27
国際会議専用の建物は国の真ん中に位置し、それを囲むように各国迎賓館がある。
そんな中、アクアムだけは海の中にあるため陸の民である私たちは何かあっても立ち入ることができない。
「鯨王様ハクゲー様、側近にシャチとドドのテリー、兵にイルカとアシカのピスティアが複数、ウミューシュの王子が一人ね。」
「思っていたよりも小規模だな。」
遠くを見る力の発動条件が解らないまま、またボーっとしていると視界は海の中だった。
「ウミューシュって、海の中では魚に近いのね。両生類とイルカの間ぐらいだと思っていたのだけど」
足はなく、水掻きのある手に、凹凸のない顔。下半身は鱗で覆われ、魚のようだった。
「それもまた血によって分かれるそうだ。フェーリアが言うには鱗の者もいればイルカやシャチ、トドのような尾を持つ者もいるらしく、陸地に上がることで二本の脚に変わる者と変わらない者もいるそうだ。」
ゲーラが説明してくれる。
隣で、オーギュームさんが来賓として鯨王を迎える準備のため、人数をメモし終えると執務室を出ていった。
「なんだか、いつもより仕事が少ないわね。」
机の上には書類の山があるがいつもの半分以下だ。
「ああ、アヌビスの勉強用に回したんだ。」
「国際会議の準備もあるのに、海軍は良いの? 出番じゃない?」
アクアムが海底ならばその周辺警護は良いのだろうか。
「逆に船が出せない状況だ。あいつらに配慮するという形で今日・明日の海軍は休みか陸上警備に回される。」
「会議一回で大変ね。」
ソファーに座りながらクッションを抱え、仕事をしているゲーラを見ているとボーっとし始める頭があり、一日に二回もあったことはないため困惑しながらも視界は空から島の中央、ティアリサム山へ落ちた。
名もなき竜王、その周りで灰色の髪の民が泣いている。
「ノクティス!」
肩を掴まれ、視界が戻ると目の前にゲーラがいた。
どうしたのかと思っていると
「どうしたもない。二回目なんて、今までなかっただろう。顔色が悪いぞ。昨日ウィーンドミレが到着したと聞いたときからだ。もう休め。明日は部屋でおとなしくしていてくれ。」
そういうと軽い口づけをされた。
その後すぐに寝室へ戻り、特に眠いわけではないとコルヌに言うと今日もマッサージにエステに、さらにサウナやら岩盤浴やら、いろいろさせられ、終わったころには気力が果てていた。仕上げのマッサージだと言っていつもフルコースのしめのマッサージではいつもオリーブ様から貰ったバラの精油が使われるのだが、今日は違う匂いがする。オレンジのようだが甘味の強い匂いだ。
「今日は匂いが違うのね。」
「王女より、新たな物ができたため試してほしいとのことでお預かりした物です。いかがですか?」
「甘すぎないい香りね。オレンジだから嫌いな人も少ないでしょうし」
「私も好きな匂いです。」
まだ日が高いが寝ているように言われたため念のため布団に入るがゲーラの私室から本を数冊持ってきて、枕元に積んである。
それを読みながら彼が戻ってくるのを待つことにした。
二回目に見えた景色が何だったのか、あのドラゴンを竜王と断定した要因、理由も自分で判断しておいてわからない。
夕食の時間になり、部屋まで運ばれて着てしまった。
食事はだいたいオリーブ様やギーが同席することが多く、ゲーラと二人きりは少ない。
最近でチャクマ様やキイロ様と一緒に陛下や王妃も同席していいか事前にお伺いがくる。
今日はそれもなく、ゲーラもあの後仕事が追加になったのか、一人で食べることになった。
一人なら、使用人用の食堂でもよかったのだが、と、思いつつ、もうパジャマだから着替えなくてよかったから良しとしようなんて横着な考えもある。
日が沈んでしばらく、浴室からゲーラが出てきた。
私の顔をまじまじと見てくるため
「ちゃんと大人しくしていたわ。」
「そうじゃない。」
真っ直ぐベッドまでくると上に乗り、私の元までくる。
