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結果的に言うとパーティーは問題なく行われのだけれど、サンスが来なかった。
あの子のことだから手紙を読んでいなかったのだろうか。
あの家のポストはよく蓋に手紙が引っかかり、私の手紙も気づいたら一か月前の物だったなんて手紙に書いてあったこともあった。
サンスは陸軍赤坊隊によりナトラリベスとの国境付近で見つかり、城へ来たはいいがどうやらアヌビス様の行動が気に食わず、撥ね退けて城を飛び出した。
とのこと
「それで、アヌビス様は?」
「メラニンにスムールまで使って捜索へ行っています。」
コルヌの兄カフカスを交え、ゲラダ王子と果実酒に口を付けている。
パーティーは終わり、サロンでゆっくりしているところだ。
「あの娘を気に入ったようでして、やれやれです。」
口にするのも面倒だという表情のカフカスに苦笑いを返す。
「でも、アヌビス様が女性に興味があるなんて珍しいですね。いつも簡単にあしらって、適当に話して、突き放してって私は思っていたのですけど」
披露パーティーでも私に声をかけた後、グッダ男爵令嬢を誘い、見事ファーストダンスの開いてとなった。
その後も候補と踊り、客と踊り、気が付いたらいなかったり、ふとした時に戻ってきていたり、自由な人だった。
今回の自分の婚約者探しパーティーでは興味の湧く女性がいなかったのか、珍しく公式行儀に参加していた双子の妹のオリーブ様と一回だけ踊っていた。
アヌビス様の職場、海上保安なんて男しかいない職場でよくもまああそこまで女性に興味を持たない物だと、私を私室のベッドで寝かせていたことも踏まえると本当に興味がないのだろうなと思っていたがサンスが好みとは驚きだった。
サンスは物事をはっきり言うし、行動力も判断力もある。
会合に出なくても自分の力で薬を処方できるのだから実力は国一だろう。
城の灰魔術師が何人束になっても、私が百人いても敵わないのは目に見えている。
「そうだな。自分の見た目に自信がありすぎるのがいけないのだが、これで少しは私の苦労もわかればいいが」
「それは無理でしょう。苦労なんて人それぞれ、旗から見たときの判断もそれぞれ。私からしたらサンスの苦労に比べてゲラダ王子は楽だろうなって思っていますよ。サンスの苦労は目の前で見られますが、王子の仕事は見ていないし見られない。」
ゲラダ王子はグラスの中身を見ながら
「同じ立場でもか?」
「王位継承権を持つという立場で見るにしても二人、いえ、三人はやっていることが全く違います。国政は民に近い仕事だけどすべてを見られているわけではないし、民にとっては良いことも悪いこともある分、その行動は記憶に残る。保安は民を守っているがその功績を話すのは部下であり同僚が、近しい人に聞かせる評価。特務部隊は表向きの騎士団という印象があまりよくないため裏での活動なんて興味を持つ人も少ない。」
「だからといって業務内容が一緒では仕事していること自体意味がない。」
「国王陛下はゲラダ王子に王位を譲るつもりで仕事を始めさせたでしょう。なんて言ったって長男なんですから、一番評価されやすい仕事に就かせるのは当たり前です。」
私とグラスを往復する視線に私もグラスの中の薄黄緑色の透明度のある液体を見つめ、一気にのどへ流し込んだ。
こんな話をすることに意味はない。
口の中に残る後味に顔をしかめる。
王子が来るまではお茶を飲んでいたため冷えた果実酒の味が解りにくいが、何となく苦手な味がする。
「ミラ、ケティーナからの献上品の酒を持ってきてくれ、ノクティスの口には合わないようだ。」
「かしこまりました。」
控えていたミラが出ていくと同時にカフカスも部屋を出ていった。
残るのはオーギュームさん、ギー、コルヌと私とゲラダ王子。
「確か、甘い酒の方が好きだっただろ。」
「あなたにそんなこと教えた記憶はないわ。」
「じゃあ、ギーから聞いた。」
ギーは大人しく部屋の隅の椅子でオーギュームさんと座っている。
同じ壁、ドアを挟んで隣の角にはコルヌと先ほどまでミラが座っていた。
慣れた様子でゲラダ王子が容易した椅子はほかの調度品とは明らかに作りが違う。
お屋敷にいた頃は立ちっぱなしだったが、こういうところの使用人への気配りができるのは良き主人だと思う。
でも、きっとクリスタルは嫌がるだろうな。
「ねえ、なんでクリスタルに招待状を持って行ったの? あの日、前の店へあなた来たわよね。ゲーラとして」
