20
城に戻り、私室で着替えて向かうのは庭園。
王女と王妃が趣味で国内外の植物を集めているという話は聞いたことがあり、庭園もまた、リリアの仕事の範囲に含まれる。
庭園にある東屋はまるで鳥かごの様だが、つるされた椅子が何とも可愛らしく、待たせてしまっていた王女は椅子に座って足をふらふらさせていた。
第一王女オリーブ様、幼いことに島の外の病気にかかったことが原因で城からめったに出ない。
理由として病は完治しているが体の成長が止まってしまったのだ。
十二歳以上に成長しない体とは裏腹に容姿はどんどん美しくなり、妖精の様だという人もいる。
でも、体が成長しないことでの心労か、発散目的の買い物が多く、一時は国費で賄っていたという噂も出るほどの買い物好き。
数年前から自説騎士団を立ち上げ城の一角に本部を作り、自身の護衛や国営行事でのパフォーマンスに駆り出され、町娘たちの視線を一身に集めたが男からの印象は良くない。
軍部の良いところを選りすぐり連れ出してしまったため一時の軍事力の低下が騒がれたが戦争する国もない今、毎日訓練しかしていない軍人、兵に比べたら仕事がある方だろうと思う。
「遅れて申し訳ありませんオリーブ王女。私がノクティスです。」
「まだ待ち合わせには早いわ。アホがアホしてアホになって帰ってきたみたいで、本当にアホよね。お兄様もあきれていたわ。」
アホとはアヌビス様で間違いないだろう。
扇子で口元を隠しながら話す王女は呆れつつも楽しそうだ。
「今日は時間を作ってくれてありがとう。フェーリアからとても素晴らしい女性だと聞いたから会ってみたかったの。こんな姿でごめんなさいね。」
椅子から降りるとそこには私の半分と少ししかない少女がいた。
年はそんなに違わないはずなのになんだか年の離れた女の子と話しているようだと思ってしまう。
美しい金色の髪に赤茶けた瞳だが、服装はギーの話通り薄紫で本当に妖精の様だと思ってしまう。
「美しい王女とこうしてお話ができる機会をいただき光栄です。」
「少し堅苦しいわ。気にせず、妹のように思ってちょうだい。明け方までお酒を飲んでいたと聞いたからハーブティーを用意したわ。」
「ありがとうございます。」
机に置かれたカップへフェーリアがお茶を注ぐ。
机にはさらにクッキーやマフィンなどのお菓子やケーキも並ぶがなんだか嗅ぎ慣れた匂いがする。
「ハーブの研究もしているの。その過程でたくさん収穫できるから城で飲むハーブティーや調味料なんかはそこから使っている物も多いのよ。今、精油の抽出実験もしているからよかったら試してほしいの。あとで部屋に持って行っていいかしら?」
「もちろん。精油は医療用の物が甘ったるい匂いの物しか見たことがありませんが何から抽出したのですか?」
「バラよ。」
バラ、前王妃成婚の際に多くの果物と一緒に島外から山のようにバラの苗も届いたためはじめは城の庭園のみでの栽培だったが年々挿し木で増やされ第一の門付近にも色とりどりのバラが咲いている。伸びた蔓性のバラが街頭のアーチを通って町中に広がっている。店と隣の建物の間にも柵がり、そこにも少し咲いていた。数年すればもっとたくさん咲くのだろうと楽しみにしていた。果物の苗は島内各地で成熟に適した気候の場所を選び栽培がおこなわれ、今ではなくてはならないレモンなどもその時に入ってきた物だ。
「鼻炎などのアレルギー緩和や虫よけなどに使われる精油も組み合わせて香水として使われているでしょ。バラは今まで山のような花びらが必要だからできなかったけど、庭園の奥に私専用に香り高い品種だけの農園を作ってやっと三本分できたから王妃様とあなたに贈ろうと思っていたの。」
「そんな貴重な物、もらってもいいのですか?」
市場価値がまだわからないようなものをもらっていいのかとためらうが
「グローリアを助けてくれたお礼よ。それに本当に価値がわかる人に使ってほしいの。」
やはり、見た目が幼いからと言って中身が幼いとは限らない。
「特務部隊の話を聞きました。私的なことなのですがウィードミレの巫女について何かご存じありませんか?」