「まだ髪乾かしていないじゃない。」
肩にかけられたタオルを取り、頭を拭こうとしたら私の首元に顔をうずめだす。
「何しているの?」
気にせずタオルを持つ手を動かす。
「いや、いつもと匂いが違うから」
いつもならズボンの中にしまわれている尻尾も、腰のあたりからはみ出している。
見つけてしまうと、触りたくなり、撫でるように触れると
「誘っているのか?」
「違うわよ。」
そう答えながらも押し倒された。
「自分には無いものがついているのだもの、気になるじゃない。」
「一様、手順を踏まないといけないんだが、少しぐらいフライングしてもいいだろうか?」
「私に聞かないで……」
国際会議が始まった。
ゲーラはアヌビス様と一緒に王子会議の方へ、オーギュームさんとカフカス、ギーも付いて行っているためミラ、コルヌ、フェーリアも同席し、オリーブ様とお茶会中である。
「今度は魅惑的な匂いを考えようかしら?」
コルヌから伝わってしまったのか、昨夜のことが筒抜けであった。
いや、コルヌでなくとも特務は天井裏、壁裏にいるというはなしだ。
見られていたと思うと恥ずかしい。
「国際会議、順調に進んでいるといいけど、何でも今年はナトラリベスの第一王女がどこへ行くにも奴隷を連れているとかで警護がままならないって報告よ。奴隷も好きに動くとか。今日は会議に連れていっているから大人しいけど、でも、話によるとカルミナの奴隷も混ざっているとか。しかも何年も前に解放印の押された娘だって」
「それは規則違反ではありませんか?」
「そう。だからギーに様子を見てくるように言っておいたのだけど、報告が来ないのよね。」
扇子でパタパタ仰ぎながらオリーブ様はいう。
そこに、
「お待たせしました。」
ギーが現れた。
「早速だけど、ノクティスに頼みがあるんだ。」
珍しい。
そう思いながらなんだろうと聞く態勢に入る。
ギーも椅子に座る。
「サンス・オールが見つかった。国際会議終了でナトラリベスで彼女の主人ということになっているサンゴ王子から返還したいという意思をもらったんだが……」
端切れの悪い言葉にオリーブ様が扇子で肩をたたいた。
「問題が起きたのね。何があったの?」
「そうなんだよ。ウィーンドミレは第一王子妃だって、アクアムは重犯罪者だって、ナトラリベスもあの場ではまだスカーレット王女が許可していないと、リポネームはフロント殿出てくるし、ケティーナはまだましで公使だから我が国の法が成立するって言い出したもんだから途中アヌビス様が乱入してきても残った控室はもめにもめて」
ため息である。
「それで、私に頼みって?」
「サンス・オールに会いに行ってほしい。もちろん、それなりに警護も付けるし、万が一の何かが起きないように準備もする。」
「ギー!」
オリーブ様が私よりも先声を上げる。
「ノクティス様のご両親のことも、刺客がナトラリベス出身だったということも忘れたわけじゃ無いわよね?」
扇子がバシバシギーに当たる。
「解ってる。その話合いは午前の会議で終わった。ナトラリベスも大臣がうちの公爵家と結託して、スペールディア伯爵に協力していたことから処罰されたと報告をもらった。迎賓館にもカルミナの者は複数いる。報告では怪しい動きはなく、サンス・オールも王女や王子に大事にされているという話だ。」
「わかったわ。」
「ノクティス様!」
今度はコルヌが声を荒げる。
「私どもは心配です。」
「そうよ。あなたにとっていい思いのある国ではないのよ。」
皆が心配してくれるのが解る。
「ギー、ゲーラは何て?」
「お前の判断に任せるって」
「じゃあ、行くわ。サンスにも会いたいし」
その後もしばらく皆に反対されたが陛下が戻られたという知らせで話はおわった。
楽な服に着替え、数名の警護とともに紫迎賓館へ向かった。
「ノクティスと申します。灰魔術師として城に務める者です。サンス・オールと会いたいのですが」