「……直接渡しても来ないといわれるのが解っていた。」
「そんなに外堀を埋めたかった?」
「外堀?」
とぼけている。
……ようには見えない。
無意識だったのだろうか。
あの頃のゲーラはゲラダ王子のように堅苦しくなく、もっと大きな声で笑っていたように思える。
「婚約をするためにスペールディア家にギーを送り込んで、後妻様なんて元はあなたの婚約者候補じゃない。旦那様の功績を考えれば陞爵もあり得るわ。一つ上がって侯爵にでもなれば二大公爵と最近では肩を並べる家、四大侯爵に入れる。城での財政官の仕事も考えるととてつもなく力のある家になるわ。それこそ、次期王妃本人はともかく、家柄だけで言えば申し分ない。」
何だろう。
だんだん自分がみじめに思えてきた。
「私の妃は私が好き好んだ女性と決めている。外堀を埋めたり、家柄を尊重したりする気はない。その程度のことならインペラートル令嬢も同じようなものだろう。家柄はもともと四大侯爵の筆頭、父親は宰相として私の管理する陸軍をも管理する立場だ。ムスカ令嬢も軍全体のトップとして大臣をしているし、グッダ令嬢の家は神官の家系だ。嫡男が間もなく神官長に就く。辞退した令嬢だって私の母付きのメイドだった彼女の母親が偶然出会った前王妃派の男爵と結婚したつながりもあるし、あの町娘だって教会を運営する商家の娘で、町長もしている父親がいる。どこだって俺には良いことも悪いこともついてくる。それに比べたらノクティスは――」
「数合わせに理由なんて考えなくていいわよ。」
「だから数合わせじゃっ――!」
丁度ミラが戻ってきた。
持っているのは黄金色の液体の入った瓶。
「よく冷えている物をお持ちしました。」
ミラはなんだかタイミングが悪かったと、やってしまったという顔をするため
「ちょうどよかったわ。」
グラスを差し出す。
先ほど入っていた果実酒と混ざるため新なグラスを渡される。
注がれた黄金色の液体はまるで金色を溶かしたようだ。
「ケティーナより、試作中の蜂蜜酒がやっと安定的に出荷できるようになったからと近隣国へ献上されたものになります。」
「蜂蜜って……ミツバチは?」
「国境付近に温室を作りまして、カルミナのマグマの熱や、ウィーンドミレの砂漠の地熱を利用してケティーナの気温でもミツバチが活動できるようになったそうです。」
ケティーナはどことも同盟を組まないことで有名だが国交が滞っているわけではない。
どちらかというとカルミナの同盟国リポネームよりも隣国ということもあり国交は盛んだ。
私が助かっているのは安定的に冷所で育つ薬草や年に一度生え変わる鹿の角や蹄など薬の材料が多く、一度でいいから行ってみたいと灰魔術師なら思うだろう。
さらに輸入で高価な蜂蜜も安定的に供給できるなんて、なんていい国なんだろうか。
「実は数年前から蜂蜜は城へ献上されていたんだ。国境付近とは言え、国境をまたぐ作りの温室だからな。その分、といってもそれ以上だが、献上品をもらっている。パーティーでよくレモネードが出ているだろう。あれだ。」
私初めて城に来たときも二回目も飲んだ記憶がある。
生ぬるくはあったがおいしかった。
「それも少しレモンを入れたり、炭酸で割ったりして飲んでもうまい。持って行くか?」
「一人の時は飲まないからいいわ。仕事もあるし、そうね。城を離れるときにでも手土産にいただけると嬉しいわ。」
「二度と出られないかもしれないがな。」
「人の命がかかっているのよ。白魔術師がそんなことしていいの?」
なんだか、視界の端でギーが呆れたような顔をしているのがちらつくが見なかったことにする。
結局、明け方まで飲んでしまった。
あの後、途中からギーも飲んでいいとゲラダ王子が良い、嬉しそうに私の蜂蜜酒を奪い、飲み干した。
「ギーの分はあるでしょ!」
「今用意しますね。」
「ミラとコルヌは明日も早いだろう。少し飲んでから休むか?」
「よろしいですか?」
王子の誘いに二人ともグラスをもって机に集まる。
オーギュームさんは飲まないのかと振り返ると
「私は結構」
と、言われてしまった。
「オーギュームは明日早朝会議なんだ。それに飲めるが好きではないらしい。」
ミラとコルヌが一杯ずつ飲んで、就業の挨拶をして出ていった。
少ししてつまむものが追加でもって来られたのは二人が声をかけてくれたのだろう。
ドライフルーツをつまみながらおしゃべりが止まらない。
なんだが、前の薬屋にいた頃のようだ。
朝日が昇ることにはギーはソファーで寝落ち、ゲラダ王子がタオルケットをかけていた。
