしい。弟のほうはナオトよりも背が低く、妹と同じくらいの背丈をしている。
二人は見慣れない俺の顔をみると、きょとんとして首を傾げた。
「おにいちゃん、だぁれ?」
「お姉ちゃんの仕事仲間よ。ほら、挨拶して」
「こんにちは!」
「あぁ、こんにちは」
勢いよく二人の頭が下げられ、こちらも頭を下げて返す。
「ナオトと一緒に運んでくれる?」
「うん!」
差し出された買い物袋を抱えて三人は廊下の奥へと運んでいった。
引きずっていかない当たり、いつも手伝いをしているみたいだ。
「いい子たちだな」
「まだまだ手が掛かってしようがないけどね」
その表情は優しいものだった。
「来て、こっちよ」
靴を脱いだトウカは玄関側の引き戸を引く、その先は和室になっていた。
追いかけて畳の上に足を置くと、トウカは箪笥から着替えを取り出していた。
「お父さんのだからサイズは合うと思うけど」
そう言いつつ、トウカから手渡される。
「着替えたら声を掛けて」
受け取るとそのままトウカは和室を出て引き戸を閉めた。
「……どうしてこうなった?」
同僚の家でその親父さんの服に着替える。
この場面だけを切り抜くと訳のわからない状況だ。
とはいえ、ここまで来たら着替えないわけにもいかないので、しようなく買い物袋を置いて汚れたジーンズから履き替えた。
「大丈夫そうだ。腹回りがちょっと緩いけど」
そう声を掛けると引き戸が引かれる。
「よかったわ。じゃあ、それ。預かるから」
「……わかった、持ってけ」
手が伸ばされてしまったので、しぶしぶトウカにジーンズを渡した。
同僚に洗濯物を洗ってもらうって言うのも、なんだかな。
「すぐに洗って返すから、居間で待ってて」
「あぁ」
渡したジーンズを持ってトウカが和室から出て行く。
「妙な感じだ」
おろしたての衣服を身に纏った時の慣れない肌触りを足に感じつつ、買い物袋を拾い上げてから和室をあとにする。そうして廊下を渡って居間の扉に手を掛けて押し開くと、連携して食材を冷蔵庫に詰める子供たちがいた。
「それはつかうやつ!」
食材が買い物袋の中に戻される。
「じゃあ、これは?」
「それも!」
また戻された。
今日、鍋にする食材以外のものを冷蔵庫に入れているみたいだった。
それもちょうど終わったようで、ばたんっと勢いよく冷蔵庫が閉じられる。
あれをトウカの前でやると怒られるんだろうな、と容易に想像がついた。
「あ、おにいちゃん」
踏み台にしていた椅子からナオトが下り、弟と妹を連れてこちらに駆け寄ってくる。
「あのね、あのね、ぼくのおとうとと、いもうとだよ!」
「マコトです!」
「サキです!」
「おお、そうか」
二人に合わせて膝を折る。
「俺はカガリだ。よろしくな、マコト、サキ」
二人の頭を撫でると、髪がとてもさらさらしていた。
「きちんと自己紹介できたみたいね」
撫で終わって立ち上がると、ちょうどトウカが戻ってくる。
「それじゃあ台所を借りるとするか」
買い物袋から食材を取り出しつつ、トウカと二人で台所にならんだ。
「包丁は……」
「これを使って」
「まな板は」
「ここよ」
「計量カップ」
「それはここね」
「調味りょ」
「はい」
自分の家の台所とは勝手が違うので、トウカに色々と教えてもらいながら進めていく。台所を借りたからと言って、特別なことはしなかった。ただいつも通りに、なんの変哲もない鍋を造れば、それで完成だ。
「出来たぞー」
「わーい」
食卓の中心に鍋を置いて取り囲む。
食器類はすでに子供達によって並べられていた。
「いただきます!」
声を揃え、子供達が我先にとお玉を奪い合う。
その光景を微笑ましく眺めていると、その裏でトウカが静かに居間を後にした。
