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二人の出会い


 ぴゅうと吹いた風が草原を撫でる。視界の端から端まで波打つように揺れる光景の中、それに逆行するように走る一筋の線。それは蛇行を繰り返しながらこちらへと迫り、跳び出してくる。

 強靱な四肢で跳ねたのは、美しい毛並みを靡かせた一体の魔物。鋭い視線でこちらを射貫き、牙を突き立てようと大口を開く。

 それに合わせて、こちらも魔法を唱えた。


心火を燃やして(ブレイズアップ)


 右手の拳に炎を宿し、迫りくる魔物の顔面へと振り抜いた。

 火の粉が舞い、鮮血が散る。顔面を焼かれて穿たれた魔物は、地面に叩き付けられて命尽きる。振り抜いた拳から炎が掻き消えると、ゆっくりと体勢を正す。

 そして魔法を使ったデメリットとして、急激に体温が上昇した。


「あっつ」


 口を突いて出た言葉と共に、身に纏う隊服を脱ぐ。汗が滝のように流れ、全身が軽く茹だったような感覚に襲われる。まるで炎天下で激しい運動でもしたあとのようだった。

 この季節、空に輝いている太陽の光はまだ優しいというのに。


「嫌になるな」


 愚痴を言いつつ、腰から下げていたタオルで汗を拭う。そうしている間にも、魔物の亡骸に変化が起こった。

 折り畳まれ、圧縮され、血も肉も骨もない、一つの鉱石に成り果てる。変貌を遂げ、地面に転がった魔石を拾い上げると、腰に巻き付けた雑嚢鞄の中へと放り投げた。


「ノルマ達成っと」


 集めた魔石の数は十五個。

 早朝の涼しい時間帯から休みを挟みながら、なんとか昼下がりには終えられた。魔法によるデメリットがなければ、もっと楽に終わるのにな。


「ふぅー……」


 すこし強めの風が吹いて、火照った体を撫でていく。

 こうして風を感じていると時々疑わしくなってくる。この空気が瘴気に満ちていて、人が住めない環境だなんて。


「……帰るか」


 帰路に付こうと脱いだ隊服に袖を通して振り返る。視界の半分を占めるのは背の高い大きな壁だ。その白い壁面を視線でなぞり、出入り口である大門へと目を向ける。

 すると、ちょうど音を立てて開いた。出てくるのは遠征隊が率いる馬車の列。これから遠出して魔石を取りにいくのだろう。

 馬車の隙間からは俺と同じ隊服を身につけた人が垣間見えた。

 隊員になると、速ければ数週間であの馬車に乗ることになる。

 隊員になって一年ほどが経つ俺はまだ乗ったことがない。


「はぁ……」


 大きな溜息を吐いて、閉まりつつある大門へと足を動かした。


「よう、さっき遠征隊が出て行ったぜ」


 この一年間で顔なじみになってしまった番兵がそう声を掛けてくる。


「あぁ、さっき見てた」

「気の毒になぁ、遠征隊なのに遠征できないなんて。くくくっ」


 毛ほども気の毒には思っていなさそうな口振りはいつものことだった。

 普段なら気にもせずに通り過ぎるのだけど、今日は虫の居所が悪かった。


「ありがとう、気の毒に思ってくれて」


 そう言いつつ番兵の肩に手をおいた。

 そして魔法の使用により発生したデメリットの一部を、手の平を介して番兵へと押しつけた。


「あっ、あつぅッ!」

「俺からの気持ちだ。受け取ってくれー」

「お前なぁ!」


 急いで装備を外して衣服を脱ごうとする番兵を尻目に、内と外を分ける境界線を踏み越えた。



 この城郭都市レイクイーンの中心には、なによりも重要な施設が建っている。

 エントランスに足を踏み入れると、スタッフの往来に紛れてちらほらと隊員が見えた。新人なのか雰囲気に呑まれて背筋がぴんと伸びている。そう言えば俺も昔はそうだったなと思いつつ、拾い集めた魔石を提出しにいった。


「はいー、ノルマ達成ですねー」


 ゆったりとした口調が特徴的なお姉さんに魔石を渡し、今日一日の仕事が終わる。

 毎度のことながら汗が凄い。すぐに帰宅して冷たいシャワーを浴びないと。


「おーい、カガリ」


 エントランスを歩いていると、ふと名前を呼ばれて振り返る。


「あぁ、ラットンさん」


 そこにいたのは遠征隊人事部の責任者であるラットンさんだった。

 筋骨隆々とした強靱な体格は相変わらずのようで、近づくと筋肉の威圧感で背筋が反り返りそうになる。


「ちょっと付き合ってくれ」

「えぇ、先にシャワー浴びたいんですけど」

「まぁまぁ、そう言うな。すぐに済む」


 そう言いながら背を向けて歩き出してしまう。


「銭湯にでも案内してくれるのかねぇ」


 あり得ないだろうな、と思いつつ大きな背中を追い掛けた。


「調子はどうだ?」

「まぁ、いつもと変わりませんね」

「はっはー、相変わらずオーバーヒートか」


 エントランスを抜けて廊下を渡り、どこかへと向かう。


「そのせいで年がら年中、近所で魔物とじゃれてますからね。遠征隊の一員としては、もっとレイクイーンに貢献したいもんですけど」

「貢献してるさ。たとえ数時間で燃え尽きるような数の魔石でも、レイクイーンの寿命はたしかに延びる。遠征隊の役目は浄化装置の燃料を絶やさないことだ。立派に勤めを果たしているさ」