「いつもたしなむ程度にしか飲んでいるところを見なかったが強かったか。」
空けられ、並べられた酒瓶を眺めながら言わる。
「あなたは私以上に飲んでいるじゃない。強いといわれるほどじゃないわ。」
途中、安い果実酒でギーと飲み比べを始めたため私は見ているだけ、飲んだ量が違う。
「お前を部屋に泊めたことにして既成事実でも作ろうかと思ったがそうもいかないようだ。」
「候補たちがいるじゃない。」
私でそんなことしなくてもほかのだれかでよいだろう。
そう思ったが良いことも悪いこともあると言っていたことを思い出す。
悪いことが起こるのに比べたらしがらみのない私が一番手っ取り早い。
本命がクリスタルなのかインペラートル令嬢なのか知らないが本人にだけ真実を伝えればいい。
「友達だもんな……。」
「何か言ったか?」
何度かけても払い落とされるギーにかけたタオルケットを最終的には簀巻きにし終えたゲラダ王子が聞き返してきた。
「手伝ってあげなくもないって思っただけよ。」
「既成事実か⁉」
いきなり食い気味に来たため少し引く。
「実際何するかは知らないけど、なんだか、ほかの候補と仲良くしているところをあまり見ないし、何かあるのかな…って、思っちゃったりもしなくもないからまあ、私は所詮数合わせ、城を出る身なら店代ぐらいは働いてもいいかなって思うわけ、」
オーギュームさんにより、私から引きはがされ、所定の位置に戻った王子、私は靴を脱いで、ソファーの上で膝を抱えて座りなおす。
膝に頬を乗せて、窓の外をポーッと見てしまう。
スムールが飛んでいる。
小さな掘立小屋は風雨で傷み、もう誰か住むような状態ではない。
でも、そこにアヌビス様が馬に乗って到着した。
馬から降りた瞬間、足元が急に火の海へ変わる。
小屋からサンスが飛び出すが、アヌビス様は火なんて気にせずサンスへ歩み寄る。
相当怖いのだろう。
サンスの足はすくみ、簡単にアヌビス様に髪をつかまれる。
バンダナが落ちると生え際が灰色のイミナで染め上げられた髪が露わになる。
転んだサンスの足首の包帯がほどけ見えたのは
「I-5648」
「……ノクティス?」
現実で名前を呼ばれても意識は遠く、返事できない。
気が動転していたのだろう。
サンスは注射器をポケットから取り出すとアヌビス様へ刺した。
みるみる顔色が悪くなっていく。
ここまで、距離は少し離れているせいか音声はない。
薬箱をあさり、何かとアヌビス様へ渡すとサンスは走っていってしまった。
バンダナもなく、あの髪ではすぐに見つかってしまうと思い眉を顰めると
「おい!」
急に耳元で声が聞こえ、驚き目の前を見るとそこは現実だった。
「寝ぼけているのか?」
「……ああ、そうかも、こんな時間まで飲んじゃったし、寝ないと午後から王女とお茶会、でも、アヌビス様が戻ってくるし、あの様子だと……」
医務室の白魔術師はこの時間夜勤がいるだけだろう。
使える白魔術師ならいいが、あの様子ではおそらく痛み消しの毒の類だろう。
死にはしないが数日は熱にうなされる。
熱と激痛なら熱のがましだろう。
熱さましも併用で使えるため白魔術師はケガの治療に使うことがあるがサンスが持っていた目的はおそらく薬の材料としてなのだろう。
何に使うのか気になる。
「アヌビスが戻ってくるのか。あの娘は?」
「……逃げちゃった。医務室の準備しないと」
私は立ち上がり手を天井へ向けて力いっぱい伸ばす。
「午前中はサンスのお店に行かないと、結局寝れないや。」
「ノクティス、医務室の準備はこっちでやる。少し寝ろ。」
「あなたもよゲーラ」
この服では動きにくい。
一度部屋に戻って着替えよう。
ドアを開けると廊下の遠くにコルヌの姿があった。
「部屋に戻るわ。」
「湯浴みの準備ができております。」
「ありがとう。助かるわ。」
朝まで飲んでいたとは思えない足取りで廊下を進む。
ゲラダ王子が見送っていたなんて振り返っていないからわからない。
「なぜ、ノクティス様はあんなことをおっしゃったのでしょうか?」
「I-5648を調べろ。シルバやフェーリアと番号が近い。」
「かしこまりました。」
オーギュームさんが私とは反対側へ、そしてゲラダ王子も少し遅れて同じ方向へ歩いて行ったことも知らない。
部屋へ着くとパジャマも準備済みで、ゲラダ王子が医務室に向かってくれるだろうから甘えて少し寝よう。
「九時になったら起こしてくれる? 寝過ごしそうで」
「もう少しゆっくりでもよいのではありませんか?」
コルヌも明日の私の予定を知っている。