鍋を仕込んでいる最中、トウカは片手間に別の料理を造っていた。体にいいとされるものばかりを使った、食べやすい具だくさんのスープ。それを持っていった先は、たぶん母親がいる部屋なのだろう。
子供たちと食卓を囲めないくらい、病状は悪いみたいだ。
「おいしー!」
なんて事情を考えていると、子供たちから嬉しい感想が聞こえてくる。
喜んでくれているみたいだし、作った甲斐があったというもの。そろそろ俺も食べようとお玉に手を伸ばした。
「カガリ。ちょっと来てくれる?」
が、届かないまま手を下ろすことになる。
「ごめんなさい。食事の途中なのに」
「いや、別に構わないけど」
居間をあとにして向かったのは、階段を上った先にある部屋。
トウカが扉を軽く叩いてノックする。
「お母さん。入るね」
開かれた扉の先に入ると、まず敷かれた布団が目に入る。
続いて横になっているトウカの母親が視界に映った。
「ごめんなさいね、こんな格好で」
ゆっくりとした動作で彼女は上体を起こした。すぐにトウカが側についてそれを手伝う。
顔色が悪く、痩せていて、声もか細い。俺が想像していた以上に、病状は重いもののようだった。
「あなたがカガリくんね」
「えぇ、はじめまして」
目線を合わせるために正座をして返事をする。
「娘がお世話になっているようで」
「いえ、こっちが助けられてばかりですよ」
地べたを這いずり回っていた俺を掬い上げてくれたのはトウカだ。
「ふふ、あなたがいい人でよかった」
「あ、あはー……そうですかね」
真っ直ぐに褒められると、受け流せなくて返答に困った。
「今日はどうしてもあなたに直接お礼が言いたかったんです。遠征ではトウカの命を救っていただいて、ありがとうございます」
あのこと、トウカは話したのか。
「いえ、礼には及びませんよ。持ちつ持たれつですから、逆に俺が救われることだってあるはずです。そのたびに礼だなんだって言ってたら、切りがありませんよ」
遠征隊とは、パートナーとは、そういうものだと俺は思っている。
「俺たちは礼のいらない関係でいいんです」
「……そう」
彼女はそう呟くとトウカのほうに視線を向ける。
「トウカちゃんの言ってた通りの子ね」
「言ってた通り?」
「なんでもないわ。なんでもないの」
そう言う割には視線を合わせてくれないのはなぜだ?
「これからも娘をよろしくおねがいしますね。カガリくん」
「はい。どんな遠征からでも必ず二人で戻ってきます」
そう返事をすると彼女は満足そうに微笑んだ。
「さぁ、話は終わりよ。行きましょう。カガリ、立って」
「お? おう」
引っ張られるように立ち上がって、部屋の外へと連れ出される。
「じゃあね、お母さん。きちんと全部食べてね」
「えぇ、わかってます」
最後に楽しそうに笑った姿を見て、扉は閉められた。
「お腹が空いたわ。はやく鍋を食べましょう」
「あぁ、そうだな。ところで言ってた通りって――」
「はやく行かないと折角の鍋が冷めてしまうわ」
そう言ってトウカは階段を駆け下りていく。
これは聞き出せそうにないなと諦めて、俺も居間へと急いだ。
「あ、うまい」
ちなみに鍋の出来は想像以上によかった。
§
日が暮れて星々が顔を見せ始めたころ、俺は綺麗になったジーンズを履いていた。
やはり履き慣れたこっちのほうがいい。そう思いつつ玄関の引き戸を引いて外に出る。
「今日はありがとう、カガリ。夕食からナオトたちの遊び相手まで」
「気にするな、なんだかんだ俺も楽しかったよ」
疑似的にでも久々に家族ってものを感じられた。
夕食はいつも一人で賑やかさが恋しかったのかも知れない。
「じゃあまたな」
「えぇ、また」
軽く手を振り、トウカ宅をあとにする。
腹も心も満ちて、社宅までの帰路についた。




