25
ゲラダ王子が帰国した。
妃候補は出迎えへ向かったと聞くが忙しいだろう人物に会いに行ってどうするのかとため息がでる。
「ノクティス様」
話を持って来たミラに呼ばれる。
「ゲラダ王子は今晩は私室には戻られないそうなので、先に休んでいるようにと伝言を持ってまいりました。」
「ありがとう。でも、寝て良いといわれてもパジャマはないし、私室は王族の方が使うでしょ? この時間に店へ戻ってもいいの?」
昨日の今日で、私の周辺は厳重警戒、昼間は大丈夫だと思っていたが城の中がいくら忙しくなっても部屋の前の騎士は動かず、ミラかコルヌが必ず室内にいる。
「ノクティス様のパジャマでしたら、この部屋にもありますので、湯浴みの準備をしてまいります。」
「……そう…。」
なぜこの部屋に私の分があるのだろうということは考えないでおこう。
私の使っていた部屋よりも広い浴室はサウナや岩盤浴もできる小部屋があることに興味を持つが人の部屋をじろじろ見るものではない。
衝立の裏で控えるコルヌにどうしたのか聞かれ、訳を説明すると笑われた。
湯浴みを終えて、マッサージもするというのに従い、パジャマを着ると
「こちらが寝室になります。」
一般的に考えて、私室と寝室を分けるは普通なことだが、浴室を経由して隣の部屋へ行くとは思わなかった。
生活路線を考えた結果だろうが、そんなに時間が惜しいようには思えない。
寝室には私が使わせてもらっていた物よりもはるかに大きい、店にある私の大きめのベッドが二個以上並んでいると思われるサイズで驚く。
「こんな大きさ必要?」
「将来お妃様とご一緒に使うことを想定したサイズになります。先月新たに購入したものなのですがまだ誰も使っておりませんのでどうぞ。」
どうぞといわれても……。
ひとまず近くのソファーに座るが私室にあった物よりもすごくいい物だということがすぐにわかる。
座面も背もたれも使っている生地から弾力だからけた違い、近くにあったクッションを押すと溶け込むように吸い込まれていく。
恐るべし国の予算。
カルミナにそれほど生活困窮者はいない。
生活が苦しいだろうという人、特に元奴隷だった人達なんかは年に数回調査が入り、国の支援を受けるかどうかの相談会もある。
それでも毎度上がるのは肩手で収まる程度だったことから数年前に離婚家庭で子供を引き取った側への支援金なども始まっている。
もちろん悪用する人もいるため収入に応じた支援である。
王家が使う予算がどの程度かわからないが私が生涯稼ぐ収入の何倍もが、一年で消費されるのだから怖いものだ。
意を決してベッドへ入ると、まるで雲の上のような布団に驚き、
「うおっ」
なんて変な声が出てしまう。
クスクス笑うコルヌを横目に恥ずかしくなってベッドにもぐりこむ。
昼寝をしたせいか、寝つきが悪く、コルヌが浴室の並びにある格子戸の部屋へ入っていったため話し相手もいない。
仰向けで、天蓋の裏側にあるこの島の地図を見ていると目の前が海へと変わり、ドラゴンと思しき生き物がまぶしい光が視界いっぱいに広がり、飛び起きた。
「どうかされましたか?」
格子の向こうからコルヌの声がし、
「何でもないわ。」
布団に戻る。
急な脱力感にすぐに意識が持って行かれた。
目が覚めた時、慣れた拘束感は私をすっぽりと覆い、目の前は珍しく布地で、さらに言うと勲章やら、階級の印が頬や額に当たって痛い。
少し身動きをすると背中と頭に回された腕の力が強くなる。
少し苦しい。
時計がどこにあるのかわからないため二度寝をすることにした。
それからどのくらい経ったかわからないが開放感と頭に度々触れてくる手が気になり、目を開く。
「起きたか?」
「二度寝から起きたところよ。」
ベッドに座り、伸びをする。
布団がめくれ、ゲラダ王子を見ると赤茶けた軍服をきたままだった。
せめて上着ぐらいは脱いで欲しかったと思うと彼の手が私の顔まで伸びてくる。
それをよけるように下がると
「なんだ?」
「それはこっちのセリフよ。着替えて寝なさい。痛いのよ。」
顔を触るとまだ凹凸があった。
洗面所で確かめようかと思い、ベッドから出ようと動くと
「まだいいだろう。」
と、腕を引かれ布団に戻された。
王子も起き上がっていたのでその膝に頭が乗る。
上着の前を開け、脱ぎ捨てるとその下のシャツも脱ぎ始めた。
「湯浴みへ行って来たら?」
「あとでいい。もう少しお前といる。」
「リポネームの方は?」
眼鏡がないため天蓋の地図がぼやけて見える。
