うっかり犯人をヤッてしまいました……?
少女によって放り投げられた小柄な男の姿は、スローモーションではっきりと認識できていた。
そしてあたしは、不意に直感する。この男が絶命する様を。
あれ? 待って。この男って、もしかして。
なにかが頭の中で噛み合っていく。
霧の街で相次ぐ【切り裂き魔】による事件。
伯爵令嬢エレアノールが滞在する屋敷の裏で起こる事件。
エレアノールのメイドに【タマラ】という名の少女。
ひょっとして、あたしは【知っている】の?
まもなく男は、伯爵邸を守る柵の先端に貫かれて痙攣し、動かなくなる。
それを見届けて、あたし――タマラははっきりと思い出していた。
あ。やばい。これ、確実にやっちゃったな。
殺してしまった――という罪を感じての感想ではない。なぜなら、襲ってきたのは男のほうだもの。殺意を抱いて狙ってきたのは相手なのだから、過剰防衛だと指さされようがあたしは悪くない。
うん。あたしは、絶対に悪くない。
数分前からの出来事を思い返し、どう考えても無罪だと自分に言い聞かせる。
自然と胸に抱えた荷物をぎゅっと抱きしめた。平静を保つために。
いや、しかし……やっぱりまずいよね?
ここはとりあえず現場を離れて無関係を装っておこうと決める。【話】がよじれると、取り返しがつかない。
あたしはそう考えてはいるが、自分が思い出した情報がこの世界の真実であれば、もうすでに修復不可能な事態に陥っていることも理解していた。
【物語】を正しい流れにするために【タマラ】がすべき行動は自明だったのだが、今の自分はそうしたいとは全く思えない。ゆえにその方法は却下である。
人に見られる前に、一刻も早く立ち去らなきゃ。
遠回りになるとわかっていても、タマラは来た道を戻ることにした。どうせこの深い霧の中では目撃者はいないだろう。かなりの早足で、すたすたと進む。
いやいやいや、でもどうするよ、これ……
次から次へと【前世の記憶】と【この世界の情報】が【タマラの記憶】に追加されていく。
鼓動がどんどんとはやくなり、汗がふきだしてくるのは、なにも駆け足気味に歩いているからだけではない。
この世界でのタマラがどんな運命をたどるはずだったのか、それが意識から消えてくれないからだ。
ねえ、神様。あたし、ここで死ぬはずだったんでしょ?
これが、霧の街で恐れられていた【切り裂き魔】の最期だと判明するのは、もっと先の未来のことである――
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