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私が提示した一週間がたった。
「父さんの部屋を移動しても大丈夫だろうか。」
今日も今日とて何か深刻な表情のホエ王子。
「移動ですか。問題はありませんが、どうかしたのですか?」
急なことに首をかしげる。
「感染症患者のための施設が完成したんだ。そこなら道具も何もかも用意が出来ているし、ネコアシマダラの患者とクサリキノコの患者を分けて、適格に治療ができる。サンにもそっちへ行ってほしいんだ。」
やっと伝えられた。
一気にほっとした表情に戻った王子。
これを伝えるのにどれだけ神経質になっていたのだろうか。
「わかりました。と、言う事は私の刑罰はひとまず延期になったと思っていいのでしょうか?」
「ははっ、もうサンの罰なんて仮せないよ。父さんの命の恩人なんだから」
それならよかった。
この国からも逃げ出さなくてはならないかといろいろと考えていた。
まだ意識のない女王夫から一度点滴を外し、数人でシーツを持って男性一人を移動させる。
それを近くで見ながら、私も移動を始める。
隣を歩くホエ王子とミュールに、
「ほかの患者を全員施設へ入れたのですか?」
「ああ、症状の軽い者は感染を防ぐために治療着を着てもらい、マスクで大部屋に待機してもらっている。症状の深刻な者はベッドで個室にいてもらっているよ。」
「では、まずそちらから、軽度の方には少し待ってもらいましょう。薬は出来上がっているのですよね。」
「問題ない。人数以上の量を製造させておいた。」
ミュールが資料を開きながら言った。
城を出てすぐ、白い大きな建物が見えてきた。
そこには王族も何人かいたようで第五女王夫を迎えに出て来ていた。
一人の女性がホエ王子に話かける。
「彼女がグリゼオの灰魔術師さん?」
年はホエ王子とさほど変わらなく見える。
王女だろう、綺麗な装飾品をしている。
「そうだよ。彼女の薬のおかげでワピチも元気になったんだ。」
「ありがとう。息子の命を救ってくれて」
息子、と言う事はキョン王子の母だろうか。
それにしてはずいぶんと若い。
いや、母は全員共通の女王だった。
「彼女はヘラ。第二王女で王位継承権第五位の俺の姉だよ。キョンと一緒にテントへ来た子供の事覚えているか?」
キョン王子と共にテントへ来た幼子。
あの子もネコアシマダラに感染していた。
薬を服用する場合は半分に砕いて飲むように共にいた男に伝えたが、適切に服用したか心配だった。
「子供がワピチ、一緒にいたのがヘラの夫のエルクだ。またあとで会ってほしい。」
「もちろんです。経過観察ができなかったキョン王子とも面会したいです。」
「キョンも会いたがっていたわよ。」
キョン王子とはあれ以来会っていない。
痕残りをしていないか心配である。
施設へ入るとあわただしく動き回る白衣の医師たち。
女王夫を部屋へ運び、点滴を付け直す。
女王夫の治療は専任医へ引き継ぎをし、薬の説明に若い白魔術師を集めた。
「では、これから薬の処方方法の説明をします。」
メモを片手に話を聞く医師たち。
熱心に私の説明を書き留めていく。
患者を前にネコアシマダラか、クサリキノコなのか、見分けのつく方法を交えながら説明し、万が一見分けがつかないものは、と言いながら感染症患部に触れる。
ぶよぶよとした皮膚と固くなった皮膚が一人に混合して現れた場合、患部の下には空間があり、そこで胞子が作られていると伝える。
この胞子が汗などと混ざり、匂いを発する。
そこまで来るともう重症だ。
意識も混濁し、貧血状態が慢性的に続いていることだろう。
それに比べネコアシマダラは患部が黒く斑点になる。
これはただただ固くなり、全身へ広がる。
体内へ入ると臓器も固くなり、生命維持が出来なくなる。
すべての患者を病室へ移動させ、白魔術師たちが薬の処方を始めている。
私は女王夫の部屋の隅で休憩するように言われ、薬箱の整頓をする。
ケティーナに三週間ほど滞在している。
アヌビス様に追われるようになり、一か月弱。
ヒノコロは完全に完治しているだろう。