ドレスも近くにかけてある。
「先に、行って確かめることがあるの。悪いけど、お願いね。」
「かしこまりました。入浴から上がられるまで待っていてもよろしいですか?」
「ええ、構わないけど、酔っ払って浴槽で寝たりはしないわよ。」
「もちろんです。念のため」
遠くを見たせいかすっかり酔いはさめた。
サロンを出るまではまだ酔っていたつもりだったが自分の足取りからしてあの時点ではもう冷めていた。
「ああ……本人の前でゲーラって呼んじゃった…」
水面に顔を付け、ぶくぶくと口と鼻から息を吐く。
ゲラダ王子
ゲラダ王子
大丈夫、もう間違えない。
あの人は王子であって視察以外で町へ行くことなんてない人。
商家のボンボンか、下級貴族かわからなかったゲーラとは全くの別人なのだ。
本人も使い分けている。
私ひとり引っ張るわけにはいかない。
勢いよく湯船から立ち上がり、タオルで体を拭いて、パジャマをかぶるように着て、浴室を出る。
「では、九時にまた来ますね。」
「うん。おやすみ。」
予告どおりにコルヌに九時きっかりに起こしてもらい、食事もとることなく城を出た。
何かと最近過保護であったゲラダ王子も姿が見えないためマーレを連れて店へ一度向かい、
「昨日は問題かなったか聞いてる?」
定休日とは言え、店には五人ほどの見習いとメディコスさんがいた。
「昨夜はやはり王国主催パーティーがあったので問題なく、俺たちは材料の補充のあといったん寮へ戻ります。」
「その間は見ておくから心配するな。」
「ありがとうございます。」
メディコスさんにお礼を言い、見習い労いの言葉をかけて
「自転車乗る予定ってある?」
もう納品も終わっている時間だが
「大丈夫ですよ。どこ行くんですか?」
「オール薬局よ。」
それだけ答え、表に戻り自転車にまたがりペダルをこぐ。
急いで漕いでも二時間半、上り坂ということもあり、サンスの家に着いたときにはもうへとへとだった。
「おや、城の前の薬屋さん?」
サンスの家の前には老婆がいた。
座り込み、どうしたものかとおう顔をしている。
「サンスはいないですよね?」
「サンスのお友達なのね。ちょっと事情があって隣国へ行ったわよ。今日は定休日だからいいけど、明日から困った物だよ。」
そうか、丁度定休日でよかった。
「じゃあ、カルテを借りて、私の店で薬の受け渡しができるようにしますからお知り合いの方に伝えてもらえませんか? この店がないのは困るでしょう。」
「それは助かるけど、足腰が悪い、あたしみたいなのがいっぱいいるよ。城までなんて活けやしないさ。」
それもそうだ。
ここまで私も二時間半かかっている。
「じゃあ、何か対策を練りますのでそれまで少し待ってください。できるだけ今日中にまとめます。」
「そうしてくれると助かるよ。」
よっこいしょっと言って立ち上がったおばあちゃんは警戒に坂道を下りていくが
「あんた、カルテを持って行くっていうけど、中に入れるのかい?」
「お兄さんがサンスの不在時に帰って着てもいいようにと隠してある鍵の場所を知っているので大丈夫です。」
「そおかい。なら、机の上に手紙があるらしいから捨てておいてくれるかい。」
やっぱりか。
手紙を読んでいないようだ。
カルテは山のようにある。
これすべてを持ち出すわけにはいかない。
「出張所を作りましょう。前日に予約してもらった分だけ処方できる。日付指定の来店は念のため準備しておきましょう。常備薬も数種類用意して、臨機応変に対応できるようにしておくべきでしょうけど、カルテが問題ね。」
「お店と違うからうまくさばけるか心配です。」
マーレはそういうが
「うちの店はサンスのお店をもとに考えたから木札はないけど名前を言ってもらってカルテを探して、っていうあまり忙しくならないからこそできるやり方よ。私は少しアイディアを借りたのだけど、確立させたのはサンスよ。」
カルテをめくりながら、カレンダーにある番号も見る。
カルテには顧客番号があり、来店予定が書きこまれている。
カルテには週に一回、月に一回など書いてある人もいる。
出張所で注文をもらい、カルテで確認、問題なければ翌日受渡し、気になることがあればその日中に聞くか、用意だけして翌日聞くか。
皆らたちの負担の大きくなるからうまくやりたい。
「師匠、そろそろ戻らないと茶会です。」
「嘘、もうそんな時間?」
書き出せるだけ書き出したメモをもって店へ戻る。
メディコスさんに相談すると近くの薬屋や病院にも連絡を取ってくれることになった。