「あなたのお母さまの生家ね。いろいろと良くない話は入ってくるけれど、外出できない以外は不自由はなさそうよ。まあ、城の外は荒れた砂漠、外にでる必要はないのでしょうけどね。近親婚で原始的なピスティアとポプルスのテリーとしての血を色濃く受け継ぐ家系ですから何かあるようだけど、そうね。今のところは予言ができるということ以外は詳しく聞いていないわ。」
「大事な情報をありがとうございます。」
「これであなたも情報の共有者よ。候補から降りたら私の元へ来てほしいの。もちろん薬屋も続けながらで構わない。シルバと二人、表向きにできないケガをした騎士を見てほしいの。」
「そういうことでしたらいくらでも店へ来てください。これからは私も前のように店にいますし、夜中でも誰かしらいます。見習い試験の方を少し工夫してもらうことになったので」
誘拐事件のせいで店に一人という状況を禁止されてしまった。
「助かるわ。どう育てればあなたのようになるのかと考えてしまうわ。灰魔術師も毎年一人こちらへ誘うのだけど断られて、気づいたらやめるといいだすし、白魔術師は近くの国立病院の先生を一人と城の医師の二人なのだけれど、城の医師はてんでだめでね。やっぱり、実戦経験がないと務まらないことが多いわね。そうだ、あなたに謝らないといけないこともあったの。」
扇子を閉じて、お茶を飲んだ後、一息ついてから
「披露パーティーの日、アヌビスのところに私の騎士団を連れていってもらって訓練に参加したのだけれど、そのせいであなたをはじめ、候補の監視が手薄でね。訓練に参加できるほどの基礎力もないような見習いだけが城に残ってしまって、まさか食中毒なんかをコックや見習いを買収してまで行うと思わなかったの。直接の打撃は灰魔術師で、あなたへの被害なんて治療と後始末に追われる程度なのに、って思ったら彼女、ムスカ令嬢だったかしら? お兄様ともう一度踊って、その後テラスへ連れ出すことに成功した物だから、そこに食中毒でノクティスが治療しているという知らせが入るまでの十分間独占できたことで満足すればよかったのに、誘拐まで行うなんて、おろかよね。」
ここで初めて誘拐の首謀者を聞いたがそうやって私をさらわせたのか、城から出るには兵や門番がいる。
候補の手紙は必ず読まれてしまう。
そうなると
「ムスカ令嬢のお父様って……」
「軍のトップ大臣よ。兵の眼なんてどうってことないし、こっそり出ていくなんてお兄様以上に得意でしょうね。攫うのに使った人員も軍人。ムスカ伯爵は降爵、男爵まで落としたわ。娘が妃になることに目がくらんで娘に協力したが自分は国に仕える者でありたいという意思は組んであげた。もともと、仕事はできるし、今まで大きな問題もない。娘に甘いこと以外に問題って問題がないからこれからは身の丈に合った働きを娘ともどもしてもらわないといけないわ。そこで、ルシオラ・ムスカには私の息のかかる軍人との婚約を進めてもらうことになったわ。次期軍事大臣として名高い男でアヌビスの補佐もしている。大人しくしていれば何もしないと言ったら良い子に同意したわ。」
再び扇子を開き、にこやかな顔になる。
私はつられて笑うが苦笑いだ。
その後はフェーリアも加わりシルバの話やギーの屋敷での様子などを話、お茶会は終わった。
面倒なため着替えずに店へ戻る。
マーレによって運ばれたカルテの一部は明日サンスのお店へ来店予定のお客の分があり、メディコスさんに見てもらいながら急ピッチで作業が進められていた。
「噂はもう回っているようですよ。」
「噂?」
嫌な予感しかしない。
「サンス・オールがアヌビス様の求婚を断り、さらに毒を盛って隣国ケティーナへ逃げたと」
「間違ってはいないけど、アヌビス様とサンスの気持ちはそっちのけな噂ね。」
「ノクティス、病院と薬屋へ連絡が終わった。事情を説明して分担できるようにしてある。出張所は一時的、あとは近くの、私が信頼している店や病院で処方できるように手配してある。そうだな、期間は三か月だ。」
短時間でもう連絡が取れたのかと思うと胸に国章を付けたスムールがいた。
ゲラダ王子が使わせてくれたのだろう。
「じゃあ、明日は朝食後すぐに出張所へ私が行くわ。シルバとモウス、マーレを――」
「いや、ノクティスは城を離れるな。店も午後だけだって言われたんだろ。」
メディコスさんに止められてしまった。
「もう普通に働けますよ。」
