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朝から頭が痛い。
二日酔いというものだろう症状に、ため息が出る。
薬箱から二日酔いに効く茶を入れる。
あの後、ホエ王子が様子を見に来た。
疲れた様子で座り込む私に体調が悪いのか聞かれたが、酔いが回った。
と言う事にした。
実際どうだったかは私でも分からない。
「部屋へ案内するよ。立てる?」
そう言われ立ち上がろうとするも、足に力を入れれば先ほど付けられた傷が痛む。
それを見て、
「連れて行くよ。」
と、膝の後ろと背中に腕を回され、簡単に持ち上げられた。
「……あいつはカルミナの者だったのか?」
きっと正体がアヌビス様と言う事は解っているだろう。
あえて答える必要はない
。そう判断し、黙った。
「……部屋を用意してあるんだ。薬箱ももう、そっちに運んであるからゆっくり休んでくれ」
「そうします。」
重たくなっていく瞼。
廊下の明かりがだんだんと暗くなっていった。
朝、部屋から廊下へ出ると、待っていたとばかりに数名の白魔術師がいた。
話を聞けばわからないことがあると言われ、療養施設へ一緒に行くことになった。
今日は王子たちにあまり会いたくない。
早い者は完治の兆しを見せ、重症患者も回復へ進み始めたこの頃、私は木々の間を鹿のピスティアと共に、川と下っていた。
「これもそうですか?」
「はい。それと、足元のもお願いします。私はあっちへ行ってきます。」
ジグザグに進み、見つけた薬草を鹿と私が背負うかごへ入れていく。
「ドラドラが起きたようですよ。」
「あ、おはよう。」
薬箱から眠ったままだったドラドラを連れ出し、借りた服のフードに入れ、やってきた。
パタパタと小さな羽を動かし、飛んでいった。
せっかく外へ強制的とはいえ出てきたのだ。
小腹を満たしに行くのだろう。
数日かけ集めた薬草を使いやすい状態、保存のきく状態に変え、薬箱へ詰めていく。
「もう行ってしまうの?」
ヘラ王女が部屋へやってきた。
ノックの音になれず、ドラドラも気になる様子を見せたため、開けられたままの扉。
そこからワピチ様と共に顔を覗かせていた。
「はい、明日の朝一で。患者様もだいぶ完治の兆しが見られますし、長期治療が必要だった方の容態も安定しています。」
このままここに残る理由もない。
「そう、寂しくなるわね。」
部屋の中を歩き回るワピチ様に付いて、ヘラ王女も室内へ入ってくる。
「それで、ホエから話はあった?」
「何の話ですか?」
薬箱をいじる手を止める。
「あら、まだだったの。忘れて頂戴。それより、お散歩へ行きましょう。」
ヘラ王女の提案にワピチ様が私の手を取る。
そのまま連れられて庭へ出てきた。
ここへ来るのは宴の日以来だ。
昼間はまた違う、白い石造りの庭園が広がっている。
白と緑のコントラストが美しい。
地面をよく見ればこの国の国章がモザイクであらわされていた。
角が川を表すこの印を皆が胸に付けている。
胸の国章は小さく、気が付かなかったが角にはいくつものラッパ咲きの合弁花冠、花びらの口は二つの大小の星を重ねたように開いている。
川辺に多く咲いていたジンティアノという花が彩られていた。
この国の国花だと鹿から聞いた。
「綺麗ですね。」
「でしょう。この国に残りたくならない?」
「すみません。その話は」
「もう終わっているなんて言わないで、みんなでどうしたらいいのか話をしたのだけど、これ以上の名案がなくて」
ヘラ王女の視線は私を抜け、さらに後ろを見ていた。
振り返るとホエ王子がいた。
「話があるんだ。少し、時間を貰ってもいいかな。」
「はい。」
引き留められる話はもう何度も女王からされている。
毎日毎日、違う女王夫の部屋へ呼ばれ、二人を前に私は毎日断りを入れている。
「俺と、結婚してほしいんだ。」
「……?」
唐突なことに言葉出ずに首を傾げた。
「カルミナのアヌビスと結婚するのが嫌で逃げているのは知っている。でも、それは誰だか知らないという理由だと解釈している。」
確かにそんな話をしたことがあると記憶している。
でも、
「ですが…」
「よく知った俺との結婚を考えてはくれないか?」
真剣な顔で言われる。
だが、
「申し訳ありません。それに、ホエ王子は私よりもふさわしい方がいると思うのです。私を引き留めたい理由に私と結婚がしたいというのは含まれないのではありませんか?」
「それは……」
黙ってしまった。
私は王子の手を取り、
「私の答えは女王様へすでにお伝えしています。他国の民を王家の兄弟のように扱っていただいた感謝も」
ヘラ王女が私の肩に手を添える。
「振られちゃったわね。」
「そういうわけでは……」
静に沈み始める太陽が木々の間から光を差す。
朝霧の出る森の中へ私は足を踏み入れた。
この国の気候にもすっかり慣れた。
「サンクトゥス少し待ちなさい。」
女王の声に振り返る。
女王の後ろには王子と王女が並び、さらに女王夫の姿もあった。
その中からミュールが何かを持ち、歩いてきた。
「お前にこれを渡しておく。もし、他国で何かあった場合、ケティーナの公使である事を証明するものだ。肌身離さず持っているように」
「ありがとうございます。」
「礼はいらない。いうべきは我々だ。この度の流行り病、お前がいなかったらどうなっていたことか、夫も子供も孫も、皆、命を落とすことなく、こうして見送る場へ来られた。感謝する以上の気持ちだ。この国の恩人として、これからの旅、何かあればすぐに使者を向かわせる。頼れ。」
この国の服を着て、この国の履物で、この国を旅する。
今日は起きているドラドラが私の歩く先を先導する。
足として鹿を連れて行くように言われた。
でも、断った。
自分が原因で始めた旅に楽はいらない。
それでも
「隣国ウィーンドミレには先に使者を送っておいた。国境で合流するように。一人で砂漠を越えようと思うな。」
ありがたい事だった。
広大な砂漠。
目印はなく、同じ景色が永遠に続く。
そう聞いていたため、不安ではあった。
木々の間を抜け、日が暮れると川辺で就寝する。
そんな生活を三日続けた。
ジンティアノ:ハルリンドウをイメージ