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「食事はどうする?」
数日たったこの日、いつも通りに薬の用意をしてほしいとメモを兵士に渡した。
扉を閉めようとすると、声をかけられた。
ミュールが水差しを持って来たようだった。
「そうですね。そろそろ栄養を補給しないと持ちませんね。女王夫様の腕の炎症が収まり、点滴ができるようになったのですが、この国は点滴の規定はどうなっているのですか?」
「そうじゃない。お前の飯だ。この三日間、一日パン一つで持つのかと、王子が心配しているんだ。」
「あ、私? 私は問題ありません。そもそも、移動中もそんなものだったじゃないですか。旅をしていた間はその辺の草を食べていましたし、カルミナでも一日の食事なんてとれればいい方でしたから、私の事はお気になさらず。」
「よくそんな偏った食生活で灰魔術師なんてやっているな。」
「……灰魔術師のほとんどがそんな生活ですよ。食事はいつも通りで構いません。」
扉を締め切る。
ミュールの面倒くさそうな顔を長々見ている必要もない。
発熱にうなされる女王夫はこの三日間でだいぶ体表面の炎症が収まってきている。
腐った匂いをさせていた古い角質や膿、湿潤液や血が固まり出来たかさぶた。
保湿をして柔らかくなったところを剥がし、その下に溜まった菌の混ざった液体をふき取った。
今は、皮膚を洗い、消毒。
軟膏を塗った滅菌のガーゼと包帯を巻いている。
これを一日二回、交換し、やっと匂いが収まってきた。
これから点滴に混ぜる薬の用意を始める。
この症状、この匂い、この感染症の正体は空気感染をするクサリキノコという病気。
始めは黒い水膨れのような胞子嚢ができる。
この胞子嚢の中で菌が増殖、潰れたり、乾燥したりすることよって破裂すると菌の胞子が空気中に散布される。
それを吸い込むとまた、体の表面で胞子嚢が出来、繰り返される。
ネコアシマダラとは黒い硬い皮膚ができると言う事が似ているため、同時に爆発的感染を見せた事もあり、混合してしまったのだろう。
点滴に混ぜる薬を作り終える頃、扉がノックされた。
ゆっくり開けるとそこにはホエ王子がいた。
「キョンの斑点が完全になくなった。剥がれ落ちた部分にサンがくれた薬を塗り、様子を見ていたところ今日、完全に完治していると白魔術師から報告があった。」
すまなかった。
そう言おうとするホエ王子の言葉に私は
「では、これに作り方と材料が乗っています。灰魔術師に作らせてください。処方はまだ待って、女王夫様のかかっているクサリキノコとの見分けを説明します。こちらの薬も後程処方薬のメモを渡します。」
と重ねた。
メモを渡すとそれをじっと見つめていた。
何か言いたそうなその顔は鹿というより子犬のようだった。
「面会されますか? 意識はまだありませんが症状は回復しつつあります。」
「……ああ、失礼するよ。」
マスクを着用してもらい、ミュールと共にホエ王子が室内へ入ってくる。
その手元には銀の台車がある。
「これ、さっき言われたものだ。点滴はカルミナと規定に変わりはない。薬の材料は同じものを用意しておけばいいか。」
メモを見比べながら聞かれる。
「そうですね。それからスイカランの根の乾燥を粉末にしたものと、クマノテボクの実の果汁と種子を用意してください。この国になければカルミナの市場には年中売っているのでアヌビス様に私と引き換えに持ってくるようにでも言ってください。」
冗談のように口にするも、王子の顔がさらに険しくなってしまった。
「……いや、こっちで買いに行く。スイカランは城内で栽培しているから問題ない。薬剤庫にも確かあったはずだ。」
ホエ王子のテンションがどうも低い。
私がこもっている間に何かあったのだろうか。
まあ、それより
「女王夫様は栄養状態に問題があります。なので、これから点滴をさせてもらいます。そこにこの薬を混ぜます。」
治療の内容について説明しながら台車に乗った点滴パックを確認し、針を血管に刺していく。