「友達が心配なんだよあいつは、城の灰魔術師を二人とここから見習いを三人行かせる。お前は各病院、薬屋へ行くようにって案内を作れ。あとオール薬局が少しの間閉店しますって張り紙もな。字得意だろ。」
誰にでもできる仕事を割り振られた。
そんなに必要ないだろうかと思いつつ、マーレとともに城へ戻った。
ゲラダ王子の執務室へ向かうと
「ああ、ノクティスか。」
眠たそうに言われる。
「アヌビス様の容態は?」
「しばらくは熱にうなされるが摂取量が多い割に問題ない。もともと、王族は産まれながらに毒には抗体を作ってきた。だから、もうしばらくは寝ているように少しやってきた。」
なんだか、不穏な言葉を聞いたが聞かなかったことにした。
それから一週間、熱が引き、二週間で手足のしびれが無くなったというが問題の毒、ヒノコロソウは熱が出るだけでしびれはないはずだと思ったが動けないようにしたとゲラダ王子が言っていたことを思い出し、何も言わないで置いた。
体が訛っていると言ってすぐに訓練に行ってしまったのを見送り、私は報告にゲラダ王子の執務室へ向かった。
なんだか最近、アヌビス様の看病をすることになってから城内での視線が気になる。
自意識過剰なのかと思ったがこそこそ話す言葉にクリスタルの名前が出たため視線を浴びる原因があの子にあるようだ。
変な飛び火ではないといいが
そんなことを考えつつ、執務室に入るとオーギュームさんがノックをする前に開けてくれた。
いつものことだが、中から聞こえる声は王子とギーでも、ミラでもコルヌでもない女性の、しかも少し口論になっている声だった。
「イラのところへ行っているとは本当でございますか?」
「なんの話だ?」
「あの女が自慢してくるのです。昨晩あなたが部屋に訪ねてきたと、なぜ彼女だけなの? あたしのところに来て!」
わがままな様子にため息をつき、声をかけようとするとゲラダ王子ににらまれる。
「俺にどうしろっていうんだ?」
めんどくさいという口調の彼を見るのは初めてだ。
呆れられたことはあるがこんな低い声を聞いたことはない。
機嫌が悪いのはすぐにわかる。
でも、それを察するほどクリスタルは利口ではないのだ。
「今晩私の部屋へ来てくださいな。それで浮気を忘れて差し上げます。」
誰がいつ浮気したのかはさておき、クリスタルの様子が何だかおかしい。
憧れの王子にこんな上から言う子ではなかったと思うが
「では、順番に回ろう。それで満足だな。順番は候補で決めていい。用事があれば変わるのは自由だ。私は寝室で待っているがそこから君たちの私室へ移動する言いな。」
「はい。もちろんですわ。あと、最近どなたかから嫌がらせを受けておりまして」
「その話は夜にでも聞く。仕事の話があるんだ。早く帰ってくれ。」
オーギュームさんにより、給湯室に隠れていた私はクリスタルが出ていってやっとソファーに座った。
「あんなこと言って大丈夫なの?」
何もなかったとはいえ、それこそ既成事実だ。
「一回は付き合うが最近仕事が忙しい、途中で誰かに呼びに来させるから問題ない。」
「二回目は? 私の番なまだしもすぐに二回目が来るわよ。」
「その前に既成事実を作ればいい。協力してくれるのだろう?」
なんだか楽しそうに言われる。
「なんせ国色の赤のドレスを選ぶような常識外れの三人だ。どうせ朝方ほかの候補の部屋を覗いてくるようにでもメイドに言うだろうからそれを利用する。」
「いやな予感しかしないわ。」
「なに、その分の守りは固める。問題ない。あと、何か最近困ったことはないか?」
困ったこと、困ったこと、何か最近、見習いにもよく聞かれる。
「困ったことありませんか?」
何だろう。
店の運営やそれこそ王子の既成事実を手伝うなんて酔った勢いで言ってしまった自分に困っているがおそらく聞いているのはそういうことではないだろう。
関係ないだろうが
「教会への出入りができなくなったのよね。それには困っているわ。」
教会、婚儀も葬儀も行う場では清める意味で薬草を使うが使い終わった物は必要なくなるため安価で譲ってもらっていた。
そのお礼に子供たちにお菓子を届けているのは今も変わらない。
「そうか。こっちでも話をしてみよう。あそこは最近、管理者が変わったんだ。そのせいだろう。」