「国民のほとんどが移動した。残ったのは軍と上の王族たちだ。若い王族は全員城に収まった。ノクティスの部屋には三十二王女夫妻とその子供が使用することになった。」
「三十二王女夫って確かカルミナの出身ではありませんでしたか?」
「そうだ。お前とアヌビスが追うサンス・オールの表向きは兄、戸籍上は伯父だ。」
確か白魔術師だったと思ったが城に残らなかったのかと考えると
「王女が避難中に腹部の痛みを訴えてな。妊婦ということもあり、夫の支えや息子の面倒を見る人として城には残らず急遽乗ってもらった。」
「大丈夫なの?」
寝返りを打ち、うつ伏せになる。
肘を立てて話を聞く。
「船に乗ってから少しして落ち着いた。念のために助産経験のある者も控えていたが問題なく、今は部屋で休んでいるだろう。」
なら良かった。
座りなおし、今度こそ顔も洗いたいと洗面所へ向かう。
タオルを持て来てくれたコルヌに王子が湯浴みへむかったと聞き、今のうちに着替えようかと思うが昨日のワンピースはなく、シンプル目なドレスが置かれていた。
「今日もドレス?」
「他国の方が来ていますから」
そっか、城の中を私服で歩く者がいたら気になるよな。
と、自分に言い聞かせ袖を通す。
髪は後頭部の少し高い位置で結い上げられ、コルヌが楽しそうにアレンジをするのでされるがまま任せてしまう。
湯浴みを終えたゲラダ王子もミラが持って来たいつもの服に着替えている。
「さて、朝食の席のあと、妃を決める。お前は俺の近くを離れるな。これ以上変な奴に狙われてはたまった物ではない。」
「よく言うわ」
寝室から廊下へ出るとそこにはグッダ令嬢がいた。
「あなた! なぜ王子の寝室から出てくるのよ!」
本当にタイミングが悪い。そう思っていると
「朝食後、妃を決める。心得ているように」
ゲラダ王子はそういうと私をエスコートするように部屋を出る。
グッダ令嬢は妃にはなれないようだ。
リポネームから来客中だというのに今日は緑のドレスだ。
王族がいるのにその国のドレスを着るのはあまり良しとされない。
そのため隣国ナトラリベスから度々夜会へ来る令嬢がいるため紫のドレスは買う人も少ない。
オリーブ様は見た目が幼いためセーフだろうが、夜会などでのドレスはたいてい赤を着ているのを見る。
私は赤茶けたストレートなタイプのドレスに透けたガラスの髪飾りが頭に付いていて少し重い。
チェーンにぶら下がった葉っぱが時々ピアスに当たる。
私用にと王子がかってくれたアクセサリーはほとんどが花のデザインで頭には赤茶のマームとファーファレノが乗っている。
今日は王子が早めにダイニングに入ったためまだ誰もそろっていない。
少し遅れてくると思ったグッダ令嬢も来ない。
そこから少し待ったが誰も来ないため
「食事を始める。」
王子が言い出すためワゴンで料理が運ばれてくる。
前菜が机に並ぶと
「遅れて申し訳ありませんわ。」
優雅な口調でインペラートル令嬢が入ってきた。
だが、その服装は以前私がパーティーで着たことがあるドレスのようなシルエットのはっきりしたもので、それが華美に真っ赤にガラスや石が付けられ、少し眩しい。
朝からそんなものを着て、夜会帰りかと思われるぞ。
と、いいたいがどこかで妃を決めるという言葉を聞いたのだろう。
「あら、ノクティス様、今日もずいぶん地味な装いですこと」
「私には関係のないことですから」
顔をゆがませたのは一瞬、にこやかに笑い、席に付いた。
その後も
「ゲラダ王子、お待たせしました!」
いつもの裾を踏みそうなドレスでクリスタルが入ってくる。
色は赤、本当にみんなわかりやすいなと思ってしまう。
遅れてきたグッダ令嬢は二人に比べ大人しい、落ち着いた深い赤のドレスだった。
皆王子に話しかけるがどの言葉にも言葉を返すことはなかった。
食後、解散することなく、庭園の見えるサロンへ移動することになった。
到着した部屋には先ほどから姿の見えなかった各候補のメイドたちは先に移動していたようで、円卓に添えられた五つの椅子の後ろに長椅子が置かれ、座って待機していたが、その顔色は悪い者と平然とした顔の人物もいる。
「初めにこの資料に目を通すように」
そう言って渡されたのは調査書と被害一覧。
なんの被害なのかと思いつつ、調査書を見ると一日の行動記録、城の中で度々足を運ぶ場所、交友関係、他候補との関係性、メイドの行動などなどが記されているがこれがなんだというのかと思い、被害一覧へめくる。
