21
夕食は部屋で取った。
この二日ほど、量のちょうどいい夕食が出る。
ありがたい。
でも、今日はデザートのアイスが二種類も出た。
蜂蜜風味のレモンのアイスとチョコレートだった。
なんとなく、機嫌取りをされているのが解る。
食後はいやることが無くなる。
ゲラダ王子の執務室へ行くならまだしも、今日は行かない。
「実はオリーブ様から候補の方々へたくさんのお花が届いておりまして、湯浴み前にお部屋に飾られる物を選びませんか?」
部屋に飾るなら切り花だろうかと思い、久しぶりに花束を作るのもいいかもしれない。
ミラについていき、地下室へ向かった。
お店の地下よりも冷える地下室にはチョコレートの箱やお酒のビンが仕舞われ、一角に桶に入った切り花があった。
「花瓶を考えていなかったわ。」
「花瓶はこちらをお使いください。」
そう言って見せられたのは三つの花瓶。
四人が三つずつ作っても花は十分に余る量が置かれている。
「ありがとう。重いでしょうから先に部屋に運んでもらえるかしら。私も花をもっていくわ。」
「すぐ上の部屋に作業用の部屋ございます。エプロンやハサミも用意してありますので、花瓶も同じ物が運んでありますからお気になさらずゆっくり選んでください。」
見本として置かれていた花瓶を見ながら近くの開いたテーブルに適当に取った材料を置き、色合いを見ながら開いた桶に移し、
「行きましょうか。」
「もうお決まりですか?」
「ええ、あまり時間をかけたくもないって言っても、ここは花屋じゃなかったわ。」
ミラにドアを開けてもらい、作業室へ移動する。
床に布が敷かれ、その上に紙が敷かれている。ぬれたり、汚れたりするのを防ぐためだろう。足の甲に架かるほど長いエプロンをして、水揚げは終わっている様子の花を組んでいく。
丸い深皿のような形の花瓶には背を低くして活ける。
小さな花束を作り、花瓶の淵によりかからせる。
蔓性の植物がこぼれ出ているように流す。
さらに葉っぱを数種類入れる。
花よりも葉の方が多いが黄色と淡いブルーの花が白い小花と一つになり、涼し気でかわいらしい。
「まず一つ目ね。」
「こちらは廊下に置こうと思います。次はこちらの水瓶です。」
両サイドに持ち手がある銅が大きく、首が細い、口が少し開いたオーソドックスな花瓶。
どの方向から見てもきれいに見えるように活けることが多い。
私もその予定で花を選んだ。
大振りな花を中心に半円状に花束を作っていく。
間に黄緑の小花を挟み、大きな長さのある葉の上部を丸め針ばねで詰める。
これも間に入れ込み、花瓶に水を満タンに入れてから活けこむ。
あふれる水は下に置いた桶へ流れ出て、並々の水も少しこぼす。
高さのある花瓶では花や葉が底まで着かないことがあるため水ができるだけいっぱい入れた方がいい。
「また違う雰囲気ですね。真っ赤なバラと濃いピンクダルーアとマームでまとまった色合いです。黄緑がまたアクセントですね。」
「ミラがほめ上手でうれしいわ。ダイニングでよく見る花瓶だから見目うるさくないようにしてみたの。」
「では、こちらはダイニングへ置きましょう。あとはノクティス様のお部屋に飾る物です。」
筒形で、置くのはベッド隣のチェストの上だということで形を変更しようかと考え始める。
当初は先ほど使った大振りの花に葉を沿えるだけのシンプルな作りにしようかと思っていた。
この花瓶は廊下隅で机に乗っていることが多く、目につきにくいため花瓶を活かそうかと思ったが室内ならば
「ごめんなさい。もう一度花を選んでもいい?」
「もちろん。」
また下へ降りる際は不要となった多めに持って来た花を戻す。
先ほどよりも花が減っている。
ほかの候補もやっているのかと思うと
「王女のテストみたいだな。」
と、いう私のつぶやきミラは常時にこやかな顔だった。
部屋まで花瓶を持って行き飾ったはいいが、これは何だろうか?
ローテーブルにはいくつかの果実酒と果実酒を冷やすためのおしゃれな桶が二つ、三本ずつ冷やされている状態だが、近くのワゴンにはグラスの替えとこれまた果実酒が乗っている。
中には私の好きな蜂蜜酒もある。
「あいつ、ここで晩酌するつもりだな。」
昼間のことがあり合いにくいのだが、お酒が入れば気分も良くなる。
その後つまみになる物が届く間に
「先に湯浴みをなさったらどうでしょう?」
「ゲラダ王子が来るのよね?」
あれ?