上から下まで何度か見られる。
途中、首から下がる城の通行許可証、胸元の白魔術師見習いのブローチからか、
「少々お待ちください。」
と、伝達へ向かった。
どこかの部屋へ通されることなく正面門で待たされること数分、
「お待たせいたしました。中にはノクティス様と警護は一人のみ、入れます。」
信頼されていないな。
と、思いつつ、警護にオリーブ様推薦の男を連れて建物に入る。
応接室に入りしばらく、サンスが今までに見たことのない、可愛らしい服装で入ってきた。
「サンス、久しぶり」
「ノクティスさん…… なんでここに?」
驚いた顔をしつつ、私の正面にサンスは座った。
案内してきたのは第二王子のユウダ様だろう。
蛇のピスティアの血が強い姿をしている。
「王子たちから様子を見て着てほしいって言われたの。」
出されたお茶に口を付けながら言う。
「びっくりしました。今は城にいるのですか?」
さきほど城勤めの灰魔術師ということにしておいたが、サンスに嘘をそのまま伝えるわけにはいかない物の、どこで誰が聞いているがわからないためそのままの設定で進めよう。
「ええ、そうよ。よくわからないけど、ゲラダ様と結婚することになりそうなの。」
「はい?」
突然の話に首をかしげるサンスにすくすくと笑ってしまう。
そりゃあ、急にどうしたのだろうと思うだろう。
「結婚するのですか?」
「そうなりそうよ。クリスタルと結婚するものだと思っていたのだけどいろいろあってね。」
さて、どこから説明しようかと思いつつ、経緯を簡単に表面的なことだけを伝える。
「婚約者候補になる前は花屋や薬屋をしていたの。どちらも同じ並びなんだけど、それに伴い、クリスタルとアパートで暮らしていてね。この辺りは前に話たわよね?」
「はい。聞いた気がします。」
「よくわからないまま候補にされて、店の移転でバタバタ、行事に出席するだけでバタバタしちゃって、気が付いたらあなたが居なくなるし、アヌビス様も好きになったならはっきり言えばあなたも逃げなかったでしょうに」
「…それは、どうでしょう……」
いい淀むサンスだが、その顔は少し赤い。
会合で会うときは年の近い者が少なく、ざっくりすると九つ違ってもベテランたちからしたら同世代の分類されてきた。
「サンスのところのお客さんはカルテを勝手に拝借しちゃったけど、私の前の職場の方で対応してもらったから」
前の職場とは私の店のことだ。
今は城勤めと嘘をついたので嘘がどんどん積み重なっていく。
「お手数おかけしました。手紙の件は?」
「それも大丈夫よ。あのおばあちゃんに声かけられてね。捨てておいたわ。」
実際には持って帰っているのだが、それは結婚後にで渡してみよう。
面白そうだ。
「ありがとうございます。これでアヌビス様に怒られずに済みます。」
「だといいわね。」
将来怒られるかもよ。
と、つい口元が緩む。
その後、ケティーナでも流行り病の話を聞いたり、ウィーンドミレの巫女、初めて船に乗ったと聞き、私も船に乗ったどころか箱に詰められ流されたというと驚かれる。
薬や薬草の話の途中、ドラドラが飛んでくるためもう大丈夫なのか聞くと驚かれた。
夕食前の時間になったため警護に時間だといわれ、帰ることになった。
「それじゃあ、またね。」
「はい。おやすみなさい。」
紫迎賓館を出ると警護が待っていてくれ、城へ戻った。
「ノクティス、サンスがなんと言っていた?」
夕食の席で同席するアヌビス様に聞かれる。
「元気でしたよ。特にアヌビス様のことは言っていませんでしたが」
おちょくるように言うと
「ノクティスが兄上に似てきたように思える。」
「失礼ですよ。」
とは言うが、隣のゲーラが何だか嬉しそうである。
「二人が城を出てしまうのは惜しいわね。」
「そうだな。土地の買い付けは順調だという話だし、建て直しするとしてもあと二年ほどか。」