そこにはいつ、どこで、誰から、何をされたのかという報告だが私の知らない物がほとんどで最近のクリスタルから植木鉢が落ちてきた事案、いくつも度々箱が起きられてきたことに関してはどうやらグッダ令嬢からで、さかのぼると当初食事に劇物を混ぜられていたことがあったようで、それは一番に辞退させられたという令嬢。
そして空室であることが長かった私の私室からドレスや宝飾品を盗み、売っていたのが町娘の候補だったようだ。
読んでいると調査書数枚がクリップで止められ、被害一覧もクリップで止められている。それとは別にもう一枚、まとめられずにあった。
見てみると他候補への妨害行為一覧とあったが以下余白で終わった。
なんだこれはと思い、ゲラダ王子を見るとこれはもうにこやかな顔だった。
町にいた頃、偶然強盗一味を捕まえたときにそんなことまで知っているのかと思うような情報をにこやかにも腹黒い笑みで断罪していた時を思いだす。
あれは調査済みの案件を偶然捕まえただけなのだろうと今ならわかる。
ゲラダ王子の計画的に確実に、逃げ場なく追い込み確保する。
軍というより警邏部隊の様だ。
王子が陸軍赤坊隊を指揮するようになり、犯罪検挙数が上がったという話もお客さんの噂で聞いたことがある。
読み終わり、顔を上げると三部目を見ながら固まっているクリスタルたちがいた。
彼女たちの持つ紙は私よりも厚みがある。
ため息をついてしまうとグッダ令嬢ににらまれる。
「私はこんなことしていません。メイドが勝手にしたことです!」
彼女の後ろで顔色の悪いメイドが肩身を寄せ合っている。
「自身のメイドが全員自分の味方だと思ったら大間違いだ。」
ゲラダ王子は平然とした顔のメイドたちに目配せすると立ち上がり、王子の後ろへと歩いて行った。
「あんたたち、裏切るの⁉」
グッダ令嬢は椅子を倒す勢いで立ち上がる。
「私どもは城に仕える者です。主人は王家の方々、そこから派遣された身でありますゆえ、命令には従いますが身も心もすべてを皆さまに捧げていたわけではございません。」
ふらつき机に手を突く、うつむき、顔色がみるみる青くなるが、私は手元の紙を見て首を傾げる。
グッダ令嬢の主にやっていたのは嫌がらせ箱。
私も最近たくさんもらうようになった。
その程度でそんなに気を落とす物かと思う。
「今なら見逃す、荷物をまとめて出ていけ」
低いゲラダ王子の声、ヒヒの威嚇はピスティアの血が薄れる貴族の家系では恐怖でしかない。
人間の本能で近寄ってはならない。
そう感じるもので、クリスタルとインペラートル令嬢も気丈に見せながら手が震えている。
机に強くこぶしを打ち付けると威嚇をし直すかのようににらみつけるが子ザルの叫びでしかない。
ドレス翻し、その勢いで隣に座る私に向けて持っていた紙を投げつけてきた。
メイドが後を追って部屋を出ていく。
私は落ちた紙を拾う。
書かれていたのは、グッダ令嬢は嫌がらせという嫌がらせを特に受けていないということ、披露パーティーでは隣に座ったがここにいる二人よりも後に踊っていた。
その後は特にこれといって王子と親密な親交はなかったように思われる。
だが、私として否めないのは私に教会への立ち入りを禁止したことだ。
彼女も白魔術師の勉強をしているということだった。
教会で清めに使う薬草は強い除菌効果があり、白魔術師も使うものだ。
惜しいと思われたか、私への妨害かは知らないが店にこっそり来た子供たちは現れていない服、やせ細った体、体も匂っていた。
これは発見次第王子へ報告したが、今のところ改善した様子はなく、子供たちに話を聞けば大人が誰もいなくなったという。
誰も、何日も帰ってこないと聞いたメディコスさんが病院で子供たちを保護したと報告をくれた。今は元気で、遊び場で城を利用しているらしい。
グッダ令嬢が出ていったあとのドアを見ていると
「グッダ伯爵家は神官の身で国に仕えているにも関わらず、その権力で買い上げた教会を放置し、孤児たちを餓死させようとした罪で本日早朝に逮捕した。彼女は帰る家もないだろう。」
クリスタルが息をのむ音がする。
「ゲラダ様はなぜ、このような断罪を行おうと思ったのですか?」
インペラートル令嬢が聞く声は少し震えている。
「自身の調査書を見てきいているのか?」
彼女もまた、何か罪があるのだろうか。