これ私の分なの?
それなら量が多くないか?
なんて思っていると
「また朝まで飲んでお風呂入り損ねてしまいますよ。」
と、チョコレートをお皿に乗せてきたコルヌが言う。
確かにそうか。
寝る前に着替えればいいのだからと思ったらミラから渡されたのはパジャマと思しき白い服。
「パジャマ?」
「ゆったりとしたワンピースです。」
「パジャマじゃないの?」
「ワンピースです!」
譲らないミラに早々に折れ湯浴みへ行く。
ゲラダ王子が来るまでまだ時間があるとマッサージやらエステやら除毛やらフルコースでされ、気が付けば日付の変わる三十分前、ワンピースと言い張る物を着てみたが、確かにいつもの動きやすいまっすぐストレートな物と違い、上半身と下半身で縫い分けられ、胸元の刺繍も凝っている。
長そでを着て寝ることが多いのだがこれは半そでよりもやや短い、三分丈ほどしかない。
しかも、この年で袖にリボンのようなデザインの物を着るとは思わなかった。
パーティーで皆が来ている物よりは少ないが日常的に着るにはやや多いスカートの裏生地の枚数。
誰の趣味だろうと思うがきっとゲラダ王子の趣味なのだろう。
ソファーに座り、お茶をもらおうかと思うと
「先に少し飲んでいても構わないそうですので、どちらから飲まれますか?」
ならはじめから飲んでいていいと言えばいいのに
飲み始めて数分、髪を乾かしてもらっていることもお茶を頼めば出てくることもすっかり慣れたな。
と、思っていると急ぎ足の靴底の音が聞こえてくる。
「やっと来たみたいね。」
「では、著中で申し訳ないのですが私たちはこれで失礼いたします。」
「遅くまで相手してくれてありがとう。」
マッサージでだいぶ気分も持ち直した。
大丈夫。
もう泣かない。
ゲーラはもういない。
自分に暗示をかけ、メイドたちが出ていったドアから替わるようにゲラダ王子が入ってくるがその服装は大分簡素。
「悪いな。待たせた。アヌビスが急にケティーナへ行くと言い出してな。」
「サンスを追うんですか?」
「そのようだ。」
ソファーに腰を下ろし、慣れた手つきで果実酒の栓を抜く。
適当にグラスを取って注いだ。
「そうなりますと海上保安の方は?」
「カフカスが調整している。陸の赤坊隊から一人出す話も出たが土俵が違う。アヌビスの補佐をしている、ムスカ令嬢の婚約者殿はまだ若すぎるからと本人が辞退した。海の上は未婚の若い男か、結婚して子供も成長している昔からの軍人しかいない。アヌビスでも束ねるのに権力を使ったんだ。一回の貴族なんて舐められるだけだとよ。」
「なかなか人選が難しそうね。」
大丈夫。
普通に話せている。
大丈夫。
普通にしていればいい。
世間話。
考えずとも言葉は出る。
でも、ずっと胸が痛い。
落ち着かせるように鼻で深呼吸をして、胸に手を当てる。
「まだ痛いか?」
「ん?」
なんで痛実があることを知っているのだろうという顔で返すと
「自分で言ったんだぞ。……ゲーラが好きすぎて胸が痛い。ゲラダ王子じゃこんなことないのにって」
「……はい?」
「ゲーラが好き過ぎて胸が――」
「いい何度も言わなくて!」
顔が熱い。
今なら頭に薬缶を乗せたら沸くのではないかと思うぐらい熱い。
ゲラダ王子は私の横に座りなおし
「ゲラダ王子がこんなことないのにってお前は言った。」
「言ってない!」
「言った!」
彼とは逆に顔を向け、グラスの中身を飲み干す。
「この話が解決するまで寝かせないからな。」
「では一生不眠不休で頑張ってください。そもそも、解決しようにもどうするのですか? 問題も答えもそろっているではありませんか。」
自分でグラスに蜂蜜酒を注ぎまた飲み干す。
「こっちも飲んでみろ。」
「いやよ。その赤黒いの確か渋かった。」
「これは甘い。今回用意したのはお前の好きそうな甘口の酒だ。」
そう言ってビンに付いたラベルを見せられた。
まあ、見てもわからないのだけれど、ゲラダ王子が持っていたグラスをもらい、彼の顔を横目に少しだけ口を付ける。
「……甘い。」
「ここでチョコレートを食べる。」
そう言って差し出されたチョコを口に入れる。食べ終わったところで
「はい飲んで」