そうだったのか。
急に入るなといわれたため何も聞かされていなかった。
「あとは?」
「それ以外は特に思いつかないけど、何かあるの?」
「いや、困っていないならいい。そろそろもう一度採寸をしてドレスの注文を出そうか。」
「これ以上いらないって何度も言っているでしょう。」
「ほとんど着ていないのなら意味がない。ここにきてだいぶ経つが少し丸みが出たな。」
遠巻きに太ったといわれた。
いや、太ったのは実感しているのだが、
「夕食の量が多いのよ。毎日デザートまで出るし、朝ごはんいらないときもあるのよ。」
「食が細かったのは知っているからあれでも少ない量にするように言ってあるんだ。それに太ったって言いたいんじゃない。健康的になったと言ったんだ。灰魔術師は食事をおろそかにしやすい。」
「調合に時間を使いたいもの。」
執務室のソファー横には雑誌ラックがあり、いつも最新の論文雑誌が入っている。
手に取り、開く前にまた靴を脱いで膝を抱えて座り、私は視界いっぱいに雑誌の紙面が来るよう膝に立てて乗せた。
ここ数日はこうして過ごすことが増えた。
午前中、材料を持ち込み、使用人用の厨房を独占、と言っても半分も使っていないが久しぶりにお菓子を作っている。
教会へもって行く分は店で作っていたが最近は午後の時間しか店に行けないし、教会へも行けない。
久しぶりに作るならと使用人のお昼に出してもらおうと思い、たくさん作れるパウントケーキにすることにした。
アルコールを飛ばした果実酒の蒸留酒に一晩ドライフルーツを漬け込んでおいた。
部屋の給湯室でやっていたため、入ってきたギーめまいがすると出ていってしまった。
酒から取り出したドライフルーツを型の底に敷き詰め、作った生地にナッツ類混ぜてから流し込めばあとは焼くだけ、パン作りの窯を貸してもらえたので焼き上がりまで時間はかからないだろう。
昼食の手伝い中に焼き上がり、荒熱を取ってから型から外しドライフルーツを漬け込んでいたアルコールを砂糖と一緒にもう一度に詰めてから切り分けたケーキに塗れば甘い香りだが大人の味のパウントケーキの完成だ。
持ち帰れるように紙の箱に入れ、準備された一人分の食事に添える。
使用人だけで二百人はいる。
さらに見習いや城警備なども入れると五百人は超える人数の食事を作る厨房は以前の殺伐と作業をする雰囲気が活気ある物へ変わっている。
約五十人ずつ交代で食事があるためそれに合わせて私もケーキを焼く。
最後に、アルコール無しとアルコール入りも作り、バスケット三つ分を持ち出す。
店や寮、実験室に顔を出し見習いや灰魔術師、白魔術師にも配る。
途中、ギー見つけ王女の分とギーの分も渡し、忙しそうなカフカスを捕まえ、アヌビス様の分と二つ渡し、クリスタルのところへ行こうかと思っていたら丁度中庭で見つけた。
クリスタルはいつも赤いドレスを着ていいてどこにいても目立つ。
島外から入った裾を引きずるようなドレスを好んで着るようで、いつも広い廊下だろうと、端にぴったり寄らないと靴の先がドレスに触れてしまうほどだ。
きれいな円を描くドレスの裾だが、毎度あらうのが大変らしく、クリスタル付きのメイドが朝から晩までかけて前日に着たドレスを洗っているらしい。
洗ったところでどんどん新しいドレスを買うため着ないでいる物も多い。
ドレスの裾を踏めば周りを固めるメイドたちが踏みつけた者を罵倒し、クリスタルが着にしないと答えて歩き出す。
でも、少し歩いて、自分のメイドしかいなくなると裾を踏まれた愚痴をずっと言っていた。
なんだか十五歳ごろの彼女に戻ったようだと最近ひしひしと感じている。
そんなクリスタルと一緒にいるのはあの宰相の娘インペラートル令嬢。
にこやかなお茶会に見えるが腹の探り合い、化かし合いに見える。
「昨夜順番通りにわたくしの元へ王子は来てくださいましたわ。お酒を飲んで、ちょっとはしたなかったかもしれません。婚約中とは言え、まだ成婚していないのにあんなこと」
頬を染めながらいうが、もともとチークが濃いため何とも言えない。
「いい思い出になったのではありませんか? 王子ったら昨日の朝私を起こしに来てくださって、口直しとか、消毒してほしいとか、甘えてこられて、本当に困っちゃう。なかなかベッドから出られなくて朝食へ遅れてしまったわ。」