「そう言ってもらえると浮かばれます」


 小さな成果でも持ち帰ればレイクイーンに貢献できているのなら、このうだつの上がらない日々にも意味がある。


「お、ちょうど薪入れだな」


 廊下を歩いていると途中から壁が硝子張りとなり、窓から浄化装置が現れる。

 蒸気機関を想起させる無骨なデザインに、剥き出しの配線と配管が巻き付いた、とにかくいかつい見た目の機械。

 それに今、大量の魔石が投入されていた。


「あれだけ入れれば一週間は持つか」


 つまり、レイクイーンの寿命が一週間ほど延びたということだ。


「あのまま放置して浄化装置が止まったら、レイクイーンは滅びるんですよね」

「あぁ。瘴気に耐性を持たない市民は全滅するな。まぁ、そうさせないための遠征隊だが」


 延命に延命を重ねる現実を目に焼き付けながら先へと進む。


「そう言えば、どこに向かってるんです?」

「直にわかる。ほら、ついた」


 視線の先には両開きの扉が一つ。

 ネームプレートにはトレーニングルームと書かれていた。


「ここ、ですか?」

「入ればわかる」


 促されてトレーニングルームの扉に手を掛ける。

 押し開いて中に入ると、ひやりとした冷たい空気が頬を撫でた。

 室内は異様に気温が低く、所々に氷の塊が水晶のように立っている。

 そんなトレーニングルームの中心には、一人の少女がいた。

 こちらの存在に気がついて、彼女が振り向く。

 艶のある黒髪が揺れて、端正な顔立ちが見えてくる。紅い瞳に似た色の赤いマフラーを首に巻き、隊服の上から厚手のコートを身に纏っているようだった。

 歳は同じくらいだろうか? すこし雰囲気が大人びているようにも見えるけれど。


「――あなたは?」

「あぁ、俺はカガリって者だけど」

「カガリ……そう、じゃああなたが」

「俺が?」


 意図が汲めずに小首を傾げていると、ラットンさんが入ってくる。


「おー、寒い寒い。自主練か?」

「はい。手持ち無沙汰だったものですから。いけませんでしたか?」

「いやいや、熱心なことで結構結構。それで? カガリをどう見る?」

「どう、と言われましても。会ったばかりですから……」


 二人の会話について行けない。

 また小首を傾げたくなったので、その前に言葉に出した。


「あの! 全然、話が見えてこないんですけど」

「ん? あぁ、そう言えばそうだったな」


 ようやく俺の存在を思い出してくれたようで、ラットンさんは話し始めた。


「まず伝えておくが、カガリには近々出発する遠征に参加して貰おうと思っている」

「なっ!? ホントですか? それ」

「あぁ、本当だ」


 一年もずっと遠征に参加できずに燻っていたのに、こんな急に機会が巡ってくるなんて。


「ただし」


 そう付け加えられた。


「彼女と二人一組が条件だ。二人でなら遠征に参加させようじゃないか」

「二人で? なにか意味があるんですか? それ」

「大ありだ。なにせ、お前たちは似た者同士だからな」


 似たもの同士?


「お前の魔法のデメリットがオーバーヒートなら、彼女はオーバークール。お前と同じで魔法を使うたびに体温が下がるんだ」


 そうと聞いて視線は自然と彼女のほうを向いた。

 季節外れのコートにマフラー。かじかんだ指先を温めるように握り締めた手。彼女の吐息は薄く白く色付いている。本当に俺と同じで体温にデメリットが生じていた。


「体温上昇と体温低下。プラスとマイナス。互いにデメリットを押しつけ合えば、お前たちは平熱でいられる。戦闘継続時間も飛躍的に伸びるはずだ」


 その方法なら上がった体温を平熱まで下げられる。彼女にとってもそれは同じ。デメリットが互いのメリットに変わる。


「まぁ、つまりは二人で仲良くハグしてなってことだ」

「は? ハグ?」

「ハグ……ですか」


 聞き返すと、ラットンさんは戯けたような仕草をする。


「当然だろう。デメリットを押しつけるには相手に触れる必要がある。触れる面積が広いほど効率的だ。なら手段は抱擁以外になかろう。愛と慈悲をもって優しく相手を抱き締めたまえよ」

「あ、あんたなぁ」

「なはははははっ! まぁ、その辺のことは若い二人で話し合え。じゃあな、若人よ」


 話は終わりだと言わんばかりに、ラットンさんは踵を返した。

 その背中に声を掛ける暇もなく、トレーニングルームから出て行ってしまう。

 あの話の流れで二人きりにされてしまうと、非常に気まずい空気が流れるのは当然で、思わず深い溜息が出た。


「まぁ、なんだ……」


 気を取り直して、彼女と向かい合う。


「とりあえず、ハグだのなんだのってのは一度忘れてさ」


 俺は彼女に右手を差し出した。


「まずはこいつから始めよう」

「……えぇ、そうね」


 彼女は差し出した手を握ってくれた。

 とても冷たい体温を感じて、それを温めるように握り返す。


「俺はカガリだ。よろしく」

「トウカ。今後ともよろしく」


 こうして俺たちは手を組み、遠征への参加権を得た。

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