ケティーナへ追ってくるなんて簡単なこと、数日で追いつくことなのに来ないのはなぜだろうか。
もう、私の事はどうでもよくなったのだろうか。
そんなことを考えながらお茶に口をつける。
カルミナとケティーナでは同じ茶葉でも違う味がする。
二時間ほどだろうか。
仮眠のつもりが眠ってしまい、時間を確認した。
「まだ、眠られていて構いませんよ。後は我々が看病しますので」
今まで未知の病気に悪戦苦闘していた割に軽口だ。
これだから若い白魔術師は、と、思うが年寄り臭いと言われそうだ。
私よりも少し年が上だろう彼らよりも私は年寄り臭い。
施設の中を見て回る。
空きスペースのある薬箱の中身が地面を踏むたびに小さく音を鳴らす。
「どうしたの、こんなところで」
ホエ王子と出くわした。
その後ろにヘラ王女とその腕に抱かれるワピチ王子がいた。
「サンスさんのおかげでもうすっかり元気よ。キョンもさっきまでいたのだけど」
そう言ってあたりを見渡している。
そして、一点に視線を持っていくとヘラ王子の表情が一気に明るくなった。
「エルク、キョン、サンスさんここよ。」
手招きする先に視線を持っていくとそこにはいつかの二人がいた。
「やあ、あの時は何もできずにすまなかったね。ミュールが君に警戒しているように見えたから」
「お構いなく」
エルク様にお辞儀をし、ヘラ王女に顔を戻す。
「完治したと聞きましたが念のため診察をしてもよろしいでしょうか。白魔術師でどなたか手の空いた人を借りられますか?」
灰魔術師は医師ではない。
薬師だ。
薬は作るが診察はまた違う。
頼まれたものを提供するのが主な仕事。
国家資格もない私が白魔術師の真似事をしているのは問題ではあるが、この場、今回のこの流行り病については咎められることはないだろうと、勝手に踏んでいる。
「自分は元、白魔術師だ。これでいいか?」
ミュールだった。
白魔術師だったとは意外だ。
王子の側近であることは見てわかる。
白魔術師を辞めてまでホエ王子に付くのはそれだけ彼の事が好きなのだろう。
男勝りだが、
その角が飾りということは気づいているぞなんて言えないけれど、
「では、第五女王夫様の部屋へ戻りましょう。もう、菌はいませんから」
キョン王子が何も言ってこない。
初めて会ったときは人懐っこそうに見えたのだが
ワピチ王子から体表面、口内などを見ていく。
色素の沈着が見られるが数か月で消えるだろう。
痕残りもなく、健康体。
ミュールも体調に問題ないと言った。
「次にキョン様」
と、呼んだところで反応がない。
もう一度キョン様と呼ぶとホエ王子に顔を覗かれ、驚いていた。
「どうかされましたか。何か気になる事が、まだ、どこか痛みますか?」
「あ、いえ、そう言うわけではなく、今日、城内に他国の客が来ると聞きまして」
「キョン!」
ホエ王子が言葉を遮った。
他国の来客。
私への言葉を遮ると言う事は
「カルミナの、アヌビス様ですか?」
聞くとこの場の全員が黙った。
今日、女王夫を施設へ移動したのも、それに私が同行することが解っての事だろう。
私への配慮。
アヌビス様に合わない様にしてくれたのだろう。
それはうれしいが
「負担になるような事をさせてしまい、申し訳ありませんでした。感染が終息に近づいたらここを立ちますので、それまで迷惑をかけます。」
「迷惑じゃないわ。何だったらこのまま、国にいてくれてもいいのよ。カルミナには絶対に渡さないから」
ヘラ王女はそういうが
「いえ、ここはカルミナに隣接する国です。国交に影響を及ぼすわけにはいきません。」
「そんなこと、子供が気にすることではありません。」
室内に今までない凛とした声に全員の視線が一点へ向く。
そこには大きな角を生やした美しい女性がいた。
この国で角の生えた女性は少ない。
そのうちの一人が女王陛下だ。
彼女は間違いなく、この国のトップに立つ人物だ。
「お前はこの国に残れ、赤い狒々のガキはもう帰らせた。安心しろ。」
「ありがとうございます。ですが私は、カルミナの対国であるリポネームへ向かいます。そこに、兄がいるはずなので」
「兄?」
ホエ王子が聞き返してくる。