クリスタルはそういうがどうせ朝起きられないのだろう。
ゲラダ王子が甘えてきたらちょっと気落ち悪い。
「今晩は、あのネズミ女が顔を出しても突っぱねてわたくしのところへ来てくださるとお約束を」
「何を言っているの? 順番は守らないと、でも、うちの元奴隷の使用人のあの子はきっとそんなことさせないで、私のところへ行くように言ってくれるでしょうね。なんて言ったってあの子は私無しでは生きられないのだから」
おほほほほほほっなんて笑い声も聞こえる。
だいぶ私はみじめな人間と思われ、さらに今でもクリスタルのために動く駒らしい。
実に滑稽だ。
私のことを友人だなんて口先だったのだろう。
それを信じていた私も滑稽だな。
どうしようか。
ケーキ、自分で食べるかな。
「何しているんだこんなところで?」
背後からの声にため息をつきつつ、振り返り、
「いいところに来たわ。これあげるから、使用人には配った、というか、昼食で食べているでしょうけど、余った分だから、こっちがアルコール無し、これがアルコールは飛ばしたもの、こっちはアルコールあり、あなた果実酒の蒸留酒好きでしょ?」
「ああ」
返事はするが興味はもうバスケットの中。
紙箱を開けてアルコール風味のケーキを食べる。
「うまい。」
「よかったわ口に合って、オーギュームさんはアルコール無しもあるから食べれそうなら、あとはみんなで分けて、」
「ありがとう、皆喜ぶよ。」
そう言って笑う顔はゲーラの時のようで胸が苦しくなる。
もう会えないのだからいつまでも引きずる物ではない。
「ありがとう」
「何度もいい――」
何度もいいわよ。
そういいたかったのに私は自分に起きていることに驚き言葉を止める。
頬をどんどんと涙が滑る。
何も怒られたり悲しかったり、うれしいわけでもない。
これといった感情は王子に向けてしつこいといいたかっただけなのに、なんでこんなにどんどんと涙がこぼれるかと、止められないのかと手元にあるバスケットを落とし、手で顔を覆う。
「ノクティス?」
私の様子が一変したことにゲラダ王子も困惑した顔をしたあと困っている顔に変わった。
目の前で誰かに泣かれたことがないのだろう。
どうすればいいのかわからないようだ。
「ノクティスどうした? どこか痛いか? 苦しいか?」
まるで子供をあやすように言うのが気に食わないが確かに痛い。
胸が痛い。
何度も刺されるような痛みがある。
こんなこと、今までなかったと思う。
なかったはずだ。
ゲーラがゲラダ王子だと知ったときよりも痛い。
「目を擦るな。ほら」
そういってハンカチを渡された。
でもそれは私がゲーラにあげたもの、無地では失くしたときにわからなくなると言ってこの国の国花ファーファレノの葉にそこから伸びる花芽、寄生植物のこの花がマグマの大地、生き残った木に寄生しマグマの熱気で花開いたことで選ばれた。
寄生のため伸ばす根で筆記体でゲーラと入れた。
よく見ればあの時一時間もかけずに作ったせいか少し文字が曲がっている。
花もグラデーションなく白い花弁に黄色いリップだ。
白地のハンカチなのに、ゲーラもその時同じことを言って今度は時間があるときにお願いすると言ってはいたがその後はなかった。
涙をふくことなく、握りしめられたハンカチにしわが寄る。
「……ゲーラに会いたい…」
思慕しだした声が自分でも情けない声で、うつむいたまま動かないでいると
「俺だって戻りたい……」
そんな声が頭のうえからしてきた。
ゆっくり顔を上げると思った以上に彼の顔が近くて、でも、目をそらせなくて、彼が目元を拭くように私の頬に触れて親指を動かす。
顎まで添えられたに誘導され、気が付いたときには唇が暖かかった。
その後のことはよく覚えておらず、落ち着いたときには私室にいた。
気分としては変な夢を見てしまったような、
あれが現実であってほしくないと思うような、
でもなんか少しうれしかったような、
なんとも言えない気持ちなのだが、
目の上に乗せていたタオルが温く、机に氷水があることから一度浸して絞り、また眼の上に乗せる、氷は残っている。
まだあれからそんなに立っていないはず。