「その前に病院が完成しますのでそちらへの引っ越しを先にしますよ。」
「残念だわ。」
同席する陛下と王妃様とも気楽に話ができるようになってきたがやはり緊張はする。
明日、国際会議が終わる。
寝室へ戻り、就寝するが目の前が真っ赤に染まったことで飛び起きる。
「どうした?」
「…いいえ、何でもないわ。」
ボーっとしていたわけではなかった。
瞼に映る血管とは違う、熱く熱された赤だった。
布団に戻り、目をつむるといつも通り暗くなった。
翌日も、城で留守番の私だが目の前に降り立ったのはドラドラとは違う、本物の竜。
この前見た、竜王の近くにいた小型の竜だ。
「サンクトゥスはこの国にいるな?」
竜は人間に姿を変えた。
その姿はサンスによく似ている。
「侵入者!」
兵が駆け寄ってくる。
私の周りにも一瞬で特務が現れた。
物々しい状態になってしまったが、
「待ってください。この方は!」
兵を止めるために前へ出る。
「会議場まで案内いたします。」
特務に目配せし会議場へ歩みを進める。
会議室ではサンスが証言をしている際中のようで、かすかに声が聞こえる。
ウィーンドミレの第一王子が部屋から連れ出されたようで、暴れている。
それを横目に通り過ぎようとすると急に髪をつかまれた。
「その眼、巫女の血か⁉」
第一王子の様子が尋常ではなく、なぜわかったのかと思うが母譲りの目の色かとすぐわかる。
「悪いが急いでいる。民を殺す愚かな男よ。」
私の髪をつかみ手を彼が握ると王子の顔が痛みにゆがむ。
「行こう、哀れな籠の鳥の娘よ。解放の時だ。」
何が言いたいのか全くわからない。
王子から離れるように会議室までの廊下を急ぐ。
その途中、
「ノクティス様」
呼ばれて振り返るとオーギュームさんがいた。
「なぜこちらへ?」
「この方の案内で」
と、言っている間に彼会議室へ入っていってしまった。
「その刑の執行にティアリサムはかかわれるのでしょうか?」
普通に話ができるのではないかと思いつつ、中を覗いてしまうと
「なんでここにいるんだ?」
ゲーラに見つかってしまった。
その間にも話が進み、サンスと彼、ヌービスが双子であると知る。
なんだか、聞かない方がいいだろう話になり、この場を離れようと思うと
「ありえない!」
と、言ってアクアム国王ハクゲーが机に何度も腕のようなひれを握りしめ、何度も打ち付けている。
オーギュームさんに背を押され、会議室を急いで出た。
近くのカルミナの控室にいると廊下があわただしくなる。
一緒にいるオーギュームさんと目を合わせるが首を傾げるためなにがあったのかと廊下を覗くと
「アクアムの陸上の民の人数の把握を急げ、移住拒否者も何が何でも船に乗せろ!」
「リポネームの海上の者への通達を急ぎなさい。陸地の者も被害が拡大すれば命にかかわります。北の海へ急がせなさい。」
「ナトラリベスはどうするんだ。海までつながった川もある。」
「とにかく民の避難だ! 奴隷も全員城まで急がせろ!」
「そんな一日じゃ城までなんて……」
そんな声が聞こえる。
バタバタと通り過ぎる者たちの様子から何か起こるのではと不安になる。
噴火の予知、アクアムへ流出したマグマの影響で、カルミナのいたるところで上がっていた蒸気が止まった。
国民が料理場としても使っていたこともあり、生活への影響が懸念される中、噴出口から水があふれ出したことで一変する。
今まで水を引いていたが温泉ではない水源が出たことで国内の改革が進められるようになった。
そんな中、強行で行われた私とゲーラの結婚式、王位継承権を放棄することやアヌビス様の婚約と同時に王太子になったことが明かされ、さらにチャクマ様、キイロ様も公表された。
アクアムへのマグマの流出は三か月も続き、リポネームの民は帰れないままカルミナで過ごし、ナトラリベスの民もカルミナや新体制のウィーンドミレへ長旅を余儀なくされた。