いわれた通りに口に運ぶ。今度は味わうために一口だったが
「渋い!」
「当り前だろ」
隣でけらけら笑う。
その顔が嫌だ。
町のちょっといい食堂で食事をしていた時も私が出された食事の量が多くてデザートのケーキが入らなくなった時も同じように笑われた。
あれは一年も前のことではない。
同じ顔で笑わないで、同じ声でも耐えられないと今思い知っているのだ。
これ以上追い込まないで。
頬をまた涙が伝う。
昼間ほどじゃないが、大粒の涙が一つ、流れるのを隣から差し出された手が止めた。
「また泣くのか?」
「泣いてないわ。思い出に浸っているだけよ。」
また膝を抱えて座り、彼に見えないように膝に頬を乗せる。
「こっち向いてくれ」
「いやよ。」
前を向いてはグラスに蜂蜜酒を注ぎ、口に運ぶが
「…苦い」
「口直しにほかの物を食べるといい。塩気のある物がいいぞ。」
そう言ってミルクラウンのチーズがクラッカーに乗った物を差し出されるため口を開ける。咀嚼中はそっぽを向いた。
「一つ誤解を正さないといけない。お前は数合わせで呼んだわけじゃない。」
「知らない。」
「もし数合わせなら披露パーティーまでに二人も辞退させたりしないだろ?」
「知らない。」
「パーティーでお前が隣に座らせられたのは俺が意図的にしたからだ。」
「ふ~ん」
「あの場では最有力が誰なのかも見せる必要がある。」
「あっそ」
順番なんて確かにそうだろう。
国の歴史書で何度も王妃選びからの披露パーティーの様子も書かれており、向かって右から爵位の高い順の時もあれば爵位が高い者が王子の左右に座り、端へ行くほど低くなる場合もあった。
現国王陛下の時がそうだった。
最高爵位の双子が左右を固めていた。
そんなことはもうわかっているでも、
「どちらかを贔屓すればどちらかが嫉妬する。クリスタルとインペラートル令嬢の関係性は国家転覆もあり得る。でも、グッダ令嬢は前で出すぎる節があるわ。」
「よくわかっているじゃないか。」
自分の声が拗ねている。
彼の声が近い。
服の上から熱も伝わってくる距離。
「あなたにとって候補の中では一番扱いやすいのが私だってこともよくわかってる。」
「またそこに戻るのか」
呆れた声、距離が開いたのか少し風が通った気がする。
「お前が懸念するスペールディア令嬢はある調査のためにここで引き留めているだけでそれこそお前のおまけだ。仲が良いのかと思ったが違ったようだしな。」
「あの子は仮面を被るのが好きなのよ。あなたによく見てもらいたくて好きでもない格下の令嬢と親しくして、大っ嫌いな奴隷の私と仲良くして、大好きだった愚痴や陰口も抑えて、悪い遊びを教えてくれた令嬢と縁を切って、好きだったクラブへも行かなくなった。」
「聞いていた話と全く違うが……」
「学生時代の話よ。」
あの頃の仮面をつけたまま、うまく大人になってくれればよかったのに、
「あなたが知っているのはいつ頃から?」
「ギーの報告は家のことばかりだったからな。卒業後にナトラリベスに旅行へ連れていかれた後からだな。もうすぐ十年か。」
「じゃあ、今より少しマシなあの子しか知らないのね。貴族学校の十五歳まではすごかったのよ。おかしくなる薬とかに手を付けなくてよかったと思うぐらいに」
「家を出てからはやっていたようだがな。」
ゲラダ王子の顔を見る。
「ノクティスが成人して、あの家を出てすぐだ。その前から付き合っていた、というよりは体の関係のあった男が持っていた物に興味を持ってやっていた。今でも常習している。法律ではさばけないぎりぎりの物だ。城に上がる前はもう少し強い物をつかっていたが持ち込む荷物を考えたのだろう。」
本当にあの子はダメな子。
私がいないと旦那様の言いつけが何も守れない。
「恋人、体だけの関係、貢ぐ男。なかなかバラエティーに富んでいた。」
「笑い事じゃないわ。だからあの子を城にあげたの? いけない薬を取り締まるため?」
「いや、それはまた別の話だ。」
グラスに蜂蜜酒以外のお酒が注がれる。
炭酸の入ったお酒だ。
のど越しが良く、どんどん飲んでしまう。