「オリーブへ行っていた仕打ちの数々、アヌビスの婚約者と勝手に良いふらかした虚偽、宰相も甘やかして育てたものだ。お前の兄たちはあれほど優秀だというのに、待望の娘に甘い。仕事の手を止めてまでスペールディア令嬢への嫌がらせに付き合っているのだからな。」
「あ、あれは、父が、勝手に……」
「その言葉、自分に帰ってくるぞ。悪質ともいえる脅迫状に殺人につながる事案をいくつも確認し。被害者本人からも聞いている。」
ゲラダ王子がクリスタルを指さすわけにはいかないため手のひらを上に向け、指の向く法へ視線を向けるようにと体で表すがその手にクリスタルの手が乗る。
彼女は笑顔だ。
なんて言ったって、一番の敵であるインペラートル令嬢が今、王子に攻められ、家がつぶれる危機なのだから
「まだ話は終わっていない。」
手を振り払い、その腕は机に肘をつき、こめかみに指を沿える。
「宰相という立場を使い、いままでずいぶんと楽しんできたようだな。」
「な、何のお話かしら?」
「国内で禁止されている賭博の数々、娼婦に産ませた子供を奴隷商へ売るために度々ウィーンドミレに向かっているな。お前も伯爵夫人がかこっている男娼との間に作った娘だということは産まれる前にわかっている。」
「そんなはずありません‼」
急激に顔に血が集まり赤くなる。
「アヌビスとオリーブが産まれるんだ。それに合わせて子を作る貴族は多い。調べるのも当たり前だ。宰相は夫人の他、かこっている娼婦にも念のためと子供を作り、今後ろにいるメイドの一人はその時の子だろう。顔が似ていれば前例のある妃暗殺が起きた場合でも対応できると踏んでいる念の入れようだ。顔は似ていないからすぐにわかることだろうがな。」
メイドの一人はこぶしをにじり閉め震えている。
その様子にほかのメイドは離れていくと
「死ねイラ!」
スカートの中に隠していたナイフを取り出し、インペラートル令嬢へ振り下ろそうとしたがその手はすぐに拘束された。
どこから現れたのか騎士により、その場で座らせられている。
「ひとまず別室へ。侯爵の罪はそれだけではない。ウィーンドミレにてピスティアを猟として殺した罪、国鳥の禁猟にもかかわらず撃ち殺した罪、城にいる巫女の娘たちに強制的に行為を迫るなど、父親はこれらの罪によりウィーンドミレへ引き渡す。カルミナでは国内犯罪が明るみになっていることから一族で罪を償わせる方向でまとめている。処分は保留、追って連絡する。先ほど、今なら見逃すと言ったのに出ていかなかったことを後悔するんだな。」
インペラートル令嬢は騎士に背を押され、部屋を出ていった。
もううれしさこみ上げる顔のクリスタルが顔の前で指を組み、ルンルンとした様子で王子を見ている。
これで決定か。
と、思ったら
「最後にクリスタル・スペールディア」
「はい!」
うれしさこみ上げるといった声で返事をするが
「暗殺者をノクティスへ送り込んだ殺人未遂の罪で投獄する。」
「……え?」
なんだそれは、そういう言いたげな顔である。
私の報告書にも首謀者はスペールディア伯爵、旦那様となっている。
「メイドを使い、実家と連絡を取ったな。」
「はい、度々……」
言葉を慎重に選んでいるようだ。
「まずは父親の罪からにしよう。一つ目は政務官である身を利用し、多額の横領をしていた。これに気が付きそうだったノクティスの父親をナトラリベスへ送り、手紙で知った母親も同様にし、屋敷から出られないように軟禁した。」
その言葉にクリスタルを見ると知っていたのか頬が引きつっている。
「次に妻の殺害。」
奥さまの、殺害? どういうことか。
あれは旦那様のしくんだことだったというのか。
「その後の前妻付きメイドの一連の解雇。」
精神的疲労や奥さまがいなくなった屋敷だということで一気にやめていくメイドたちがいた。
「ナトラリベスとも関係が深いようだな。水の無断輸入、奴隷の買い付、それらに便乗する公爵家から資金援助を受けなくてはならないぐらいの浪費家、前妻のストッパーが外れてからの拍車はすごかった。あの女と結婚し、公爵へ上がらずとも、侯爵になればまた収入も増えると踏んでいたようだがギーに見つかり監禁、カルミナの地で地下室なんぞに監禁して一日持つ者がいるわけがないという常識もないようだな。ノクティスがいなければギーは死に、その死体を隠すさらなる罪もあっただろう。」
「そんなこと知らないわ!」
「知っているはずだ。」
旦那様が一体何をしているのかもうすっかりわからなくなっている現在。
クリスタルは知らないで通そうとしているがそうもいかないようだ。