「その薬は体内から菌を殺すものか?」
ホエ王子に代わり、ミュールが聞いてくる。
「簡単に言えはそうですね。後、抗体を作るのを助ける役割のあるドラドラの涙が入っています。これは症状が深刻のため、自身で抗体を生成できないと判断し、追加したものです。」
「ドラドラの涙なんてよく手に入ったな。」
そう言われ薬箱をあさり、ある生き物を取り出す。
「ドラドラです。ペットとして飼っています。」
トカゲのようでトカゲではなく、小動物のようで違う。
昔、本物の魔術師が島を訪れた際に連れていたと言われるドラドラは竜を思わせる見た目と首や手足にファーのような毛が生えている。
サイズは成体でも両掌に収まる大きさ。
食べるのは鶏肉。
この国には鳥のピスティアは存在しない。
その為か食用肉は鳥を食べる。
一度満腹になると一か月食べないこともあるが、私と一緒にいるこの子はお腹がすいたら自分で薬箱から出ていき、食事が終わると戻ってきている。
放し飼い状態だ。
ホエ王子とミュールは珍しそうにドラドラを見る。
当の本人は眠気と戦っている様子。
「はじめて見た。いったいどこで手に入れたんだ?」
「先生の、私を保護してくれた方の家で産まれた子です。毎年ドラドラが数羽、屋根裏に巣を作り、卵を産んで、巣立ちまで育てているようなのです。その中で珍しく私たちのスペースへ現れて、先生が保護し、そのまま一緒にいます。」
ドラドラを薬箱に戻す。
最上段にはわらが敷き詰められている。
そこに戻すと丸まって寝始めた。
基本夜行性で昼間に起きることは珍しい。
「寝起きの涙を時々採取してストックしているのです。なので、深刻な症状の方を後程教えてください。こちらが落ち着いたらそちらも見たいです。」
「わかった。それで、父さんはどうなんだ?」
今まで異臭がするからと面会すらできずにいたらしい親子。
「あとは体力が回復すれば意識も戻るかと思いますがもう、長い事寝たきりのようですから急激な回復は見られません。長い目で見て下さい。」
点滴がぼたぼたと落ちていく。
量を調節し、急激に栄養を流し込まない様に、生理食塩水も共に点滴していく。
「長居をすると感染の恐れがあります。そろそろ」
「ああ。そうだな。あまり顔が見られなかったが」
「この調子なら包帯もすぐに外せます。体内にはまだ、菌が残っているでしょうから今は我慢してください。」
二人を部屋から出し、少し仮眠をとると伝えた。
窓辺にあるソファーに横になる。
窓の外は夕日が空を染めていた。
時計を確認し、十分だけ、体を休めよう。
目をつむり、薬のメモにどう書けば伝わりやすいか考える。
朝日が窓の右端から登ってくるのが解る。
ろうそくの明かりだけで看病するのは大変ではあるがちょっとの変化も見逃すことができない。
朝食が運ばれてくるのと同時に大量の滅菌包帯などが届く。
朝食に口を付ける前に包帯をまき直し、傷の状態を確認する。
傷口から出て来る湿潤液の付いた包帯を袋にひとまとめにし、扉の外にいる兵士に渡す。
「あの、隈がひどいようですが、ちゃんと休まれていますでしょうか?」
どうやら、私の信頼も回復傾向のようだ。
今まで話かけてくることなんてなかった兵士と初めて話す。
「問題ありません。大丈夫ですよ。このくらいいつもの事です。」
そう、旅の間はしっかり休んでその分多く歩くのを目的にしていた。
これぐらい何ら問題がない。
過度な接触は今後のためにも控えるべきかとすぐに室内に戻った。
クサリキノコ:腐ったキノコのように水分を含んだ水ぶくれができる感染症
スイカラン:蕾の時は緑に黒の縞模様、開花すると赤い花びらに黒いリップをしている。島外から入ってきたスイカに似た色のため命名。
クマノテボク:多肉植物熊童子の様な葉を持つ木。熊の形ににたボコボコした茶から赤に熟れていく実をつける。寒さに弱い。
ドラドラ:竜王とは全く関係のない島外からきたドラゴン。その涙には強い滅菌作用と回復をうながす抗体生成の補助をする作用がある。