「スペールディア伯爵が何やらナトラリベスの準王家と何か交渉をしているようなんだが今のところまだ証拠がない証拠を押さえたギーも捕まってしまったぐらいにな。」
「ナトラリベスとの交渉なんて水路と私の両親が行っているらしいっていう公使の仕事しか知らないわよ?」
「水路?」
「ええ、国にはナトラリベスから水を買っていることになっているけど地下を通してあの国から流してもらっているのよ。水道代は払っていないわ。その分請求を隠すために賄賂として準王家へお金を渡しているってお父さんが言っていたわ。あまりやりたくない仕事だけど、私が奴隷であの家にいたから」
「両親はなぜ公使なんだ?」
「そこまでは知らないわ。手紙が来なくなったし」
「そうか」
グラスを煽り空にするとすぐにお酒が注がれる。
「早いわ。」
「飲み比べも良いだろ。」
そう言って彼もグラスを煽る。
ゲラダ王子が今のところ誰も王妃にする気がないということが解った。
それなら早く解放してほしい。
ここにいると、王子を見るとゲーラを思い出し傷心している自分がいてなんだかイライラ、もやもやとしてくる。
また涙が出てきたと思い、膝で拭う。
「また泣いたのか。」
膝の上に染みを撫で、抱き寄せられる。
いつの間にか彼も片膝立ててソファーに座っていた。
背もたれに肘をついていたが私へその手を伸ばし、ゆっくりと抱きしめられると私の体がこわばる。
「ごめんな。俺が王子なんかじゃなかったらすぐに迎えに行けたのに、こんな立場だし、問題が次々起こるからまだ言えないんだ。」
抱きしめてくれる腕に顔をうずめ涙をこらえるがどんどん落ちていく。
私、こんなに弱くなかったはずだ。こんなに密着して初めてゲーラの匂いがしたきがした。
目を覚ますとベッドの上、目の前にはゲラダ王子の顔で飛び起きそうになるが
「まだ早い」
そう言われ、布団に戻された。
「な、なんで⁉」
まって、
服着てる⁉
着てる、
大丈夫、
問題ない。
慌てる私を見て、楽しそうに笑い、
「愛してるノクティス。おはよう。でも、もう少し寝かせてくれ。」
「何気持ち悪いこと言ってるの!」
「一様傷ついたぞ。」
と、いわれるが眠気に勝てない顔では説得力がない。
「お前だって、昨日さんざん言ってただろう。俺のこと好きだって、愛してるって」
「嘘よ! 記憶にないもん!」
「言った。」
「言ってない!」
バタンっと急にドアが閉まった。
誰かメイドが起こしに来たかと起き上がり、枕元の時計を見るがまだ起きるには早い。
「だから早いって言っているだろ。」
ゲラダ王子が覆いかぶさるようにして私を布団に戻す。
「なんで服着てないの!」
「寝るときはいつもこんなもんだ。熱いだろ。」
「じゃあ、一人で寝て!」
目のやり場に困り枕に顔をうずめると首筋を生暖かい物が通った後にひんやりとした風が通る。
「ちょっ! 何しているのよ!」
「静かに、そのまま」
口をふさがれ抵抗しようとすると廊下で足音がする。
また誰か来ると思って体をねじらせ王子と向き合い、撥ね退けようと押し返すが全く動かず、息苦しい手を何とかしようと腕に爪を立てると
「痛っ! 爪立てるな。力むから息しにくくなるんだろう。」
知らないわよそんなこと!
と、思っているとまた足音が今度は走っていってしまった。
「こんなもんか。」
そう言って口を押えていた手が外された。
「何がしたいのよ!」
「何って協力してくれるんだろ? 既成事実」
すっかり忘れていた。
じゃあ、もう終わりかと体の力を抜く。
だが、
「それじゃあ、もう少し寝るから」
私に覆いかぶさるように寝転がり、私の肩口を枕にしやがった。
ものの数秒で眠りに入ったことに驚きと怒りと呆れがやってくるが誰にぶつければいいのかと悩み、適当に放り投げた。
重みのある苦しさから顔方されたことで目が覚めたら
「おはようございますノクティス様。」
にこやかなミラと
「ゲラダ様、早く押したくされませんと朝食に間に合いません。」
呆れた様子のオーギュームさんがいた。
「ドレスのご用意はできております。」
「今日はドレスなの?」
恥ずかしさに顔が熱いができるだけ平然とした顔をしているつもりでミラはにこやかで、ごまかせていないことにさらに恥ずかしくなる。




